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2011年3月

2011年3月26日 (土)

お友達のお式に出かける(25日チョン・ジュノ氏結婚式)

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25日は夕刻よりソウル広壮洞シェラトン・グランデ・ウォーカーヒルホテルでのチョン・ジュノさんの結婚披露宴にドンゴンさんもご出席で、久しぶりにネット上にスーツ姿の美しいドンゴンさんのお姿がたくさん挙がりました。

チョン・ジュノさん、今年秋の誕生日で41歳、お相手のイ・ハジョンさん(32)はMBCのアナウンサーだそうです。

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おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに。 (ハネムーンはハワイだそうですよ。)

「ノチョンガ」(老チョンガ、適齢期を過ぎた独身男性のこと)という言葉がありまして・・・。ある意味韓国芸能界のそうそうたるノチョンガの一角を昨年「速度違反」にて崩したのがウチのドンゴンさんでしたが、今般のチョン・ジュノさんでいよいよノチョンガの皆さんもお尻に火がついた気分なんでしょうかね?

いやいや、皆さん立派な大人の男たちなんですもの(笑)、ここまで来たらもうご自分なりのスタイル、タイミングでよろしいかと。ファイティン!

以下脈絡なくご紹介して参りましょう。

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ジュノさんは「タサモ」(芸能人だけのボランティア団体)の活動そのほかで、やはり人脈の多いお人です。例によってたくさんのお仲間が出席のようでした。ほかにソンギ先生、キム・ミンジョンさん、キム・ナムギルさん、パク・シフくん、タク・ジェフンさんなどなど・・・総合司会はシン・ヒョンジュンさんで、終わり近くにジュノさんが握手を求めに来たらテファおっぱ、涙されたんだそうな。

そういえばキム・スンウさんのお式も同じホテルで、ドンゴンさんが司会なさったんでした、懐かしいですね。^^

韓国芸能界、冠婚葬祭のニュースで一、二を争って殆どの場でお見かけするお顔がソンギ先生とビョンホンさんと言っていいでしょう。(義理固いっ。)ビョン兄さまもご長男、いつかはこんな風に・・・。

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ホテルにご到着。例によって携帯はズボンの左ポケットに。smilephoneto

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チャーリーことホン・ソクチョンさんとハグのご挨拶を・・・しかし左手はどなたと繋いでますのん?(笑)

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サングラスを外してそのあと先輩のどなたかとご挨拶していました。

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フォト・セッションの場へ

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今日も脚、ながっ・・・このスーツ、ちょっと変わった襟の形から神戸のファンミで最初にお色直ししてきたときに着ていたのともしかして同じもののような気がするのですが、だとするとさらにあの時からさらに身体が絞れてる??

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「今日は一人で来ました。妻は赤ん坊の世話があって・・・・」だそうです。

“結婚おめでとうございます。僕もまだ結婚して間もないけれど、先に結婚した先輩として、チョン・ジュノはとても優しい性格だし、幸せな家庭を築けると信じています。思いやりを持って、結婚生活を送ってほしいです。”

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一か月で髪が伸びていますね。おやちょっと珍しい・・・と思ったのが、鼻柱についたサングラスのノーズパッドの跡なのでした。catface

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そして、会場へ・・・。ドンゴンさん、お元気そうでなによりです、引き続き撮影頑張ってくださいませね。^^

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おまけ・時間を気にするYちゃん@ボカシ。smile

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2011年3月20日 (日)

映画「戦火の中へ」を見た

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※この映画を見たのは先月末、ドンゴンさんのファンミの直前のことです。ファンミ・レポのあとでアップするつもりで書いてあった感想をアップ致します。しばし悩みましたが、出来るだけいつものスタンスで、いつものブログの運営をして行ければと願う次第です。ファンミ・レポの半端になった分はまた近々に・・・

「私の頭の中の消しゴム」のイ・ジェハン監督、あの「タイフーン」ソムチャイのマブダチ(ふふ)イ・ジェハン監督、ハンサムで、知的で繊細なイ・ジェハン監督・・・とのっけからお名前を連呼してしまったが・・・

この映画が日本で公開になったら見に行こう、と思った理由の大きなひとつはジェハン監督が撮った戦争映画だったから・・・そして朝鮮戦争の逸話の中にしばしば登場する故イ・ウグン学徒兵の有名な「手紙」(詩)が重要なモチーフになっていると知ったからである。

