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2011年5月

2011年5月29日 (日)

映画を観るということ

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私の釜山映画祭の素敵な思い出、「グッドモーニング・プレジデント」。

ドンゴンさんが大好きなチャン・ジン監督の作品に出演すると聞いた時、とても嬉しく、楽しみにしていました。当ブログでもどんだけネタにして語らせて貰ったやら。(遠い目)

ハードな映画が多く修行の様に役に取り組んできたドンゴンさんが、「現場に行くのがもう楽しくて楽しくて」と言っていたこの映画を、日本のドンゴン・ファンとしては殆どのかたが「若くて素敵で、チョッと可愛い大統領」として鑑賞し、ほんわかと微笑ましい気持ちになって家に帰って来たことと思います。

日本の自衛隊がわざわざ「刺激的な海域」で訓練をやらかして、それがネタになっていたことが少し残念だったり、チャン・ジン監督作品としてはちょっと「毒気」が足らんという意見もあったりしましたが。

同じ映画を鑑賞しても、観る人の立場や年齢、考え方、性別等々、いろんなフィルターを経て、それぞれのツボやそれぞれの思いが生まれるものです。日本のファンが純粋にドンゴンさんが演じた大統領像として観た姿も、本国の皆さんにとってはそれこそ過去のいろんな大統領を思い出す姿だったのね、と改めて感じた記事がありました。(以下に挙げておきます。)

ノ・ムヒョン前大統領が朝の散歩の際に自宅の裏山の岩場から投身自殺を図り亡くなったのはこの映画の撮影が始まったころのことでした。

(そういえば日本の歴代内閣総理大臣の誰かを思い出して切なくなるような映画って、何かありましたっけ?ううむ・・・)

グッド・プレジデント ノ・ムヒョン、安らかに、良く過ごされたでしょうか?

盧大統領逝去2周忌に・・・

ご記憶でしょうか? 以前公開された"建国以来思ってもみなかった大統領に会う"という広報文句を掲げたオムニバス映画を。大統領はもちろん参謀らと国会議員までみなコメディ ジャンルに溶かして戯画化させながらも現実政治を絶妙に捕らえて描き出した映画を。大統領の身近な行動が笑いの素材になってそれで愉快に笑って幸福になった映画を。 一つの童話のようなストーリーで9時のニュースを待ち遠しくする大統領を描いた映画、 <グッドモーニング プレジデント>。

映画は三人の大統領のエピソードを描いていますが始終一貫ひとりの肖像を追憶させます。それは故ノ・ムヒョン前大統領です。 彼とともに映画はキム・デジュンと一緒にチョン・ドゥファン、ノ・テウを交差させます。 そしてムン・ジェイン前秘書室長、カン・グムシル前法務部長官、ノ・ゴンピョン氏なども画面に重なりながらイ・ミョンバク大統領で帰結されます。 映画が'国民が夢見る大統領'という現在進行形メッセージを入れただけに、イ大統領と比較評価されるのは当然です。

映画でノ・ムヒョンは多様な姿の大統領でスクリーンに再現されます。 直接的な描写や間接的な暗示が可能になり得たことは映画が童話のような話を経由して、民主共和国大韓民国の現実を話すためです。

ノ・ムヒョンは人が生きる世の中を夢見た村夫でした。

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▲エンディング クレジットでチャ・ジウク大統領が大統領府台所で素足にノータイ姿で調理士らと隔意なしで破顔大笑する場面はノ・ムヒョンに対する深く染みいるような懐かしさに差し迫る。

まずハンナラ党の前身の新韓国党を遠回しに言った新韓国党大統領チャ・ジウク(チャン・ドンゴン)です。 彼が新韓国党大統領の理由をチャン・ジン監督は後に解いています。 ジウクが大統領府台所でキムチ一つにラーメンを食べた後、美味しくタバコを吸った姿やエンディング クレジットが上がってノータイ姿に裸足で台所の上に腰掛けて料理人らと話を交わして破顔大笑した姿は間違いなくノ・ムヒョンでした。

大統領府在任時執務室を訪ねた記者たちにライターを差し出して煙草を薦めるほど気さくで隔意なかった彼でした。 そのためでしょうか。 その日、みみずく岩でついに永らく多くの心のうちとともに火を点けたタバコを灰皿の上にのせて、切ったタバコを選んで薦めて沈黙したようです。

退任後ポンハ村でゴム長靴を履いて麦わら帽子を被っては畑で仕事をして、真っ赤な車のついた自転車に孫娘を乗せて野原を走って、村を訪ねた子供たちと目の高さを合わせるために膝を垂れて、農民らとどぶろくを飲んで豪快な笑いを作った彼は人が生きる世の中を夢見たただ平凡な村夫でした。

映画で特に印象的な場面があります。 既存の市場で民心調査をしたジウクと"大統領様、うちのお父さんを生かして下さい。腎臓が必要だ"と叫んで駆け寄る青年 (パク・ヘイル)との出会いです。 友人のムン・ヨンチョル秘書室長は、腎臓移植を悩むふりの姿を見せながら人間的な大統領の姿を浮上させようと提案します。(実際ムン・ジェイン前秘書室長は故人ノ・ムヒョンの友人ムン・ジェインでなく、ムン・ジェインの友人ノ・ムヒョンという程魂がきれいな人です)。

しかしジウクは"私の力でただ一人の命を救うことができない大統領ならば数万数千の国民の生命も守ることができないではないか、というのが私の信念"としながら、腎臓移植を決心して病院へ向かいます。 この話(言葉)は選挙戦当時妻の父に対する色合い論争が極に達する時"愛する妻を捨ててこそ大統領資格ができるのですか? そのような大統領候補ならば止める"としたノ・ムヒョンに対するチャン・ジン監督のオマージュではないかと読まれます。

そしてジウクが手術直前青年のお父さんに残した話はあたかもノ・ムヒョンが私たちに残そうとした話のように切切と胸に迫ります。

"これから私と人生を分けあうのです。私の不足した部分を一生懸命に生きて下さい。"

ノ・ムヒョンとキム・デジュン前大統領はひとつとしながら二つでした。

ノ・ムヒョンの二番目再現は最初の女性大統領ハン・ギョンジャ(コ・ドゥシム)です。夫(イム・ハリョン)を連れて大統領府に入城しますが突出行動で国政遂行の障害物となります。 そして彼が老後に田園生活をするとしながら買い入れた不動産が憲政史上初めて持った弾劾事態を触発する大きな課題はノ・ムヒョンの影を濃厚に垂らします。

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▲キム・ジョンホ大統領とチャ・ジウクが火気子害するように与野党党首会談を持つ場面は生前のキム・デジュンとノ・ムヒョン二人の大統領の格別な関係を浮かび上がらせるようだ。

また、ギョンジャがTVで不動産特別法談話を発表して"今回通過させようとするこの法は大韓民国の首都移転および多機能行政自治…"と話した大きな課題は当時失敗に終わったノ・ムヒョンの新行政首都移転を示します。そしてこの大きい課題は最近アン・ヒジョン忠南知事が憲法裁判所の行政首都違憲決定に対する再審を請求してノ・ムヒョンがみな成し遂げられない約束を貫徹させるという意志を明らかにしたのだとしたこととと触れ合います。 

そして映画はノ・ムヒョン弾劾当時喧々諤々に暴れた朝中東(新聞社)を代表して東亜日報を登場させます。 'ハン・ギョンジャ ゲート不動産特別法は煙幕だった、大統領が夫の贈り物に不動産特別法を用意した'という場面などはノ・ムヒョン当時新行政首都移転を絶対反対した朝中東を示します。 朝中東に権力分け合って食べることをあきらめてつまらない国民と人が生きる世の中を夢見ることぐらい不穏な大統領はなかったですから。

映画で最初の大統領に出てくるキム・ジョンホ(イ・スンジェ)はノ・ムヒョンとキム・デジュンを同時に抱きます。 "民主化運動のため捕えられて獄中生活を送ったジョンホは民主化運動の象徴キム・デジュンを示します。 彼がワールドカップ ロトを購入しながら"もしこれが当たったらばお金がなくて出来なかった寄付を残すことなくしてみるだろう"と話した大きな課題は財産よりさらに多い借金を残して離れたノ・ムヒョンを示します。

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特にジョンホとジウクがビールを飲んでお父さんと息子のように微笑ましく与野党党首会談をする場面は自身の娘イヨンとジウクをペアを組んでくれようとしていたジョンホが、イヨンに民主化運動をする時自身は数えきれない程捕えられてもジウクの父親はよく逃げたものだ話す場面と連結されながら映画はノ・ムヒョンとキム・デジュンをひとつとしながら二つに光を当てます。

そしてその格別なことはノ・ムヒョン前大統領告別式で嗚咽したキム・デジュン大統領につながります。肉筆追悼辞で金前大統領は"人権と民主主義を守った勇士"であり"苦痛を受ける人のため惜しまない奉仕と社会定義実現"のために努力して"民族の和解と協力のために献身"ある"国民的英雄"だったが(イ・ミョンバク政府)検察の捜査で"一生にかけた献身が無位"に帰ったとノ・ムヒョンを賛えました。

ノ・ムヒョンを追憶することだけでも国民は幸せです。

ノ・ムヒョンの三回目の再現はイ・ミョンバク大統領です。 先立ってジウクが既存の市場民心調査に出て行く前に躊躇するとすぐにムン秘書室長は"これが一番手軽です。 見せれば信じるでしょう"といいます。 ドンゴンは"市場でトッポッキ食べて何が変わるのか"として補佐陣らをとがめます。 だが、ムン室長は一段もっと上げます。

"トッポッキ? それは良い。 オデンやスンデもちょっと入れて。 そうとも食べる姿があってこそ説得力がある。"

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▲市長でトッポッキを食べるジウクはイ・ミョンバク大統領の民生歩みを捻って政治ショーを風刺する。イ大統領はトッポッキを食べながらどれくらい幸せだったのだろうか?

かつてスンデ店TV広告に出演して'イ・ミョンバクはまだ腹がへります'として一見識を見せた彼は庶民歩みをするとしながらトッポッキにオデンまで味がよく食べて金持ち政権イメージを払いのけるために限りなく努めました。 だが、クッパ店のおばあさんは物価暴騰と不況で家賃をこの上なく上げられて追い出されるところで、民心調査の結果実践したことはトッポッキ買って食べたこと他にはないという皮肉だけ残りました。 あえてトッポッキを口で噛まなくてもいつどこででも庶民だったノ・ムヒョンとイ・ミョンバクはこのように違うといったことです。

映画は三人の大統領のエピソードをつなぐ調理士(イ・ムンス)を通じて国民の声を代弁します。 三人の大統領が危機に処した時ごとに彼を探す理由です。 すべての解決法は結局国民の声にあって、調理士は日常的な話法で国民の声を聞かせることができる人物です。 たとえ三人の大統領が焼酎一杯を飲みに行き、ラーメンを食べに行き、煮干しの頭を取りながら食べに行くが彼らは聞く耳を持って他の異議話を受け入れる準備ができている大統領らだったのです。

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ハン・ギョンジャが夫との離婚問題で悩んで調理士とやりとりする大きな課題はそのような意味で多くのことを内包します。 "幸せでない大統領でも国民を幸せにするのに不足しはしないでしょう?"という問いに調理士は"大統領がすべての国民が幸せになるのを望むのと同じようにすべての国民は幸せな大統領を望む"と話します。ノ・ムヒョンの最後は不幸だったが国民は私たちに彼のような大統領がいたことだけでも幸せな反面、イ大統領が幸せだと国民も幸せというわけではではないとの残酷な現実はこれに対する解答であるわけです。

その残酷な現実を突き抜けて寛容な希望を抱けば抱くほど歴代大統領らの面々すなわち、イ・スンマン、ユン・ボソン、パク・チョンヒ、チェ・ギュハ、チョン・ドゥファン、ノ・テウ、キム・ヨンサム、キム・デジュン、ノ・ムヒョン、イ・ミョンバクに至るまでノ・ムヒョンとキム・デジュンを除いた<その時その人々>(イム・サンス監督2005年作)と<グッドモーニング プレジデント>の間の間隙はあまりにも大きくて簡単に希望を抱くことさえ恐ろしくさせます。

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ご記憶でしょうか? 映画のエンディング クレジットが上がって調理士が出版した'とても特別な台所'という本を通じてささやいた映画のプロローグを。 そのプロローグには2年前5月23日私たちのそばを離れたノ・ムヒョンとそして87日後のその年8月18日また私たちのそばを離れたキム・デジュン前大統領に渡したい私たちの心がそっくり含まれています。

"いつか年を取った大統領が訪ねてきて焼酎一杯を薦める時、
タバコをやめた大統領がタバコを求めて来た時、
早朝私たちに挨拶をする大統領に会う時、
私たちは笑いながらこのように言います。
はい、大統領、良い朝ですね。"

映画の題名<グッドモーニング プレジデント>でモーニングを抜けば<グッド プレジデント>になります。ムン・ジェインの指摘のように参加政府の功績と過ちを省察して復碁する今、残らず全部をみな投げたノ・ムヒョンを追憶することはまた、国民には幸福です。それで私たちは笑顔でこのように挨拶します。

"グッドモーニング ノ・ムヒョン グッドモーニング キム・デジュン、グッド プレジデント・・・安らかによくお過ごしでしたか?"

