※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。
天井は思ったより高かった。腰を屈める必要もない。186cmもあるパクウィでさえも鴨居に頭をぶつけることはなかった。屋根裏の小部屋というにはかなり広さのそこは、窓こそないものの空調設備が整っているらしく、照明を点ければいっそ快適な空間ともいえた。しかしテヒは、そこへ1歩足を踏み入れた瞬間、胸を圧迫されるような吐き気を覚える。
漂う一種異様な雰囲気の原因は、鼻をつくテンピン油の臭いと壁一面を覆い尽くした何枚もの絵画であった。
絵のモデルはすべて・・・・・・・眠るドジン。
絵としての出来不出来は別にして、どれもこれもまともな神経では正視できないようなアングルの作品ばかりだった。KTXの車内でパクウィから聞かされた話は、はやり本当だったのだ。あり得ないことではないと思いつつ、それでも心のどこかで嘘であって欲しいと願っていたテヒの思いは、無残にも打ち砕かれた。
コンテで雑に描きなぐっただけのスケッチから、体毛の一本一本まで丁寧に描かれた大作まで、号数も手法もバラバラなそれらの、ある作品は額に入れられ壁に、またある作品はイーゼルに置かれてオブジェのように飾られていた。
ドジン、と小さく呼びかけて揺り動かせば、長い睫毛を震わせて目を覚ましそうな表情。その生々しいまでのリアルさに、テヒは目蓋を伏せ、肩で荒い呼吸を整えた。そうでもしないと本気でその場に吐いてしまいそうだった。
で、出たぁぁぁ\(◎0◎)/ エロ絵描き(爆) こんな形で登場させてみましたが如何でしょう(^^ゞ |
「彼の美しさはね、この手で隅々までつまびらかにすることによってより奥深く、神秘的ともいえる領域にまで達したのですよ。彼の、きっと他の誰にも見せたことなどないセクシャルな表情・・・・眠りに落ちた時の危険なほど無防備な四肢・・・・それらの全てが、ああ、ただ自分だけにあるのだと、自分だけのためにだけ捧げられた芸術なのだと、そう感じる瞬間の背筋がゾクゾクするような歓喜! あなた方にお分かりいただけますか?」
「いただけるわけねえだろっ、このエロジジイ!」
もはや独善的としか言いようのない講釈を始めた町長に、パクウィがぶちキレた。
「本人の了承もなくこんな絵、何枚も描かせやがって! どうせ途中で起きねぇように毎回妙な薬でも飲ませてたんだろが!」
「そんな大げさな、ただの睡眠薬ですよ。害はない。私はただ、恋人同士の逢瀬の残像を絵画として残そうとしただけです。ドジンには、彼がもう少し大人になって自分の持つ芸術性を理解できるようになった折、きちんと話そうと思っていました」
「バカ言ってんじゃねえよ」
「何がバカなものですか。ドジンは私を愛しています。それはお兄さんとてよくご存じですよね?」
黙ったまま、残り少ない壁の白い部分を睨んで、テヒは微動だにしない。
「愛はエロスです。そしてエロスこそが美です。芸術です。ドジンと私はふたりで、それらの偉大なる結合の瞬間を目指すのです! 今までも、そしてこれからもずっと!」
町長の声は次第に興奮に奮え、ギラギラとした狂気を滾らせた視線は、ゆらゆらとどこか遠い世界の果てを見ているようだった。
「死ね! この変態野郎!」
「私たちふたりなら出来る! ドジンの美しさを存分に引き出せるのはこの私しかいないんだ! 死んでしまった彼の父親の分まで・・・」
「テメエが殺ったんだろがっっ!!」
「エロスこそが近代芸術を支える礎です! ドジンと私の目指すものは、愛とエロスの、それはまさしくアウフヘーベンなのだ~~!」
町長の支離滅裂な台詞が終わらないうちに、パクウィが目の前にあったイーゼルを手当たり次第なぎ倒した。
「ふざけてんじゃねぇぞ、おりゃああっ!! 寝言は寝て言え!!!」
「ああっ! 大切な作品になんていうことを!」
慌てふためく町長を尻目に、パクウィは床に散らばった絵を次々に踏みつけた。
