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2011年7月

2011年7月29日 (金)

マイウェイ 12,000kmの真実~特報公開

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皆さま、こんばんは。

ここ数日梅雨に戻ったような関東の天気ですが、韓国のほうも大雨でソウル市内が冠水したり、春川の土砂崩れで死者がたくさん出てしまったり、心配なことです。同じ前線が新潟・福島方面のほうにかかっての豪雨でやはり大変な被害が出ています。雨のひどい地域にお住まいのかた、引き続きどうぞお気をつけてお過ごしくださいませ。

さて、のんびりニュースチェックでLGの洗濯機の広告写真など楽しんでいたところ、日本ではマイウェイの特報映像などが公開になっておりました。公式HPのほうもこんなお写真に。

イイですね、とても。ナチスドイツの兵士たちの間に東洋人が二人、ぼんやりこちらを見ている所在無さげなその感じ。

映像でも走っていますが、映画でも走る走る~♪ドンゴンさんがきっとたくさん見られるでしょう。

HPでも映像が再生されます。かなりわくわく・・・happy01movie

オダギリジョ―、チャン・ドンゴン主演!映画『マイウェイ 12,000kmの真実』クランクアップ!コメント&特報映像が到着!

本年度のカンヌ国際映画祭において、僅か3分間の映像でスタンディングオベーションを巻き起こし話題になった、映画『マイウェイ 12,000kmの真実』。主演のオダギリジョ―に「毎日、死にそうな思いをしている」と言わしめるほどの過酷さを極めた本作の撮影現場。ラトビアにおいて行われた、最大のクライマックスである“ノルマンディー上陸作戦”の撮影を終え、無事にクランクアップした。韓国映画としては史上初めて、本国に先駆けて、日本で特報が“世界初解禁”される事となった。監督と、オダギリジョー、チャン・ドンゴンからのコメントも到着。

クランクアップ後のインタビュー

オダギリジョ― 【国を信じた男 長谷川辰雄役】

<長期間に及んだ撮影に関して>※韓国で8カ月、ラトビアは1ヵ月

オダギリジョ―:始まる時は、地獄の日々が始まると思いましたが、今日で終わるとなると寂しいですね。元々、韓国は好きだったので、仕事で8カ月過ごせたのは幸運だと思ったし、楽しかったです。ラトビアも季節も良くて、凄く楽しかったです。

<作品に関して>

オダギリジョ―:第二次世界大戦に触れるというのは、どこの国にとっても凄く敏感な事柄です。そんな中、韓国、中国、日本、三か国の俳優が集まってこの作品を作るという事が、大きな挑戦だと思いました。この作品は、二人の男の物語です。ただその物語の中に戦争があるというだけで、戦争映画だとは思っていません。

<チャン・ドンゴン氏に関して>

オダギリジョ―:日本でも有名な韓国のトップスターですし、すごく緊張するんじゃないかと思ってました。実際にお会いしたら、意外にシャイな部分があり、一人でいる事が好きな部分だったり、人との距離感であったりが僕と似た部分が見えてきて、お互いが無理することなく、過ごしやすい空気感を共有できるようになりました。一緒に芝居をする時も、お互いに尊重しあえて、演技しやすい環境を作りあえる、そういう関係性だったので凄くやりやすかったです。ドンゴン氏とは、俳優としてというよりも人間として似た部分が多いと感じました。凄く理解しあえている気がして、とても身近に感じました。

<現場スタッフとの一体感に関して>

オダギリジョ―:色んなタイミングで、役者やスタッフとも、食事に行ったり呑みに行ったりする機会があって、色々な話しが出来で良かったなと思っています。僕よりも若いスタッフが多く、みんな「ヒョン、ヒョン(兄さん、兄さん)」と呼んでくれたり、一つの大きな家族のような一体感が出来ていたと思います。
 通常、現場のスタッフの方々と、「みんなで集まってサッカーをやろう」という事にはなかなかならないので、今回、ひとつのきっかけとして、みんながサッカーが好きという共通点があって、 休みの日にサッカーが出来たりしたのが楽しかったですね。日本では撮影監督と一緒にサッカーをする機会というのは無いですからね。想い出の一つとして残っています。