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   ※「戦火の中へ」イ・ジェハン監督

「お母さん
僕は人を殺しました。
それも石垣ひとつ隔てて。」

そう始まる詩(手紙)は戦死した学徒兵の服の中から見つかって、広く世に知られることとなった。「お母さん なぜ戦争をしなければならないのですか?」
そのまっすぐな言葉の鮮烈さ。

かつて映画「ブラザーフッド」の写真集というものがあって(メイキングブックではなく)そこにもたしかこの詩が載っていた。1950年8月11日浦項(ポハン)女子中学の戦闘で命を落としたイ・ウグン学徒兵、当時中学3年生。

例によって近くのシネコンのレディスデイ・・・久しぶりに韓国映画が二本かかっていた。(もう一本は「男たちの挽歌」)ちょっと嬉しくなった。

学徒兵の悲劇であるから、どうしても結末は切ない。どうして、なぜ?という問いかけよりも、「頑張った少年たち」を軸に戦争のある側面を描こうとした作品だと思う。

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戦場のどうにもならない矛盾の前にオトナも、子供も、当たり前だがみな辛かった・・・・主人公をアイドルのT.O.P(チェ・スンヒョン)が演じたことにより、小中学生のアツい反応が得られたのだそうだが、それはジェハン監督の言うところ、T.O.Pくんが精魂込めて作り出した17歳のオ・ジャンボムというキャラクターに、子供たちの追い求める高潔な精神が宿っていたからではないか、いまの子供たちには戦争体験はもとより無いけれど、子供たちの読む本の中の主人公のように正しくて、戦争と言う異常状態に置かれながら最後まで努力し、成長し、リーダーシップを以て皆を率いる姿に共感したのではないかとのこと。

なるほどなあ・・・。

実際、ドラマ「アイリス」の中で演じた冷酷非道、無表情のビッグとは別人かと思う少年っぷりだった。自分を守ってくれた大人の軍人が敵との白兵戦で危機に陥るも、戦闘のすさまじい現実を前にして固まってしまい助けることが出来ず、せめて背負ってと必死に救護所まで辿りついたが、軍人さんは彼の目の前で死んで行く。その手を握りながら詫びたくても礼を言いたくても、声も涙もようよう出ないで途方に暮れるオ・ジャンボム。

身も心も傷ついて痛くても、我慢強く、言葉少なく・・・。

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ああ、男の子ってこうだよなあ・・・そんな姿はウォンビンくんが演じたイ・ジンソクの弟っぷりとはちょっと対極かもしれない。
ジンソクは初めての戦場で兄ちゃんの腕をぎゅっと掴んでいたものだが、そういう兄弟がこの映画でも出てきて、こちらは二人とも学徒兵でもっと幼いかんじでいっそう切なかった。

ツートップというのとはすこしニュアンスが違ったような気がするが、ジャンボムと反目しながら手を取り合うチンピラ少年ガプチョをクォン・サンウくんが演じていた。彼はT.O.Pくんより実際は11歳ちかくも年長であり、プライベートでは一児の父、俳優としてももうベテランであり、演技部分に新鮮な鋭さはさすがに感じられない。が、「チング」のオトナ高校生よろしく学徒兵の格好は見て行くうちにすっかり馴染んでくる。

北に両親を殺された孤児の彼は、少年院へ送られる代わりに仲間とともに志願して浦項女子中学の71人の学徒兵に加わる。
戦争の初期、一気に南へ侵攻してきた北朝鮮軍。片や洛東江(ナクトンガン)を超えられたら釜山から海に飛び込むしか無いという台詞があるほど追いつめられた連合軍は、非武装兵力である学徒兵にわずかな武器を与え一部隊を編成させる。 到底無理無情としか思えない状況の中、学徒兵たちは自力で北朝鮮軍の大人を相手に必死の戦闘を繰り広げる。

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そんなどうしようもない状況の中、無力な学生たちに向かって「自分たちの故郷を守れ」と言うしかない「中間管理職のオトウサン」的な存在が韓国軍大尉カン・ソクテ(キム・スンウ)。対する独特の信念とカリスマ性を放つ人民軍少佐パク・ムラン(チャ・スンウォン)これがまたカッコいいのよ、憎たらしいほど・・・

パク・ムラン少佐は捕虜にした学徒兵に白旗を持たせて中学校の校庭に堂々とジープを乗り付け、ジャンボムたちに告げる。
「お前たちは軍人か?それとも学生か?私がこうしてやってきたのは(撃たないのは)、お前たちがイ・スンマンとアメリカの弾よけにされていると思うからだ。(太極旗でなく)白旗を挙げれば助けてやる。」(うむ、なるほど。納得。)

