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2012年2月

2012年2月29日 (水)

戦友抄・・・マイウェイ

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ネタを暖め過ぎて、タイミングを外してしまった感アリですが(大汗)せっかく集めたのでいろいろ貼っておきます。『偲ぶ会』ね。(大泣きcrying

まずはノモンハンで戦死してしまった若い戦友ミヌくん。彼はジュンシクのご近所の学生で、制服とレトロな学帽と、満面の笑顔が印象的です。

日本人と朝鮮人の代理戦争よろしく暴動になってしまったオリンピックのマラソン選手選考レース、陸連の横暴に「優勝したのはキム・ジュンシクだ」とマイクを奪い取って声を上げるのが彼です。結果戦場に送り込まれることになった汽車の中で、子供のように涙を堪えているミヌを見ながら、ジュンシクは自分が出ていたレースを応援に来たためにこんなことになったのがやりきれないというような表情を浮かべます。

弟のように思っていたのでしょう。戦場でも何くれとなく面倒を見たり助けに行ったり、何とかオンマのもとへ帰してやりたかったのでしょう。

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それにつけてもリアルな戦場シーン、粉塵と泥と血まみれ、収容所では髪もヒゲもボウボウの垢まみれ(ひゃ~~^^;)になってしまいには誰が誰だか区別も難しくなってしまって。

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手にはスマホ、Vサインのミヌくん。隣はグァンチュン(シベリアの収容所で凍傷になってしまう彼です)ことオ・テギョンさんですね。撮影の合間、後ろにはブルースクリーンが見えています。アップのほうはアントン(キム・イングォンさん)と。こんな写真を見るとなんだかホッとします。

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クァク・ジョンウクくん、1990年生まれ。子役出身で古くは「ホジュン」「明成皇后」などからたくさんの有名ドラマに出演しているようです。

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上は「復活」オム・テウンさんが演じたハウンの少年時代。たしかにミヌくんですね。下は「ベートーベン・ウイルス」キム・ミョンミンさんのカン・マエの少年時代だったんですね、吃驚。自分はライバルのミョンファンのような天才ではないと悟る微妙な表情。このシーンは良く覚えていますがミヌくんだったとは。

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アントンに折檻されていた部下のツカモトくんを庇おうとして向井少佐があっけなく死んでしまったことで伐採場はあわや暴動と化し、辰雄もジュンシクも銃殺一歩手前まで行きます。先に銃殺されてしまったツカモトくん(手前から二人目)は韓国の俳優さんですが、日本人役。収容所へ向かう汽車の中で辰雄に「我々は何処へ行くのでしょうか。国へは帰れますよね?」と。

キム・シフさん、1988年生まれ。次回作はグンちゃんと一緒の、ユン・ソクホ監督の新しいドラマだそうで。

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辰雄の副官向井少佐の浜田学さん。ノモンハンではバリバリのシビアな軍人さんでしたが、収容所では人間的な向井少佐でした。コケシを彫刻刀でこつこつ「彫って」いる時の朴訥とした表情が好きでした。

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いつもお腹を空かせていたアン・チュンボク(キム・ヒウォンさん)。「ジュンシク、グァンチュン、お前たちは生きて帰れ」と泣き泣き訴えるこのシーンは辛かった・・・彼が皆の前で処刑になった時、辰雄や向井も「戦友」として頭を垂れ目を閉じ、奥歯を噛みしめるジュンシクはどうにもならず、抗うことも出来ない現実がどれだけ情けなかっただろうと思いやられるような顔をしていました。

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ジュコーフスキーの戦闘に赴く野田(山本太郎くん)、もうこのへんの表情は殆どイっちゃってて凄かったです。怖い。

一番上の東方部隊の戦友の面々もそうですが、何の忠誠も持たざる身ながら行きがかり上その国の軍服を着て軍隊に所属している・・・戦えと言われてもどうなんだ?と思うところですが、実際ノルマンディーで大量に投降したドイツ側の兵士は大半がドイツではない国の出身であったという記録もあるそうな。そうでしょうねえ・・・

生きるためには与えられた仕事をしなければならない・・・戦争もこうした人力の確保無しには出来ないということですよね。嗚呼捕虜はつらいよ。

(個人的にはソ連の収容所の所長さんなど、結構好きでした、私。)

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戦友という括りとは違いますが、こちらト・ジハンくん。ジュンシクの少年時代の印象的な彼です。坊主頭が良く似合っていましたが、こうして見るとイマドキの青年ですね。