「こんなものの、どこが芸術だ! テメエはな、ただの色情狂だ!」
「ナントでも言いなさい! そんなことで私のドジンに対する気持ちは何も変わらない!」
「テメエが変わらなくてもな、ドジンの方で思いっきり変わるんだよ!」
パクウィが町長と揉みあっている間に、テヒはこの部屋に入った時から気づいていた、ある位置へ移動した。階段を上がって入ってきたドアとは反対側の壁にあるもうひとつの扉・・・・・
テヒは迷わずそのノブを回した。
「あっ! そこは!」
あからさまに動揺した町長の声色に、テヒは確信する。狭い階段を一度駆け下り、寝室からさっきパクウィが振り回していた手斧を取り再び階段を上る。
「やめろ! よすんだ!」
「こっちは押さえてるから、テヒ、早く入れ!」
パクウィが町長を押さえつけている。テヒは夢中で手斧を振り下ろし、ドアノブを鍵ごと叩き壊した。足の裏で勢いよく蹴りつけると、木製のドアは吹き飛ぶようにして開いた。
真っ暗な2畳ほどの狭い納戸の奥に、まるで座らせられたマネキン人形のように、弟はいた。
「ドジン・・・・・」
静かに目を閉じたその表情は、いましがた見た絵画と何ら変わりない穏やかなものだった。ただひとつ決定的に違うのは、ここにいるのが血の通った生身の人間、パク・ドジンであるということだ。2次元ではない、温みと感情を持った人間だということ。
「ドジン」
近づきながら、もう一度テヒは声をかける。
けれど、・・・・・返事はなかった。
*
こんな日が近く訪れるのか、果たして?どうよテヒさん、そこんとこ。 |
それで、と彼女はポットのお茶をカップに注ぎながら訊ねた。S市役所近くの公園。夏の間は毎日のように子どもらが水遊びに興じていた噴水の池も、この季節になるとさすがに静かで、心なしか水の勢いも弱まっているように思える。
背後に飛沫の音だけを感じながら、ふたりベンチに並ぶ午後12時30分。
「まだしばらくは入院が必要なんでしょ?」
「うん。完全に退院するまでにはもう少し時間がかかるらしいし、第一元通りの身体に戻るかどうかも今のところ定かじゃないらしくて・・・・自業自得って言えばそれまでなんだろうけど」
「命があっただけでも良かったと思って欲しいわ」
「まあね・・・・・精神鑑定の結果を待って、本格的な裁判が始まるらしいよ」
「そう・・・・・・やっぱり、複雑?」
シニョンは、自分こそ複雑な顔をしながらそう訊ねた。ふっ、とやはりどこか複雑な苦笑を漏らし、テヒは答える。
「・・・いろいろとね、ありずぎたから」
「・・・・そうよね」
「・・・・・・」
途切れた会話の合間に、テヒは彼女の手製のキムパを一切れパクリと丸ごと頬ばった。まんま飲み込もうとして喉に詰まらせてしまう。
「んっ! んんっ! んーーー!っ」
「え? 何、また詰まらせちゃったの? もぉテヒさんは・・・・・はい、お茶」
「んっ・・・・・・・ぶはっ」
涙目になりながら胸を叩いていたテヒは、シニョンに手渡されたお茶を飲み干しやっと息をついた。
「あ、ありがと。はぁぁ、苦しかった」
「一度にそんなにたくさん口に入れるからよ。昨日も一昨日も同じことを」
「だって・・・・お腹空いてるからつい」
テヒの言い訳に、はっ、と短く尖ったため息を零したシニョンは、恨めしげにその邪気のない横顔を睨んだ。
「美味しくてつい、とか言えないものかしらね~、せめて」
「え?」
「いいえ。別に何でも。テヒさんにお世辞とか求めても、無駄よね」
きょとんと半開きの口で、テヒは小首を傾げる。
「お世辞じゃなくて、本当に美味しいよ? シニョンさんの作ってくれるお弁当はいつだって美味しいよ」
「・・・・・」
「嘘じゃないよ。本当だよ。だからこうして毎日・・・・」
「お弁当が美味しいから?」
「へっ?」
「美味しいお弁当が楽しみで、毎日昼休み、付き合ってくれてるの?」
「そ、そ、それもあるけど・・・・・それだけでもないというかナンというか・・・・」
もごもごとはっきりしないテヒに、もういいわ、とシニョンは立ち上がった。