しかしジャンボムたちはそれを拒絶し学校はすさまじい戦場と化して行く。

ガプチョたちを小僧扱いしていたムランも何やらちょっと深い背景がありそうな人物だったが、このコワモテの大人が静かにキレるところがさすがだった。(コワイ・・・)

チェ・ミンシク先輩がブラザーフッドで演じた人民軍大佐もそうだが、ちょっとカッコイイ象徴的な存在を置きたくなる、当時の人民軍(北朝鮮軍)には実際そんな風に見える軍人がいたのだろうか。

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ブラザーフッドつながりでは、ほかにジンテさんに勲章を受けるくらい働いたらジンソクを除隊させてやろうと言った最初の大隊長を演じていたチェ・ウォ二氏が韓国軍師団長の役を、そして音楽はイ・ドンジュン氏が担当。
ブラザーフッドのカン・ジェギュ監督の視線は、アツい兄弟愛を中心に置きながら実は相当クールであったと今にして思うのだが、今回のジェハン監督の場合も、戦争を描きながらどこかしら抒情的で静かなココロを感じた。静かに、哀れむ心というか・・・

北朝鮮軍が進軍して行く荒れ野のススキ、休耕田に降る光の美しさ、埃にまみれたジャンボムの無表情になった頬にぽろりと落ちる涙・・・

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(注・思い切りネタバレですが・・・)

力の限り戦った少年たちのもとにやっと駆け付けたカン大尉が、もう目線しか動かせなくなったジャンボムをしかと抱いてやるしか無くて「すまない・・・」と呻くように言うシーンは他愛無く泣かされた。わかっちゃあいるが、こういう絵にはからきし弱いmiyukiである。(泣)

そう、戦争は、大人も子供も、皆つらい・・・そのことを考えさせられた作品だった。T.O.Pくんは、天晴れ。これからもちょっと注目したいものである。

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(故イ・ウグン学徒兵の手紙より)

お母さん

もしかすると僕は今日死ぬかもしれません。

あの大勢の敵が

黙って退散するようには思えないからです。

死ぬのが怖いのではなく

お母さんにも兄弟にも、もう会えないと思うと

恐ろしくなるんです。

早く戦争が終わって

お母さんの胸に抱かれたいです。

お母さん

僕は必ず生きて、お母さんのもとに帰ります。

サンチュ包みが食べたいです。

冷たい小さな泉で歯がしびれるほど

冷たい水を思いきり飲みたいです。

ああ!奴らが近付いてきます。

また書きます。

お母さん、さようなら!さようなら!

いや“さようなら”じゃありません。

また書きますから・・・。

それでは・・・。

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2011年3月17日 (木)

春の光

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     ↑この画像を作ったお人、イキですよね^^

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BoA 、東方神起、 少女時代 などを通じ、日本で韓流ブームを起こしたSMエンターテイメントは、地震の被害を受けた日本へ大韓赤十字社を通じて、被害復旧募金10億ウォンを17日に伝えた。

SMエンターテイメントの所属アーティスト一同は、"日本の地域で被害を受けたすべての方々に深い慰労の意を表し、一日も早く困難な状況が克服されることを祈る気持ちを込めた。 日本国民の皆さんと、韓国の海外同胞の方々が勇気と希望を失わないように、一つの心で応援させていただきます"と心からの立場を伝えた。

韓流スターたちの支援金の提供は、17日にも続いた。 ユニセフ特別 代表 として活動している俳優のウォンビンは、海外での日程中に2億ウォンを17日、ユニセフ韓国委員会を通じて寄付した。

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ウォンビンは"家族や家を失った日本の 若い 彼ら の姿 を見ると心がとても痛い。 これまで日本のファンからあふれる愛を受けた。 私が受けた愛を、日本が最も困難な時に返してあげたい。 災 ​​害があれば、常に力のない 子ども たちが最も大きな 苦痛 を経験することが分かる。 今苦しんでいる地震被害の子どもとその家族をはじめ、すべての日本国民が一日も早く 傷 を乗り越える時を心から願っている"と心境を伝えた。

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国連世界食糧計画(WFP)広報 大使 を務めているチャン・ドンゴンも2億ウォンを寄付した。 国連世界食糧計画側は"チャン・ドンゴンが日本の大地震 発生 直後から、国連世界食糧計画と緊密に協議し、被害のサポートのため、最善の方策を苦心してきた"とし、"チャン・ドンゴンの寄付は、日本政府が国連世界食糧計画の輸送専門の人材派遣を 要求 した直後に行われた"と明らかにした。

