「台風」(13)

2006年10月25日 (水)

ソムチャイの謎

【Written by miyuki】

前レビューに引き続き、「台風キャラ」のネタである。
スワロさんがご紹介くださったサイトにて、彼のデビュー当時の画像に触れることが出来、とても興味深かった。ありがとうございます。(早速使用させていただきます。)

David1台風スチール集。エエ男や・・・・
ソムチャイことデイヴィッド・リー・マッキニス。
プロモのハイライトではトトさんはとっても目立っていて、シンさん率いる海賊団のナンバー2か、というイキオイであったが、実際のナンバー2は誰がどう見ても、ソムチャイなのであった。シンさんは、ぶっちゃけた話、たぶんソムチャイがいないと仕事にならない。冒頭、ジェイソン号の金庫を銃でぶち壊しても、中身の書類の確認はソムチャイでないとわからんのか、覗き込んですぐ「ソムチャイ!」のお声掛かり。
ソムチャイの日常はむちゃむちゃ忙しいのに違いない。
書類偽造から、海賊仲間の厳しい管理、ピーターさんとの商談の仕切りや、シンさんのための荷造り(釜山密航時にシンさんが持っていた荷物の中身。あれはきっと変装用の衣装。ソムチャイのお見立てのスーツ一式。とかね。)情報収集に海賊団の武器調達、使い方の教育なんかもやっているかもしれない。シンさんが使用していた携帯(ワールドフォンなのか?)の購入その他手続きやら、使用方法なんかも懇切丁寧にレクチャー。それからミョンジュ姉さんのためのヤク調達にビデオテープ付き犯行声明の発送まで・・・・とまあ、思いついたらキリが無い。(って、ほとんど妄想の域でんがな。おいおい^^;;)

David2デビュー映画「the Cut Runs Deep」のポスターと場面。あまり変わってないといえば変わってないのかな、ソムチャイ。
ついこんな妄想をしてしまうのも、おそらくは最初は時系列どおりに書かれていた台本なりプロットに存在しただろうエピソード、ノベライズはそれに沿って書かれているのではないかということ・・・・もしかしたら実際に撮られたものの結果的にあえなく没になったのかも、と思われる海賊村の場面あれこれや、ウラジオストックへ向かう列車の中のトトとソムチャイの会話などが、思わずもったいないお化けが出そうな美味しさだからである。
ソウルタワーの台風館には、海賊村の詳細なセットデザイン画がいくつもあって面白かったし、韓国で出版された写真集には見たことの無いカットなどもいくつかある。

トトやソムチャイたちの人物設定も、きっと多分かなり詳細なものが存在しているはずである。ノベライズによればトトは捨て子のストリートチルドレンで学校に行った気配はないが、ソムチャイは親に死なれて親戚に預けられ、馴染めず家出した、とある。
国情院での海賊事情の会話の中に「軍隊経験者もいる」云々というのがあったと思うが、ソムチャイももしかして意図的に軍に行ってたりはしなかったろうか。途中までは学校に通ったのだろうし、英語も話せるようだし、あの風体からすると、片方の親はピーターさんと同じくヨーロッパ系とか、アメリカ人とかの混血だろう。妹のノックちゃんにはそういう血は混ざっていなさそうだから、きっとお父ちゃんが違うんだわ、とか勝手にぐるぐる考えているともう際限がなくて楽しい。(へへ。)

David3これはモデルさんとしての仕事?謎の遊牧民スタイル。胸毛に目が行くってば。汗。
ウラジオストックのソムチャイは、シンさんを守る影のようだった。ロシアのおネエちゃんとカップルを装って駅にいたりするが、女子なんてほんとはどうでもよさそうだし。(爆)
「これでお別れだな。」というシンの言葉を聞いたときの、何か言いたげな精一杯の眼差し・・・・もう、トトにだって負けないひたむきな愛である。強い絆なんである。兄弟のように、家族のように・・・。そんでもって影は、もう「本体」に何処までも付き従うと決めている。
くう~~~~(滝涙)(T^T)
・・・おお、いかんいかん、つい興奮してしまって。

トト・レビューでもちょっと触れたが、シンの個人的復讐に皆が死をも厭わず付いてきてくれるということはどういうこっちゃと言えば、海賊村のシンさんには実績と人望があったのだということに他ならない。核ミサイル誘導装置と引き換えに入手したあのおんぼろタイフーン号(バラ積み貨物船、という部類の船だそうだ。)の船倉で揺れていたシンさん特製風船爆弾。あのコワモテ海賊さんたち総出で風船を膨らまし、核廃棄物のドラム缶をぶら下げて時限装置をセットする地道な作業をお手伝いしたのだろうか。いったいいつ?どの段階で?(ロシアから村に帰ってくる時?)
風船をヘリウムで膨らませるトトさん、なんて光景は「似合いすぎ~~夜店のテキヤさんだわ~~」などと思わないでもないけれど、命知らずにもほどがありますから、皆さんっ。^^;;

デイヴィッド・リー・マッキニス・・・・1973年12月12日ウィスコンシン州グリーンベイ生まれ・射手座。ベトナム戦争時、韓国に駐留していたドイツ系アメリカ軍人と韓国女性の間に生まれたハーフ。一見したところ、頭蓋骨の形も体つきも胸毛の生え方もヘソの位置も(笑)外人さんそのものだが、顔をじっと見るに、ちょっと重たげな目元が東洋の面影を宿している。
台風のソムチャイはどこぞの傭兵部隊の放出品みたいな格好が多くて、よく似合っていたけれど、例えば昔のドイツ軍の親衛隊の制服なんかも、とっても似合いそうなんだよなあ~~~。(「地獄に堕ちた勇者ども」みたいなのね。)
韓国軍のエリート、ユ・ジュンギ大尉と嵐の甲板で対決のシーンはスタントなしで死ぬかと思った、と発言していたが、メイキングで見たら、なるほど、地上ですでに溺れそうな水の勢いだし、容赦なくマットレスの上に放り出されて落ちているし。しかし、あの頭のシルエットなんかでくっきりバレそうだからうっかり代役も使えまいて。

David4_1上はイ・ジェハン監督と一緒の1コマ。なんでか可愛いじ。デイヴィッド。下はタイフーンの日本での記者会見。(シンさん、別人?)
レストランでアルバイトをしていたニューヨークで、のちに「私の頭の中の消しゴム」を撮るイ・ジェハン監督と出会う。
「あの人はいつか大物になるねえ。」とデイヴィッドの母親は言ったそうである。
ジェハン監督はJohn.H.Leeという英語名の示す通り、12歳の時にアメリカに移民しており、顔を見てもデイヴィッドと同じ佇まい。ニューヨーク大学映画学科を卒業し、98年にデビュー映画を撮った。これがデイヴィッドにとってもデビュー作である。

「the Cut Runs Deep 」2000 NEWYORK ・NEO COOL NOIR とポスターにある。(さしずめチング・ニューヨーク版て感じ?)ジェハン監督はその後2本ほどのMVに彼を起用している。(うち一曲は、サランの「ひとつの愛」を歌っていたパク・サンミンさんの「恋人」)デイヴィッドはSKテレコムなどの広告モデルで韓国でも仕事をするようになる。
「私の頭の中の消しゴム」ではファッションモデル役のカメオ出演。あの映画を見たときは当然まだデイヴィッドを知らない私。あれ?ダニエル・へニーが出てる?と思っていたくらいで。すまんこって、デイヴィッド。(ソン・イェジンちゃん扮するヒロインがまだ仕事を辞める前に広告写真を撮影するシーンがあるが、そこでバスケットをしていたのが、デイヴィッドである。)

次作は「Never Forever」という来春公開予定の米韓合作映画だそうだ。(キム・ジナ脚本・監督)妻(ヴェラ・ファーミガ)とその愛人との三角関係に悩む弁護士アンドリュー・・・・同じ三角でもほんとうは、野郎どものむさ苦しくも濃ゆく美しい世界のほうがなんぼか嬉しいんだけどなあ。なんちって。(やっぱり、どうしてもチングかい・・・・笑。)

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2006年10月22日 (日)

トトさんの出演映画「マッハ!」を見た

※「Happy Together」は全てのレビューにおいてネタバレに配慮しておりません。作品を未見の方で、内容を知りたくない方は充分にご注意下さいますようお願い申し上げます。(管理人)

【Written by miyuki】

2003年製作で、世界中でヒットしたタイ映画である。「CG、ワイヤー、スタント、早回し一切なし」なんですよ、とたしかに「王様のブランチ」(だったと思う)の映画コーナーで紹介されてゲストの皆さんが驚いていたのを私も覚えている。
miyukiはタイのファブリックやエスニックなアクセサリー類が昔から大好きで、夏はそういうテイストの格好になることが多く、映画「台風」ではシンさんやソムチャイの衣装に密かにわくわくしたクチである。(といっても、実際暑いところはバリ島しか行ったことがないんだが。)
・・・・というわけで、忘れた頃に、「台風カテゴリ」行ってみよう。