「シ、シニョンさん?」
「いいのよ。こうしてテヒさんとお昼一緒に食べられるだけで」
そう言って彼女はう~~んっ、とひとつ背伸びをした。後頭部の犬のしっぽがふるんと揺れる。すっかり秋の色合いを濃くした空はどこまでも高く、あのうろこ雲に触ってみたいなぁという彼女の呟きも叶いそうにない。
「あ、私のお弁当に飽きちゃった時は遠慮なくそう言ってね。それから誰か他にお弁当作ってくれる人が出来た時も、はっきり言って欲しいの。それに時間が惜しい時や、気が向かない時も・・・・」
「・・・シニョンさん?」
「本当は疎ましいと思われているのに、自分だけ気付かないなんていうシチュエーションって、笑えないじゃない? 私そういうの鈍感だから、迷惑な時は迷惑だってきちんと言ってもらわないと・・・・」
クマちゃ~ん、写真ありがとう。え? 聞いてない? へへっ・・人はそれを“無断借用”と云ふ。反則その1。 |
「どうして?」
テヒは思わず彼女の言葉を強い口調で遮った。
「どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてって・・・・それは・・・」
「シニョンさんのしてくれること、迷惑だとかそんなこと、俺は一度も思ったことないのに」
「・・・・・・」
「俺が迷惑そうにしたこと、ある?」
「・・・・・・」
「他の人と過ごすくらいなら、お昼はひとりで食べるよ」
テヒのその言葉に、背を向けていたシニョンが振り返る。テヒは彼女のいつになく弱々しい視線を正面から受け止め、優しく微笑んだ。
「ねえシニョンさん、ふたつだけ、お願いしてもいいかな」
「・・・・?」
「ひとつ目は、・・・・訂正して欲しいんだけど」
「訂正?」
「うん・・・あの日、アウラジの事務所でシニョンさんは俺に『今のは事故だから』って、そう言った・・・・・・・憶えてる?」
「あっ・・・」
それが、テヒにキスをされた夜のことだと思い至り、シニョンは見る見るその頬を染め上げた。
「あれはね、その・・・つまり、事故なんかじゃないから。確かに俺はあの時どうしようもないくらい混乱していて・・・誰かに縋りたい気持ちだった。でも、誰でもよかったわけじゃない。あの時あそこに現れたのがシニョンさんじゃなかったら・・・・俺はあんなこと・・・・しなかった」
「・・・・・」
「わかってくれる?」
深く俯いたまま、シニョンがコクリと頷いた。さらりと揺れる犬のしっぽを、愛しい者にするように優しく撫でながらテヒは続けた。
「それからふたつ目なんだけどさ・・・・今度の週末、時間あるかな」
「・・・・?」
「ふたりでどこか、出かけない?」
「えっ?」
「暑くもないし、寒くもないし・・・・ドライブには最適な季節・・・・でしょ?」
「テヒさん・・・でも・・・」
「でも?」
「ドジンさんは・・・」
「ああ・・・・あいつはもう大丈夫。新しい仕事が随分と性に合ったみたいで、休み返上で働いてるよ。半分はまあ、コキ使われてるっていうか・・・・まだ慣れないんだから加減しろって言ってるのに、俺の忠告なんか聞きゃあしない。相変わらずのやんちゃさ」
「そう・・・良かった。本当に良かった。ドジン君が元気になって」
シニョンの目から、突然大粒の涙がほろほろと溢れて落ちた。
どうして泣くのかと慌てたテヒは、お茶の入ったカップをひっくり返し、泣き笑いの顔で文句を言いつつシンニョンがハンカチで拭く。
昼下がりの公園。よちよち歩く幼子に追われて一斉に飛び立つ鳩の羽音・・・・・
ほんの小さな幸せの風景に、テヒはこの数ヶ月の苦しみが確実に薄らいでゆくのを感じていた。
*
真っ白のシーツに辛うじて半身だけに纏った状態のドジンを、海雲台にあるオ元町長の別荘から助け出したのは、およそ半月前のことだった。
隠し部屋の、更に奥の納戸に閉じ込められていたドジンは問いかけにも答えず、何時間もの間縄で縛られていた手足は血流を止められて紫色に冷え切っていた。
(まさか・・・・・死んでる?)