チャン・ドンゴンは、"数多くの人命被害と継続されている災害の 恐れ を経験している被害民たちの痛みは想像すらできません。"と述べ、"私の心は、日本のすべての方々と一緒にあります。 助け を必要とする地震の被害民を支援するため、多くの方々が参加してくださるよう望みます。"と明らかにした。

日本の地震の直後、ペ・ヨンジュン、イ・ビョンホン、リュ・シウォン、ソン・スンホン、チェ・ジウ、キム・ヒョンジュン、チャン・グンソク、アン・ジェウク、SMエンターテイメント(東方神起、BoA、少女時代など)、YGエンターテイメント( セブン 、ビッグバン、2NE1など)、JYJなど、最先端の韓流スターたちの寄付 ニュース が続いている。 これらが寄付した総額は50億ウォンを超えた。

キム・ヨンホ記者(スポーツワールド)

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※この画像のパク・シニャンさんも。また昨日はテレビで、ソン・イルグクさんがフジTVのソウル支社を訪れて直接寄付を手渡している姿を見ました。

有り難いですよね。心を寄せ、楽しみを貰ってきた「韓流」、暖い絆をまた与えてもらった気が致します。

日本の芸能人やスポーツ選手の皆さんもそれぞれ活動を始めていらっしゃるようですね。つらい映像が続いた数日を経て、混乱しながらも支援物資をいかに欲しがっている場所へ送ろうかと奮闘する現場の皆さんの姿や、被災しながらボランティアとして明るく頑張る現地の中学生たち・・・

原発の事態や続く余震など心配なことは多いですが、節電、募金、ボランティアなど、出来ることを皆でやって参りましょう。

今日は仕事場の集団健康診断が予定通り行われるというので出かけてきました。んで、帰りに近所のスーパーに寄ったところ、なんと入口に車が二台玉突きで突っ込んでオリマシタ。(驚)coldsweats02

片方の車の後部座席にはよく歩けないと思しき御爺ちゃんが座ったままで、どうやらやはり高齢者ドライバーである奥様?がアクセルとブレーキを踏み間違え、軽自動車を巻き添えに突っ込んでしまったようで・・・いろんな心配が頭をよぎっていたのでしょうかね。嗚呼、他人事ではございません。ワタクシも十分気をつけなくては・・・

スーパーの中は生鮮などそこそこの品がありましたが、なぜか「納豆」の棚は見事に空っぽ、パン、カップラーメン、トイレットペーパーも御同様でした。(いずれ遠からず物流は落ち着いて来るだろうとの報道です。焦らずトイレットペーパーとの再会を待ちましょう。)

計画停電はあったりなかったり・・・仕方ない、堪えようとは思えど、直前までなかなかわからんというのにはチョッとだけ、振り回されております。市のアナウンスもよう聞こえたり聞こえなかったり。一人暮らしのお年寄りなど大丈夫でしょうか。

まだまだ寒い今年の春ですが、皆様寝不足や風邪、冷えからくる腰痛などなど、くれぐれもお気をつけてお過ごしくださいませ。

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2011年3月15日 (火)

街の灯

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日々の生活に数え切れないほどいろいろな影響が出て来ております。

被災地では53万人の方々が避難生活を送られているとのこと、犠牲になった方の数は日々増え続け、苦しく、また愕然と致します。

14日、こちらは初日の計画停電は行われませんでしたが、出来ることはまず節電・・・(と言いながらも)市のHPで停電その他の予定をチェックする日々はしばらく続きそうです。ガソリンの供給不足でゴミの収集車の運行にも影響、予定は未定・・・と出ていました。普段「当たり前に過ごしている日常」のありがたさを今更のように実感しています。

そんな中、仙台市内に在住の友人とそのご家族の無事がメールで確認出来、安心しました。

日々の生活をおざなりにしないよう、今出来ることから・・・とりあえずそう考えております。

寝不足でいつの間にか居眠りが出た夕方、ぺ・ヨンジュン氏はじめ、多くの韓国の芸能人が支援を申し出ているというニュースを見ました。諸外国からの日本へのたくさんのメッセージには心が温まりました。

一日もはやく、被災の地に日常の、街の灯りが戻って来ますようにと願います。

常日頃から言葉に出すこと、文章にすることには、ある限界のようなものを感じておりました。(自分に関して。)慎重に言葉を選んでいるつもりでも、願いとは裏腹なことになったり、結果上手に伝えることが出来なかった時の悲しさはなんともしがたく、そんな時はだめじゃん、自分・・・と無力感や寂寥感が込み上げます。