Mach1主演のトニー・ジャーさん。ストイックなベビー・フェイス。しかし、アクションにはひたすら驚愕。死ぬなよ~~~!!
釜山のロケツアーのあと催された宴会にて、「台風」のプロモ映像を大きなスクリーンで初めて見た。船爆発炎上、大量の水が降るわ噴き出すわ、怒るシンさんの八方睨み等々口開けて見ている私の目に、横からぐいぐい飛び込んできたマシンガンぶっ放す「ドレッドヘアのコワモテの謎の彼」・・・・それがトトさんであった。同行のSちゃん曰く「あれはやっぱ、シンらぶ、だよね・・・」(爆)そう、そんな予告段階から、海賊トトさんのシンへの愛(ふふっ)は隠しようもなく溢れていたのであった。
ソムチャイとトト・・・二人の幼馴染兼部下と、覚悟の船出に付いてきてくれた海賊さんたちは、孤独だったシンさんの人生の唯一の宝みたいなものだった。タイの海賊村のシーンは、ほんとうはもっとたくさん撮られたのだろうに、ずいぶんカットになってしまったのが、返す返すも惜しい。海賊村でのシンさんのエピソードなどを、あとほんの少しだけでも入れてくれれば、爆走テロリストの側面だけでないキャラクターの膨らみと、人としての哀しみがもっと籠められただろうに・・・。

私どものブログの師匠がアップした台風の記事の中にもラブリー・トトさんの項があり、そこで「マッハ!」にトトさんが出ていたことを知った。(不親切な日本のプログラムにはキャストの名前も殆ど出ておらず、エンドロールに目を凝らし、なんとか判ったのは、トトさんが「チャタポン・パンタナアンクーン」という名前であることくらいであった。)
で、イキオイあまってDVDまで購入してしまったというのに、やっと見られたのはつい最近のこと。ごめんね、トト・・・・

Mach2トトさん・・・じゃなかった、悪の用心棒サミン。なんか台風の時よりだいぶ細い?
※マッハ! (原題・Ong-Bak)
のどかなノンプラドゥ村の寺院で育てられた孤児のティン。ある日不心得者に村の守護神オンバク様の首を盗まれてしまい、彼は首を奪還すべく、バンコクへ。オンバク様の首を巡って、アブナイ密輸団との攻防が始まる。首を盗んだ若いもんも、ティンが怪しげなファイトクラブで賭けの対象になってしまうきっかけをつくったジョージというおっちゃんも、じつは同郷の出身なのだった。ティンは寺院で学んだ最強のムエタイを武器に快進撃。困ったような顔で次々現れる相手を倒し、当人知らないままに密輸団のボスの面子をつぶしてしまう。ついにボスの用心棒サミンがぶち切れて・・・??

・・・・と、おおざっぱなストーリーはこんなかんじ。主人公ティンはトニー・ジャーという、信じられないくらいの身体能力をした可愛いお兄さんである。この人のアクション逃亡劇が始まるや、もうそれだけでこの映画、一見の価値があろうというくらいすんごい。物静かな青年が見せる驚異のムエタイと、村の大切な仏像に対する一途な信仰心がこの映画の2大テーマということで。トニーさんはジャッキー・チェンに憧れてスタントから出発した人とのことだが、メイキングを見ても眉間がぴくぴくするくらいの身体を張ったアクションシーンの連続である。両脚炎に包まれて宙を跳び、それがなかなか消えなかった時にはドキドキだった。脚を捻挫して痛そうな姿に、「ああ、やっぱり生身なんだわ・・・。」と思わず安堵したくなったり。この人、格闘技でなく、たとえば器械体操やってもオリンピック選手級になれたに違いないというところは、上海雑技団のスターといっしょじゃなかろうか。

・・・で、悪の用心棒サミンが我らのトトさん。セリフは、無い。いつもボスのコム・タン(え?スープのことでっか?笑。)のうしろで黙って腕組みしてガン飛ばしている。対決の前になると厳かにヤクの注射。(おいっ!)その不死身っぷりは半端でない。主人公の純朴ぶりに対し、サミン、かなりの「悪役美」。わくわく。

Mach3ロクなご飯も食べず(え?)妙に非力なシンさんをいそいそお手伝いのトト。ソムチャイなんて一人で筏引っ張ってるのにね。
先日当ブログに遊びに来ていただいたお客様から教えていただいたのだが、「マッハ!」は韓国でも公開され話題を呼んだとの事で、それを見たキョンテク監督のたってのご指名にて、チャタポン氏はトト役に抜擢されたのだそうだ。
いつもシンさんを愛して止まなかったと思って見ているせいか、この映画で用心棒サミンが黙って怒っている場面の表情がシンさんに似ているのには驚いた。・・・というか、切れる時に放つちょっとヤバい磁力線みたいなのがキョンテク監督のお眼鏡にまっすぐ 叶っちゃったに違いないと私は確信したのだ。(あ~~~なるほど、やっぱ、「男の世界・キョン監督の好みだったんだよね、てか。)

かくして韓国映画「台風」(邦題・タイフーン)に役を得たチャタポン氏。本編画面にはシンさんより先に登場し、劇中では狙いなんて定めないマシンガンぶっ放し。おんぼろ車を操ってシンさん姉弟を救出、一人船出したシンさんに、水臭いとばかり黙って付き従う男気を見せ、軍人セジョンとの勝負にて華々しく弾切れするや、最後の武器は「ナタ」(涙)
ソムチャイに見つからなかったら肉だってきっと多めにくれちゃう。(あ、可愛いノックだからか。あの戦利品山分けシーン、大好き。)
カッコいいというより、妙に愛らしかったトトさんが、シンさんの痛ましかった人生を、海賊とはいえ厚い友情で彩ってくれたことに、JDGファンもなんぼか安堵したことだろう。
「水祭りの歌」など、検索件数増えちゃったかもしれないしっ。(笑)

Mach4ウラジオストックでも、うっかりすると何処かへふらふら行っちゃいそうなシンさんをお守りしてます。ほら、愛の黒タンクトップもお揃いだぜ。(笑)
トトさんのタイでの愛称は「ルイス」。長年アメリカに住んで、カリフォルニアの大学を出たインテリなのである。米韓ハーフのソムチャイことデイヴィッドとの流暢な英語の会話には、きっと入れずにJDGも寂しかったことだろう。(妄想です。)トトさんのタイ語の特訓の甲斐あって、シンさんのタイ語、かなりイケテルらしい。
「アナタガ、シュキデ~~スッ!」とタイ語で叫んでも、お笑いのネタにされないであろうか。トトさん、ノムノム、コマスム二ダよ・・・。

※お断り・・本来ならひとつ映画のレビューとしなくてはいけないところ、「台風」のトトさんを表題に持ってきてしまったため、「台風カテゴリー」に入れることに致しました。もしこの映画のファンの方がご覧になって不快に思われたら申し訳ありません。別視点レビューということでお許しくださいませ。m(_ _)m

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2006年7月 2日 (日)

台風⑫・・・韓国版DVDがやってきた。他、最近の話題少々。

【Written by miyuki】

Tepun_1台風、原点なポスター。この写真の肩から背中が、DVDの外箱の地模様のデザインになっている。
昨年の今ごろ、発表になった釜山ロケツアーの詳細で、公式は沸き返っていたように思う。映画「台風」は殆どの撮影を終えてクランクアップも間近。サイト上で催されたアンケートで、「参加したい」と答えた会員の数の多さには吃驚したものだ。
もう一年になるのかぁ・・・・思わず遠い目になりながら、発売になった韓国版DVDを紐解く私。

田舎のシネコンが最新設備で、大きなスクリーン、ドルビーサウンドにてゆったり贅沢に堪能していたため、本編のほうはなんだか「物足りないわぁ・・・海賊さんたちのBGMはもっとズンドコ腹に響いてくれなくちゃあ。」などと、家庭のTVモニターの小ささをぶつぶつ嘆くこと数分。
短くなったのではないかと云々されていた箇所も、なんだかイマひとつ確認出来ないのは、私がボケたか、海賊シンさんに化かされたのか。とほほ。大スクリーンでは目が眩むのだろうか・・・。今となっては謎なのだけど。

Ohirune台風号の甲板で。メイキングの最初の方にある美味しいショット。
小さい画面で見る事を考慮してか、最後のクリスマスの姉弟シーンにキャストが被って出てきていた。映画館でもそうすればよかったのに・・・。
(シン・パパが意外と若い事実が判明。チェ・ジウンさん、70年生まれ36歳。JDGと2歳しか違わないのね。いったい幾つの設定だったのやら、脱北時点で。^^;;)

2枚目、メイキングのディスクはマニアなツボが盛りだくさんで、楽しかった。長いなあ・・・と思ったら、2時間40分余だもの・・・。
映画作りの現場、そこにはほんとうにたくさんの人が黙々と働いていて。
あの台風号の揺れ揺れシーンを撮った装置・・・・スタッフやら皆さんでゲロゲロしちゃって大変だったようだが、ガソリンスタンドの自動洗車機に入っている間うっかりすると酔いそうな私、よ~~~くわかるとも!!

Offsin1なんだか嬉しそうな、可愛い笑顔。監督の横で。
いろんな場面で思いのほかCGが使われていたので、妙に感心。大掛かりなシーンだけでなく、なにげに車窓に映る雨の風景などなど。「プロミス」でも思ったことだが、うしろに何も無い青い背景の前で演技する俳優さんも、慣れてはいるんだろうけど大変だすな。

そうそう、雪山で饅頭食べた後、吐き出そうとする子供時代のシン、メイキングで映っておりましたなあ。きっともっともっと皆の見たかったシーンはどこかにあるのに違いないのっす。特に海賊村のシーンが見たかったなあ・・・・

Offsin5_1 「ソムチャイ・・・笑い堪えてるだろ、なあ。」「・・・んにゃボス、めっそうもない・・・」

台風号の甲板でお昼寝している海賊さん。足元にハの字に開いて放置された「ビーサン」はビニとも御揃いのアルマーニか?(爆笑)写真集で見た、指が長くて甲がスジスジしている、薄くて長い足を思いうっとり・・・。こういうパーツにもいたくそそられちゃうのよネ、ファンてやつは。(親馬鹿?)
そして、刺青「殺」バージョン。このヘンは美味しいつうよりやっぱり可笑しい?こっちのほうが毎日のメイクはもしかして楽だったかもしれないけれど、没でよかった。(笑)しかし、毎日毎日あの刺青を描く作業、メイクさんもJDGも、ほんとうにお疲れ様。同じ場所に同じ柄ずっと描いていたら、ほんとうに刺青になりそうで・・・??