戦友の皆様のますますのご活躍を期待しています。^^

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2012年2月18日 (土)

TO FIND MY WAY

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まっこと久しぶりの更新であります。ブログ主、どうにかなっちゃったんでないかと思われたことでしょう。この二週間の間に『マイウェイ』上映館が一気に減ってしまうことが判明したため、なけなしの休みには疲れたカラダと老体に鞭打って(??)駆け込みリピート鑑賞に励んでおりました。

見るたび色んな言葉の断片が浮かんでは消え、自分で打ち消し、また思い直し。この映画に監督が込めたメッセージを、結果非常にシンプルに受け取れたと自分で思っております。

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人生に良いライバルの居てくれることがどれだけ幸いなことであるか・・・それが戦争や民族同士の葛藤に巻き込まれ、例え憎しみ合い分かりあえない日々があったとしても、いつかまた隣り合って一緒に走ることがきっと出来るだろう・・・監督にとってもノルマンディーの塹壕を抜け出して二人支え合って走るそのシーンを撮るために、あの数多のすさまじい戦場シーンや、「捕虜はつらいよ」のシーンがあったのではないかとすら思うわけです。

・・・というわけで、MY WAYとは、一人の男が「君」と再び走るため、今は心の内にだけ居る「君」の存在に導かれて辿る道のことなんである、とエンドロールのアンドレア・ボチェッリ氏のお歌の歌詞にもそうキッパリ込められております。(ほんとです。笑。)いやあ、あれはすでに「純愛」??(すみませんすみません)

ええ、すっかり『廃人』再び。もう淋しくてなりません。戦争シーンを山ほど乗り越えながらなぜか終いには癒されるのだと言うと、友が不思議がっておりましたが、毎日の仕事に忙殺されて卑屈になりそうなオバサン、この映画を見ながら考えることで支えられておりました。明日から何を支えにMY WAYを探したらよいものやら・・・(さめざめ・・・)

斯様にツボにハマった人間にはシンプルに見えてくるこの映画のメッセージも、違う見方、意見はさまざまで、そこには現状の限界や現実が確かに厳然と横たわっておるのだとも感じる次第です。

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◆ジュンシクと辰雄

子供時代、風呂敷包みを斜めに背負って車より早く走る小太りの元気なジュンシク(笑)は、野生児のようです。もっと大きくなった少年時代のジュンシクを演じたト・ジハンくんは坊主頭が似合っていてかなり印象的。(うっかりするとドンゴンさん本人よりシッカリ者に見えるかも??)
日本から京城にやってきた辰雄は白い靴下を穿いたちょっとひ弱そうな坊ちゃん。引っ越してきて初めて出会った同じ年頃の相手に見くびられてはならんと多少虚勢を張っているように見えますが、ほんとうは優しい心根の賢い少年なのでしょう。大好きなおじいさまが京城の憲兵隊司令官とあっては軍国少年にならざるを得ないんですね。医者であり命を大切に思い、戦争を愚かしいものと言う父親と、優しい母親に愛されて育った、おそらく一人っ子。

辰雄が初めてジュンシクと出会った時、最初からジュンシクの中にある「真っすぐな信念」(こいつのこういうところには、敵わないかも感?)に気付いたかどうかは定かではありませんが、ジュンシクのそういうところを見るたびに大人になっても辰雄は過剰に反応し、おじいさまの一件があってからはそれがいっそう極まって行ったようです。

少年時代、大会で交互に優勝しながら自他ともに認めるライバルとして成長していく二人。ジュンシクが優勝した時、辰雄のおじい様が実の孫にするのと同じように表彰台のジュンシクの頬を両手で包んで労ってくれるのを、「ボクのおじいさまだぞっ!」的に見ている辰雄。ここらへん、あっという間に過ぎてしまうのですがけっこう細かいところです。

ジュンシクの「どんな境遇にあっても変わらない」ところがお前に似ている、と監督に言われても、当のドンゴンさんには色んな思いや疑問や迷いがあったようです。いざ演じるためにはいかにも掴みどころのない一人の男の「信念」だったのやもしれません。