難しいものです・・・・

アドジャにはドンゴンさんのメッセージも掲載されましたね。日本でのファンミの後なだけにきっと驚いて心配してくださっているでしょう。

大阪でのリュ・シウォンさん、東京でのキム・ヒョンジュンくんのファンミなども被災への配慮から取り止めになったとのこと。

イ・ジョンジェさん、ドンワンくん、ユン・サンヒョンさんなど複数の俳優さんたちが、日本でのマネジメント会社を通じ支援活動を申し出てくださっているとのことです。詳しいことは下記ご参照くださいませ。

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       写真:オフィスマレン/クロスワン
       記事:スマイルプロジェクト http://ameblo.jp/smile-school/

途中になってしまっているファンミ・レポは、折を見てまたアップさせていただきます。

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2011年3月12日 (土)

吃驚した・怖かった

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昨日は休みだったので、家でだらだらと過ごし、ファンミ・レポの最終回をアップしようと思っておりましたが、午後に起こった大きな地震で、我が家でもワタクシの魔窟エリアが地殻変動したり(汗)棚の物が移動してバラバラと落ちたりと、怖い思いを致しました。

ずいぶん長いこと揺れていたように思います。今まで、大きかったなと思う地震でも震度4強位までしか経験がありませんでした。しかして昨日の我が家のあたりは、地区によって多少違いはあっただろうとは思いますが、震度5以上はあった感じでした。

幸い停電にはならなかったので、ニュースを横目にとりあえず落ちたものとか崩れた本の山とかを片付け始めたのですが、とにかく次々余震が来るのが怖いんです。そのうち、震源がもっとうちの方に近いところの、別の地震が起き、ついには先ほど新潟のほうでも・・・shock

大きな地震の後にはしばらく余震があるのはわかっていましたが、こんなに日本の広範囲にわたって揺れている・・・っていったい???

都内で仕事だった妹は交通機関の復旧の関係で職場待機で帰ってまいりません。

さすがの脳天気なワタクシも気が気でなく、猫と身を寄せ合っております。(最初の大きい揺れのとき、うちの2匹はコタツの中で固まってオリマシタ。catbearing

時間が経つにつれ、震源のほうでの被害の大きさが明らかになってきて、なお恐ろしいです。被災された皆様、お見舞い申し上げます。引き続き十分お気をつけくださいませ。

※メールで安否を尋ねてくださった皆様、ありがとうございました。大変心強かったです。crying

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2011年3月 7日 (月)

Happy Birthday ! JDG

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今日、3月7日はチャン・ドンゴンさんの誕生日。

おめでとうございます。どうぞこれからも健やかで、素敵な姿を見せてくださいね。^^

ファンミが終わって、また撮影現場に戻られたとのことですが、スタッフの皆さんとお祝いされたのでしょうか。

39歳・・・30代の最後の一年です。人生の大きなイベントが去年に集中して、御自分の中ではもう十分な変化を噛みしめておられると思うのですが、「40」・・・。意識なさることはあるのでしょうか。

さて・・・ドンゴンさんの誕生日のきょう、事務所の後輩ヒョンビンくんが慶尚北道浦項(ポハン)市南区烏川邑の海兵隊教育訓練団に入所しました。基礎訓練後、コンピューターによる抽選で任務地が決まって、現役兵としての生活が始まるそうで、人気絶頂の中の入隊、たくさんのファンがお見送りに行かれたようですね。

送別会は何処でやったのでしょうね。ドンゴンさんは彼に どんな言葉をかけたのでしょうか。留守の間の年月を埋めるように、ずいぶんたくさんのCMを撮って行ったみたいです。

前日に坊主頭に刈った後は御家族と過ごされて、早朝芸能人の送迎車のスタークラフトでなく、普通の車でマネージャーと行ったのだそうな。

NHKの7時のニュースでも様子が流れて驚きました。ハングル講座に出たこともあったからかも知れませんが、「海兵隊」ということとヨンピョン島の砲撃以来「若者の間に国防意識が高まっている」と紹介されていました。

韓国で兵役に就く若者はほとんどが陸軍へ行きます。芸能人は広報の仕事に就いたりもしますが、海兵隊にはそういう部署がないということで、ほんとにほんとの一兵卒。志願してわざわざ大変なことで知られる海兵隊へ行った彼のことはやはり関心が高いのですね。