Tepun02 tartanさんいちおしのシーンに繋がる、姉さんとの別れのシーン。直前にアンプルやら注射器やら、汚い洗面台の映る没カットも。
海賊シンさんの格好で、時々楽しそうに笑う撮影の合間。しかし、役に入り込んでいる時の姿を見ると、私がこの人に強く惹かれた原点みたいなのを改めて感じられて、胸がウズウズくる。俳優さんの、一番美しい瞬間・・・。

あ、ロシアンタウンで背負ってた荷物はリュックだったのか、とか、パク・ワンシクさん笑顔のインタビューとか、セットが組まれた倉庫みたいな建物のお外で、カチューシャ、ジャージにプロテクターと膝サポーター嵌めて、ジョンジェくんと最後のタイマン勝負の殺陣の練習をしている姿とか・・・・一回見ただけではここに書き切れない位なので、ぜひ、見られるかたはご覧あれ。(リージョン3だけど・・・・)ただしメイキングには英語字幕もついていないので、9月に出る日本版になるべく多く収められていて欲しいと願うのみである。(どうも大幅に短いようで・・・)
(音声解説にJDGが参加していないのはなんとも残念だけれど。)

Offsin4別れのシーンの集中ぶりが伺われたこの姿。メイクが崩れないよう涙をそっと拭っているようなのだが、わざわざこんなふうにタオルに伏せている姿勢が胸に刺さった。
※1日大学路で行なわれたスクリーン・クオーターの集会に出席すると言われていたJDG、どうやらサイン会には姿を見せた模様なれど、詳細は不明。元気ならそれで良し。

※もうすぐ巷に流れるチャミスル新CMの内容が明らかに。ケロケロ野球の前の晩に撮っていたやつである。本人「不思議な感じ」と発言していた、バーで竹の化身のお姉さんと飲むというコンセプト。(かぐや姫ではない。)竹炭になりたいの、かなうといいね・・・ってシュールだ・・・。^^;;(竹が椅子に座ってるしなあ・・・)今年も、「チャミスル、ヂュセヨ・・・」

※スターMジャパンに移行した公式サイトが見られるようになった。まだちょっとアクセスに不具合があるようで。ともあれ、先を楽しみに・・・・

Chamisuruチャミスル、ヂュセヨ。やっぱりオン・ザ・ロックよね。明日は野球だし、ってか。
※あの名作MV「永遠」について、こんなニュース。(以下JOONGANGILBO NEWSより)

《ある制作関係者は29日「チェ・ジウ側とドラマ出演に対して原則的に合意を終えた。出演料の調整を残すのみ」と説明した。また「2人の主演俳優に関しては、イ・ジョンジェとチョ・インソンと接触中だ」と付け加えた。

『ケインとアベル』は歌手兼俳優チェ・ジニョンらで構成されたSKYのミュージックビデオ『永遠』をドラマ化するもの。孤児である兄弟が海外に養子として引き取られ、互いに違う人生を暮らしながら成長し、警察と犯罪者となって劇的に出会うという内容だ。チェ・ジウは劇中2人の兄弟の愛を同時に受ける女性を演じ、ロマンスドラマの主軸となる。
クァク・キョンテク監督がプロデューサーとして企画を担当し、チェ・ホソン監督が演出、映画『大変な結婚』を書いたキム・ヨンチャンが脚本を担当する。》

あのMV初めて見た時は、チャ・インピョさんとJDGどっちが兄で弟なんだかわからなかったっけ。インピョさんのほうがかなり年上なのに、お若く見えるもので。しかし、弟がインソンくんか・・・たしかに「舎弟」その4だけども。笑。弟一号、ビニ。二号、ピくん。三号カン・ドンウォンくん、四号、インソンくん。五号は・・・チョン・ジョンミンくんか?あと、ミヌくんとかももいるしなあ。弟よりどりみどり。ジンモさんもJDGを「ヒョン」と呼んでいたけれど、どうも弟キャラではないような。
ドラマになるのは来年始めの予定だそうで。

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2006年5月26日 (金)

「台風」⑪・・・嘘つきキョンちゃん。

【Written by tartan】

今更ながら自慢できた話ではないのだが『台風』、実は4回行っただけで終わってしまった。物理的に時間が無かったというのが主たる理由なのだが、4回しか観に行かれなくて非常に不満が残ったかというと実はそうでもない。自分なりにとても楽しめたし、ここにきてようやく、かなり内容を消化できたとも感じている。元来、物事を理解吸収するのに他人より多くの時間を要する体質のため、映画公開中にあちこちで飛び交う様々な情報に合わせてさくさく自分の考えを語る、というようなことはやはり出来なかった。そーゆうの出来る人が、実は心底羨ましくて仕方が無いのだが・・・・・
えーー、というわけで、まあ言い訳はこれくらいにして(^^ゞ
『台風』レビュー、キリ番10回ですっきりまとめてくれたmiyukiひょんには申し訳ないけんども(笑)隠れマイペースなtartan、もう一回だけ語りたいと思う。熱く。

良い悪いの問題ではないということを最初に述べておく。そうでないと喧嘩売っとんのか?と思われるかもしれないので^^;;;
常々思っていることなのだが、そもそも“映画を観る”と一口に言っても、思い入れの深さや観るポイントは人それぞれであり、場面々々の解釈に違いが出てきたりすることは当然のことである。仕方の無いことだと納得している。しかし今回『台風』という作品において、自分とはあまりにも懸け離れた観かたをなさる方が想像以上に多く、少々面喰らった。
どうでもいいような(その方たちにとってはどうでもよくないことなのであろうが)細かな点を論うことがそんなに楽しいのか、と思ってしまう。20回も30回も同じ映画を続けて観れば、そりゃいろいろ気づくこともあろう。映像的な矛盾点もさぞかし沢山発見できたであろう。別にそういうスタンスが悪いと言うつもりはないが、自分に限って言えば、どのシーンが何秒カットになっているのかを確かめるために忙しい時間を削ってまで映画館に足を運ぶなどという行為には、何の意味も見出せない。
「愛がないのね」と仰るならそれでも結構。傲岸と感じられたら申し訳ない。

Img_1_13服装に関する無頓着さ加減は、もはや天晴れ。(笑)
tartanは基本的に、創り手に非常に甘い。(ご存じの方は呆れるほどご存じでしょうが^^;;)創り手の中でも監督に対して特に甘い。例えどんな駄作映画であっても「どうしてもこの映画を撮りたかったのだ」という確固たる監督の意思がそこに感じられれば、大概細かい矛盾やら意味不明なシーンも気にならない。tartanがいそいそと映画館に入っていく時、それは鴨が葱を背負っていると思って頂いて構わない。『台風』に関しても勿論例外ではない。
『台風』に挑んだキョンテク監督は、『チング』の時よりずっと揺れていた。と、感じられた。その理由はこうだ。
『チング』は皆様ご存知の通り、キョンテク監督の自叙伝的映画であり謂わば私小説のようなものである。ジュンソクもドンスも実在の人物であって、サンテクは監督自身。そしてそのサンテクの目線でもって終始冷静に主役の二人の感情を追っている。つまりサンテクの目線で描かれることによって、ジュンソクとドンスの感情のやりとりは、どちらに傾くこともなく絶妙な均衡が保たれていたのだ。サンテクと、ジュンソク・ドンス二人の距離はほぼ等しく、だからこそジュンソクとドンスが近づいては遠のく、そのもどかしい様子をリアルに描くことができていた。
自叙伝の映画化・・・・・それは一見、撮る側の思い入れが強くなりすぎるのではないかとの懸念を抱かせるものであるが、反面「登場人物が実在の人物であるがために、脚色しようのない部分」を確実に存在させる。『チング』の場合、そのことが視線のブレを防ぎ、淡々とした中にも、あれだけ観る者の心を揺さぶる名画として仕上げることが出来たのであろう。

では『台風』の場合はどうか。
シンというキャラを、監督は10年以上も前に偶然見た「脱北者家族のホームビデオに映っていた怯えた表情の少年」から創り出した。瞬間、あ、コレだ!と思ったに違いない。そしてそのシノプシスがかなり早い段階で上がっていたにも拘らず、これでもかというほど時間をかけて練り込み、ようやく完成を迎えたのが昨年の暮れのこと。この辺に監督のシンに対する思い入れの深さを感じる。
『チング』との一番の違い。それは、ビデオに写っていた少年がきっかけとはいえ、シンは紛れもなく監督がその脳で創り上げたキャラであるということだ。シンという人間は、ある日ひょっこりと脳内に生まれた監督の“子供”のようなものであろう。そして最初は何も語らない我が子に対し監督は、毎日毎日少しずつコミュニケーションを図り、意思の疎通を試みる。「シン、キミは本当はどうしたかったの?」「ここまで来るのに、一体どんな悲しい思いをしたの?」と。そしていつしかシンも、ぼそりぼそりとあえかな声でその思いを語りだす。映画の中には決して描ききれない膨大な会話を、二人は人知れず交わしているのだ。
我が子が可愛くない親はいない。シンを大切にするあまり監督の心がとても揺れたであろうことは想像に難くない。シンのためなら・・・というような独善的な方向に作品が傾いてはいけない。そして逡巡する。プロの仕事なのだから、と。で、セジョンの登場となる。
同じ軍人の父を亡くすという重い過去を背負ったセジョン。その強いキャラクターを登場させることで、監督は、ともするとひとりよがりになりそうな自身のシンへの思いを制御しようとしたのではないか。しかし、あれほどまでに強烈なキャラのシンに対峙するセジョンであるからして、ちょっとやそっと上っ面だけの正義感では、シンにまるっと飲み込まれてしまう。セジョンが前面に押し出された形の仕上がりになったのはそのためであろうと推測する。