厳寒の山越えで「あの時なぜ俺を殺さなかったんだ?」と収容所時代の一件を問う辰雄。ジュンシクは何も答えませんし、あの状況でハッキリこうだと考えていたかどうか定かではないですが、あえて心の声を当てはめてみるならば「もう一度、お前と走りたかったから」ではなかろうか・・・・それはノルマンディーの海岸でジュンシクが「はじめてお前と走った時のことを思い出す」と辰雄に言っていることからも察せられます。

良いライバルと競っている時の高揚感・・・それを知ることはもう一度言いますが人生の幸いだと思います。絶望的な状況に切れそうになった細い糸が、最後に再び結ばれたことに、ワタクシ大いに癒されたというわけです。

「殺さなかった」あのシーンについては、撮影はオダギリさんによると三日くらい延々とやっていてそうで、喧嘩の実際の振り付けもあってないようなもので、ふたりしてどうやってあのシーンを撮れたか思い出せないくらいだとおっしゃっていました。以下はそのシーンについて印象深かったインタビューからです。

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――映画の中でオダギリさん演じる辰雄がロシアの収容所でドンゴンさん演じるジュンシクとケンカをして、そのあとに一筋の涙を流すシーンがありますが、あのシーンではどのような心情を込められたのでしょうか。

オダギリ・・・ 映画の前半と後半ではふり幅は大きいほうがいいのでしょうけど、実は辰雄の変化をあまりにもはっきりと表現したくはなかったんですね。だから、あのシーンでも、なんとなくここで変化したのかなと思わせる程度にとどめたいと思いました。台本にも涙を流すとは書いてなかったんですが、印象に残るシーンというのは、ああいう表現なのかなと。でも、僕はあのシーンで辰雄が変化するポイントになっているとも思っていないし、悔し涙なのか、怒って出た涙なのか、それとも生き残ったことがうれしくて流れた涙なのか、明確には伝わらないようにしたかったんです。

ドンゴン・・・ 実際に演技をしているときは、血がついたメイクもしているし、ジュンシクも気持ちが高ぶっているしで、僕からは辰雄の涙は見えなかったんですよ。撮影後のモニタリングのときに初めて涙に気づきましたが、涙の意味については、オダギリさんがさっき言ったのと同じようなことを感じましたね。

あの収容所での人間ドラマは、辛いけれど好きでした。朝鮮人と日本人対立しあいながらも、ノモンハンからの苦楽を共にした戦友でもある面々。どうにもならないやるせない成り行きの中でジュンシクだけが友達(アントンね)の非道に憤り、諫めているのをじっと見つめる辰雄と向井、なんてシーンは思い出すとウルウル来ます。
皆が生き抜くためにソビエトの軍服を着ることになった時の、野田が辰雄に言う「大佐殿、ソ連の軍服が良くお似合いですなあ・・・」というセリフは恐ろしく、山本太郎くんの悪役極まったみたいな演技は白眉だったと思います。

積極的に共産党員アントンになって日本人に仕返しするようなこともあったジョンデも、銃殺になるはずのジュンシクと辰雄を「あいつらにも機会を与えてやってください」と収容所長に頼んでくれたり、いまわのきわに「ジュンシク、すまない・・・」と呟いて「ここを動くな」と自分の体の下にジュンシクを庇ったところがもう愛おしい、許す!と言いたくなりました。

キム・イングォンさん、『アナーキスト』でドンゴンさん演じるセルゲイの可愛い弟分を演じた時からするとすっかり貫禄でしたよね。

先日ご一行様で出かけたベルリン国際映画祭でのことについて、もうちょっと報道してくれるかと思ったら肩すかしでちょっとガックリでした。(韓国メディア、これから公開の映画については怒涛のように報道してくれるのにねえ・・・)以下、数少ない現地でのショットです。オダギリさんはまた不思議なお衣装を纏っていますね。(笑)

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二週間前に放送になった「ボクらの時代」はほんとうに楽しかったです。本国のヘタなトーク番組に出るよりももしかして自然体だったかものドンゴンさん、オダギリさんへの信頼と親しみが笑顔に現れていたように思います。お互いのパパ談義も面白かったですし。ずっと仲良くしていただきたいものです。

さてさて、禁欲的なジュンシクのあとは、これって「解放された」役なのですかね?『危険な関係』の「浮気者の好色漢」・・・ううむ、このポスターの横顔だけでもジュンシクとは別人。なんか結構ヤッてくれるような気がしてまいりました。(笑)もう撮影は終わったのかと思われますが、日本でも見られるといいなあ。