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チャン・ドンゴン 【夢を信じた男  キム・ジュンシク役】

「日本語での演技は感情表現などが難しかったが、オダギリさんとは共感しあいながらできた」
「人物や人間に重点を置いて描かれてる。そして、日韓中とアジアの役者が集まって感情を表現し合い、
観客に伝えている。これは凄い事だと思う。」

<クランクアップの感想、長い撮影が終わった感想は?>

チャン・ドンゴン:8カ月の長い撮影が終わって、終わってみると何故か、わかんないけど寂しい気がする。改めて振り返ると、もっと上手くで
きたかもと思ってしまう部分も出てくる。

<出演を決めた事に関して>

チャン・ドンゴン:朝鮮半島からノルマンディまでの12.000kmの極限状態の旅を生き抜いた兵士の実話が基になっている事で興味がわいて、本当にこんな過酷な運命を生き抜いた人がいるんだと知り、役者としてその人の人生を演じてみたいと思った。『マイウェイ』は、たまたま戦争時代が背景だっただけで、戦争映画ではないですね。背景が戦争時代ですが、人間に重点を置いて描かれている。そして、日韓中とアジアの役者が集まって感情を表現し合い観客に伝える。これは凄い事だと思う。日本人と韓国人が敵として出会い、運命をともにする。観客の心に残る映画だと思う。

<自身が演じたジュンシクに関して>

チャン・ドンゴン:映画に出てくる戦争は、実際にあった戦い。登場人物たちは、戦争を経験する度に軍服が変わる。ジュンシクは、軍服や状況変わるは変わるけど、夢と希望は変わらない。戦争や背景は変わっても貫くものがあることを表現。辰雄は、戦争を経験するたびに、大きな変化をする戦争を全面に出すのではなく、戦いを経験するたびに変化する。人物の内面を表現している。ジュンシク役について求められたのは、どんな状況であっても彼は希望と夢を失わない目をしてなければならないということ。撮影が辛すぎて、うまくできたかわからない(笑)。撮影していて、目の前で爆発するのをみると、これが本当の戦争だったら俺は死んでるなーと思うと怖いですね。ノルマンディー上陸作戦はよく知られている戦いですが、実際にラトビアに来て、ドイツの軍服を着て撮影してると、本当にその時代に、ここにいたらどうだったのだろうと深く考えさせられた。

<日本語での演技と、オダギリさんについて>

チャン・ドンゴン:やはり韓国語で演じる時よりも大変です。感情表現するにも、どうしても限界がある。でも、演技というのは言葉を交わすというより、感情を交わすことなので、そういう部分ではオダギリさんとすごく共感しながら演技ができた。辰雄役は、何人か候補がいたけど、絶対オダギリさんがいいって思った。日本と韓国の映画現場は色々違うと思うし、この映画は役者にとっても大変な現場だったのに。冷静に対応し、よく耐えていた。本当に素晴らしい役者。

カン・ジュギュ監督 (代表作:「シュリ」「ブラザーフッド」)
「人間を心から理解し、愛するということを知るきっかけとなる映画になってほしい。」

<ラトビアでノルマンディー上陸作戦のシーンを撮った感想>

カン・ジュギュ監督:シナリオ段階から、ノルマンディーのシーンをどこで撮影するか悩みだった。ロケハンを始めても条件の合う場所がなく、ニュージランド、オーストラリア、プ―ケット、バルト海、地中海など全世界の海岸を調べたほど。そして運よくラトビアの海岸を見つけて、最初見た時は、「あ・・・ここはマイウェイのために存在するビーチだ!と心から叫びました。」

<キャスティング・配役について>

カン・ジュギュ監督:一つの絵の中にジュンシクと辰雄を中心に置いて考えたとき、一番ドラマチックで興味深い展開になると思ったのが、オダギリジョ―と、チャン・ドンゴンという、この二人だった。二人が結合した時、一番ドラマチックで興味深い絵になると思った。