Img_2_19弄ぶ人と弄ばれる人、の図。二人(三人)の目に映るそれぞれの『台風』は・・・
これじゃまるでセジョンが主役じゃないですか。ドンゴンさんより登場シーンが多い。そう嘆いていた方々もおられた。何を隠そう、監督ご自身も「主役はセジョン」と断言しておられる。(笑)
しかしtartanは思う。監督のその発言、半分は本当であろう。けれど半分は嘘だね、と。
だって、初めにシンありきで始まったこの作品、シンが主役でなくて誰が主役なのか。監督の描きたかったもの、それはシンという男のあまりにも悲しい救いようの無い生涯に他ならない。それなのに多くの観客に「主役はセジョン」と思われてしまったあたりに、監督の心の揺れを感じずにはいられない。シンに対する深すぎる愛情ゆえの視線のブレ・・・・・なのかなと思うがどうだろう。
様々なインタビューなどを通して感じられるところのキョンテク監督の人となりを思うにつけ、作品やキャラに対する自分の思い入れを上手にコントロールするのは、むしろ苦手なのだろうと感じずにはいられない。本当はもっと、人間の細やかな心の機微を丹念に描きたいと思っているのだろうが、ともすると流されそうになる自分をよく知っていて・・・・いっそアクション。だったのかもしれない(笑) いや、笑えないか。でもちょっとやっぱ笑える。キョンちゃんの嘘つき、と。

「表脳」「裏脳」、というイメージが、自分の中にある。
無論そんな用語は医学にも心理学にもない。単なるtartanの造語なのであるが、今現在働いているのがどちら側の脳なのかをイメージすることで、目の前にある問題解決に要する時間が大幅に短縮されるので、常日頃から自分勝手にそんな分け方をしている。
日常の様々なこと、つまり家事であるとか他人との関わりであるとか、そういった実生活の全てを司るのが「表脳」だとすると、それ以外の部分が「裏脳」の担当である。「実脳」と「虚脳」と言い換えることもできるかもしれない。表と裏の割合は人によって全く違う。仕事によっては「表しかない」という人も決して少なくないであろう。だが、もしも「自分には裏脳しかない」という方がいたとすると、ほぼ間違いなくそれは人格崩壊者である(笑)
思うに映画監督だとか作家だとかいう人種は、日常の大部分を「裏脳」の世界で生きているのではないだろうか。自分と、自分の創り出した世界の住人だけのワンダーランド。シンも、キョンテク監督の「裏脳」の住人である。そんな怪しげな形も無い生き物に、自分の身を削って生命を吹き込むというとんでもない役割、それが役者の仕事なのだ。
JDGという人は、そこのところが実に柔軟に理解できているのだろうと、いつも感じる。

映画は最終的には監督の物。俳優の物でも、当然観客の物でもない。監督のめくるめく「裏脳」の世界を、形にして世に送り出すお手伝いをするのが俳優であり、ありがたく覗かせていただくのが我々観客なのだと思う。

Img_3_6「たまにはピシッ!ってやってみたいんだよね」「・・・似合わん。諦めなはれ」「ひ~ん」
さりとて俳優さん方、演じているうちにうっかり、監督の意図するものとは違うキャラが自分の中に生まれそうになることも少なくないだろう。「あ、少しずれて来ているな」と感じたその時に、自分の立場を卑下することなく、監督の指示を穿ちすぎず曲解せず、最初の立ち位置に素直に戻って行かれるかどうかが、「いずれは監督を目指す」役者と「俳優として生涯を全うしたい」役者との分かれ目という気がする。最後の最後まで監督を信じて、監督の思い描く茫漠としたイメージの中に、裸の自分を綯い交ぜてゆく努力をしていかれるか、ということだ。そんなことを淡々とした顔でやってのけるのって、やっぱ、頭のどこかに風穴開いてる人にしかムリエヨ~^^; 

昨日の「日本でのマネージメントを、アミューズからスターエムジャパンに移行する」という突然の知らせには、正直たまげた。しかしまあ、ファンクラブの運営をどこが担うかということと、JDG自身の役者としての方向性とはあまり関係ないのではないかと思いたい。(思う、と言い切れないあたり微妙^^;)
尻が浮くほどヘンテコリンな発音で台詞を言わされるCMとか、世にもアヤシげなブレスレットのCMとかは、とにかくやめて。お願い。本家本元、スターエムに「ジャパン」がくっついたところの意味を、是非とも良い方向に解釈したいものである。
一生俳優でいたい。
そう言い切る潔いJDGの、今後の活躍に期待したい。ファイティンッ!

久々に大真面目に語ったら、くたびれちゃったよ~~(*^_^*)

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2006年5月14日 (日)

「台風」⑩・・・“台風廃人”

【Written by miyuki】

4月に全国公開された「タイフーン」、12日が上映終了だった所が殆どだったようだ。私もソウルでの試写に始まって、コレだけ回数を見た映画と言うのは久しぶりのことだった。何かにとり憑かれていたのか?ものすごく面白いとか、大傑作、というのでもない。どちらかといえば、ちょっとおかしな設定、半端ないろんな部分に困惑した作品だったし、たしかに分かりづらい部分は多々あったけれど、それを確かめるということでもない。(上映中いろんなことをぐるぐる考えてはいたけれど。)

Tepun73 ポスターの使われなかったバージョン?シンのほうは、前売り券のノベルティの缶バッジの台紙のカードのデザインに使われていた。
韓国では、「○○廃人」なる言葉がある。ディープになってしまった何かのファンのことを指して言うようだ。巷に廃人を生み出したと聞いた事があるのが、「ごめんね、愛してる」「茶母」(チェオクの剣)「バリでの出来事」などであろうか。ご存知の通りいずれもドラマである。
それを言うなら、まさに「台風廃人」かもしれない。上映終わった途端世間に「居た堪れないくらいの淋しさ」を訴えるJDGファンがあちこちに・・・。
私もそうかもしれない。自覚症状がある。

ふとしたときにシンの姿を思い出し、えもいわれぬ哀しい気持ちが込み上げる。どこかでまだ彼の魂が彷徨っている気がするんである。その眼差しや、姿までもがはっきりと浮かぶ。これは果たして、「俳優JDG」のせいなのか、キャラクターそのもののせいなのか。(多分、相乗効果。)このレビューを書くのに、写真を選んでいてちょっと泣きそうになってしまった。
「ブラザーフッド」の時は冒頭の兄弟登場のじゃれあいシーンなど思い出し、しみじみしたり、弟ジンソクがジンテ兄さんの骨を迎えに行くまでの人生を妄想したりしたものだが、こういう寂寞感とはまた違っていたように思う。

Tepun92撮影の合間。こんな横顔を随分見せて貰った気がする。俯く長い睫毛。シンの睫毛は長い。こう言うことで泣けて来るのが廃人の証。(汗)
「中毒」の禁断症状だ。まさに。
JDGはどこかで、撮影が終わってもたしかに役者の中に残る「演じた人物」の存在のことを、心理学の先生に聞いたことがある、と語っていた。その人物の、映画では出て来ない人生まで考えてキャラクターを「演じる」というより、「生み出す」わけだから、その人生が俳優本人の一部になってもあたりまえだと頷ける話である。

「タイフーン」と言う映画を、企画が発表になった段階から見守って来たファンは、今回ファンクラブの会員だけでもかなりおられることだろう。私もそうだが、釜山ロケに参加出来た幸運なファンもいるし、過去の作品を後追いして見るのとは思い入れが確かに違うかもしれない。

「廃人」を生み出す要因の共通項は漠然と分かる気がする。あえて言うなら、「強烈な別れの記憶」体験のようなものだろうか。
「ブラザーフッド」だって、ジンテは戦場で痛ましい死を迎え、戦争の理不尽さに観客は泣かされたけれど、ある意味きっちり“完結”出来たのだと思う。最近本国で公開になった、やはり南北分断を扱った映画のレビューで、「観客が泣くためのタイミングをうまく与える演出に失敗している」というような記述を読んだ。ふうむ、と思った。ジンテの死を「気持ちよく泣けました」と言う人はいないと思うが、見た人は「思う存分泣かされたあとに、歴史を考える」という道筋を、少なくとも明確に提供して貰ったのだろう。