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TO FIND MY WAY

Remember when
Under the sun
Where we were in abounding love
Sheltered from the storm
Safe as I recall
When we had it all

Part of us died the day we lost paradise
Through certain pain , we found our way
Through every single night and day spent apart
However far・・・

To find my way
I’ll search my memory
To hear your voice, to know your pain
And see your face
So I can find my way

You broke the earth with every step
You fought for life with every faithful breath
As fate required your innocence
You laid down your life
As a guiding light

I’ll carry your name until my dying day
Through certain pain,we found our way
Through every single night and day set apart
However far・・・

To find my way
I’ll search my memory
To hear your voice, to know your pain
And see your face

Over mountains, across the oceans
Any distance,where it takes me
I can reach you if I know your heart
And meet you once again

To find my way
I’ll search my memory
To hear your voice, to know your pain
And see your face
So I can find my way
I can find my way・・・to you

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2012年2月 4日 (土)

『マイウェイ』感想を呟く・・・②

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※「Happy Together」は全てのレビューにおいてネタバレに配慮しておりません。作品を未見の方で、内容を知りたくない方は充分にご注意下さいますようお願い申し上げます。(管理人)

ワタクシが日々の労働に忙殺されている間に、一度は断ったはずのSBSの「紳士の品格」に出演の話が決まったようである。3月放送開始のドラマでは映画の撮影のスケジュールがあって間に合わないから、というドンゴン・サイドに、「それなら5月スタートにするから」と編成を変えてまでのお願いだったそうだが、40代中年のラブ・コメディ、あの「シークレット・ガーデン」の脚本家の作品・・・時々混ざるだろう妄想シーン(?)などで弄られるその部分が楽しみなことである。

・・・というか、ちょっと前にどこかで本国の記者さんが書いていたのだけれど、人々が見たいと思っているチャン・ドンゴンの姿は、フェラーリを颯爽と駆って、素敵なスーツ姿で、明るく笑い、セレブな部屋に住んで・・・それは皆の夢みたいなものだからだ、みたいな。(つまり戦場で泥と血に塗れた姿でなく。)
『マイウエイ』のあとで結局このドラマを受けたことは、なんとなくこの「一般韓国人皆の理想の男」のイメージをいまいちどここでやっておく戦略上の必要性からなのかな?と思わなくもない。日本のファンの一部にもそういう声があったのは確か。

私自身はドンゴンさんの作品選びに関しては、いつもなぜか不満を持ったり不安だったりしたことはない。お釈迦になってもがっかりしたことも特になかった。受けたら受けたで、きっと面白かろうとその瞬間から勝手に妄想したものだった。これからもそういうスタンスは変わらないとは思う。

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◆理想を背負うひと

それにしてもチャン・ドンゴンという俳優がスターである所以って、こんなに皆の理想を背負っているってことなのか、とつくづく感じた「マイウェイ」週間であった。韓国の国民性からすると驚異のおっとりさん、そして慎重さと、性格の良さ。オダギリくんではないけれど、誰に対しても優しくて、誠実で、謙虚。

そんな彼が選んできた映画は、プレジデントを除くと、シビアで孤独な闘いを繰り広げるハードな男の人生ばかり。『マイウェイ』の舞台も戦場だったわけだが、ジュンシクという一見地味なこの男も実はカン・ジェギュ監督の大いなる理想という高いミッションを背負った役なのだった。

相手を憎んで当然のシチュエーションにあって、死ぬかもしれないのに逃げずに危機を知らせに陣営に駆け戻る、自分をとことん苦しめた相手を殺せたのに殺さない、それどころか死にかけた彼を必死に守る・・・等々、憎しみや国境を越えた友情と人間愛を模索する(でもジュンシクとて、怒るときにはちゃんと怒ってたし)姿がよりによって本国の皆さんに「もどかしい限り」と受け取られることが多かったのならば、なんだかやりきれない話である。

一度は帝国軍人としてのアイデンティティーが崩壊し揺れる辰雄の姿のほうが分かりやすいといえば分かりやすいのは確かだけれど、たぶん監督の理想と一緒に、受け取った時には非常に曖昧な姿であったろうジュンシクと言う役の輪郭を肉付けしていくのはさぞやストレスの溜まる作業だったろうとドンゴンさんの苦労がしのばれるばかりである。