(Ohmy News  パク・ホヨル記者)

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2011年5月27日 (金)

映画を撮るということ

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今年のカンヌ映画祭はブラッド・ピット主演の「ツリー・オブ・ライフ」がパルムドールを受賞し、閉幕しました。

いろんな話題がありましたが、いちドンゴン・ファンが「マイウェイ」制作報告会の話題に浮かれつつもちょっと驚いたのが↑の写真左側のキム・ギドク監督のお姿。

監督はこれまでにも例えばポン・ジュノ監督の「グエムル」の大ヒットに関してのちょっと残念な発言などがありましたが、カンヌで「ある視点」部門賞を受けたドキュメンタリー作品「アリラン」の中での名指しの発言等がまたいろんな話題を呼んでいるようです。

名指しされたのが↑右側のチャン・フン監督。かつてギドク監督のもとで助監督を務めた所謂愛弟子であった人です。

チャン・フン監督は「映画は映画だ」「義兄弟」とヒットを飛ばしますが、ギドク監督のもとを事実上離れ、メジャーと手を結び撮った戦争映画「コジジョン」が今夏公開を控えています。

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※チャン・フン監督の新作「コジジョン」シン・ハギュン、コ・ス、キム・オクビン、リュ・スンス、そして、勘三郎さんことリュ・スンリョン・・・と賑やかな顔ぶれが並んでいます。

師匠と弟子の「別れ」に関しては過去いちど「廃人説」記事が出て盛り上がりギドク監督自身が「チャン・フン監督とはずいぶん前に和解した」とメッセージを出すほどだったようです。

その後輩監督との決別の経緯で心に深く傷を受けて悲しみ、監督自身の言葉によると健康も害したとのことで、「悲夢」以後3年、それまで毎年一作撮ってきた作品を撮らなかった・・・私もカンヌでのギドク監督の変貌には少なからず驚きました。ずいぶんお痩せになったような・・・??

映画とはお金がかかるもの。そして、いろんな人間関係やビジネスの話が渦巻くところを乗り越える強靭さや裁量もないとあかんわけですね。それぞれの監督さんの間に、演出の才だけではなく、作品を撮るための方法や考え方の違いがあるのは当然のことですが、良くも悪くもギドク監督って、過去もう韓国では映画は撮らないと言ってみたりと繊細かつ「恨」なかたなんだなあ・・・・と思った次第です。

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カンヌでは「海岸線」の主演を務めたドンゴンさんとも会って旧交を暖めたというギドク監督。日本にもたくさんのファンを持ち、韓国本国よりも海外での評価がなんぼか高いギドク監督。しかし、生きていくのは大変だ・・・そんなことを人生をかけて表現していらっしゃるのかもしれないなあ・・・とおこがましくもそんなことも感じました。

以下、二つほど記事をあげておきますです。

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ぎこちない師弟関係の二人の映画が今年の夏順に封切りする。

キム・ギドク監督とチャン・フン監督、ぎこちない二つの司祭の映画が、今年の夏劇場で並んでリリースする残忍な運命をむかえることになった。 23日キム・ギドクフィルムとティーピーエスカンパニーは各々'豊山(プンサン)犬'(プンサンゲ)と、'高地戦'(コジション)が6月23日と7月21日封切りを確定したと明らかにした。

'プンサンゲ'はキム・ギドク監督が3年の間の沈黙を破って、製作に参加した作品であり、'高地戦'はチャン・フン監督が、'義兄弟'以後新しく初お目見えする映画だ。

偶然にも同日封切り確定を発表した二つの映画はキム・ギドク監督と、チャン・フン監督の間の格別な縁で注目されている。

チャン・フン監督はキム・ギドク監督が製作とシナリオに参加した'映画は映画だ'で、2008年派手にデビューした。 '映画は映画だ'というキム・ギドク監督の原案で大幅修正されて作られて、その年興行と批評の両側で成功を収めた。

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だが'映画は映画だ'が配給会社問題で収益が正常に回って行かなくなり、チャン・フン監督がキム・ギドク監督を離れて投資配給会社ショーボックスの、'義兄弟'を演出したために両者の葛藤がもたらされた。 毎年映画を作ったキム・ギドク監督は衝撃で2008年以後映画演出を中断した。

映画界に広がったこのような事実は今年のはじめ、記事化されながら論議でふくらんだ。

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当時キム・ギドク監督は、"当時はたくさんさびしくて残念だったが今はみな理解する。チャン・フン監督が数回謝罪をしたし、私は理解することにした"と明らかにした。

"豊山(プンサン)犬'製作費一部をチャン・フン監督が支援してくれたし、それで製作が始まることができる"と伝えた。

一段落したようにした二人の葛藤は今年カンヌ国際映画祭でキム・ギドク監督が、その間沈黙を破って発表した'アリラン'を通じてチャン・フン監督を、実名批判したため再びふくらんだ。

キム・ギドク監督は自身の映画世界を描いた'アリラン'で、"映画を共にしたいと雨の中で待った人、Eメールを送った人を受け入れたところ5年後に離れた。資本主義の誘惑を受けて離れた事は分かる"としてチャン・フン監督を取り上げ論じた。

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※「プンサンゲ」は「ロードナンバーワン」で熱演したユン・ゲサンくん主演

偶然にも'豊山(プンサン)犬'と'高地戦'は南北葛藤で広がる素材を入れた。 チョン・ジェホン監督がメガホンを取った'豊山(プンサン)犬'は、一人の男が高位北脱出者の恋人を脱北させながら起きることを描いた。

キム・ギドク監督は'豊山(プンサン)犬'が、"私が製作する映画の中で最も大衆的な映画。私を起こす初めての信号弾になる作品"と明らかにした。

彼は今年カンヌ映画祭にチョン・ジェホン監督と同行しながら愛情を誇示した。

'高地戦'は朝鮮戦争当時占領するために血と汗を流して、葛藤を生じさせる人々の話を入れる。 '映画は映画だ'、'義兄弟'をひきつづき成功させたチャン・フン監督と、'共同警備区域JSA'のパク・サンヨン作家の出会いで、早目に映画界の関心を引いた。

外出することなく在宅したキム・ギドク監督と、実名批判で衝撃を受けたチャン・フン監督、二人の司祭の交錯した運命は、

もう観客らの選択にかかっている。 '豊山(プンサン)犬'はノギャランティーで相変らず低予算で、'高地戦'は80億ウォンを越える製作費で作られたが、

それもまた韓国映画の二つの顔だ。(STAR NEWS)

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彼が韓国映画界の‘ニュースメーカー’という事実は間違いない。海外映画祭では脚光を浴びたが、国内では興行・評価の側面で多くの挫折を経験した金基徳(キム・ギドク)監督(51)。

彼が自伝的ドキュメンタリー「アリラン」で21日(現地時間)、第64回カンヌ映画祭「ある視点」賞(Un Certain Regard)を受け、また話題の中心に立った。「Stopped On Track」のドイツ人監督アンドレアス・ドレゼン氏と共同受賞だ。

韓国では「非主流」だが、世界では「主流」の‘金基徳の逆説’を再演したのだ。韓国の監督がこの賞を受賞したのは、昨年の「ハハハ」の洪尚秀(ホン・サンス)監督に続いて2度目となる。金監督はベルリン映画祭監督賞(「サマリア」)、ベネチア映画祭監督賞(「うつせみ」)に続き、世界3大映画祭で受賞するという珍しい記録を持つことになった。

13日のカンヌ現地上映の際、髪をほどいて結ぶパフォーマンスで世界メディアの起立拍手に応えた金監督は、この日の授賞式では作品に出てくる民謡「アリラン」の一節を歌いながら喜びを隠さなかった。

◇究極作家主義の勝利=「アリラン」は、08年から江原道(カンウォンド)の山奥で暮らしてきたという金監督が3年ぶりに沈黙を破って発表した作品。映画を制作するという行為に対する根本的な質問、助監督出身で‘義兄弟’演出者のチャン・フン監督に対する背信感の吐露、韓国映画界に対する直接的な発言などで論議を呼んだ。

金監督は今回、脚本・演出・演技のほか、撮影・照明・音響・編集など「1人ドラマ」を完成した。現地の反応は分かれた。映画専門誌スクリーンインターナショナルは「疑う余地のない究極の作家主義映画」と称賛したが、別の専門誌バラエティーは「金基徳の熱いファンでさえも退屈な映画」と酷評した。

しかしカンヌ映画祭は「ある視点」部門の20作品のうち「アリラン」を最高賞に選んだ。‘作家金基徳’に対する称賛とみられる。チョン・チァンイル釜山(プサン)映画祭プログラマーは「芸術映画の究極的志向は映画に関するすべてのものを作家である監督が一人でやり遂げることだが、『アリラン』はそれを実現させた名実ともに‘1人映画’。新しい映画を好むカンヌ映画祭側が金監督の作家性・実験性を認めたようだ」と述べた。(中央日報)

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2011年5月23日 (月)

「マイウェイ」と第二次世界大戦

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いかにも捻りのないタイトルが不本意でアリマス。(汗)

昔我が家の古い写真を整理していたときに、亡き父が子供のころ描いたとおぼしき軍艦の絵が出てきました。その拙さからすると幼稚園か小学校低学年と思われますが、そこには日の丸の旗とともに父の字をなぞれば「マンシウ國ノハタ」が描かれておりました。父の子供時代に存在した「満州国」執政のちに皇帝はあのラストエンペラー「愛新覚羅溥儀」でした。

私め、ある時代の歴史には詳しかった(主に好きで読んだ時代小説の舞台)・・・こともありますが、だいたいが学校で習った年表以外に突っ込むこともなく、特定の時代を背景にした映画などを見たときに少し調べたりするものの、どちらかというと「歴史音痴」だと思います。

なので、かつて見た印象的な「戦場のメリー・クリスマス」「ラストエンペラー」「覇王別姫」「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」などの時代を、「あれはここでこう繋がって」と世界的な歴史のウネリから思いを致すことが十分に出来たとは言えません。えろう勿体無いことでした。いい年まで生きてまいりましたが、私めも結局所謂「戦争を知らない子供たち」なんですよね。

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映画を見るときは何の先入観も無しに臨み、素直に感動すること、これは基本かと思いますが、「マイウェイ」で主人公たちが巻き込まれていく運命の背景をちょこっと予習して行くのは、見ながらいろんなことを納得するのには結構大事かもと思う次第です。

「ブラザーフッド」を初めて見たとき、私は朝鮮戦争と分断の背景について恥ずかしながら良く知っていたとはいえませんでした。今でもちゃんと理解しているとは言い難いと思います。折に触れ、気になると読んだり調べたり致しますが、それは「大人になってから何かを学ぶ機会」でもあったりします。

さて、「マイウェイ」・・・カン・ジェギュ監督はノルマンディ上陸作戦のときに捕虜になったドイツ軍の軍服を着た朝鮮人青年の写真とドキュメンタリーから、これは映画にせねば!と直感し動き出します。

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『シナリオの修正過程でも力のバランスを合わせるのが容易ではない。 歴史的背景を共有しているからだ。 現代的なフィクションの話ならそのような負担が少ないが、私たちは映画の時代性を共有することに敏感で、難しい部分がある。』

監督がインタビューでおっしゃる通り、どんなに表現に注意しても「敏感な反応」が出てくることが予想される日・中・韓の歴史が厳然と横たわっております。しかし監督は言います。「出会い、対立し、和解する」「夢と希望を捨てず、最後まで生き残ること」
この映画にまつわるすべてが込められた言葉なんですね、つまり。