Tepun82_1沖に泊めたタイフーン号へ姉さんを連れて漕ぎ出す場面。このシーンのなんとも言えない色合いをいつも思い出す。
ソウルの試写で、シンの最期の姿を見た時の胸の痛さは忘れられない。ちょっと上手く表現も出来ない。「チング」のドンスも刺される時、よく叫んでいたけれど、シンのその声と顔は、不意を衝くようにしてそのままずっと私に刺さったままになった。
“なんで、なんで、なんで死んだのさ?”
私はその後考え続けた。
キョンテク監督は結末を二つ考えていたというから、シンの死に方ももしかしてもう一つのほうでは、ああではなかったのかもしれないが、取りあえず監督はあの最後を選択した。セジョンの方へ震えながらやっと手を延ばし、
「俺たち、次の世では(生まれ変わったら)・・・」
と言いながら、シンは生きて話し合う事をしなかった。そうなったのは、それはそれで理解出来る。前にも書いたが、シンは自分ではああする他無かったのだ。あまりに辛いので、セジョンの感情の方へ思い入れて逃げたりもしたけれど、セジョンだってじっさい堪らないだろう。あんな風にシンに目の前で死なれて。もう掴みかかって来ないシンの、セジョンに閉じさせてもらった目蓋があっけないほど儚なかったっけ。

Tepun10_2 タイフーン号での別れのシーン。「お父さんに似てとてもハンサムね・・・」
「来世」・・・そもそもなぜ来世なんだろうか。そういえば韓国の歌では確かに「生まれ変わったら」「生まれ変わっても」という歌詞が多いような気もする。
「恨」(ハン)このことに今突っ込むと、きっと収拾が着かなくなってしまう。
「叶わないこと」への思いがとても深いのだという韓国人。せめて叶わない、その願いの理由に思いを致すことしか、今の私には出来ない。
今生の世では解決しないかもしれない問題の現状を思うから、なお辛く重苦しい。

「これから家族のいる所へ行って、幸せに暮らそう。」
シンは静かな声で、ミョンジュ姉さんを背負って言った。あどけなかった少年が、あんな強面になってしまって、あの世で家族に再会したら、やっぱり照れくさそうに笑うのだろうか。それとも少年の姿に戻っているのかな・・・・
・・・とまあ、これが私の「廃人ぶり」である。

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2006年5月 6日 (土)

「台風」⑨・・・・・書き残した「台風」小ネタ集・脈絡無く・・・

【Written by miyuki】

Tepun9一番右にいるのが噂の彼。(笑)どなたか、クレジットでこの人の名前読んでくだされ~~。
※国家情報院にて、カン・セジョンの選抜にあたるシーンで、滔々とセジョン何者、の情報を読んでいる若い職員がこのごろちょっとツボである。(マニア心。笑。)キム次長(キム・ガプス)のそばにいつもいて、「○○の資料を」と言われれば、「イエ~、アイゲッスムニダ」作戦会議のシーンでも一同の中にひっそり混ざって座っている。釜山ではおそらく空港までセジョンを迎えに行って、へウンデ・グランドホテルまで車を運転して来た。銃撃戦の直前、現代のシルバーのセダンの運転席から彼が、助手席からセジョンが降りてくるのが映っている。回転ドアを過ぎた所でシンとすれ違い、シンを追いかけるセジョンのあとにちゃんと付いてきて、弾をよけていたりもして。
そうか、あの車、最初はだれかお客の車を勝手に借りてセジョンが壊したかと思っていたが、国情院の車なら、修理費の心配はいらなかったわあ・・・。果たしてこの職員さんには台本上、名前がついていたのだろうか。(職員Aかなあ。)けっこう出番多いけど。
それから、カエル顔したホン院長(というらしい。)の「ムォヤっ??」(なんだと??)が妙に好き。

※シンさんとセジョン大尉の最後のタイマン勝負。いきなりシンがかましているのが、いわゆる「パッチギ」(パクチギ。頭突き。)である。セジョン、火花散っただろうなあ。あれは喰らったほうがコブになるんだな、多分。息するのも忘れて見入っているシーンだと言うのに、ここまで来るとちょっと腹筋が緩むんである。シンさんてば、もう・・・

Tepun5金歯が気になって口元が窄むシンさん。釜山ロケで。このIDカードに注目。
※逃げるシンが、イベント会場で下げてたIDカード。途中まで顔写真があの「ダニエル・ヘニー」だった。で、途中からシン本人の写真に代わったのだが、その下の名前。「セルゲイ・アンドレイ ロシア」ベタで笑ったが、セルゲイというのはバシリー役(ガス工場で弟のこととチェルノブイリのことを語っていたでっかい彼。)の、アンドレイというのはコズロフ役(金髪長髪の、釜山のロシア人)の役者さんの名前なのであった。何遊んでいるのやら、小道具さん。ちなみに、このIDカード、私が渡されて下げていたのはモデルの「デボン青木」の写真、Sちゃんは「安室奈美恵」だった。このIDカードのことは去年向うのネット上でもちょっと話題に登っていた。あんな大人数がわらわらたむろす群集シーン撮影でも、主演俳優はぼおっとしてる間にこんなところまで細かくファンにチェックされちゃって。いやはや、本当の意味で気は抜けないのだろうなあ。こうやって人目に尋常で無い量晒され晒されていると、一般人からは自然に浮き上がるオーラがいつの間にかさらに磨かれちゃうんだろう。皮肉なことなんだが。

※釜山ロケの時、現場だったスヨンマンヨット競技場の広場(釜山映画祭のメイン会場でもある。)を、シンが逃走にするのに使って、リヤガラスの割れた黒いバンが走っているのを目撃したのだが、私の立っている所からは、シンが降りて、襟を忌々しそうに開き、IDカードをぶら下げてる場面は残念ながら見えなかった。コズロフさんはなんでかしっかり見た記憶があるんだが。

Tepun6_1ほら、ダニエル・ヘニー。ちらちらダニエルがカードの中から自己主張したか?
※ロシアの俳優さんの中では、コンテナの娼婦宿にたむろして、「シミョン!!」と部下を呼んでいたスキンヘッドのおっちゃんの芝居が渋い。それから、「パジャールスタ・・」(どういたしまして)と揉み手している往診のお医者さんもナカナカうまい呟きである。
「姉さんの確認はあとでいい」などと言いながらのんびり行ってみたら、セジョン一行に先越されて、ミョンジュ姉さんとおぼしき女性を連れ去られたシンの背中が思いきり怒っていた。(肩がイカって猫背なだけ?)失望したくないから期待もせず、確認に行くのを後回しにしたばかりに、だんだんペースをセジョンたちに狂わされ・・・・こうして見るに、ちょっとお間抜けかも、詰めが甘いで、シンさん~~。

Tepun7_1 自分の御顔に替わりました。極悪です。このカードに変えた時、じっと手にとって見ていたけれど、「綴り、違う・・・」とか心で呟いていたか?「セルゲイ」これじゃ、「チェルゲイ」ですな。
;※セジョンがキッチンで、花柄のお鍋でミョンジュのためにしみじみ作ったお粥の味がむちゃ、気になる。ちゃんと塩味あったのかしら。私にも一口味見させて、ヂュセヨ。ジョンジェくんは、「イルマーレ」の最初の方で、「一人暮らしの男が、美味しそうでオシャレなパスタを上手に作る。」ってシーンを演じていたが、韓国では「万人の恋人」とも言われているそうだ。ほんとうに、正しくハンサムな人だった。(生ジョンジェくんの感想。)>
立派な耳には、モモのように光る細かい産毛が生えていた。どこの場面でそんな産毛・・・と問われてここだよ、と言っても映画館のスクリーンの状況によりけりだと思うのだけど・・・。少なくとも2箇所、「産毛・・・」と思ったっす。一箇所が、海辺でSSUにいた時の話をキム次長にしている場面だった。興味のあるかた、凝視してみてね。多分DVDになったら、無理エヨ。産毛・・・たまらん!シンの耳の後ろのつるつるの次にたまらん。(馬鹿。)

※密入国した釜山のロシアタウンで金田一耕助みたいな帽子を被って、上海のどっかの会社の作業ブルゾンを着たシンさん。(中国人の振り?)こういう衣装は誰が調達するんだろう。ソムチャイか?結構大きなショルダーの荷物を肩に掛けているんだが、あの中味はナンだろう?もしかして、やっぱりソムチャイが調達して、きちんと畳まれたあの黒いスーツ一式だろうか。もし衣装係がソムチャイだと勝手に妄想するとして、ソムチャイてばシンの靴のサイズも知ってるのよね~~アヤシイわ~~。(馬鹿。)あの靴、結構高そうでしたな。「ボスが高級ホテルでハジかいちゃイケナイわ。靴擦れしても可哀想だし。」とかめいっぱい気張ったんだろうか。(ソムチャイは何でも知っている。^^)
ロシアタウンのシンがお気に入りのクマちゃんが言うことには、一番最初に韓国で見た時には、帽子を取る場面があったのだという。(私は残念ながら、記憶に無い。)
「取った瞬間前髪が潰れててカワエエ~~~、と思ったんだから間違いないもん。」

そういえば、日本で上映が始まってからというもの、意味不明のカットがちょこちょこ発生しているのだが、これってどういうことなのやら。何回も見に行くファンの存在を甘く見てはいけない。

・・・・というわけで、また思い出したら書きます。

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2006年4月14日 (金)

「台風」⑧・・・オーストリア大使館の天使

【Written by miyuki】

Shin200504_1ハンモックのシン。ぶら下げてるのが天使のオーナメント。
たくさん撮ったシーンの何処をカットしてどう編集するか、とは監督さんにとってまさに正念場たる悩みの大きい作業だろう。その映画の「焦点」、監督の思いとその作品の未来の観客の心の琴線とを繋ぐ、目には見えない駆け引きのバランス・・・・