<なぜこの作品を製作したのか?>

カン・ジュギュ監督:韓国と日本、そして中国。皆が戦争の被害者であり加害者。お互い未だに分かち合えず癒されない傷がある。その傷を癒すための過程や何かがもっと必要だと昔から思っていて、僕はたまたま映画を作る人間だったので、映画を通してそれをやりたいと思った。そしてそれがこの「マイウェイ」。「シュリ」も、「ブラザーフッド」も日本の観客にいっぱい愛してもらった。これから、次世代の若者が各国協力しあい、よいパートナーとして世界を担っていくために、私達、大人は若者達の為に何が出来るのかと考えた時、「ちょっと過去にさかのぼって振り返り、お互い理解し、向き合うきっかけ」を映画を通じてできるのではないかと思った。

<観客に何を感じてほしい?>

カン・ジュギュ監督:誰かを恨み、憎むという感情のせいで、この世では喧嘩をしたり、戦争が起きます。心の中に、恨み・憎しみの対象がいる人には是非見てほしい。人間を心から理解し、愛するということを知るきっかけとなる映画になってほしい。

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『マイウェイ 12,000kmの真実』

アジアからノルマンディーまでを生き抜いた壮絶なる人生。
これは、一枚の写真から始まった 真実の物語

1944年 第二次大戦末期。
ノルマンディー上陸作戦後、ドイツ軍捕虜の中に一人の東洋人が発見された。
誰一人として彼の話す言葉はわからない、
連合軍の尋問を受けた彼が語り始めたのは、信じられない物語だった・・・

彼らはなぜ、生き残る事ができたのだろうか?

1928年、日本統治下の朝鮮。
かたくなに国を信じた日本人と、まっすぐに夢を信じた朝鮮人。
決して交わることのない、憎しみ合う二人は、
運命のいたずらで日本、ソ連、ドイツと三つの軍服を着て戦うことになる。

いったい彼らに何が起こったのか?
そして、極限状態の中、彼らは何故生き抜く事が出来たのだろうか?

捕虜となり、戦いながら、アジアからノルマンディーまで12.000キロの旅で何を見たのか?
全てを失ってもまだ、生きる道“マイウェイ”を見失わない希望と感動の物語。

総製作費25億円、240日間にも及ぶアジアからヨーロッパの大陸横断撮影。
2012年新春、映画史上最大のスケール、最も壮絶な物語、そして人間の本質を描いた感動作

2012年1月14日(土) 日本公開
配給:CJ Entertainment JAPAN、東映
(エンタメ~テレ 最新映画ナビより)

※オマケみたいになってしまいLGさんに申し訳ないっす、coldsweats01下がLGの洗濯機の広告写真です。CMは来月からオンエアとのこと。シックな大人夫婦の素敵な生活、って感じでしょうか。

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2011年7月27日 (水)

ウラジオストックの海賊

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先日近隣のA市で開かれた、作家広瀬隆氏の講演会のお手伝いをした。講演の内容は福島そして浜岡原発のこと。

それは恐ろしい内容であり、やっぱりそうだったのか・・・と頷けるものであり、それを知れたことはかえってよかった、とあとで来場者のアンケートを見たらいくつもそういう答えがあった。

震災以来、被災地のこととともに福島第一原発から微妙な距離の関東圏に住む私の心にいつも重くぶら下がる原発の真実。この辺で漂う禍々しいモロモロには色も匂いも無く、表向きは一見穏やかな普段の時間が流れている。つい現実逃避したくなるのだが・・・。

私の両親は癌で亡くなった。だから私も癌になる可能性は人さまよりは高いのかもしれない。将来そうなった時に、ああ遺伝だなと思うことのほかに、「これはもしかして・・・」と疑う材料が福島のこのたびのことだ。

それでも生きていかなくてはならない。起こっていることを少しでもちゃんと知りたい・・・会場にはそんなふうに思われているのだろう皆様の真剣さが溢れていた。

※作家広瀬氏については、こちら参照。

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亡き母も大好きで一緒によく見ていた11年目のDASH村は、ネット上ではいつしか福島県の浪江町にあることは知られていた。避難しなくてはならなくなったとき、心配が募るとともにあの村の景色はもうテレビで見られないのかと思い、ただただ寂しかった。村の動物たちは散り散りに避難、番組にかかわっていた町の皆さんもそれぞれ避難先でご無事な様子はテレビで報告されたが、里山の懐かしい景色はただ悲しかった。きっと今頃は雑草も高く生い茂り、蝉の声の降る中で静まり返っているのだろうな・・・(涙)