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頑張って仕事の結果を出して、一段若い子たちの間に入って(志願兵の中では最高齢なんだそうな。28だけど・・・)今までと全く違う生活に飛び込む・・・いろんなことが頭を巡ったのでしょう、涙を堪えながら、集まったファンの前でクンジョルをして行った様子、私も遠い親戚のお兄ちゃんを見るような気分になりました。

ソンギ先生は「二年間で映画を一本撮るつもりで行ってきなさい。」と励ましたそうです。

もともとチュンフン先輩の「ポラム映画社」からドンゴンさんのところへ移籍してきた彼を、皆して弟のように構っていた時期がありましたっけ。青龍映画賞の受賞式に行かなかったドンゴンさんが何処にいったかと思えば「雪の女王」の撮影現場へヒョンビンくんの慰問、なんてこともありましたっけね。

ヒョンビンくん、元気でお勤めを全うして、無事で戻ってきてくださいね^^

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2011年3月 5日 (土)

2011 Jang DongGun’s STORY・・・②「極寒ロケとギターとメロと」

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例年のことですが、ファンミから帰ると一週間があっという間に飛んで行きます。ファンミ廃人の症状が出て、微熱のようにぶり返すのがこの一週間でしょうか・・・

昔の自分のファンミ・レポをいま読みかえすと、とにかく「見逃すまい」「覚えておこう」と無いアタマを巡らせた結果、相当アツいのには自分で驚きます。そこにあるドンゴンさん像は、概ね大きな瞳をうるうるうろうろとさせ、時に楽しい「隙間」を惜しげなく披露、仕事に生きる修行僧のような真摯さは、皆に心配のタネを提供し・・・というものであったかと思います。

俳優さん本人の今を素直に映す鏡がファンであるとすれば、この私の心境は?と考えてみるに、ドンゴンさんの結婚を挟んで確かに「余計な心配」をしなくなったように思います。

ドンゴンさんはいつものように天然満載でありましたが、同時にさらに立派な大人のオトコになっておりました。

しかし「廃人」の症状は、今年もやってまいりました。切ないような、慕わしいような、泣きたくなるようなボンヤリしたキモチを持てあます、別名「現実逃避切望症」ね。(泣)

・・・さて、気を取り直し続きを思い出してまいりましょう。

三つの質問、「スキャン・トーク」

『寒い時期のロケを生き残る秘訣』

③カリカリ(発音、難しい)・・・薄いスポンジ?綿?の入ったものを衣装の下に着る。「軍隊でも冬使っていて、南大門市場に売っています。」

②チョンチョリ(???)・・・タイツのようなシロモノ。二枚重ねて穿く。

①ハッぺド・・・使い捨てカイロ。どうやら「ホットパッド」の韓国式発音?(ハンバーガーの「へんぼご」みたいな。笑。)貼るタイプがハッぺドで、貼らないのがハッぺク(ホットパック)というようです。韓国では日本より高いんですね、ホッカイロ。

タイツを一枚穿いて、カイロを貼って、その上からもう一枚穿く、そして「カリカリ」を着れば南極ロケでも大丈夫です、とドンゴンさん。

物好きなワタクシは検索の旅に出かけました。(馬鹿^^;)

これが噂のカリカリだ!

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軍用品のサイトがたくさんあるのですが、これがなかなか興味深かったです。入隊セットとか差し入れのお菓子のセットとか、真冬の行軍セット、軍靴の中敷き各種、靴ずれの防止用の絆創膏、顔に迷彩模様を入れるときの(「海岸線」のカン上兵もやってましたっけね。)三色のシャドーのコンパクトなどなど・・・(いちおう、お肌に優しい、と書いてありましたヨ。笑。)

「カリカリ」綿入れは下半身用もセットであるのですが、下は「タイツみたいなもの」を穿くと言っておられましたね。やはり「衣装」としての軍服姿、脚のラインがあまり着ぶくれるのもよろしくないのでしょう。(で・・・コレ、オダギリくんも着たのかしら・・・)

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はい、タイツはどこのサイトもだいたい↑コレでした。裏起毛スパンタイツ。軍隊では最近発熱タイプの新しい商品も支給されるようになったみたいですが、ヒー○テックみたいなものですかね?

ドンゴンさんが南大門市場と言っていたのは、あそこには軍用品通りがあるからです。私もちょろっと覗いてみたことがあります。靴下、Tシャツ、パンツ、バッグ・・・今ならカリカリが山積みですかね?