「ブラザーフッド」のオーディオ・コメンタリーで、カン・ジェギュ監督も、たびたびカットを巡って編集担当と議論したと語っておられるのが興味深い。
出来上がった作品を初めて目にした俳優さんの心情もおして知るべし。ある意味では納得しながら、片方では「あ~あのシーン、すげえ頑張ったのに・・・」と密かに脱力、なのかもしれない。
「タイフーン」にも、撮られていながら幻となったたくさんのシーンがあっただろうことは、想像に難くない。韓国で出版された「CINEBOOK」の中にもそんなそそられる写真が何点かある。
ハンモックの上で少しは寛ぐこともあったんだな、というシンさんが手にしている、何か青い紐に吊られた光るもの・・・・ああ、こりゃ焦点が合っていないけれど、あの天使じゃないの!!ミョンシンが北京のオーストリア大使館で、きらきら輝くクリスマスツリーから外して貰ったのを、嬉しそうに大事そうに両手で包んでいた、オーナメントの天使。シンは、何も持たずロクに食べられず、ぼろぼろで彷徨って海賊村に辿りついた「浮浪児」だったはずなのに、どうやって失くさずにいたものやら・・・。(涙)

Angel1スワロフスキーの天使。たぶんこれではないかと。結構なお値段します。
オーストリア大使館のツリーだけあって、それはどうやらスワロフスキークリスタル製で、今は欠品になっている天使だと思われる。写真からは分かりにくいが、シンがそれを海賊村の子供に託した、というシーンなのかもしれない。
ソウルで開催されていた「台風館」には海賊村のセットの細かいデザイン画がいくつもあった。シンの小屋には、小汚い手ぬぐい(?)が干してあったり、フライパンみたいなものがぶら下がっていたり。最初の方で謎のアヘン・デート(爆)をしていた、たくさんの鳥篭と火事になりそうな祭壇のある占い婆さんの小屋や、海賊たちが住人に戦利品の分配をしていた村の広場等々・・・。ソムチャイの妹の名はノック、シンたちが殺した前のボスの名はチョンウィ。字幕では訳されていなかったが、良く聞くと、名前はちゃんとセリフにあった。

そんな公開されたバージョンにはないシーンが少し分かるのがノベライズである。原作とか書き下ろし、とかでなく「ノベライズ」というからにはこの仕事にもこちらには分からない制約がイロイロあるのかもしれないが、いかんせん「靴の上から足を掻くような」描写の物足りなさはある。おそらくは、ざっと翻訳のついた映画の台本と、(だから、カットシーンが妙に破綻無く挟まっている。)業界で何か記事を書いて貰う時に、試写の前に資料として渡される映像なりを見ながら書かれたのではと想像する。だいたいは公開された映画の内容に添っているのだが、ソムチャとトトのやりとりや、海賊村で子供にちょっと優しくて、人々に(女にも)モテている孤独なイイ男のシンさんなど、この辺はやはり興味深い。

Tepun4_1パク・ワンシク殺害現場のトイレ。へウンデ・グランドの実際のトイレではなかったのね、さすがに。シンさんは、メガネ置きっぱなし、折れたナイフの柄洗面ボウルに落としっぱなしと、証拠残しまくりで。(爆)
映画と大きく違っているのが、タイフーン号に姉さんを連れて行くシーンがほんとうに時系列に添って書かれていることだ。
「一緒に家族のいる所に行って幸せに暮らそう」
そうシンが嘘のような穏やかな声で姉さんに語りかけている、幻想的なあの場面・・・
ソウルで最初に見た時は、「彼岸へ漕ぎ出して行く二人の幻のシーン」なのだなと思った。たしかに実際沖に停泊しているタイフーン号へ最後の船出をするために向う、いわゆる「現実の」シーンでもあったのは、何回か見たのですんなり理解できる。しかし、一緒に試写に連れて行った私のハングルの先生(30代男性)は一瞬何のシーンなのか、やはり混乱したようだった。
「チング」のラストシーンの「ジュンソク、実際に死刑になったのか否か?」の議論と同じく、監督の含みを持たせた演出であると同時に、加えて言うならおそらく、「時限装置の最終的なスイッチを押さなかったシン」ということへの答えではないだろうか。
Tepun2_2 海賊村の俯瞰図。船着場や、浜に繋いであるあの小船が。
姉さんと再び生きてこの世で出会わなかったなら、シンは瞳を揺らすこともなく、極悪な目を守りきって、迷うことなく10時間の時限装置の釦を押しただろう。
姉さんが言った「私たちの故郷があるから。」という言葉が、釦を押すことを最後の最後で留まらせた、せめて賢くて優しくて、すこし気弱な少年だったチェ・ミョンシンの心に戻って行ったのだよ・・・と。

海賊村でのシーンを相当潔くカットした理由、監督にずばり核心を聞いてみたいところでもある。あまりシンの「サイドストーリー」に引っ張られると散漫になると思った、というようなことではないかと思うのだが、あくまで私の想像なので・・・。皆さんはどんな風に受け取られただろう?
天使を見詰める曖昧な目をしたシンの場面、見たかった。5月に一足先に本国で発売になるDVD、「消しゴム」みたいにディレクターズカット版だとうれしいんだけどなあ。

Tapun1台風館に展示されていた時限装置。押していなかった釦。
※某所にもレスしたことだが、字幕の件でひとつどうしても気になっていることがある。セジョンとタイマン勝負になった時に、シンが叫んでいるセリフのことである。ジャパン・プレミアで最初に日本語字幕版を見た時は、私の記憶ではノベライスと同じだった。
「ムカつく事実を知っているか!お前と俺言葉が通じるとはな!!」
これが「世の中腐っていると思わないか。お前と俺、同じ言葉を話す人間なのに!」というのに普通の試写会で見た時から代わっていたのである。どういう理由と意味があったのだろう。些細と言えば些細なことだが、「同じ言葉を話す」という部分がかぎりなく曖昧になっているし、なんだかシンのほうが泣きを含んでるみたいでどうももやもやする。「言葉」がいわゆるハングルもしくは朝鮮語という特定意味でなくて、人間として話している言葉というような感じに取れなくも無い。こんなことが気になるのって私だけか?日本語はこう言う時思わせぶりな言語だ。ハングルを自分の頭でストレートに理解できたらいいなあ、としみじみ思う。
前出のハングルの先生に聞いてみたところ、「まったく腐ってるよな、お前と俺が同じ言葉を話すのは事実だってことがよ!(言葉は通じても、話は通じない)」というニュアンスのようである。(穿って考えてしまうが、何か思いも寄らない反応でもあったのだろうか・・・・単なる字幕訳者だけの事情ならいいけれども。うむ。)

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2006年4月13日 (木)

「台風」⑦・・・凍りついた心

【Written by tartan】

miyukiヒョンに遅れること3ヵ月半、暴れたくなる気持ちを(笑)何とか騙し騙し日本公開まで待って、やっとこ2回観られた『台風』。レビュー⑦番目にしてようやく自分の記事が書ける。う~ん、幸せっ。しかし長かったよ、ここまで(TOT)
すでに核となる重要な部分はヒョンがほとんど語り尽くして下さっているので、tartanはまた独自の観点から(結構偏ってるんだな、これが^^;;)ちょこっと感じたことなどをつらつら・・・・

◆良いとか悪いとかじゃなくて・・・
まず、下のレビュー(「台風」⑤)にクマちゃんもコメントしてくれたが、公開早々公式サイトで「20年の怨念のためならパク氏殺害は正当?」という内容の発言があり、思わず膝がカックンとなった。
あそこで『台風』の話題がイマイチ盛り上がらないのは、もしかしてその辺りなのか? あまり考えたくはないが、もしそういうラインで思考がぐるぐるしている人が大勢いるのだとすると、盛り上がらないのも仕方のないことなのだが・・・・それではJDG公式FCとしてあまりにも悲しい。
シンの行為が良いのか悪いのかということではなく、どうしてシンのような人間が存在してしまうのかということに目を向けないことには何も始まらないというのに、全くもぉ。シンが正しいか正しくないかなんてことを問題にすることはナンセンスなの。んなもん正しくないに決まってんの(笑) 全然正しくなんかない、存在してはならない人間を産み出したのは何なのか? 存在してはならない悲しみは、一体どこから生まれてしまったのか? それを問うた映画だとういうに・・・・・
シンの悲しみは半島の悲しみなのだ、という感覚が自然発生しない体質の人は多分『台風』言語を理解できないかもしれない。キョンテク語は通じない。文部科学省推奨の教育映画でも観に行って下さい。
さて前置きはこれくらいにして、と・・・・(前置き、長っ!・笑)

Photo01
miyukiヒョンの秘密。それは“耳の後ろフェチ”(笑)微妙に見えないかな・・・残念。

◆揺れる眼差し
特に印象的だったいくつかのシーンがある。しばらくしてから気づいたのだが、それらのシーンにはひとつの共通点があった。“シンの揺れる眼差し”だ。
まずは【車の中でのセジョンとの会話シーン(ロシア)】。tartanが勝手に思い描いていたところの、冷酷極まりない海賊シンの印象が最初に崩れた場面だ。「へえ、シンってこういう物言いをする男なんだあ・・・」と。一貫して淡々と、理路整然と語るセジョンに対し、金歯剥きだして食って掛かるような態度の海賊シンさんは、まるで子供だ。二人の男の輪郭の対比が初めてはっきり示された場面だろう。セジョンが言う。
「お前の人生は不幸だ。しかし自分が不幸だからといって他人まで不幸にしてはいけない」
今さっきどこかで聞いたような(笑)台詞が妙に空々しいと感じられたのは、多分その時セジョンから逸らしたシンの瞳のせいだ。ほんの一瞬だが、確かに揺れていた。思春期の少年が親に“温かく”そして“正しい”理屈を突きつけられ、うろたえた時のような眼差しだったのだ。「お前なんかに何が分かる」と心の中で毒づいてみても、どうしても瞳の奥に見え隠れしていまう少年ミョンシン・・・・ 
そして同じような眼差しは【携帯で思いがけず姉ミョンジュの声を聞いた時】にも見られた。
姉の存在は海賊シンと優しかったミョンシン少年を繋ぐ唯一の糸。時折見せるシンの自信無げな眼差しは、細く朽ち果ててはいても、その過去と現在を繋ぐ糸が決して切れてはいなかったことを思わせる。
セジョンは正しい。強くて優しくて、そして賢い。そんな“真っ直ぐな”セジョンに対して、シンはあまりにも“揺れていた”。そのことがまず驚きだった。