そもそもなぜ日本軍に強制徴用されたチュンシクさんが、ロシアを辿ってドイツへ行くことになったのか・・・それはどうやら彼が歩兵第64連隊第三大隊にいて、「ノモンハン事件」の戦闘に参戦したということが鍵になっているようです。

ノモンハン事件とは・・・・
1939年5月から同年9月にかけて、満州国とモンゴル人民共和国の間の国境線をめぐって発生した日ソ両軍の国境紛争事件。

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ちょっと頭痛くなるかもしれませんが、こちらをご参照ください。(ウィキぺディア)ほかにも「ノモンハン」で検索すればいろいろ出てまいります。

「マイウェイ」カテゴリでは過去、もとになった人物の写真のことなどにもちょっと触れております、よろしければ、こちらとこちらご参考までに・・・

ノモンハンは日本軍が大敗を喫したとして歴史に刻まれている戦いであります。ここでソ連の捕虜となったところから、チュンシクさんはノルマンディーまで長き道のりを生きることになるわけです。

チュンシクと辰雄は京城(ソウル)の軍人一家のぼっちゃんとそこに雇われた家の子という間柄ではあっても幼馴染であり、そしてやがて走ることでは良きライバルとなります。

そしてオリンピックのマラソンランナーを目指すわけですが、ある事件によって阻まれ二人の間には溝が。辰雄は帝国陸軍の大尉となり、走ることよりも軍人として生きるようになりますが、チュンシクはどんな流転の運命の中でも走ることを忘れませんでした。

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朝鮮人でありながら日本軍の兵士となった人々あの時代それこそたくさんいらっしゃいました。それはとうてい割り切れぬ歴史であります。
しかし和解し再生する、戦いを超えて生き抜くこと・・・そう考えるだけで映画の公開を待ちながら何だか力が湧いて来ようというものです。

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※走る走る~♪チュンシクさん。「京城力車」と文字の入った印半纏姿からすると、チュンシクさんはお仕事でも走っていたのかも?干潟での撮影はモンゴル平原のシーンでしょうか。ファンミでも走っているスチールがありました。

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※芸能街中継で21日放送されたというカンヌでの三人のご様子。ドンゴンさんは石田純一な足元(笑)もとい、マリンテイストには素足にデッキシューズ、オダギリさんは制作報告会のときと同じブーツを全く違う装いで使いまわし。さすがですね。

オダギリさんがドンゴンさんに習ったハングルは「すごはしょっすむにだ」(お疲れさまでした。)他はテレビでは言えないこと・・・なのか???(爆)

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2011年5月22日 (日)

カンヌ 『マイウェイ』 カン・ジェギュ監督 インタビュー

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カンヌでのインタビュー記事、トリは監督さんです。

俳優さんと監督さんのインタビューはセットで読むのが大好きです。ワクワク致します。

オダギリさんについての監督の言葉ではこんなのもありました。

「主にマイナーな映画への出演が多いオダギリジョーが、果たして大きなスケールの映画に出演するのが正しいかという懸念が最初にありました。本人もそのような懸念を表明したりもしたんですが、映画を撮って、彼の内面にあるエネルギーがすばらしいということを感じました。スクリーンで生きるんです。オダギリの演技を見て鳥肌が立ちました。私の選択は間違っていなかった。」

とても頷ける、そして嬉しくなる言葉でありました。

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"『太極旗』を超えるよりも重要なことがある"

(STAR NEWS  キム・ヒョンロク記者)

シナリオを受けて、今に至るまで、都合4年を要した。 前作『ブラザーフッド』以降では、なんと7年ぶりの新しい映画だ。 カン・ジェギュ監督の新しい映画の2011年最高の期待作『マイウェイ』だ。

カンジェギュ監督が『マイウェイ』に至るまでは決して順調ではなかった。 そのすべてを乗り越えて今『マイウェイ』は、世界の舞台に初お目見えした。 約85%の撮影が仕上がりこのたび第64回カンヌ国際映画祭で世界の人々の前に威容を現したのである。

『ブラザーフッド(太極旗を翻して)』が韓国戦争の中の兄弟愛を扱ったとすれば、『マイウェイ』は、第二次世界大戦中、対立するしかなかった韓国と日本の二人の間に咲いた和解と友情を描く。

発端は、ノルマンディー上陸作戦で撮られた一枚の写真だった。 ドイツの軍服を着、捕虜になった一東洋人の姿。 彼がどうやってここまで来たのかに思いを致しながら、『マイウェイ』が作られた。 俳優の面々も華やかだ。 韓国のチャン・ドンゴン、日本のオダギリジョー、中国のファン・ビンビンが出演する。 より大きな規模、より高まると期待。 そのすべてを肩に受けたのが、カン・ジェギュ監督だった。

製作報告会の直前、フランス南部のリゾート都市カンヌのオールスイートレジデンスの1階のテラスで出会ったカン・ジェギュ監督は、どこかリゾート地には馴染まないかんじの姿だった。 二日後、ラトビア共和国に発って、映画のハイライトのノルマンディー上陸作戦を撮影する必要がある彼は決戦を控えた様相だった。 長く緻密に準備してきた、最も重要な決戦を控えた彼は興奮するのではなく心を整えて映画の一つ一つを考察確認中だった。

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- 久しぶりの映画の演出だが。

▶少し厄介な点はある。だけどすぐに良くなるだろう。 それ以外はいつもそうして来たように、日常の中に入るって感じかな。 実は監督が映画を「内部作成」するということなら心の中の映画は何十回も作った。 フィルムに結果が出ないだけであって頭の中のスクリーンには、数多くの映画が行ったり来たりしていたよ。 はたから見れば休んでいたようでも休んだのではない。 だから不慣れではない。

- 『ブラザーフッド』のように今回も最高の製作費を投じてアジアの俳優などと共同で、新たな開拓に乗り出した。 何を示したいのでしょうか。

▶外的な規模への負担も期待もある。 しかし、結局私が作った物語と表現しようとする点に韓国、日本の観客たちがどのように共感し、その状況に陥ることができるかがカギだ。 いつも心配はそこにある。 外的膨張ではなく、内的膨張が行われるということだ。

その時代に存在した韓国を代表する人物、日本を代表する人物、中国を代表する人物がどのように自然に似合ってストーリーを進めていくかが心配だ。

シナリオの修正過程でも力のバランスを合わせるのが容易ではない。 歴史的背景を共有しているからだ。 現代的なフィクションの話ならそのような負担が少ないが、私たちは映画の時代性を共有することに敏感で、難しい部分がある。

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- それでも、この話をしようと心に決めた理由は何か。

▶私たちのマーケティングに使われる表現の中に『出会い、お互いに希望があった』という一節がある。 私たちの映画は、そのようなことを述べている。 戦い、対立して葛藤して憎み、戦争するのは、お互いを理解することができず、同じ人間であることを知らないからではないか。 『マイウェイ』では、そのポイントをお話しようとしている。

映画の発端となったノルマンディーの写真一枚はそこまでの話をしていなかった。 数奇な運命の中でも最後まで命を永らえた人の話は、ドキュメンタリーとしては面白いんだろうけど劇映画では限界があった。 その点のシナリオを書いて補完した。

- チャンドンゴンと『ブラザーフッド』以降、再び一緒にした。 チャンドンゴンという俳優が持つ部分が大きいはずだが。

▶一見すると、戦争の場面をチャン・ドンゴンという俳優がするので似たり寄ったりに見えたりもする。 個人的にはチャン・ドンゴンに対する信頼が大きい。 よく合うし理解しあっている部分が大きい。

視覚化する過程では、チャン・ドンゴンと合っていない場合があった。 しかし今回は韓国人のジュンシクと日本人辰雄をどのように組み合わせるかが重要だった。 相手も考えなければならないし、投資などの現実的な問題も考慮しなければならなかった。

総合的な検討の末に、チャン・ドンゴンが最善の選択だった。

- オダギリジョーはどうやって?

▶個人的にぜひ見てみたい俳優たちが何人かいるが、日本俳優の中では、オダギリジョーと、最も仕事がしたいと思った。 もちろん、自分の身勝手さによって決定されるわけではない。 私は映画を作る過程で客観的に維持することに関心が大きい監督だ。

チャン・ドンゴンとオダギリジョーの二人がぶつかって演技するための画面を想像したときに愉快だった。 長所と魅力が異なり、より多くの好奇心が強かった。 私を刺激させるという気がしたよ。 オダギリジョーのキャスティングのために最初に会った時も本能的にそのような気がした。

私の予想が当たった。 画面で見ながらも感じる。 正直に言うと驚いている。

201105224

- 規模やスケールに対する負担があるでしょう。

結局、予算の問題だ。 与えられた予算と環境で最善を尽くさなければならない。 『ブラザーフッド』を作ったときにも、このお金でどのようにこのような規模を作ったという話を聞いた。 『マイウェイ』もそのような話をするようだ。 現場では到底椅子に座っていられない。 極めて勤勉に働いて震えるような場面を作ることができる。

そのような規模を自由に動かすことのできる環境が羨ましくて簡単に次の作品を約束してハリウッドに行ったのかもしれない。 『マイウェイ』が可能なのは映画に対する信頼と情熱を持ったスタッフと演技者の力である。 すべてがどうやって『マイウェイ』という映画をよく作るのかに集中している。 韓国スタッフと演技者の最大のメリットは、自分よりも映画が先ということだ。 他の国との違いだ。

- ノルマンディー上陸作戦をラトビアで撮るのは?

▶ノルマンディーの状況を再現するために、全世界のビーチを探した。 ノルマンディーについては、多くの方が知っていることではないか。 地形的リアリティを無視することができない。 ところが、そのようなところが多くはない。 結局、アイルランド、ラトビアが見つかりましたが、よりによって、自然保護区だった。 環境基準のために使えない爆薬があり、光化学スモッグも、残すことが出来ない。 費用が高くなるが、撮影をするということだけでもいい。

明後日の撮影なのに、実際には今だに「心のコンバット(戦闘)がある」。 (笑)

- 人々が『ブラザーフッド』を越えなければならないと言いますが。

▶そのような負担が当然ですが、私はただ映画を作る人だから。 外的なことも重要だと思う物語を渇望している。

- ハリウッドの目標は変わらないが。

▶数年、そこに準備しながら、必要以上のこだわりを咲かせていた。 簡単に考えると、少しリラックスしていた気がする。 それから他人のことをしたいという気持ちがなかった。 数多くのシナリオが来たが、すべて断った。 アメリカが私を望んだ映画はせずに、私はやりたいことをしようとするから、それが私を数年の間縛っていたんです。

今は楽になった。 することを望む心が必要かどうか分かるから。 韓国で映画を撮っても、ハリウッドで撮っても、アジア合作映画を撮ってもそれは重要ではない。

201105175

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2011年5月21日 (土)

カンヌ 『マイウェイ』 オダギリジョー&ファン・ビンビン インタビュー

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ラトビアはカンヌよりずっと気温が低いようですね。皆さん元気で頑張っておられるでしょうか。

さて今回はオダギリさんとビンビンさんのインタビューを・・・。映画祭のスポンサーでもある「ロレアル」のモデルを務めているビンビンさんはそういうことも手伝っていろいろ忙しかったようです。

オダギリさんとドンゴンさんはもうすっかり義兄弟みたいに仲良しのようで、イイですよねえconfident

(カンヌ<フランス>=聯合ニュース)ソン・グァンホ記者

この映画には韓・中・日を代表する国家代表級俳優が参加する。 韓国ではチャン・ドンゴン、中国ではファン・ビンビンが出演する。

201105213 残り一つの軸を担当する人が日本俳優オダギリジョー (35)だ。 キム・ジュンシク役を受けたチャン・ドンゴンの対称点に立っていて彼と友情をわかちあう人物だ。

'マイウェイ'製作報告会に出席のためフランス カンヌを訪れたオダギリジョーに14日(以下現地時間)カンヌのあるホテルで会った。

彼はカン・チェギュ監督からタツオ役の提案受けた時すぐには気乗りしなかったという。 主に規模が小さい低予算映画に出演して来て、サイズが大きい映画は'体に合わない服'と感じたためだ。