『電話がかかってくると緊張する相手』

③コン・ヒョンジン・・・「電話してくると、今誰何処にいるの?誰と一緒にといるの?何してるの?ととにかく細かく聞かれるんですよ。」(束縛好きの彼女みたいですから。^^;)

②お母さん・・・「普段は母は、今寝てるかもしれないからとか気を使ってあまり電話をしてこないです。だからこそそんな母が電話してくると、何かあったのか?と思って緊張します。なのに先日かかってきた電話は、以前CMでもらったタイヤの無料交換券は何処にあるの?という用件でした。(笑)」

①知らない番号・・・知っている相手なら番号が登録してあるので名前が出ますよね。(登録が無いってことは知らない相手だから、)番号に覚えがなければ出ません。でも、用事があるからかけてきたんだろうと気になって、つい出たくなるんですけども・・・」

『もし20代に戻れるなら、やってみたいこと。』

③メロドラマ・・・(胸キュンの)ラブストーリーがしてみたい・・・

②ギター・・・「習ってみたかったんです。」弾き語り、したいのかな?

①バッグパッカーの旅・・・いつもリュックなら背負い慣れていますよね、ドンゴンさん。^^「90年代はそういう旅をしたこともあったんですが。」たしか日本にも来て、布団で寝て、日本のお酒の席での上手な断り方を知らなくてどんどん酒を注がれてツブレタ、と言ってましたっけね。

椎名さんに「今でも全部おやりになれるのでは?旅に出て、ギター抱えて、で、恋をするというドラマ。」と突っ込まれるドンゴンさんでした。smile

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※いつものリュックは後輩君が背負っていました。ちょこっと映っているカジュアルなリュックはYちゃんの。

さて、ドンゴンさんはお着換えに行かれ、スクリーンでは家具工房を訪れるドンゴンさんの姿。モスグリーンのミリタリーブルゾン(?)の上から腕カバーをシッカリはめて、何やら真面目に作業を開始・・・

「こういうかんじの引き出しのあるものを作りたいんですが・・・」

「そりゃあ、3年はかかりますよ。」(師匠、修行のことですか~~?)

「はははっ・・・^^;」

「最近木のものが気になっています」 (木切れの香りをくんくん嗅ぎながら)

「メイプルの香りがしますね・・・」

画面には、ファンへのプレゼントにと作ったパスタスケール(板に大きさの違う穴が3コ開いていて、それで茹でる前のパスタの量を量るアレ。)にぶら下げる紐をマッタリと通しながら話すドンゴンさんが。

同じ工房の中のお部屋で撮られたと思しき質疑応答も。

(自分の性格で直したいところは)「優柔不断なところです。断わりたくても結局断れなかったことが過去ありました。」

「怒ることはあまりありません。」

「お酒を飲むのは好きですが、あまり強くないです。ビールは普段は1本か2本、多いと5~6本でしょうか、ワインは一本空ける頃には酔っぱらっています。」

「一番欲しいのはお休みです。」

・・・のようなことを(順不同)言っていました。

今年のアドジャのプレゼントにはアロマ・キャンドルもありましたが、ドンゴンさんはにほひに敏感、なのかな?なんとなく、気になるもののにほひはとりあえずくんくんしていそうな。(爆)

お色直しは黒系のダブルのタイトなスーツ、黒の靴。白のTシャツのインナー、黒地に白の小さい文様の入った小紋みたいなストールを襟元に覗かせていました。

入場の時に配られたLOTOのカード(あらかじめそこに書かれた番号のうち好きな5ツの番号を入場者はそれぞれマーク済み)での抽選会、ボックスから10、11、12、13、と続き番号を選んだドンゴンさんが最後に選んだのが「9」ここまで連続していることに自分でオドロイている顔はちょっとレアでした。唇がおちょぼになって鼻の下がひょっと伸び。(笑)

さすがにこのように連続して全部番号が当たっている人はいらっしゃいませんでしたが、4つまで当たってたかたは7人(?)いらして、そこでじゃんけんをすることに。

「さいしょは、ぐ~~」というときに早々に思わずピストル・ちょきを出してしまったお茶目は、見慣れたドンゴンさんの可愛らしさでした。

手作りの木のグッズは三種類、キューブ型に試験管を挿したような形のものは一輪挿し、フォトフレーム、そして「直前までやすりをかけていた」(椎名さん・談)というパスタスケール。すべてサインが入れられておりました。

shineおめでとうございます^^shine

※このあと、こんどはファンの願いを叶えるプレゼントをストラックアウト・ゲームで・・・ということで、半券から抽選がありました。この黒のスーツのうしろ姿はほんとうに細くて、ワタクシは隣のかたと「細いですねえ・・・」と囁き合っておりました。もう一人のお隣さんには思わず日本語で話しかけてしまいましたが香港のかたでした。(汗)