◆凍りついた心
tartanの心に一番深く刺さった場面、実はそこにJDGはいない。
【父親が撃たれたのを見た瞬間】だ。あのミョンシンの瞳が・・・・痛かった。瞳も、心も、一瞬にして凍りつくのがわかった。以来彼はその凍ったままの心で20年間生きてきたのだろうと感じた。
つまり、シンの心はずっと11歳の少年のままだったのだ。無論どんな悲惨な育ち方をしてきたといっても、それなりに知恵もつき脳はちゃんと大人になっていったはず。けれど心の奥の奥の深い部分では20年もの間ずっと、あの時のミョンシンが、泣き声さえ上げられないほどの恐怖と悲しみに怯え、ぶるぶると震えながら膝を抱えていたのではないだろうか。だからこそ隠し持った琴線に触れるような場面に出くわす度、フッと一瞬、11歳に戻ってしまう・・・・違うだろうか?
「助けて・・・誰か、僕と、僕の家族を助けて下さい」金歯を嵌めた海賊の瞳の奥が、そう泣いているように見えて、あまりにも切ない。
【パク氏殺害の後】
【ミョンジュとの再会】
【ソムチャイがモルヒネを持って現れるまでの、一人回想に耽る時間】
【「家族のところに行こう」とミョンジュに銃口を向けた時】
・・・・・・tartanの心を捉えた場面のシンは、どれもこれもミョンシンの眼差しだった。そこに血も涙もない殺人鬼と化した海賊のボスの顔はない。しかし多分、シン自身はそれを意識できていないのだろうと思うと、余計に悲しくてならない。

Photo02_1 潮風に吹かれる爽やかな海賊シンさんには、ちょいエロタンクトップがお似合い。
◆シンの対峙していたもの
シンが20年間、凍りついたままの心の中で、対峙し続けてきたものとは一体何なのだろうか?
父や母や兄たちが次々と凶弾に倒れていったことを、一人思い出す場面でさえ、シンの表情からは不思議と「憎悪」は感じ取れない。暗闇の中にぼんやりと浮かぶ瞳は、どこまでも暗い冬の湖のようだった。セジョンらに対して射抜くような海賊の顔になることはあっても、やはりどこか揺れている。積年の恨みを晴らしたはずなのに、大仕事をやり遂げた満足感や恍惚感などはなく、怯えたような戸惑いの表情を隠せない。
そこにあるのは「悲しみ」だけだ。家族を奪われたひとりの少年の悲しみ。
怒りの権化と化し、自分たちを見捨てた半島を無きものにしようと計画を企てたはずの男・・・・それなのにtartanが彼から感じるのは「怒り」や「憎しみ」ではなく、やはり深い「悲しみ」だけだったのだ。

◆最期の炎
これはあくまで勝手な解釈なのだが・・・・シンは最後、セジョンに止めを刺そうとすれば刺せたのではないかと思う。まあ、どちらがモムチャンかを考えると当然シンはかなり分が悪いのだけれど(笑)とにかく二人とも深傷を負っていた。
あの時、最期の刃を自分自身に向けさせたのは、他でもないミョンシンではなかったか。
煌々と燃え盛る炎の中で、溶け出したミョンシンの心がシン縋って言う。
「ねえ、もうやめよう。僕も早くみんなのところに行きたい。お姉ちゃんが待ってるよ」
そしてようやくミョンシンと一つに解け合えたシンの魂は、目の前のセジョンに対して初めて心を開く。「今度生まれ変わったら・・・」と(涙)
赤い炎はそれほど温度が高くないのだそうだ。轟々と音を立てて燃え盛る炎より、静かに青く燃える炎の方が、実は温度が高いらしい。シンの怒りの炎は、いつも真っ赤に燃え盛っていたのだろうが、半島を焼き尽くすための臨界に達することはなかった。なぜならいつも、冷たい氷を心に抱えていたから・・・・・

実はまだノベライズを読んでいないので、もしかしたらトンチンカンな解釈だったかもしれない。「そこ、ノベライズと違います」という場合、早めにコメント下さい。あっさり謝罪しますんで。(笑)

Photo03噂の(笑)二人。長い足を互いに自慢。
◆“泣きのツボ”の話。
「姉さんとの再会シーンで泣けました」という人が多いようだが、tartan、あの場面で涙は出なかった。予告などで何回も見ちゃっていたせいもあったのだろうが、何せ根が素直じゃないんで(笑)役者が号泣していたりすると、こっちは泣けなかったりね^^;; 困ったもんだ。
逆に涙でスクリーンが霞んでしまったのは甲板で手紙を読むセジョンの姿と、スイッチが押されないまま水底に沈んだ時限装置、それからラスト。クリスマスの幸せな家族の風景だ。
受け入れを拒否される運命がそこまで近づいてきているとも知らず、明日を信じて手紙を書く姉と弟。その後の家族の姿を知っているだけに、無邪気な二人の会話が泣きのツボを直撃だった。
最後の最後に、あのシーンを持ってきたキョンテク監督は、やはり類稀な才能の持ち主なのだろうと、単純に思ってしまうのだが・・・・それではやはり創り手に甘すぎるのだろうか。
「アクションシーンが多すぎた」「シンの内面を描きいれていない」などなど、確かに皆さんのおっしゃる通りの感想はtartanも抱かなかったわけではない。けれど、監督の一番伝えたかった何かエッセンスのようなものは、胸にすっと落ちてきて、染み渡っていった。

様々な雑音を消して、静かに目を閉じて、11歳のミョンシンの屈託のない笑顔と、炎に焼かれるシンの姿を思い浮かべてみる・・・・・それだけで、tartanにはもう充分だ。

あ、実は一箇所「この数秒だけのために金払ってもええわ」ってなシーンがあったのだが・・・・その件に関してはまた追々ということで・・・^^

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2006年4月12日 (水)

「台風」⑥・・・海賊シンさんのつくりかた

【Written by miyuki】

すっかり古い話で恐縮だが、先月朝日新聞の折込み「be Extra」(関東地区限定)にJDGが登場、「台風」撮影中に“監督修行”のため密着していたという鈴井貴之氏と対談していた。その中にこんな供述があった。
鈴井 “監督自身が演技をして役者に見せていましたね。”
JDG “監督の意図を明確に伝えられる最適な方法だと思います。しかも監督は俳優より演技がうまいんですよ。だからそれを真似したい衝動に駆られて、自分なりの演技を見せなくてはという思いとの葛藤がありました(笑い)”

Sk_1シンさんに演技指導中の監督。同じポーズ、同じ表情、御揃いの眉間。
「創る人」キョンテク監督の頭の中には、配役が漠然と決定した段階ですでに「JDGの姿を持った海賊シンさん」がいて、それがずっと進行に添って、良く出来たRPGのCGよろしく、セリフを言って動いていたのだろう。(もしかして、そのシンがまだ丸いままのJDGというのもアリだったらちょっと笑える。ごめんねJDG。)でもって、当の生身のJDGの方は、己の分身でありながら、たまにそいつの要求(監督?)に付いて行けなくなったりして途方に暮れる。(笑) 他人が自分の中に見ているものを、冷静に分析している、当の自分・・・。役者になった事がないから分からないが、さぞや不思議な感覚に違いない。
JDG自身、インタビューなどではまるで「お友達」のように、演じた人物を言い表してしていることが多い。「鶴の恩返し」ではないけれど、それこそ“お友達”のために自分の羽を抜いては世にも稀な「布」を織っちゃったりするJDG。「吸い取られ」て「翻弄され」て「抜け殻にされ」て・・・(自分の作り出したものにさえ、やられ放題か?JDG。)
監督の方は、自分の中のシンさんを、「本物のJDG」がこの世に紡ぎ出して行ってくれるヨロコビに浸ってわくわくわく、時々Sッ気全開になってつついてみるに、M体質に思わぬ効果を及ぼして、望んだ以上の場面が現出したり・・・。
・・・・楽しそうだ。苦しくても。モノ書きの「完全自己完結マスターベーション」的世界(失礼)とは随分違っている。

シンという人物を演じるに当たって、半分は監督に指導してもらったような気がする、とJDGは言っている。脱北が叶わず家族を国境で無残に殺され、挙句海賊になった人物は、今までいろんな人間を演じてきたJDGをもってしても特異なキャラだったのだろう。「柔軟な頭で、M体質」JDGの無償の信頼があって海賊シンさんは生まれたと言えるのかも知れない。役の人物がある時自分と「同化」、または自分の腑に落ちて、納得出来る瞬間って、俳優JDGにとってどんな感覚なのだろう。とてもとても興味がある。

チェ・ミンシク先輩が今月の始めの読売新聞の夕刊のインタビューの中でいみじくもこうおっしゃっている。
“結局演技というのはテクニックではなく、演じるその人の本当に芯の部分、キャラクターが語ろうとしている本心の部分が見えるかどうかなんだ。”

(以下小ネタ、行きまっせ。笑。)
※鈴井氏によると、監督以下スタッフのメンメンが釜山で泊まっていたのはなんと、「ネオンサインが煌々と灯るラブホテル」なんだそうだ。駐車場の入り口に大きなのれんの掛かった怪しげな場所・・・私はふと、釜山ロケツアーに出掛けた時の宿「へウンデ・グランド」裏手のあやしいモーテルののれんが、気だるい夜の空気にビラビラはためいていた光景を思い出した。Sちゃんとコンビニを求めてふらふら出掛けた夜中のことである。ふと吸い寄せられるように目が止まったんでアル。あそこじゃあるまいのお、監督たちのお宿。
ちなみにその日、JDGがへウンデ・グランドに泊まっていたのは確かである。ジョンジェくんもだよね?