私がまだ若くてものもよく知らないくせに、生意気にヨーロッパに放浪の旅に出かけていたころ、チェルノブイリ原発の事故が起こった。ネットなど無いころだったが、病院に横たわる被爆した軍人の悲惨な姿を写した写真を見たのは週刊誌だったろうか。近隣の村や町の住民たちはある日何台ものバスに乗せられて強制避難させられ、そのまま家には帰れなかったとのこと。

原子炉が今ほんとうはどうなってしまっているのか、人間は直接見ることが出来ない。嗚呼、なんと恐ろしい・・・

「地獄のふた」は開いてしまった。そしてどうやら閉まるもんではないらしい。

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毎年今頃になると、映画「タイフーン」のことを思い出す。それはロケツアーに参加したのがこの時期だったこともある。映画の画面ではすこし陰ったように映ってあの暑さは感じなかったが、実際釜山の海賊シンさんの上には青く晴れた夏空が広がって、撮影の緊張が途切れる合間には海賊さんも時々あの海賊さんの姿のままで笑顔を見せていたものだ。

その「タイフーン」は日本での第一次韓流ブームに乗って全国公開になったけれど、それを見に行ったファンがどこまでこの北朝鮮出身の海賊さんの物語の背景を理解出来ていたかは分からない。あれは思えば呑気な日本人にはちょっと勉強の要る映画だった。日中韓米そしてロシアの絡むエピソード、キョンテク監督、ようここまで纏めたものだと私などやっと今さら実感出来ている次第(汗)。半端な理解の呑気ノンポリ野郎でほんとに申し訳ない。

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シンさんが半島へ、とくに風船で飛ばす事にこだわった「核廃棄物」。これはアメリカが偽装して運んでいた「核ミサイル誘導キット」なるものを強奪しそれと交換したものだ。テロリストの汚い爆弾と呼ばれる核廃棄物を仕入れに行ったウラジオストック近郊の液化ガス工場(核廃棄物は所謂横流しなのね。)で、シンさんよりずっと大男のバシリーさんは、シンさんに思わせぶりに言う。

「チェルノブイリの事故はロシア人にとって悲劇だ。」
「あれを何に使うかは聞かないが、あれは本来地獄にあるべきものだ。」

海賊さんは「話すつもりもない。」
「俺にとってはこの世のほうがよほど地獄だ。」と答える。

このバシリーさんの設定は一体幾つだったのだろうか。どうやら年若かった彼の弟さんは、チェルノブイリでの事故処理に何も分からず動員され、それが原因で亡くなったらしい。

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「タイフーン」の完成が今年だったら、日本でちゃんと公開になっただろうか。もしかしてこのへんが引っかかってしまい延期になっていたような気がするのだが、もし今年公開だったならシンさんのやろうとしたことの恐ろしさがもっと実感を伴って理解出来たのではなかろうか・・・。

シンさんは風船にぶら下げた核廃棄物に取り付けた時限爆弾のスイッチを結局押さないまま海に消えてしまった。廃棄物も海に沈めてしまったわけだが。せめてもスイッチ押さないでいてくれて、半島の上からぶちまけないでいてくれてよかった。そして今改めて「タイフーン」のことをもう一度思い返している。

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2011年7月22日 (金)

地デジなんて、地デジなんて・・・

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大嫌いだあああっ!!!・・・・とココロの海に向かって呟く、逆らえなかったいち庶民アジュンマ。

遠い昔の戦時中のハナシではあるまいに、今の時代お上からのお達しで一斉に切り替わるというその何となしの気味悪さ、如何ともしがたし。

我が家は3年か4年くらい前(?記憶オボロ)のまだ父が生きていた時に、近くに完成間近だった大型マンションの建物による電波障害が起こる地区かも、という建設会社からの申し出により、すでにアンテナだけは地デジ対応のものに交換してもらってあった。今思えばこれは有難い話・・・だったのか。我が家にやって来た担当の電気工事屋のお兄さんの「もうアンテナはこれで地デジ化イケますからね。」という言葉だけは頭の隅にしっかりと刷り込まれたのだった。

