夏の終わりに読んだ本・・・「無所有」
JDGは「砂漠の戦士」ヤンくんのクランクインを秋に控えて、この8月も元気に各社の広告撮影のお仕事をこなしていたようだ。御馴染みのジオダノのサイトもシックなモノトーンの秋仕様に。(舎弟ピくんがいないのでちょっと寂しげ・・??)こちらへ
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韓国は、秋が一番快適な季節なのだと言う。今年の秋夕(チュソク・旧暦8月15日のお盆休みみたいな連休)は9月の24日から26日ということだ。そういえば、韓流三昧初めてのソウルも秋だったっけ。(まだけっこう昼間は暑かった記憶が。)
“木の葉のように私たちの心も薄い憂愁に閉ざされていく。秋はそんな季節のようだ。”
(本文「秋は」より)
三つ前のレビューで取り上げたJDG座右の書、法頂和尚の「無所有」が届いたので、さっそく紐解いた。60年代終わりから70年代半ば、主に和尚様40代のころに書かれた短い随筆が集められた本。よくお寺に置いてある法話集の冊子に書かれているような仏教オンリーの内容かと思えばさにあらず。
早朝割引の時間帯に映画を見に行ったり、普通に路線バスに乗って移動すること、目が痛くなり病院でお尻に注射を打たれたり、知人に貰った蘭の花を育てるのに腐心する余り「執着」に愕然となったり、「星の王子様」を愛読している・・・等々、和尚様の生活の折々が明快な描写で綴られて、病気で挫折した高校生のJDGが、水の染み入るような安らぎを得たというわけがよく分かる。
和尚様は朝鮮戦争終結後、20代で出家された。本の中に、修業時代に出会った水然(スヨン)和尚というお友達が出てくるのだが(忘れ得ぬ人)、私はこの章を読んで泣けた。
心もとなく生きる人間、わかっちゃいるけどやめられない人間が、いまさら人に聞けない恥ずかしいことを自問する時に、きっと思い出す和尚様のことば・・・韓国ではきっとそんな存在なのだろう・・・。
こんな私がここに紹介するのも、本来なら罰当たりな気がするが、これもJDGのあの大きな瞳が結んでくれた縁。日本ではほかに「すべてを捨てて去る」という著書が出版されている。(90年代の随筆を集めた本。)ハングルが読めたなら、たくさん出ている和尚様の本を片っ端から読ませていただきたい気分だ。
“こうしてみると、愛するという事は理解ではなく想像という翼に同乗した絢爛とした誤解である。「私はあなたを死ぬほど愛しています」と言う言葉の正体は、「私はあなたを死ぬほど誤解しています」と言うことなのである。”(本文「誤解」より)
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無所有 著者:法 頂 |
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すべてを捨てて去る 著者:法頂 |
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