"初めには規模が大きい映画には出演したくありませんでした。 どのように提案を断るか悩みましたよ。 悩んだ末に'この場面が気に入らないです、あの部分が気に入らないです'と挙げて修正してくれと要請しました。 それで監督が修正しないでくれたらいいと思っていました。ところが1ヶ月後要請した部分が相当部分反映されたスクリプトを受けることになったのです。 その瞬間、監督の映画に対する真正性が感じられました。ぼくのスタイルではなかっだのですが'マイウェイ'に出演をすることを決心したこれが契機でしょう。 この監督ならば一緒に仕事をしながら私が好む映画に近接できそうだという思いがしました。"

曲折の末出演することになったが、撮影は容易ではなかった。 戦争映画なので戦場を行き来する苦痛な場面が多かった。 7ヶ月を超えて撮影しながら肉体的に気力尽きた状況まで続いた。

"今までぼくが出た映画スタイルとはやはり全く違いました。 'マイウェイ'は一日に一場面だけを撮ったりしましたよ。 こういう余裕がある撮影環境だったんですがこのような余裕の中で自分をどのように表出するかに対する悩みは大きかったです。"

戦争映画にも今まで出演したことがなかった彼は撮影に入る前'ブラザーフッド 'を含むカン監督の前作を全く見なかったという。 "地獄の中にあらかじめ行くことになるのが嫌でわざわざ見なかった"という理由からだ。

彼は今回の映画でチャン・ドンゴンと初めて呼吸を合わせた。彼の役と対称点に立っているキム・ジュンシク役を演技したチャン・ドンゴンとは幻想的な相性を見せたという。

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"最高でした。 もしチャン・ドンゴン氏が子供っぽい人だったら(互いに)苦労が多かったところでしたね。ぼくたちは互いに尊重する関係です。 彼は相手の演技スタイルを理解してくれます。 韓国を代表するスターというのにはやはりそういう理由があったんだなと感じました。"

オダギリジョーは長い間の苦労の終わりにラトビアでの詰めの撮影を残している。 'マイウェイ'撮影後メジャー映画に対する彼の考えが少しは変わったのだろうか。

"やはり自分の好みということを簡単に変えることはできないみたいです。 大きい映画に何かを望んでも変えることはできないから、どうしても抵抗が少しあるようです。 今後もこういう大きい映画にはあまり出なさそうです。"

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[スポーツソウルドットコム  カンヌ(フランス)=キム・ガヨン記者]

中国美女俳優ファン・ビンビン (30)がチャン・ドンゴン(39)を公然と絶賛して目を引く。

ファン・ビンビンは14日(以下現地時間)第64回カンヌ映画祭が開かれる中心通り近隣のオールアンドスイート レジデンスで韓国取材陣と行ったインタビューで"色々な行事中'マイウェイ'製作報告会が最も重要な日程"としながら愉快に話し始めた。

"中国の人々が真っ先に思い浮かぶ韓国映画は、おそらく『ブラザーフッド』ですよ。以前からカン監督の作品について多くの情報を持っていました。信仰がありました。カン監督が私に出演要請をくれた時、役割が小さくても一瞬も迷わず選択しました。"

役割は大きくなかった。 当初、女性の役はソン・イェジンが引き受ける予定だったが、ジュンシク(チャン・ドンゴン)と辰夫(オダギリジョー)を中心にシナリオが変更され、ソン・イェジンが降板した。 代打を考えていたところカン監督はファン・ビンビンに狙撃手の役割を提案し、彼女は快諾した。

"カン監督の映画は、もともと男性中心の映画ですよね。そのため、女性の役が大きいだろうと期待してないんです。これまで中国の監督たちは私を綺麗に撮ってくれましたが、今回の役割は、そのような特徴とは正反対でした。女性狙撃手の役割です。一度もしたことのない役割なので興味津津でした。"

興味津津ではあったが、現場は大変だった。 重い銃を持って撮影現場を右往左往した。 "どのように私を汚くしてやろうかとテストでもするように"スタッフは、彼女の可愛い顔にすすをこってり塗り直した。

"二度と戦争映画を撮ることはない"と決心するほどにつらい撮影だった。

"カン・ジェギュ監督が撮ろうと提案したとしても分からないんだけど、この映画を撮りながらほんとうに再び戦争の映画を撮りたいと思わないの?と心が聞いたことがあります。"(笑)

ファン・ビンビンは今回の映画でチャン・ドンゴンと呼吸を合わせる。 彼が韓国俳優と縁を結んだのは二回目.。2009年に'ソフィーの恋愛マニュアル'でソ・ジソプと演技をしたことがある。

"共に仕事をしたい韓国の男優がいるか"という取材陣の質問にファン・ビンビンは"チャン・ドンゴンの他にはない"と断固として答えてインタビュー現場を笑いの海に誘った。ファン・ビンビンを引き付けたチャン・ドンゴンの魅力は人柄だった。「チャン・ドンゴンはジェントルある男性」と紹介した。

"最初の台本リーディングの時チャン・ドンゴンに初めて会いました。 (私が)日程を終わらせて荷をまとめている間に門の外で私を待っていて、車に乗って行く時まで見送ってくれたんです。""中国やほかの国のどんな人もそんなマナーを見せたこれはありません。 俳優同士でもそんなことをしてもらったのは初めて"と回顧した。

201105212

引き続き"撮影の後チャン・ドンゴンと演技呼吸に対して中国の知人たちがどうだった?ってこぞって尋ねたの。 なんの躊躇いもなく世の中すべての女たちが結婚したい男よ、と話したわ。"と言って笑った。

開幕式レッドカーペット行事で強烈な赤い色のドレスを選択した理由も説明した。 彼女は去る11日開幕式レッドカーペットで龍紋が派手に数を数えたロング ドレスを着た。 唇とネイルまで赤い色で染めて話題を集めた。

"私が中国人であることを確認させるためにこのような方法を選択したのです"としながら"色々な映画祭で韓国人か、日本人かと言われたので今回の衣装を選択してそのような苦労を減らすことができました。"と話した。

201105215

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2011年5月20日 (金)

カンヌ 『マイウェイ』 チャン・ドンゴン インタビュー・・・②

201105201

報告会では会場の背後の壁の影がドンゴンさんの席の位置には伸びていなくて、強い日差しのずっと照りつける中、何の不満を言うでもなくその席に黙って終わりまで座って「首筋がチリチリ日に焼けマシタ」と笑っていたとのこと、その「マナー」がニュースでも話題になってたり、「証明写真」のようにチャン・ドンゴンだった、などなど・・・。(笑)その日は遅くまで映画関係者と談笑していたらしいですが、翌朝の飛行機は共演者の中で一番早い時間だったそうな。

インタビューは複数の媒体の記者たちが一緒にその場に居たと思いますので、②ではおのおの内容が重複しているところを省いてみました。相変わらずどうしても意味がわからん文章があって、しばしぐるぐる悩みましたが、どもならんのでひとまずアップします。^^;

初めて のskypeをやってみたでしょうか。(笑)ラトビアで余計寂しくなってたりして??「単位赴任のパパさん」なんですね。

顔が細いなあと思いましたが、8㎏も!!落としてたんですね。(どの時点から~~?weep

ではでは今回、ちょっと長いですが、頑張って読んでくださいね^^

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彼はカン監督が演出した戦争映画に相次いで出演することについては、大きな負担を感じないという。 キャラクターと話が『太極旗』と『マイウェイ』は、完全に違うからだ。

"太極旗のイ・ジンテは初めと終わりでは完全に別の人物になっていますが、『マイウェイ』のジュンシクは、初めと終わりがまったく同じなんです。

絶えず急速に変化し、新しいものが美徳とされる時代にこのようなキャラクターが魅力的なのでしょうか?監督がこの映画を通して見せようとするのがそういうことのようです。一つの信念を守って夢と希望を捨てない人、心の奥深くに響くメッセージを与えることができる役割だと思っています。"

演技に対して言うと、再び真剣になった。 彼は悪役への関心が高い、今再び悪役に挑戦出来たなら上手くやれそうだと語った。

"クールな悪役は、いつでも人の俳優たちを魅了します。今再び悪役を演じることになったらクァク・キョンテク監督の『友人』を撮った時とはもっと別の、もっと魅力的で素敵な悪役を演じることが出来る自信を持っています。"

(聯合ニュース・ソン・グァンホ記者)より

201105203

韓国映画『マイ・ウェイ』のプロモーションのため、第64回カンヌ国際映画祭が行われているカンヌ(フランス)を訪問した俳優チャン・ドンゴン。

現地を訪れた報道陣に対して、「『マイ・ウェイ』撮影中にオダギリジョーも、キム・イングォンも子どもが生まれた」とし、共演者の出産、結婚など慶事が多かったと話した。
本人はどうか、と問う記者の質問に、「二人目が欲しい」と答え、「(妻コ・ソヨンと)いっしょに考えている」と笑みを浮かべながら答えた。チャン・ドンゴン夫妻には昨年10月に第1子、ミンジュン君が誕生している。

子どもが生まれた後、物事を考える基準が大きく変わったというチャン・ドンゴン。「わたしがいま撮影した映画を子どもが成長して観た時、どう考えるか。こんな考えを持つようになった。以前は全く考えもしなかった映画選択の基準になった」とコメントした。
15日、カンヌ現地で開かれた『マイウェイ』の制作報告会を終えた後、16日未明、すぐに
ノルマンディー 上陸作戦のシーンを撮影するために、 ラトビア共和国 に向かった。

彼は一ヶ月間の撮影を控えて家族と連絡するために、テレビ電話のプログラムを準備した、優しい父であり夫の姿を垣間見せていた。

カンヌ(フランス)=キム・ヒョンロク記者
STARNEWS

俳優の チャンドンゴンとカンヌで会った。

白のズボン、軽いジャケット・・・。 熱い 地中海 の日差しがふりそそぐ中の白い テントの下で向き合った彼の姿は、夏のレクリエーションを楽しみに来た美男スターそのものだった。

しかし、彼の内心はかなり複雑だった。 2004年の『 太極旗を 翻して』以来、カンジェギュ 監督 との7年ぶりに意気投合した戦争ブロックバスター『マイ ウェイ 』 のプロモーションとして第64回カンヌ国際 映画祭を訪れていたからだ。 決戦の撮影も目の前である。

『ブラザーフッド』は韓国 戦争の悲劇を全身で生きた人の物語であったが、『マイウェイ』は、第2次大戦中に 、モンゴル 、 ロシア を渡り 、フランス の ノルマンディー まで行かなければならなかったある運命の人を描く。 日中韓が参加する 大作 であり、それだけの期待も大きい。 そのすべてを担える俳優としてチャン・ドンゴンのほかに誰を考える ことができただろうか。 チャン・ドンゴンは、大きな負担を認めながらも、"何よりも作品や人物、その本質的なことに集中した"と話した。

彼のカンヌ映画祭の訪問は、2004年の『ブラザーフッド』、2005年の『無極』のプロモーション以来、3回目。 チャンドンゴンは、"コンペティション部門などに正式に招待され、 レッドカーペット を踏んでみたい"という望みを隠さなかった。 彼の夢は『マイウェイ』を介して行われることが出来るだろうか?

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-肉が随分と落ちましたね。

▶1ヶ月半ほどかけて8kg落しました。 駄目だと思ったらどうなっていたでしょう。 映画後半、生死の確認が取れた後画面に映るシーンがあって、観客が見ても変化があったらいいなと思いまして。 『タイフーン』も、このようにダイエットした時があったんですが、今回は時間が十分ではなくて無条件に大変でした。 すべての方法にトライしました。

-ひょっとして妻のコ・ソヨンさんがその分野 の専門家 では?