Dongoncar1へウンデグランドホテルの前のJDGの移動車スタークラフト。(ナンバーは消してあります。)よくTVにも登場する。
※スターの移動車の定番シボレーのスタークラフト。JDGは黒である。ホテルのVIP用のスペースに堂々と泊められていたので、ファンの皆さん、記念撮影しまくりで。ジョンジェくんの車がおそろいで白だったのにはあまりに「らしく」て笑った。この2台、12月のソウルの試写会が催されたシネコン「竜山CGV」の駐車場で仲良く縦列駐車しているのも見たような・・・(引率されて歩きながらの遠目なので、確認は取れず。)皆さんが三々五々入場した夜の回、(クマちゃんたちは夕方の回)私とSちゃんがトイレに行って、のんびり通路でガイドさんと会話していたら、離れたところで、きゃあ~~~と歓声が。何?と思う間もなく目の前を、JDGとジョンジェくんがガードされながら、夢のように通り過ぎて行った。あまりのことに口パクパク・・・(Sちゃんは拍手していた。)ジョンジェくんは服着ているとやっぱり華奢で、JDGはいつものように瞳をうるうるさせて、周囲を見ながら微笑んでいたっけ。(まったくもって、海賊シンさんを演じた人とは思えない妙に儚い御姿よ・・・。泣。)

Stウラジオストック、海賊の休日。トトさんのドレッドはかつらだったのね
※撮影中の現場は、おやつや果物等、食べ物の山だったと鈴井氏の言。ハードなダイエット中だったJDG、楚々、と密かに涙目になってたりしたら可哀想なことだ。某女性週刊誌では、カバンの中からキムチやら塩辛が出現した、とヘアメイクの女性の証言が。自慢のオンマのキムチかな?(いっぺん食べて見たい、チャン家のキムチ。)

Ss_1同じく、ソムチャイとシンのソフトクリーム・デート。(笑)「・・・んまいな。」「ああ、んまい・・・」
※海賊仲間のトトさんの名は「チャタポン・パンタナアンクーン」という。トト・ファンと言う事になっているmiyukiは必死でクレジット読みましたとも。「ちゃたぽん」。キネマ旬報にしか名前が紹介されていないのがちょっと悲しい。ソムチャイことデイヴィッドはちゃんとインタビューもされているのにね。というわけで、覚えて上げてくだされ。「ちゃたぽ~ん」。

※先日異臭騒ぎの挙句西日暮里で逮捕された韓国の武装スリ団のメンバー。釜山から来たという話だったが、持っていた武器がなんと「刺身包丁」。伝統なのか?刺身包丁・・・笑えない話題なんだが、ちょっとだけ釜山とドンスとジュンソクを思い出し、遠い目になった。

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2006年4月11日 (火)

「台風」⑤・・・ 映画「タイフーン」を見た後に来るもの

【Written by miyuki】

父上が北の出身でもあるキョンテク監督は、どうも人生折り返して残りを、「南北問題がテーマ」とひとつ決めたようなフシがある。次作は村上龍氏原作の「半島を出よ」を日韓合作で映画化とのニュースが先日出たが、JDGの出演はあるか、との問いに「俳優のためにはならないだろう」と言うようなことを答えていた。自分は人生の道に南北問題をずっと抱えて行くけれど、キミはキミで義理だてしなくていいから、しっかり頑張んなさい、というところだろうか。

Tepun2印象的なタイフーン号のシン。
その監督にして、「タイフーン」の製作過程は「死にたいくらいにいろいろ大変だった」のだという。膨れ上がる予算、期待される結果、セットが火事になったり、間一髪あの大津波に遭いそうになったりetc・・・・何よりもテーマがテーマだけにさぞ様々の横槍もあったことだろうと想像される。果たして監督の思い通りに話は纏まったのだろうか。
JDGのファンの立場で、シンの生き方に思い入れて見ると、そのあまりに痛々しい人生にはやっぱり泣ける。JDGはいろいろ悩んだ末に、「うわべだけで演じてはいけない」と脱北者の悲しみや怒りに寄り添うべく役作りに没頭(ダイエット含)、結果「情け容赦無く人生削ぎ落とした怒れる魂の化身」のようなキャラが生まれた。復讐だけを支えに怒りを燃やし、それが叶わなかった時、もうあのような幕の閉じ方しか出来なかったことには納得は出来る。あの復讐が叶ってしまってはもちろんいけないのである。
しかし、その存在はあまりに凝縮されたエッセンスのようで、人間シンが辿って来た道を想像するには、見るほうは少しばかり想像力が必要だ。顔と言い、身体と言い切り傷と刺青と、火傷の引き攣れに覆われて、顎には矢の傷・・・・。11歳のちょっと呑気な少年だったミョンシンが、雪の中で逃亡中に「皆殺しにしてやる!」と言うシーンがあるが、いかんせん大人の海賊になったシンとその少年の間のギャップは大きすぎる。途中人買いか何かにさらわれるように海賊村に連れて来られて、人の足に噛み付いてたりするシーンも挟まれているが、おそらくはもう少しあったと思われる海賊村の描写などもすっかり気持ち良くカットになってしまっているので、マニアとしてはそれをぜひ見たいものである。海賊仲間には妙に人望のあるらしいシンの人となり、知った所でやるせないには変わりないのだけれども。(子供たちの入れられた檻に食べ物を投げてくれているのは、あの占い婆さんだと最近気付いた。婆さんとシン、どういう関係なんだら?アヤシイ。笑。)

その正しい立場を必死に全うし、映画の「目線」になっているのはあくまでカン・セジョンであって、イ・ジョンジェの着実な演技は、最後に感情を露にするあの場面まで破綻なく芯を通している。いいやつである。軍人だから、個人的に揺れそうになってもストイックに堪えて、国同士のメンツや打算に挟まれても、自分の取るべき道をきちんと選び・・。まるでこの映画におけるイ・ジョンジェの存在そのものだ。撮影監督協会が選ぶ「第29回黄金撮影賞」演技大賞を受賞したのも、その努力の賜物だと思う。あの「存在感の塊」のようなシンを演じるJDGに対するセジョンを、とても他の誰かには置き変えては考えられない。

Tepun3昨年12月ソウルでのマスコミ向けプレミア。皆さん緊張の面持ち。
それにつけても、まず、韓国の立場が日本人には難しい。しょっぱなの事件に続いて、怒涛のように海軍大尉カン・セジョンが国家情報院に出向させられるあたりから、「核ミサイル衛星誘導装置」とはなんぞや、それが盗まれたら誰が困る?アメリカと中国とロシアと朝鮮半島、どういうバランス?日本は?等々、物を知らないこちとら、付いて行けなくなりそうで、冒頭から頭の中はぐるぐるだ。一応の説明がセリフでなされてはいるのだが、一回の鑑賞で不安なのは、私が年寄りだからなのか?(とほほ・・・)

そういうことは決してこの話の核心ではない。前のレビューにも書いたが、シンの怒りの根源は、愛する家族を理不尽に奪われたことに在る。そして、自分の存在に対する「誇り高さ」である。
しかし、実際のところ、南北分断の問題をどう思いながらこの映画を見たか、は観客の立場によって微妙に作用するかもしれない。本国の若者はといえば、「北も南も同胞じゃないか。」と楽観的で、今現在どうもあまり深くは考えない傾向にあるらしい。深く考えたら、日本人の私にしてからが、頭の痛くなるような問題なのに。30になったばかりという日本語の上手いパクさんは、世代によってほんとうにこの事に対しての考えは違うと思うよ、と言っていた。

Tepun4船倉でのシンとセジョン対決シーン。ひたすら痛い。セジョンは不死身か?
「北は悪者」と教育されて育った世代の監督自身はやはり、今に至るまで解決されていない問題の、大きさ深さをシンがセジョンに向って叫んだ言葉に込めていたと思う。
「腐った話だと思わないか、お前と俺、言葉が通じるのが事実だってことがよ!!」
言葉は通じるが、じっさい「話は通じない」。セジョンは生きて言いたい事を言え、とシンに言ったが、シンは話した所でこの男はともかく、その後ろまでには通じないのだと思っている。残念だ。惜しいことだ。「恨」の胸苦しさと、どうしようもない痛み。そうしてセジョンは、ハッチの開閉ハンドルを戻しながら、辛い声を挙げて泣く。このシーンはほんとうに胸に刺さった。

この問題を何か言おうと思うと、今の私はどうしてもこんなふうに腰砕けの、纏まらない文になる。お堅くなって恐縮だがどうしても「シン、可哀想過ぎます~~」では済まされなくて。ここにいらしてくださる皆様は、「タイフーン」をどんなふうにご覧になっただろうか。

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