一瞬過った恐ろしい想像に震え、竦みそうになる己の身体にムチ打ち、自分と同じほどの体重の弟を担ぎ上げると転げ落ちそうになりながら一気に階段を下りた。寝室のベッドに寝かせ呼吸を確かめる。口元に顔を近づけると微かではあるが頬にあたたかい息がかかるのが感じられた。縺れる指で、それでも懸命に縄を解き、氷のような温度の手足を必死で擦ってやると、ようやく「んんっ・・」とくぐもった呻きが漏れ聞こえた。
反則その2。ちょいと拝借してきたチビドジン。可愛いから許して。 |
「ドジン? ドジン、大丈夫か? 怪我はないか?」
「・・・・にい・・・さん?」
「どこか痛いところはないか? ん?」
「兄さん・・・・俺・・・」
「苦しくないか? 寒くないか?」
大丈夫だよ、というようにドジンは頷いた。
「気分悪くないか? 何かヘンなもの、飲まされたりしてないか?」
「・・・大丈夫だから・・・もう心配しないで」
「ドジン・・・・」
安堵からか、テヒは全身の力がへなへなと抜けてゆくような感覚に襲われた。とりあえず生きていてくれた。ドジンが、帰ってきた。
「兄さん、俺・・・・」
「待ってろ」
何か言いかけた弟を制し、テヒはなけなしの脚力で立ち上がる。
「今は何も話さなくていいから。上で今、ちょっと揉めてるから行ってくる。お前はここで待ってろ。いいな? 絶対にここを動くなよ」
「兄さん・・・待って!」
「すぐに戻るから」
テヒがそう優しく諭しても、ドジンはテヒのシャツの裾を握って離そうとはしない。
「ドジン?」
「俺ね・・・俺、デスさんのところに戻ろうと思ったんじゃないんだ。嘘じゃないんだ。信じて。兄さんがあんなことになって・・・俺、本当に怖くて怖くて、自分のせいだって、申し訳なくて・・・」
「あれはお前のせいなんかじゃない」
「ううん、俺のせいさ。俺のせいで兄さんはあんな怪我までして・・・・もう兄さんに合わせる顔なんかないって思って・・・・」
「・・・・・」
「だけど、ひと言どうしても謝りたかった。何度もお見舞いに行こうと思った。ギョンジンにもいい加減意地張るのはやめろって、毎日のように言われた・・・・だけど・・・デスさんとのことをきちんと終わりにしない限り、兄さんには会っちゃいけないような気がして・・・だから、俺・・・・」
「だからひとりでこんなところに来たのか?」
叱るように問えば、すまなそうにコクン、と小さく頷く。そのどこか怯えたような眼差しは、テヒだけが引き取られることが決まったあの日、離れたくないと泣いて縋った時の涙に濡れた眼差しそのものだった。
「バカ野郎。心配ばっかりかけて」
「ごめん・・・・ゴメンね兄さん・・・・ごめんなさい・・」
もうとっくに許しているよと告げる代わりに、眦から零れた熱いものを指で拭ってやった。
「デスさんに・・・別れようって言ったんだ。あなたをどんなに恨んでも、父さんも母さんも帰って来やしないから、せめて自首してくれって・・・・だけど、あの人は耳を貸さなかった・・・・油断した隙に後ろから殴られて・・・俺・・・・」
「もういい、ドジン。もう話さなくていいから」
「ごめんなさい・・・・兄さん」
ごめんなさいばかり何度も繰り返してはしゃくりあげる弟を、テヒは力の限りその手にかき抱いた。
お約束の(いつから^^;;)サービスショット。あっは~~ん。 |
程なくして、パクウィがぐったりした町長を伴って階下へ降りてきた。テヒが応援に駆けつける間もなく捕り物は呆気なく終わったようで、新米探偵はかすり傷ひとつ汚れひとつないクールな姿のままその任務を完了しようとしていた。
ひとりで歩けるとドジンが言い張るので、4人はそれぞれの足で屋敷を出る。
玄関に佇んで時計を見れば、あと1~2時間もすれば夜が明ける・・・そんな時刻になっていた。テヒが警察に連絡を入れ、パクウィがその日1本目の煙草に火をつける。
「トイレに行かせてはもらえないかね」
町長が、隣で紫煙を吐く長身の男に向かってそう言った。
「警察で行けよ」
「今更もう逃げたりしませんから。何ならドアの外で待ってもらっても構わない」
ちぇっと舌打ちし、パクウィは顎で言って来いと伝える。ドジンが無事であったことが何かしらの気の緩みを生んでしまったのかもしれない。ありがとう、と穏やかに頭を垂れて今出てきたばかりの建物に戻る町長の目がこれまでで一番強い狂気を宿していたことを、そこにいた3人の誰もが見落とした。
はっと気づいた時には、出窓の隅に赤い炎がはっきりと確認できた。
「クソッ! ジジイ、火ィつけやがった!」
3人は、とりあえず足元の覚束ないドジンを両脇から支えるような体勢で建物を離れた。そしてほんの数十秒後に振り返った時には、思いの外猛烈な勢いで回った火の手がすでに出窓一面を覆うようにうねっていた。あまりの様子に、それぞれが愕然と立ち尽くす。
メラメラと音を立て始めた炎を見ているうちにテヒは、何だか分からない怒りが心の奥から湧き上がってくるのを感じた。
(ダメだ。許さない・・・・・許せない!)