▶たしかに。(しかし) 彼女は大食家なんですよ。 私よりもっとたくさん食べます。

- ノルマンディー上陸作戦の撮影を控えてカンヌに来ていても気が休まらないのでは。

▶カンヌ映画祭の訪問は今回が3回目です。 来るたびに浜辺を歩いてのんびり日光浴を楽しんでみたいと思うのですがそれが容易でないんです。 すぐに明後日の撮影があるから気楽になれません。(カンヌでは)変わっていない場所もありましたよ。 1995年にハン・ジェソクと旅行 に来たときに泊まった ホテル もまだそのままあって・・・。 時間がたって星3つから2つに降格されてたんですよ。 ( 笑 )

- プロモーションのためにカンヌに来たのですね。

▶今回はもちろん、2004年の『ブラザーフッド』もそうだし、2005年の『無極』の時もそうでプロモーションのためにカンヌに来ました。こんど機会があれば、コンペティション部門や、カンヌ映画祭のセクションに招請されてレッド カーペット を踏んでみたいで
す。

201105206

- カンジェギュ監督とは7年ぶりに再び一緒に仕事ですね 。

▶物理的な程度で見れば、今回のほうがより多くの苦労をたくさんしたかもしれませんがが心理的には『ブラザーフッド』が大変でした。 初めてだったし予想が不可能だったので。 今は経験があるから期待して頂いたぶんも気苦労は耐えられます。

- 『ブラザーフッド』を越えなければならないというプレッシャーがかなりかかっているようですが。

▶それは監督にも、私にとっても負担でした。 お互いにその負担を克服することは私達が意気投合したときに越えなければならない最大の障壁でした。

時代劇であり、戦争を扱うときのような俳優が 差別化 できるようにするというのがとても大変なことでした。 別の方法でするために、無理に作るよりも、人物の キャラクター に忠実に 演技 をしなければならないと考えました。 映画を見ると、序盤には、『ブラザーフッド』と似ているという思いをすることもありますが、 ドラマ を追って行けば、それほど心配ではありません。 今は最初より心配は減りました。

201105204

- 戦闘シーンはどのように違いますか。

▶前作が高地で塹壕を占領する戦いが多かったとすれば、今回は平地で行われる戦闘が多いです。 アングルいっぱいに入れなければならない絵が前回とは比較にならないほど非常に多くなります。 視覚的には『ブラザーフッド』よりも火力と スケール が大きくなっています。 最近『 ブラックホーク ダウン』、『プライベートライアン]を再び見る機会がありましたが、個人的には戦闘シーンのスケールでは、引けを取っていないと思いました。。

- 『マイウェイ』は、 国際 的な プロジェクト でもあります。 肩 が重いのでは。

▶昔はそのような悩みをしなかったけれど、神経を使いました。経験ができてわからないときには知らなかったことも知ったぶん気になって負担が生じました。 無視出来ないことでした。 完成になって見ていただければわかりますが、この映画はある特定の層の観客をターゲットにした映画ではなく、老若男女が 共感 できる話だとおもいます。。

- ひきつづき大作映画に出演した。 チャン・ドンゴンという俳優に要求する一種の責任のようなものも感じられますね。

▶俳優の立場で気持ちの良い事でもあるし、一方で懸念される点でもります。 責任感を持って作品を選択するようになることに対する懸念は、境界を認識しています。 しかし、先ほど申し上げましたように、それもまた、あえて拒否する必要がないという気がします。 規模や作品に対する責任は、最終的に二番目の問題です。作品と人物の本質的なことのために、私は選択することになるのだから。

- そのような責任感から脱したい作品がある場合は?

▶『 グッドモーニング プレジデント』を撮った時はとても楽しかったです。 現場でも楽しかったです。毎日現場に行くのがほんとうに楽しいくらいでした。 遊びに行くような気分でした。

そのような作品が入ってきて、気楽にそんなことをしてみたい(笑) しばらく 前にもそんなことをやってみたけど、昔の作品の中で再び撮るならば、観客にとってもっと魅力的に見えるようにできた作品が『敗者復活戦』や『恋風恋歌』ではないかと思うんです。 20代前後半にした映画を、今なら余裕があり、魅力のある人のキャラクターをよりよくすることが出来るような気がします。

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-結婚をして、 父親 になったというのが俳優のチャン・ドンゴンにも大きな影響を及ぼしましたか。

▶当然そうですね。 子供が生まれてからは判断基準が変わったと思います。 事件や物事に接するという見方が完全に 家族中心に変わりました。 『私が今、この映画を撮って子供が大きくなって見たら、ことを思うようになるか』そう考えるようになりました。 昔は全く考慮していなかった映画の選択の基準となりました。  映画を選択するとき、キャラクターが限られている場合もあります。 大幅に受け入れるかどうか分からない。 それが最大の検討対象になるというのは大きな変化です。

- 息子がハンサムだといっていましたが、相変わらずハンサム?

▶いいみたいです(笑)。

- 次の予定は?

▶16日には、ノルマンディー上陸作戦の場面を撮影しに ラトビア に行きます。 一ヶ月ほど撮って韓国には、6月10日ころ帰れるようです。 天気が鍵ですね。

-家族との時間を離れているが、 ビデオ 通話でもなさいます?

▶ビデオ通話は、あまりにも料金がたくさんかかって(笑)オダギリジョーさんが安価にビデオ通話を行うことができると、Skypeを教えてくれました。 準備はしてきましたがよく出来るかどうかはまだ分かりません。

- オダギリジョーさんも家族との通話をしているのですか?

▶撮影期間中に子供が生まれたんです。 私たち『マイウェイ』チームは、映画の期間中に結婚した人も多く、子供が生まれた人も多いです。 キム・イングォンさんも三人目が生まれました。多福映画であるわけです。

-チャンドンゴンさんは?

▶ハハ。二番目に欲はありますが、お互いに考えています。(笑)

(STARNEWS)より

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同い年の俳優のコ・ソヨンと結婚し、昨年息子を得た彼は子供が生まれてから一ヶ月後『マイウェイ』の撮影に入った。

"子供の顔をたくさん見ていないんです。 最初は寂しいとは思わなかったけれど、今は海外での撮影のために別れなければならない時は何やら胸がもやもやと塞がったような気分で・・・。子どもが小学校に入るまでは、私の人気があったら良いという気が最近するんです。 『お父さんは以前によく(テレビに)出ていた』人ではなしに、最近も人気があるということを子供に知って欲しいんですね。"(笑)

(中央日報 キ・ソンミン記者 )より

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2011年5月18日 (水)

カンヌ 『マイウェイ』 チャン・ドンゴン インタビュー・・・①

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大変お待たせいたしました、トロくてごめんなさいcoldsweats01ドンゴンさんの今のお気持ちがいろいろ伺えるカンヌでのインタビューです。

「アラフォー」ではあります、たしかに。彼もやっぱりこんなふうに感じていたのかと、遠い世界のお人ながら、非常にシンパシーを感じました。40代から先、家族や私生活でもたぶんさらにいろいろなことがあって、自分の仕事を中心に邁進してきた30代とは明らかに違ってくることでしょう。

“30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る”と言ったのは孔子さんですが、昔の人はイイこと言いますね、ドンゴンさんもまさにそんなふうに感じているのでは・・・??(デモ、心配してませんよ、じぇんじぇん^^)

もうネット等通じて先に本国記事でお読みになった方、シロウトなりに翻訳機の読みにくい文章を直しておりますが、ニュアンスの違い等、何とぞ御容赦くださいませ。(なお、写真は勝手にmiyukiがあちこちから拾ってきたものをくっつけておりますため、本文インタビューの媒体とは一致しておりません。)

◆チャン・ドンゴン“シナリオ見て死ぬかも知れないと考えた”

“子供が大きくなって見るだろう映画・・・作品選択の新しい基準になった”

顔は浅黒くなったが清楚な身なりが相変らず眩しかった。 “よく出来た顔がかえって短所”という逆説的笑い話を聞いたりするチャン・ドンゴンのすてきな容貌はフランス カンヌの5月の太陽の光とよく似合った。 カン・ジェギュ監督の‘マイウェイ’で激動の歴史に巻き込まれた主人公の人生を7ヶ月超生きている彼は僅かな余裕を探しているようでもあった。

14日午後(現地時間)フランス カンヌで会ったチャン・ドンゴンは物静かな声で‘マイウェイ’と自身の家族のことを語った。 彼は‘マイウェイ’広報目的で用意された製作報告会のためにカンヌを訪れた。 ‘マイウェイ’は日帝末期日本軍に徴兵されて旧ソ連の捕虜になりソ連軍兵士としてドイツ軍との戦闘に参加して再び捕虜になり、ノルマンディの戦闘(D-day)にドイツ軍として投入される朝鮮の青年の屈曲した人生を描いた。 製作費は300億ウォンで国内映画史上最高だ。

※この頃大作映画に相次いで出ていますね。

“特に意識的にそうしたのではありません。 偶然にもスケールの大きい作品が続きました。 強迫観念で選択したわけではないのですがかえって責任感と負担が大きいです。 ‘マイウェイ’は‘ウォリアスウェイ’を準備している時出演提案を受けました。 その時はカン・ジェギュ監督が製作だけするということでした。 とても魅力的な内容でしたが ‘監督様が演出するなら今すぐ答を差し上げます’と言いました。”

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※カン・ジェギュ監督と‘ブラザーフッド’以後7年ぶりに会うことになりました。

“私は7年の間色々な作品に出ましたし、反対に監督は作品を撮りませんでした。 この前ちょっと一人で確かめてみたら監督が‘ブラザーフッド’を撮ったのは今の私より2歳年が多かっただけでした。 また‘シュリ’は今の私より若い時に演出したんですね。 それを改めて実感しました。

7年の間にはカン監督とプライベートに会ってきたし、監督と俳優ではなく先輩後輩のような感じでお付き合いしていました。 それで久しぶりという感じはしませんでした。 撮影の規模や作品のスケールが‘ブラザーフッド’より大きいので憂いの表情まではしないけれど大いに心配しました。

7年の間私的に監督の姿を見て来てきましたが改めてちょっと驚いたんですよ。単に 私が知っている気立て良いおじさんではないんだなという気がします。”

※カン監督が監督として最も素晴らしい時は?

“演出家としての能力以外に人が持っている気質で映画を引っ張っていくんです。 スタッフがとても多いからその中で小さい軋轢もあるのにそんなことをよくコントロールして引っ張っていく力は演出力と違うものなんです。 カン監督は対人関係に天才的な気質があるんですね。 他の人々が想像するより器の大きい人と考えれば人々がついて行くのは当然でしょう。”

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※ ‘マイウェイ’の演技の中で最も大きい障害物は何でしたか?

“やはり言語ですね。 日本語をいくら完全に準備をしてもの物足りなさが常に残るんです。 現場では準備したことと違ったのを表現しなければならない状況があるのに対処をうまくできなくなるんです。 日本語の先生とセリフ中心に対話してもらい録音して聞いたりします。”

※映画を作っているときに大変な局面がありましたか?

“今きたようですね。 (彼はラトビアでのノルマンディ戦闘場面撮影を控えている)これから撮らなければならない部分が物理的心理的に重要で負担になる場面です。 苦労の大きさが予想されます。 なのでかえってあまり骨を折らなかった場面を撮る時より余裕(準備時間?)があるようです。”

※戦争映画に再び出たことで後悔もたくさんしましたか?

“シナリオを見た時この映画に出たら下手すると死ぬことがあるかも、いや、そのような気がすると感じました。 生命の脅威が感じられるほど体力的な負担がありました。 撮影を始めた時は心理的に終わりが見えない感じでした。 終わる日が果たして来るのだろうかと、そんな感じで。”

※中年にさしかかって人気に対する考えに変化があるようですが。

“人気が有難いながらも負担になる面があります。 今はそのような負担から自由になりえて、心を治めることができる俳優になれるのではとさらにときめいています。 過去よりはるかに私がしたいことができる状況です。 もちろん一方では年を取って少しずつ人気がなくなるということに対して空しいこともあります。 ときめきと空しさが共存する時点にあるようですね。”

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※主演を務めない時点がくるでしょうか。

“主演、助演区分は個人的にはありません。 どれくらい役割が独自なのかが重要です。 小さい役割でも観客らにはっきりと刻印される、存在感ある俳優になれば良いと思います。”

※近い将来意外な演技に踏み出すことを期待しても良いでしょうか。

“少し日常的でない演技をしたいという思いが一方にありますね。 そして最近作品選択基準に大きい変化が生じました。 私の子供が将来その映画を見るという基準が新しくできました。 結果的にどうなるかは大言壮語出来ませんがそんなことが混在している時期だと思います。”

※今まで出演した映画の中で子供さんが満足するだろう映画は?

“恐らく子供がおもしろく見る映画は‘恋風恋歌’でないでしょうか。 ママ パパが出てくるから。 人気を今維持しなければならないという気持ちが出来ました。 子供が小学校入る時までは私が人気があったら良いなと思います。過去の話をするよりも、子供が私の人気をその目で実感出来たらいいと思いませんか?”