駆け込みで予約が取れずアンテナ工事も24日の地デジ化に間に合わないおうちも世間にはたくさん出そうだという話である。

貧乏人だから、故障もしていないアナログテレビまで取り替える余裕などもとより無い。何を買ったら一番安上がりで当座をしのげるのか・・・庶民の悩みは巡るのであった。ネットなどで何とか情報収集出来ていたからうちなどまだマシなほうだろう。総務省様よ、地デジ化対策だ相談員だと仰るが、アンテナはもとより最低限チューナーを購入せんと唯一の楽しみかもしれないテレビが見られなくなるお年寄りだけの世帯など、絶対コボレまくってるに違いないだろう。

もともと機械音痴だしポテンシャルなどじぇんじぇん高くなかった我が家が、やっと新しく出来た大型家電店に行き、当日目玉商品になっていた福山さんが広告しているレグザの「地上・BS・110度CSデジタルハイビジョンチューナー内蔵ブルーレイディスクレコーダー」を購入したのは先月のこと。

・・・どうぜ作業するのはこの機械音痴のあっし・・・ああ血圧上がる、めんどくさい、買ったんだから、あとは繋ぐだけなんだから、今度の休みこそ・・・と放置することしばし。

そのうちアナログテレビの左下に「放送終了まであと○日」というカウントダウンが出始め、ひとケタになるに及んでようやく脅迫観念に苛まれるあっし・・・

そしてそれが「3日」となった昨日、やっと我が家も仮・地デジ化したのであった。(テレビはアナログなので、仮ね。)

いっしょに今まで使っていたリージョンフリーのプレーヤーなんかも繋いであるので、コードはぐるぐるでテレビ周りはリモコンだらけ。テレビはすぐ付かないし(地デジにしたとたんにトロいからっ!!笑。)デッキの機能は把握出来てない。説明書片手。こんなんでデータ放送だなんだと活用出来るようになるとは思えない。

テレビなんてシンプルにスイッチ入って見られりゃそれでよかったんだあああっ!!!

機械は音痴だがテレビが大好きな年寄りは、力なく再び夜中のココロの海に向かって吐き捨てるのであった。ふん・・・・

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せめて美しい福山さん、貼っときます。ええ。

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2011年7月18日 (月)

オトコマエな撫子(なでしこ)たち

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暑中お見舞い申し上げます。

連日ほんとに、お暑うございます。

ドンゴンさんが無事撮影を終えてオフに入ったのをいいことに(??)すっかり更新をサボるmiyuki(オイッ!!coldsweats01coldsweats01)、気がつけば海の日、世間の子供たちはもう夏休みですよね。えろうすんません。

梅雨もあっという間に明けてしまった今年の青空はもうじりじりと猛々しくさえあり。sunsunsun

昼寝して備えて(つか殆ど時差ぼけ状態)日本時間の明け方から始まったサッカー女子ワールドカップ・ドイツ大会決勝戦。野球・サッカー・バスケット等々、球技全般至極アバウトな知識しかないくせに、こういうときだけ心騒ぐミーハーめ・・・などと妹にハナで笑われつつ、見ましたとも。ハーフタイムには夜食にハムサンドなんか作って食べつつ。soccer(そんなキビシイ妹は猛暑の中嬬恋にライブに出かけてしまい御留守。ほっ。笑。smile

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・・・・優勝しちゃった、なでしこジャパン。fujihappy02happy02

いやもう朝っぱらの光と共に泣きましたからっ。cryingcrying写真はゴールドシャワーの中の得点(女)王&MVPの澤穂希選手。カッコいいっす。

細かいとこまでルールはわからんでも、彼女たちがあきらめず二度も追い付き、でっかいアメリカの壁の様なお姐さんたちを最後には軽やかに追い越していく奇跡のような光景の感動をとっくりと味わわせていただきました。(いや「奇跡」といってはかえって失礼かもですね。今までの道程の賜物でしょう。)

おめでとうございます、そしてありがとうございます。どんだけ日本全体が励まされたことでしょう。

スッカリ寝られなくなって久々のブログアップでした。coldsweats01

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アメリカのエースストライカー・ワンバックさんは「最後まであきらめなかった彼女たちに祝福を送りたい。」とおっしゃったそうな。

PK戦になると自動的にゴールキーパーに惚れるmiyuki、今回も女子ながらオトコマエ全開の海堀サンにうっとりしました。ほほ・・・

表彰式、ひな壇で盛り上がる日本チームの両脇には今回も美しく整然と並ぶFIFA公式パートナーのエミレーツ航空のお姉さんたち。チームの皆さん日本へはまたあの飛行機で帰って来るんでしょうかね?