ジュンシクは「幸福の王子」みたいな役だった。そしてドンゴンさんはどういうわけだか、ご本人様のキャラと相俟って、いくら悪役を演じても、そんなふうに「惜しみなく何かを与え、残していく」的なものを感じさせることが多い。

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◆もう何度だって見てもイイワと思うのが、ノルマンディーで辰雄が海岸を走るジュンシクを見つけるあのシーンである。12000キロの果て、いろんなものを捨て去ってきた辰雄がやっと生き別れた飼い主を見つけた素直なわんこの如く、一目散にジュンシクに向かって駆け寄って行く。

ネットの旅に出かけ『マイウェイ』のいろんな感想・評価を読んできたのだが、大きく分けて“戦争のシーンの完成度とスケールは素晴らしいが話に入り込めなかった”というのと“二人の友情ドラマのなりゆきに感動した”という二通り。それはもう仕方ないことであるが、私にとってはあのシーンに行きつくまでの「マイウェイ」なんだからして、腐っていようがアマアマだろうがどうか放置してくださいまし。(大汗)

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あれだけの確執があって、憎しみ合っていたはずなのに、そんなモン同士が一体そんなふうになれるものなのか?という向きもあろうが、なにしろ互いにあの戦場の極限の地獄を生き抜いてきたのだから。文字通りの死地にあって、望むと望まざるとに関わらず互いだけが頼りの状況に置かれたとしたら。少なくとも悪夢から抜けたような表情になっているノルマンディーの辰雄には、ジュンシクを探して二人で帰るということだけが生きる支えだったのではないか。

再会したジュンシクはしかし、ジュコーフスキーでの激戦で負った傷がもとで耳が悪くなっている。それを知った瞬間、辰雄の顔にはもう「彼を守ってやらなくちゃ」とキッチリ書いてあった。(笑)いよいよノルマンディーでの連合軍との戦いが始まって、再び戦火に放り込まれた時、辰雄が言う。「ジュンシク、そこに居ろ、俺がそっちへ行くから!」(はいはい)

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ジュンシクの最期の声を聞きながらはらはらと零れおちる辰雄の少年のような涙、しかしそれは巨大な戦場の中の幾つもの悲劇のひとつに過ぎないとでも言うように、ジュンシクの身体を抱き締める辰雄の慟哭を鳥瞰しながら、ノルマンディーの海上の大艦隊へと視点が移っていく。

一緒に見に行った妹が言った。「あれだけ死なずに生き残ったのがなんで最後にあっさり死ぬかなあっ。」

何よりも大切だった友の夢を託され、それを叶えるために平和なオリンピックの晴れ舞台で走る辰雄。辰雄はキム・ジュンシクとしてメダルを取れたのだろうか。

それはあえて重要なことではないだろう。辰雄自身の人生はどうするんだろう?と気にならないでもないけれど、最後のシーンの辰雄の顔に、「幸福の王子」の溶鉱炉でも融けなかった鉛の心臓と、その友達の燕の魂が救われたかのようななんとも切なく温かい思いがした。

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この映画の宣伝に極めて積極的に参加したオダギリさん、なんと韓国から数えて73回も舞台挨拶に立ち、移動距離は17000キロ超に達したそうな。このクールな俳優さんをそこまでさせたものは何?と興味が尽きないところなれど、とにかくお疲れ様でした。舞台挨拶ゴールの時の衣装は童話の中の謎の魔法使いみたいな???でもって、なんとも暖かそうなもふもふのブーツ。(笑)

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※いやもう、なんでこんなにらぶらぶなのさ?(爆)ほんとに仲良くなったんですのね

ところで、「決闘の大地で」という題名で4月14日に公開になるヤンくんのポスターが公開されました。うむ、解りやすい。(笑)公式サイトもある意味解りやすいのでぜひ行ってみてくださいね。配給は日活。コレは都内まで行かないと見れなさそうですが、字幕付きで見るのが楽しみです。もうこんなハードに美しいヴィジュアルのドンゴンさんはこれからたぶん拝めないですもんね。

「決闘の大地で」公式サイト

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※プロのお仕事には基本文句は言わない主義のmiyukiですが、「決闘の大地で」って邦題はちょっとイマイチかなあ。ウォリアス・ウェイのまんまでいいんじゃないかと個人的には・・・。

★すっかり過ぎてしまいましたが、先月末で当ブログ、丸6年を迎えさせていただきました。いつもご訪問いただきありがとうございます。何かと至らない場所ではありますが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

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