韓国日報・カンヌ=ラ・ジェギ記者

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2011年5月17日 (火)

『マイ・ウェイ』カンヌ・成熟の美丈夫たち・・・⑥

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ドンゴンさんのスーツ、セピアというか何というか微妙な色みだったんですね。見晴らしの良いところでスリーショット、男子二人はチョイ悪おやぢ一歩手前?みたいな。smile

仕事から戻ってPCを開き、カンヌのニュースをつたなく検索する・・・おかげで私もどんなにか気持が晴れたことでしょう。ドンゴンさん、ありがとう。改めてお礼を言いたいです。

人は誰でも年をとって変わっていくものです。ドンゴンさんのインタビューでもそんな変化を自分で最近とみに感じるというようなニュアンスの発言あったのですが、それでいっこうに構わないとmiyukiは思う次第です。その時々に向き合う姿をお仕事で曇りなく見せてくだされば、観客は自然「美しい」と思うのでは、と。

メイキングと予告編(?)動画、もうちょっと見やすいかと思うので、ようつべさん、貼っておきますね。^^

メイキング

予告編

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制作報告会の行われた「Château du Cercle」とはこんなところ。映画祭中はいろんなイベント、パーティーなどが行われる場所のようです。

他力本願で大変申し訳ないのですが、以下記事ふたつ、貼っておきます。

2011051714_2 [シネマトゥデイ映画ニュース] 現在撮影中の韓国映画『マイウェイ』で共演しているオダギリジョーと韓国俳優チャン・ドンゴンが、滞在しているフランス・カンヌでインタビューに応じた。同作品で二人が演じるのは、憲兵隊司令官を父に持ち朝鮮・京城(現・ソウル)で暮らす辰雄(オダギリ)と、使用人として雇われていた一家の少年・ジュンシク(ドンゴン)。幼少時代、走ることが好きな2人は良きライバルだったが、第2次世界大戦が勃発し、2人の関係性はもちろん運命をも変えていく物語だ。『シュリ』のカン・ジェギュ監督ゆえ、激しいアクションシーンが話題になりそうだが、むしろ2人の心理劇が映画を引っ張っていくことになりそうだ。

しかしクランクインした昨年10月ごろ半年間ぐらいまで、2人の関係はちょっと微妙な空気が漂っていたという。オダギリは「2人とも似たようなタイプの人間で、あまり自分から仲良くなろうとしないんです。最初の半年間はけんかしたり、仲の悪いシーンばかりということもあって、その距離感が逆に心地よかったんですけどね」と言えば、ドンゴンも「最初にオダギリさんが韓国に来たときは“お客さん“という感じで、『話しかけなきゃ』という気持ちで接していたと思うんです。でも自分はそんな性格じゃないし、なんかぎこちなかった」と振り返る。

それがここ1か月前から、戦場で苦楽をともにした2人に友情が芽生えはじめる……という物語の展開に呼応するかのように、2人の距離も急接近。今では、カラオケに行く仲にまで発展したという。オダギリは「ドンゴン兄が入れる曲を僕が歌わされているんですけどね。チェッカーズとかサザンオールスターズ、TUBEとか、結構、日本の曲を知っているんですよ」と、ドンゴンの日本ツウぶりを明かした。

また同時期に、東日本大震災が起こったことも日本・韓国・中国の3か国の混合チームの結束力を固めたようだ。3月11日のあの日。震災のニュースを知るや、ジェギュ監督はオダギリをはじめとする日本人スタッフの心情を考慮して撮影を4~5日間中止することを決定。そしてオダギリは、俳優渡辺謙らが呼びかけた被災者応援メッセ−ジサイトkizuna311に、『マイウェイ』にかかわっているスタッフ・キャスト全員で描き上げた絵とメッセージを捧げた。オダギリは「実は、あの絵を描いたときはそこまでチームワークがあったような感じじゃなかったんです。でも、スタッフ200人ぐらいが参加してくれて、その心意気に感動しました」と、kizunaが絆を生んだ瞬間をしみじみ語った。

二人はすでにカンヌを離れ、ラトビアでの戦争シーンの撮影に向かった。約8か月という長期に及ぶ撮影も、残すはあと1か月ばかり。オダギリは「もう毎日がつらいなと思う撮影ばかり(苦笑)。ドンゴン兄と一緒にその大変なシーンをいろいろ乗り越えてきたので、今では本当に“戦友“として通じるものがありますね」。続いてドンゴンも「例えば2人で30分間、何も話さないで一緒にいても平気」とまるで熟年夫婦のような関係になっているらしい。

ちなみに、劇中ではマラソンのオリンピック選考レースに出場するほど俊足な設定の2人だが、実際はどっちが速い? と尋ねると「僕、結構速いですよ。中学校ぐらいまでは学校で1番か2番でしたから」とオダギリがアピールすると、ドンゴンは「たぶんオダギリさんが勝つんじゃないかな。私より4歳若いし、体力的にも上かな。正直言うと、最近、体力の衰えを感じますから」とスターらしからぬ発言をしつつオダギリをたてるという、兄貴らしい一面を見せていた。(取材・文:カンヌ・中山治美記者)

2011051782012年新春に全国公開される映画『マイウェイ』は、実在した朝鮮兵のエピソードを基に、総製作費21億円(300億ウォン)という、韓国映画史上最高額を投じて製作された作品。1928年の日本統治下の朝鮮(現ソウル)を舞台に、それぞれの夢を持って、時代を生き抜いた二人の人間を描いた感動の物語。メガホンをとるのは、『シュリ』 『ブラザーフッド』のカン・ジェギュ監督。

5月15日、第64回カンヌ国際映画祭のマーケットに出品中の本作が、韓国映画としては初めてカンヌにおいて製作記者会見を行い、監督による作品紹介のほか、世界初公開となる戦闘シーンを含むフッテ―ジ映像、メイキング映像などが公開された。会場には世界9カ国以上、150以上の媒体、200人以上のプレスが集合し、上映後には1分間以上の拍手喝さいが湧きおこった。

本作でオダギリジョーが扮するのは、憲兵隊司令官を祖父に持ち、何不自由ない暮らしを送り、後に日本軍の大尉となる長谷川辰雄役。撮影についてオダギリは、「毎日死にそうで、ここ7か月ほど韓国で本当苦しい毎日の中撮ってきた。毎日爆発があったり銃を撃っていると、次の日は休みたいなと思うし、撮影もこれで終わればいいのに…って思いました。でも当時は、もちろんそんなことも思えない。大きな差はあるにしても、撮影でこのような経験をしていると、あの時代がどんなに辛く大変だったかを痛いほど感じました」と、過酷な撮影の様子を吐露。「でもその分楽しんでいただけるところも多いと思うので、完成したら是非見ていただければと思います」とアピールした。

一方、少年時代にオダギリ扮する辰雄と出会い、マラソンの良きライバルとして成長するが、日本軍に強制徴用され戦場に赴く事になるキム・ジュンシクを演じるチャン・ドンゴンは、「映像を観て下さった方は感じられたと思いますが、スタッフも含めて本当に皆で一生懸命作りました。まだ撮影は終わっていませんが、公開を楽しみにしていただければと思います」。

劇中でオダギリは日本語、ロシア語、ドイツ語。チャン・ドンゴンは韓国語と日本語を操ることになったが、共演者間のコミュニケーションについてオダギリは、「毎回、海外の作品に参加するときは特に言葉の心配はありません。チャン・ドンゴン氏は凄く凄く優しい方だったので安心できましたし、ファン・ビンビンさんはすごくきれいな方だったのでそれだけで十分なコミュニケーションがとれてます」と、言葉いらずのコミュニケーションに満足していた様子。チャン・ドンゴンは、「演技というのは、単純に言葉を交わすということではなく、お互いの感情や気持ちを共感することであり、それには言葉が通じるかどうかはさほど重要ではないと思います。今回も改めてそれを感じました。ファン・ビンビンさんとの撮影は、劇中で私は中国語がわからない設定だったため演技するのに全く支障はありませんでした」。

一方、中国人狙撃手を演じるファン・ビンビンは、「確かに言葉の障害はありましたが、アイコンタクトや身振り手振りでコミュニケーションをとることができました。撮影時は、逆によいコミュニケーションツールにもなり、楽しみました」と語った。

監督のカン・ジェギュは、「この映画は、6年前に見つかった一枚の写真から始まりました。ノルマンディでドイツ軍として捕まったアジア兵士のお話です。私は、2007年にこの話を初めて聞いてシナリオを書き始めました。この映画を、戦争をおこした敵、味方という立場で作ったとしたら、あまり心地いい映画にはならないでしょう。もちろん戦争が背景ですが、戦争の中にいる人間の姿を描いています。お互い憎み合っていたものたちが、戦争の極限の中で友情が芽生え理解し合う、そういった人間たちのドラマを描いています」と熱いコメントを残した。

2010年11月にクランクインし、この日フッテージ上映を迎えた『マイウェイ』だが、撮影はまだまだ継続中。この日の製作会見後、6月中旬までクライマックスのノルマンディの戦闘シーンを、バルト海沿岸のラトビアで撮影する予定だ。 (シネマ・トリビューン)

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『マイ・ウェイ』メイキング動画など

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『マイ・ウェイ』公式サイト、オープンしております。こちらから^^

壮大なオープニング映像が流れます。音楽だけですでにちょっと泣けそうです。crying

カンヌで上映されたとおぼしきメイキング動画はこちらで。

動画が二つあり、最初のほうがメイキングです。なんつうか・・・カンヌであのように完璧な美丈夫っぷりを披露した我らがドンゴンさんですが、映画の中のチュンシクさんは、ちょこっと「もっさり」かもです~~(爆)

しかも、↓半纏姿に鉢巻きで人力車引いてるし???dogdogこれはいったいどういうシーンやら???

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今朝はワイドショーでカンヌの話題がずいぶん取り上げられて、思いがけず動いて、喋る美丈夫二人を見られ、満足でございました。

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ビンビンさんと、媒体インタビューの合間?

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例の冊子を手にするビンビンさん。目、デカっ・・・

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背負っているのはオダギリさんかな?

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2011年5月16日 (月)

『マイ・ウェイ』カンヌ・オダギリジョー・インタビューより・・・⑤

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今回最も微笑ましかった、いちおしのツーショットです。ぜんぜん違うテイストの二人なのに、確かに漂う「戦友」感みたいな、ですかね。catfacedog

以下オダギリさんの興味深いインタビューです。媒体インタビューはホテルの中庭?にあるカフェやプールのそばで一日中、いろんな組み合わせ(俳優さん×俳優さん、監督さん×俳優さんなどなど)で行われたようで、途中にはスコールみたいな雨も降ったとか。

◆[スポーツソウルドットコムㅣカンヌ(フランス)=キム・ガヨン記者]

日本の俳優オダギリジョー(35)がチャンドンゴン(39)への無限の愛情を現わした。
ジョーは14日(現地時間)、第64回カンヌ映画祭が開かれる中心街付近のレジデンスで韓国取材陣とインタビューを行った。 映画の『マイウェイ』のプロモーションのためにフィールドを訪れた彼はノルマンディー上陸作戦という大きな戦闘シーンを控えている俳優とは信じられないほどにすっきりとした印象だった。

いくぶん、控えめな口調でインタビューに応じたジョーは共演のチャン・ドンゴンに対して"本当に善良で兄のような人"と紹介した。 彼は"韓国映画をたくさん見てはいないが、カン・ジェギュ監督をはじめ、イ・チャンドンとポン・ジュノ、パク・チャヌクとキム・ギドク監督を知ってはいたが、韓国の俳優につきましては、よく分からなかったです。"と打ち明けた。

ただ、韓国のトップスター、チャン・ドンゴンについては知っていたと語った。 彼は"映画を通じてチャン・ドンゴンと一緒に働くと言ったら、周りの人々が『立派な俳優と言いながら羨望した。会う前には、漠然と韓国を代表する俳優と思っていた。"と話した。

続いて、"他の人たちに聞いたことがすべて事実でしたよ。人間として、俳優として、彼は本当に『大丈夫』の人である。現場スタッフにもとても親切だ。頼れる兄のようだという気がする。"と付け加えた。

ジョーは、"最も助けになったことは、共演俳優としての呼吸でした。相手俳優とどのように演技しなければならないかよく知っている俳優です。私をたくさん理解してくれました。私だけうまくいけば、という俳優さんも多いが、チャン・ドンゴンは、お互いのペースを配置する方法を知っている。だからこそ良い作品を作ることができるんです。"とし、インタビューを終えた。

オダギリさんのボトムはじつはハーフパンツでした。↓靴はどんなのだったかちょっと気になります。^^

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ドンゴンさんは深夜まで映画関係者を招いたパーティーがあったようですが、カンヌの予定を滞りなく終えて現地時間16日の朝早い便でラトビアへお発ちになったようです。

もっとも大変な撮影になると思われるラトビア・ロケ、ファイティン!!