思った時には、身体は弾かれたように駆け出していた。
「テヒ! 待て!」
「兄さん! ダメだ!」
走り出したテヒに気付くのが遅れた2人の声を背中に聞きながら、テヒはあっという間に屋敷の中に転がり込んだ。案の定、町長は最上階の隠し部屋にいた。
「何やってるんだ! 焼け死ぬぞ!」
火をつけた時に負ったのだろう。町長の腕や腿のあたりには既に酷い火傷が見られた。惨たらしく焼け爛れたそこは、皮膚がズルリと剥け落ちている。
「早く! 一緒に下りるんだ!」
「ドジンや、私の可愛いドジン・・・い、一緒に死のうね・・・一緒に死のうね・・・うけけっ・・・うけけけけ~~~」
町長は完全にヤラレテいる。痛みすら感じていないようだ。このままでは自分も助からない。そう判断したテヒは、生まれて初めて他人の腹に力いっぱい拳を叩き込んだ。
「うっ・・・」
低く呻いた町長が崩れ落ちるのを待たず、テヒはその身体を担ぎ上げて階下へ向かった。途中煙にむせ、何度か倒れそうになったが、割れた窓の外から必死で自分を呼ぶドジンの叫びに励まされ、ようやく玄関を出ることが出来たのだった。
「自分だけ楽になろうなんて、許さないから」
テヒは、朝露に濡れた芝生に転がった町長に向かって呟いた。
「生きて・・・・・・法の下で一生罪を償うんだ。死んで楽になるなんてことを、俺は認めないから。ドジンも、死んだドジンの父さんも、お前のものなんかじゃない。そのことを一生かかって認めさせてやる! 分かったか!!」
もはやその叫びさえも聞こえてはいないだろう町長が、ひくりと動いたように見えたのは気のせいだろうか。近づいてくる様々な種類のサイレンと、時折響く乾いた木の焼かれる音だけが、海辺の朝靄の中にこだましていた。
「ド、ドジン・・・い、一緒に・・・一緒に・・・」 我ながら強烈でええキャラやのぉ・・・むひひ。 |
それから半年の間に町長がぽつりぽつりと自供した様々が、どういったルートかは不明ながらもジュンギを通してテヒらの耳に届けられた。
亡くなったドジンの父とオ・デスは、確かに高校時代を共に過ごした旧友であった。しかし当時の同級生らの証言から、ドジンの父に付き纏っていたのはデスの方で、その思いはかなり一方的なものだったという。飛びぬけてハンサムなだけでなく、スポーツ万能で明るい性格だったドジンの父は男女を問わず人気があり、勉強こそ並外れてよく出来たもののどこか暗い印象のデスとは対照的な存在だった。人目を避けるようにして、あの手この手と個人的な関係を紡ぐ努力をするデスに対しても、彼はあえて嫌な顔をせず、付き合える範囲でその呼び出しに応じていたらしい。しかしそれが、最後には仇となってしまった。
高校を卒業してすぐ地元で実家の家業を継いだドジンの父と、S市の有名大学に進んだデスは、その時点で友人関係も途絶えたかのように思われたが、実はまるで違っていた。なかなか会えない苛立ちから、デスの行動は次第にストーカーじみてゆく。毎日の電話、週末ごとの帰郷、気味の悪い内容の手紙・・・・しかしそんなデスの常軌を逸した行為にも、ドジンの父は激することなく、やんわりと宥めるような言い方しかしなかったのだという。
大事な友達だから・・・・と。
けれどそう思っていたのは彼の方だけで、大学を卒業後国家試験にも合格し検察事務官から検事への道を歩みだしたある日、デスはとうとう越えてはならない一線を力で無理矢理越えようとした。体格は互角だったが、運動神経で勝るドジンの父にねじ伏せられてしまう。
初めてはっきりと突きつけられた“拒絶”の意思。10年以上もの間心に秘めてきた想いを打ち砕かれ、プライドの高いデスは激しく傷ついた。一方的な歪んだ愛情が憎しみへと変貌するのにそれほど時間はかからなかったようだ。
半年後、ドジンの父が結婚するという話を耳にしたデスは、ある計画を思いつく・・・・・
そして、不幸なことに、その計画は実行され・・・・・すべてはひととき、闇へと葬られたのだった。
そう、26年もの間、誰にも気付かれることなく・・・・・・・・・・
(続く)
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