ちょっと近況。DSヨン様学習は中級デート編も佳境であります。頭には殆ど残らず端からコボレおちる状況なれど(汗)今後繰り返しやってたらちょっとは会話が単語のみという状況から脱することが出来るかも???しかし、デート編と言いつつ、ますますヨン様勉強について語る語る(爆)毎日語られ倒しております。(が、よく出来たソフトです。ええ。)

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2011年7月 1日 (金)

国籍を超えた人間愛を・・・クランクアップした「マイウェイ」

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皆さまこんにちは。梅雨のムシムシと猛暑がいっぺんにやってきて、夏の初めは疲れますね。ドンゴンさんが長い撮影を終えてお休み中ということもあって、私もすっかり緩んで(?)オリマス。

そんな昨日、またラトビアで撮影された場面の新しいスチール写真が小出しに(オイッcoldsweats01)公開に。これから公開に向けて、本格的な予告編だのいろいろと充実してくることと思われます。期待いたしましょう。

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耳垂れ帽の額には星マーク・・・つうことはチュンシクさんはこのシーン、ソ連軍の一員なんですのね?んで、どうやらドイツ軍に捕まっちゃった模様。(こういうふうに捕獲されちゃってると自然大きな目がおろおろとなるこのかんじ・・・いやタマリマセンです。蘇るSごころ。すんません。なはは・・・^^;)

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ラトビア、リガの市内のロケだそうです。サイドカーといえばこれもやっぱりナチス・ドイツの軍人さんが二人組で乗っているイメージですよね。(乗りにくそう~)

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でっかいトーチカ、撮影用に作ったんですよね?すごすぎ・・・・(海岸らしいのでD-dayのシーンでしょうか。)

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◆チャン・ドンゴン、オダギリジョー、ファン・ビンビンなど、韓国と日本、中国を代表する俳優たちの出会い、そして"ブラザーフッド"で韓国の戦争映画の歴史を新しく書いたカン・ジェギュ監督の7年ぶりの帰還に、世界的な関心を受けている映画"マイウェイ"が6月12日、ラトビアでクランクアップした。"マイウェイ"は、2010年10月15日、セマングムで初撮影を始めて、全国オールロケもちろん欧州のラトビアで現地撮影し、撮影中のカンヌ映画祭現地で製作報告会を開催するなど忙しい歩みを続けてきており、いよいよ撮影156回に至る8ヶ月間の大長征を終えた。

ラトビアの現地で行われた最後の撮影は、映画のクライマックスに相当するノルマンディーの激しい戦闘場面。撮影を終えた後、チャン・ドンゴンとオダギリジョーは"8ヶ月という時間をかけた映画のように、国籍を超えた人間愛を感じた。最善を尽くして撮影しており、私たちの努力が狙い通りに良い映画に仕上がってほしい"とクランクアップの感想を述べた。

また、クランクアップの便りと共に公開された"マイウェイ"の追加のスチールでは、第二次世界大戦当時、連合軍最大の上陸作戦で指折り数えられるノルマンディー上陸作戦のシーンの撮影分も含まれており、"マイウェイ"がお目見えする巨大なスケールを推察させる。"マイウェイ"は、第二次世界大戦の巨大な渦に投げられた二人の青年が中国とソ連、ドイツを経て、ノルマンディーに至るまで、12,000 Kmの終わりのない戦いを体験、お互いの希望になっていく過程を巨大なスケールとアクションで表現した。

多くの話題の中心に完璧な姿で観客たちの前に出るためにどの撮影現場でも鉄壁のセキュリティを維持してきた"マイウェイ"はクランクアップと同時に、後半作業に突入し、2011年12月にその巨大なプロジェクトの実態を一つ一つ公開する予定である。後半作業に拍車をかけており、来る12月の日韓同時公開を控えている。(写真提供:CJ E&M)bntニュース

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