(監督さんやドンゴンさんのインタビューはもうちょっとじっくり眺めて理解さしてくださいましね^^;)

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オダギリさんの軍人姿、似合ってます。古典的にもなれるお顔立ちなんですかね。^^

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『マイ・ウェイ』カンヌ・制作報告会・・・④

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美しい・・・おお、なんと美しいのでしょう、大統領・・・じゃなかったドンゴンさん。(大統領にはお髭はナイ、ですもんね。)腕には、青いべゼルの・・・コレはヨットマスターですか?そういえば、隣のご主人ジョンジェくんもヨットマスターしてたっけ。

そして、ふぇちのmiyukiは目が吸い寄せられましたよ、カンヌの陽光に透ける手首の「ウデ毛」を(笑)。ほほほ・・・・(ニュースの多さに収拾付かず、だんだん壊れてまいりました。^^;)

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とても清々として、嬉しそうで。目尻の皺までチャン・ドンゴン・・・このスーツ、少し微妙な色合いが入っているようですね。

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日差しがとても強かったようです。ビンビンさんの白い肌が赤いドレスでさらに際立っていますね。一体何着くらいのドレスを用意するのでしょう、カンヌに参加の女優さんたち。

ビンビンさんは、予定を終えて帰る自分の車を外まで出てきて見送ってくれたドンゴンさんを「世界中の女性が皆結婚したい相手」「こんな俳優さんには何処の国でも出会ったことがない」と絶賛してくれました。

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ツーショットはこちらのほうが、ワクワク(こらっ・・・)^^;オダギリさんは「兄の様に頼れる素晴らしい俳優」だと。オダギリさんのほうがたしかに年下ですが、あんまり弟な感じはしませんよね。

たくさんの人間が亡くなっていく戦争という悲劇の中、「マイ・ウェイ」で生き延びることの意味を描けたと思う、とジェギュ監督はおっしゃっています。

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このまんま、ポスターになりそうな表情のオダギリさん。

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一連のお写真とは違うところの記事ですが、日本の媒体なので読みやすい記事をひとつ貼っておきます。

[シネマトゥデイ映画ニュース] 俳優オダギリジョーと韓国人俳優チャン・ドンゴンが共演する韓国映画『マイウェイ』の製作記者会見が現地時間15日、第64回カンヌ国際映画祭が行われているフランス・カンヌ市内で行われた。会見には、オダギリ、ドンゴンのほか、中国女優ファン・ビンビン、カン・ジェギュ監督と、日・韓・中の三国のスタッフが勢ぞろいし、この3か国語に英語も飛び交うという国際プロジェクトらしい華やかな場となった。

同作品は、『シュリ』や『ブラザ−フッド』で知られるカン・ジェギュ監督が、3度、戦争で人生を翻弄された人々を描く超大作。物語は、米国の国立公文書館で発見された、第2次世界大戦のノルマンディ上陸作戦で、ドイツ軍の軍服を着た東洋人の一枚の写真がきっかけで生まれた。日本占領下の朝鮮半島で、少年時代、走ることでライバル同士だった辰雄(オダギリ)とジュンシク(ドンゴン)が、何の因果か、中国、ソ連、ドイツ、そしてノルマンディまで過酷な戦場を通して、固いきずなを結ぶまでの激動のドラマだ。

製作費は韓国映画史上最高額の300億ウォン(約21億円 1ウォン=0.07)が注ぎ込まれ、昨年10月から韓国で撮影を開始。カンヌ後には、ラトビアに飛んで引き続き戦争シーンを行い、6月末のクランクアップまで約8か月の長期に渡って撮影が行われる。

オダギリは「毎日、死にそうになりながら7か月間、韓国で撮影を行ってきました。残りはあと1か月ですけど、まだまだ死にそうな日が続きそう。これだけ苦しい目に役者が遭う映画も珍しいのでは。その分、皆さんは(映画を)楽しめると思います」と自虐的に語り、会場を沸かせていた。

記者からは「国籍も文化も、言葉も違うキャストたちがどのようにコミュニケーションをとっているのか?」との質問が飛んだ。映画『PROMISE プロミス』でアジアのスターたちと、映画『ロスト・メモリーズ』で俳優仲村トオルと共演経験のあるドンゴンが「言葉は重要ではありません。大切なのは感性と感情です」と答えれば、同じく海外作品への出演が多いオダギリも「役者にとって、芝居をすること、そのものがコミュニケーションになります。それに、ドンゴンさんは優しいし、ファンビンさんはキレイ。それだけで、十分コミュニケーションがとれると思います」と笑わせた。続いてファンビンも「アイコンタクトとボディランゲージで。でもドンゴンさんがいつも、『疲れた?』と聞いてくださるので、その韓国語だけは覚えました」と答え、息のあったところを見せていた。

 また、いまだ歴史問題を引きずっている3か国の俳優を集め、第2次大戦を舞台にどんなメッセ−ジを世に放つ作品になるのか興味は尽きないが、ジェギュ監督は「戦争に勝ち負けで語るのではなく、その歴史の渦の中で、一人の人間を理解し絆を結ぶという、希望を描きたい」と強調した。(取材・文:カンヌ・中山治美記者)
 
映画『マイウェイ』は2012年新春日本公開

※ン?12月でなく「来春」になってますね・・・・。

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『マイ・ウェイ』カンヌ・制作報告会・・・③

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ドンゴンさんの会心の表情、ですね。お茶目で、親しみのわく、私たちがよく知っているドンゴンさん・・・苦労した撮影も残りわずか。浮き立つようなカンヌの雰囲気と、制作発表でクランクアップに向けて気持も新たになったことでしょう。

制作報告会に先立って14日は、インタビューなどをこなしながら、キム・ギドク監督とも旧交を暖めたとのこと。

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媒体インタビューでは、「将来(自分の)子供が見るということを意識して出演を決める」「二人目については妻と相談の上、欲はアル(笑)」などなど結婚後の思いをたくさん言っています。「動画つきの通話は通話料がかさんで・・・」とこぼしたら、オダギリさんが「スカイプ」を教えてくれた、んだそうな。(そうか、オダギリさんちも子供が生まれたし、スカイプで話してるのね^^)

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オダギリさんとの素敵なツーショット。

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そのオダギリさんですが、座ってるときはわりと地味目な恰好なのか?と思ったら、ヤッパリ、さすが、オダギリジョーでしたっ。(笑)こういうボトムのあしらいは彼ならではですね。

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オダギリさんはドンゴンさんより若干小さいし細いようですが、そのぶんドレープをタップリ利かせたジャケットで、いいバランスです。

美丈夫ふたり、眼福眼福・・・・

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ファン・ビンビンさんは清楚に髪を下ろして、知的でミステリアスな役のイメージなのでしょうか、さすがですね。

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『マイ・ウェイ』カンヌ・制作報告会・・・②

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はい、おはようございます。徹夜仕事から帰ったらまあ、いろいろアップされており、カンヌとの時差を実感するところであります。

ドンゴンさん、監督さんのインタビューや記者さんのレポート記事など面白く読んでいましたがだんだん眠気でぐるぐるしてまいりました。(トホホ~~・・・)

ドンゴンさんは媒体インタビューの時はマリンテイストにネイビー(?)と白の夏素材、そして制作発表の時は美しく決めたスーツ姿でした。

私なりの順番になりますが、順次アップしてまいりますのでお付き合いくださいませ。

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チャンドンゴン の戦争ブロックバスター『マイウェイ』が第64回カンヌ国際映画祭で開かれた製作報告会での未公開スチールカットを電撃公開した。

15日午後2時 、フランス 南部カンヌの古城、シャトー・デュ・セルで『マイウェイ』の製作報告会が開かれた。 チャン・ドンゴンをはじめ、 演出の カン・ジェギュ監督と日本の スター オダギリジョー、中国女優ファン・ビンビンが出席し、韓国取材陣のほか、日本や中国などアジアを中心に、海外の外信たちも大挙参加した。

この席では、これまで公開されたことのない『マイウェイ』のプロモ 映像 やメイキングをはじめ、映画スチール十数枚が一緒に公開された。 200億台 の制作費 が投入された大規模な戦争ブロックバスターには、大規模な戦闘シーンや劇的な場面が大挙含まれて注目を集めた。

特に、日帝強占期の韓国人のマラソンランナーキム・ジュンシク役を引き受けたチャン・ドンゴンは、日本の軍服を着た姿で視線を集めた。 マラソン をする場面もある。

チャン・ドンゴンは、劇中日本人のマラソンランナーとして登場するオダギリジョーと一緒に日本軍に従軍、戦争の悲劇の中に韓国と中国、ロシアとドイツを経て、 ノルマンディー 上陸作戦にまで参戦する数奇な運命の人を描き出す予定だ。

『マイウェイ』は、現在の約85% の撮影 を終え、 ラトビア に撮影の場を移しノルマンディー上陸作戦を撮る。 来たる12月封切り予定だ。(ster news)

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どことなく違和感を漂わせているドンゴンさんの日本軍軍人姿。この違和感みたいなものが、所謂チュンシクさんの「人生と運命」なのかも・・・・

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取材の風景。とても素敵なところですね。お天気も良くて何よりでした。

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2011年5月15日 (日)

カンヌ・昼下りの古城・制作報告会・・・①

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あうあう・・・ワタクシ、これから仕事に出かけるというところですが、制作発表会のニュースが出始めました。とりあえずまんま最初のを貼っておきます。帰ったらまた整理しますね。(これから怒涛の様にニュースがアップされるでしょう。ひ~~・・・インタビューも拾いました、チャッカンマン キダリセヨ^^;)

ちょっと郊外の古城で行われたようですが、マスコミがたくさん集まっている模様。俳優さんたちにはそれぞれの通訳がついていますね。

オダギリさんはカンヌにお出かけの直前の「奇跡」舞台あいさつの時と同じ感じのリーゼントスタイルの髪型で、恰好も彼にしたらオーソドックス・・・なのかな?ビンビンさんのメイクはよう確認できません。ドンゴンさんはきちんとネクタイのスーツスタイルですね。^^

冒頭の写真は発表のときとは違う、媒体インタビューか何かの時のかもしれません。

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チャンドンゴンの『マイ ウェイ 』が第64回カンヌ国際映画祭で、世界に向けての火ぶたを切った。

『マイウェイ』は、15日(現地時間)午後2時、第64回カンヌ映画祭が開かれる中心街の近くに位置する古城ル・シャトー・デュセクルで全世界の海外メディアを相手に製作報告会を実施した。

この日の製作報告会には、チャンドンゴンをはじめ、演出のカンジェギュ監督と日本のスターオダギリジョー、中国女優ファンビンビンが出席し、韓国取材陣のほか、日本や中国などアジアを中心に、海外の外信たちも大挙参加して『マイウェイ』の出発を守って見た。

交通がやや不便な古城で開かれた行事にもアジア圏を中心に100余りの国内外のメディアが参加して、作品に対する関心と期待を推察させた。

また、アジアの3カ国が参加した作品だけに、韓国語と 英語 、 日本語 、 中国語 が一緒に使われる風景も異彩だった。

この日の製作報告会には3分30秒のプロモ 映像 や予告編、メイキングフィルムなどが順番に公開されて目を捕らえた。 1200kmを行き来しながら、雪原と平地、夏と冬を行き来しながら 撮影 した大規模な戦闘シーン、強烈なドラマを予告する人物間関係が目立った。

韓国映画がカンヌ映画祭で製作報告会を持つのは今回が初めて。 200億台の制作費が投入される最高大作『マイウェイ』の規模と、海外市場に向けた野心的な抱負を見積ることができるところだ。 現在、85%ほどの撮影が完了した『マイウェイ』は、 ラトビア で映画の ハイライト の ノルマンディー 上陸作戦の分量の撮影を準備している。

『 太極旗 を翻して』のカンジェギュ監督とチャンドンゴンが一緒にする『マイウェイ』は、韓国と日本で育ち、戦争の悲劇を経験しながら、モンゴル 、ロシア を経て、ノルマンディー上陸作戦にまで参戦することになった二人の男の友情と和解を描く作品だ。

チャンドンゴンというアジアを代表する俳優が出演するところに、韓国はもちろん、中国と日本、米国など世界 の舞台 にも広く紹介された『ブラザーフッド』のカンジェギュ監督が一緒にするという点も、期待を高めた。 オダギリジョー、ファンビンビンなど、自国は ​​もちろん、海外で の名前 の上の俳優たちが参加また、『マイウェイ』をもっと注目するようにした。

『マイウェイ』は、これはカンヌ映画祭 のスクリーン インターナショナルデイリーとマーケット公式デイリーなどの表紙に全面 広告 を出して早目に積極的な広報戦に出て注目を集めた。

カンヌ映画祭でドキドキ初めて足を踏み入れた『マイウェイ』が完成度と興行の両方で、どのような結果を収めましたになるのか期待されるところだ。 映画は、来る12月封切りを準備している。(ster news)

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2011年5月14日 (土)

カンヌ・マイウェイ・プロモ出陣

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フランクフルトでルフトハンザに乗り換えて、コートダジュール空港に到着したドンゴンさんです。

襟元に引っかけたサングラスは出発のときと違うものに変わっていますね。手を乗せているスーツケース、コレはわかるぞ、サムソナイトのコスモライトですね。ご自分のですよね?たぶん。

後ろの人は半袖、少なくとも寒くはなさそうですね。

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手を上げてポーズも。現地時間深夜ですが、楽しげなご様子で、密着メディアの質問などにも気軽に応えています。

これから二泊三日で媒体インタビューや制作発表会をこなし、ラトビアで「ノルマンディー上陸作戦」のロケ・・・「マイウェイ」は85%程まで撮影が終わっているとドンゴンさんの答えです。

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とっても、「素」?

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嬉しはじゅかし、後ろ姿も。bleah

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地元媒体の表紙に「マイウェイ」のタイトル。たくさんの話題を呼んでほしいですね。わくわく。

制作発表、ビンビンさんはやっぱりこのくらいのメイクで現れるんでしょうかね。(なんとなく三人三様ばらばらしてそう??笑。)

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「長い間待って応援してくれたファンに本当に感謝しています。」という言葉を忘れないドンゴンさんなのでした。

遠いカンヌの青い空を思いつつ、引き続き日本からご健闘を祈っています。^^

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2011年5月12日 (木)

カンヌ映画祭へお出かけ

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今日の午後、仁川空港からアシアナ航空フランクフルト行きドイツ経由(?)でカンヌへ向けてお出かけしたいつもの(笑)ドンゴンさんご一行の風景です。

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こんなバランスのタイトな革ジャンはよくお召しになっている気が致します。腰にはウォレットチェーン、シルバーのブレスレット(こちらは珍しいかも)レイバンのウェイファーラー(かな)グレーのスニーカーはインナーと合わせて。

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リュックはちょっと凝った細工が施されていますがいつものブランドかと思われ・・・・(オールハンドメイドの入手困難ブランドらしいです。)

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思わず笑ったホホエマシイ一枚。smile 「だんご三兄弟」じゃないんだから(爆)念のため、写真左半分、いちばん向こうがスターのドンゴンさんですよ~~。(笑)手前、Y室長、白いのもあったんですねっ。happy02(ヒョンビンくんも背負っていた定番?)真ん中後輩君たぶん、革より本体軽めバージョン?

この写真の記事タイトルには「バックパック・マニア」とありました。

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きょうのパスポート・ケースはブルーです。

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行ってらっしゃい、カンヌの制作発表後はいよいよラトビアロケですね^^ファイティン!

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こちらは開幕した第64回カンヌ映画祭のレッドカーペットです。ポン・ジュノ監督(中段左側写真の中央)は新人監督さんの部門の審査委員長を務められるとか。ある視点部門やドキュメンタリー部門でホン・サンス、ナ・ホンジン、キム・ギドク監督の作品が見られるようですが、メインのコンペティション部門へは今年は韓国映画の出品がないそうで、ちょっと残念です。

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華やかな女優さんたち。右上は堂々のファン・ビンビン嬢、やっぱりちょっと不思議ファッション??(アントニオ・バンデラス、老けたなあ・・・)

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2011年5月 9日 (月)

いつまでも、かわらないで・・・

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はい、カンヌの話題で盛り上がるまで、ちょっと「他力本願」にて進めてまいりたいと思います。お友達のリクエストによる懐かしい「オージオ」を・・・dog

ドンゴンファンにとって、オージオのCMの評価はどうだったんだろう?と考えると、たまに複雑でもあったりします。(よね?coldsweats01

どういうわけだかちょっと寒そうな遠浅の海から上がってきた(?)一人の男子が真剣に叫ぶ「あなたがすきで~~す!!」のインパクトは強く、いまだに物まね番組ではネタになり、④様の眼鏡金髪マフラー三点セットの次くらいに日本人の印象に強く刷り込まれた・・・かもしれないのがちょっと不本意(笑)。

しかし、このCMのころのドンゴンさんはとにかく「美しかった」のであります。細く、ちょっと儚く、適度に天然で、オシャレでありました。

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所謂shine「チャン・ドンゴン黄金のファンシー期」shineああ、懐かしい長い髪・・・

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お買い物をすると送られてきた冊子の表紙より。ちょっとメイクやりすぎ?みたいな唇ですが・・・。

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ほかにもっとポスターとかいろいろあったと思うのですが、とりあえず見つけたものをアップしてみました。なじぇかおまけの置時計とか、パッケージでドンゴンさんが微笑むアブラ取り紙とか、私もけっこう買い物したんですねえ・・・(遠い目)一時期真面目に基礎化粧品オージオさんでありましたよ。

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小さいカットをムリヤリ大きくしたので顔色が悪くなってます^^;これが噂の「タータンチェックのおくるみ」一時期撮影風景のあちこちで見受けられたお気に入りの常備アイテムであったかと・・・。

そう、シンさん役のせいで細っこく覚束なく、かつファンシー青年だったドンゴンさんは妙に保護欲をそそる雰囲気で(いや当のご本人にはたいへん失礼なことでありましたが)このようなアイテムもつい「おくるみ」なんて言ってしまうファンなのでした。ほほほ・・・・dogdog

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いつまでも変わらないお肌でいるのは、大変なのであります、ドンゴンさん。(よるしみ、はげすむにだよ。)

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そうそうこのころの韓流記事ってば、だいたいこんなかんじだった・・・隔世の感ありですなあ。↓は同じくオージオさんの冊子から。カレンダーが今年の曜日と同じなので、よろしければプリントアウトしてお使いくださいませ^^(秋だからちょっと先のですが。)

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2011年5月 7日 (土)

チャミスルと楽天イーグルス

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ドンゴンさんが日本のCMに立て続けに登場し「あなたが好きです」「チャミスルぢゅせよ」だったころ、思えばまだこのHappy Togetherは影も形もありませんでした。

ネット音痴で自分では情報もろくろく探せなかったあのころの、世間は狭かったのか広かったのか。(右も左も分らなかったのは確かです。coldsweats01

で、コレは何かと言いますと、そのころ友人がわざわざ送ってくれた「東北地方限定 チャミスル楽天ゴールデンイーグルス応援ボトル」のポスターです。車内吊り広告と同じサイズのB3で、当時は仙台市内の焼肉屋さんや酒屋さんなどにも貼ってあったようです。

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印刷されたサインの日付は2月24日ですが、ドンゴンさんが手にしている限定ボトルが発売になったのは6月7日、36000本の限定だったとのこと。

プレスリリース冒頭には「プロ野球新球団 東北楽天ゴールデンイーグルス公認商品」とあります。

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先週の「情熱大陸」では東北楽天の選手たちに密着、震災後の選手たちの心の葛藤、被災地を選手や球団職員皆で手分けして訪問し、あまりの光景に絶句したり涙したり、逆に被災者の皆さんから励まされたりする姿などを映し出しておりました。

選手たちも悩んでいましたが、言うべき言葉も見つけられず、自分はこんなことをしてていいのだろうかと悶々とする・・・多かれ少なかれそんなキモチでいた日本人が、どれほど多かったことだろう(今も)と思う次第です。

ふと、ドンゴンさんのこのポスターを思い出し、アップしてみました。

今年は私も楽天を応援しようと思います。もっとも野球のことは、ちっとも詳しくないんですがね^^;baseball

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※映画「マイウェイ」の韓国内での撮影は無事終了した模様です。ファイティン!^^movie

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2011年5月 4日 (水)

長き戦場の道

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来週はヨーロッパへ出発ですね。「マイウェイ」の撮影もラストスパート・・・監督さん的には予算やその他事情がいろいろあって当初の計画通り行かなかったことなども多々あったようで、それによって当初の脚本協力者(?)から著作権侵害禁止仮処分申請を出されたりと心配なこともありました。

大島渚監督だったか「映画とは妥協の産物」という発言を知り、ある意味なるほどと思ったものです。しかし選択した道が、振り返れば最善であったと、創作する人ならば多かれ少なかれそう思うような気がいたします。おこがましいのですが。

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[現場で捕らえたワンカット①]・・・・再び戦場に飛び込んだチャン・ドンゴン

ここは全羅北道(チョルラブクト)、セマングム・オープン セット場.。四方で弾丸が飛んで火炎が起こる。

チャン・ドンゴンはまだ戦争の悪夢から抜け出すことができなかった。 朝鮮戦争を描いた<太極旗を翻して>(2004)に続き<マイウェイ>でも彼は相変らず戦争中だ。 <マイウェイ>で彼はジュンシク役で、日帝強制支配期、朝鮮で生まれて2次世界大戦のさなか日本、モンゴル、ロシア、ドイツ、フランス、米国を飛び交った実存人物を演技する。

実存人物を演技しなければならないという負担より彼をさらに困らせるのは今しがた生まれた初子と遊んでやることができないという事実だ。 2010年10月15日<マイウェイ>を撮影し始めた後チャン・ドンゴンは正月連休も返却したまま映画に掛かり切りである。 チャン・ドンゴンの肩に300億ウォンのブロックバスターの運命がかかったためだ。

マイウェイ・・・カン・ジェギュ監督・12月公開予定(ムービーウイーク)

「チャン・ドンゴンは戦場にいるのがよく似合う」とばかりは思えないのですが、そういう役を演じることが多いのにはきっと何がしか理由があるのでしょう。

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ヨーロッパ戦線というと、子供のころ夕方の再放送?で見ていたアメリカのドラマ「コンバット!」をつい思い出します。ヴィック・モロー演じるサンダース軍曹が転戦していたヨーロッパの田舎、あれはいったい何処だったんだろうと子供のころは思っておりましたが、ノルマンディー上陸作戦から始まって、第二次大戦末期のフランス、西部戦線が舞台だったんですね。まさに「マイウェイ」後半の舞台でもあります。(ドンゴンさん演じるチュンシクがロシアを経てドイツ軍人となりやがてアメリカ軍に捕らえられるまでの波乱万丈、二時間くらいの映画の中にどう納まっているのかが気になります。楽しみです。)

上はマイウェイご一行様がカンヌの制作発表のあと向かわれるロケ地ラトビアのリガの風景です。

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全羅北道、捕虜収容所のセット。壁に書かれているのはロシア語のようですね。

(こそっと・・・・)1日に撮られたと思しきロケ風景。レトロな衣装を着たエキストラさんも映っています。(某後輩君の姿も。笑。お疲れ様です。)何かの取材中ですかね。

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公式スケジュールによれば1日は馬山ということですから、ロケ地はこちらかな?

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馬山総合運動場。(想像です。悪しからず・・・)

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こちらは「ブラザーフッド」より・・・。

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2011年5月 2日 (月)

佳日晴天・一周年

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あれから早いもので一年が経ちました。文字通りいろんなことがあったこの一年です。

個人的にも「良い一年だった」とは胸張って言えない状況だけれど、幸せなドンゴンさん、頑張るドンゴンさんの穏やかな笑顔に何度となく励まされてまいりました。

ご結婚一周年、おめでとうございます。

あの日モバイルカード修理中で、自分の家からネットに繋げなかった私は仕方なくネットカフェに出かけ、ニュースをチェックしブログを更新しておりました。そんなちょっとした非日常だったおかげで、いろんな取りとめもない思いがかえって纏まったものです。

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ご本人、結婚記念日当日の今日は、公式のスケジュールによれば釜山で撮影だそうです。すごはしょっすむにだ・・・。

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これからもどうぞ健やかで、幸せにお過ごしくださいませね、ドンゴンさん、ソヨンさん、ミンジュンくん・・・^^

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↑ソヨンさんのほっぺに残ったドンゴンさんの、おちょぼキスマークsmilekissmark

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