照明が当たる舞台からは客席はほとんど見えず、そこは四角く区切られた不思議な空間、遠いのか近いのかわからない印象として頭に刻み込まれたドンゴンさんの、笑顔と細くて長い手足が描く投球フォームが思い出されます。

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2011年3月 2日 (水)

2011 Jang DongGun’s STORY・・・①「You Raise Me Up」

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帰ったその日から普通に仕事に出ておるため、さすがに疲れております。

ドンゴンさんは日本からまずはいちどおうちに戻られたのでしょうか?もうすぐ後輩ヒョンビンくんも入隊で、送別会には参加されるだろうとのことですが、過酷な撮影の日々もまた待ってくれないでしょうし、ファイティン!

さて・・・ゆるゆると当日の思い出せるところを呟いていきたいと思います。私は今回すっかりイベントの順番も曖昧になっておりましたので、ファンミを鑑賞していただいたイ・ジョンジェファンのMさん(私の友にはMさん多し??爆)が御自身のネタ帳としてメモされていたのをお見せいただきました。deliciousまっこと感謝に堪えません。(Mさんはインターネットラジオの番組をやっておられます。)

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最初に歌っていた英語の曲は「You Raise Me Up」(ユー レイズ ミー アップ)いろんなアーティストが歌っている有名な曲ですが、私はトリノ・オリンピックのあと荒川静香さんがあちこちのエキジビションで滑られていたときの、ケルティック・ウーマンのバージョンが印象深いです。

打ちのめされ 何も心から力が出てこないと感じるとき
困難に見まわれて それが重荷だと感じるとき
ここでじっと黙って待っていよう
あなたが私の隣に寄り添って そっと座ってくれるまで

あなたがいてくれるから 私は高い山に登っても行ける
あなたがいてくれるから 嵐の海を渡っても行ける
あなたに支えられ 私は強くなる
あなたに励まされて
私は私を超えて行ける

飢えのない人生など何処にもなく 
不完全な胸の音に安らぐこともできず
それでもあなたがいてくれたら
私は不思議な思いに満たされて
永遠を垣間見ることが出来るだろう

あなたがいてくれるから 私は高い山の頂に立てる
あなたがいてくれるから 嵐の海へも歩き出せる
あなたに支えられ 私は強くなる
あなたに励まされて
私は私を超えて行ける

(miyuki・意訳)

このときのバックには、この何年かのいろんな場面(主にファンミ?)でのドンゴンさんの笑顔が映し出され、FCアドニスへの思いと思しき文章が字幕で流れておりました。メッセージがドンゴンさん自身が書かれたものかどうかはわかりませんが、「ふと横を見ればいつも共に歩んでくれた・・・」というような一文が、歌っていた曲の内容と被って、また映像のドンゴンさんの姿も懐かしく、のっけからじんわりきてしまいました。

最初の衣装は、ネイビーの地に細かく白いドットの入ったシングルジャケット、襟元を開けたシャツもネイビーで、襟には白の縁どり、ポケットチーフ、ボトムはスリムな白のパンツ、ダークブラウンのウイングチップシューズを履いた足がいつものように細長く・・・。

この日のコーディネイトの中では一番スタイリストのユンギ先生っぽいフレンチなスタイルでしたが、おでこを出して整えられた髪と撮影のためか少し伸びている髭で、印象はちょっとマッチョ。

最初にいつものように韓国語・日本語・英語・中国語でのご挨拶を。

私の席は舞台に向かって右寄りでしたので、けっこう舞台袖の光景が見えました。で、挨拶するドンゴンさんの向こうには、進行表をチェックしながら、ドンゴンさんが挨拶するのをうれしそうに見守る後輩君の白い歯と満面の笑顔が。(笑)頑張っているのね^^

舞台中央に並んだスツール三個。下手側にMCの椎名由紀さん、真ん中にドンゴンさん、上手側に通訳の根本理恵さんが座ります。

椎名さん・・・このかたのMCは非常に楽しかったです。潔くポニーテールにしてぴかぴかのおでこを出したヘア、ドレープの綺麗なサーモンピンクのひざ丈ノースリーブ・ドレス、小さなパールのオペラ丈(?)のネックレス・・・んなのに突っ込みと語りは「オトコマエ」

幕間でお一人で出てこられるとき「アタシでごめんねっ!」と必ずおっしゃるんですが、これがまたオカシイ・・・しかし、ファンミーティングの客席の心情と様子をほんとによう分かっておられる方なんだなと思いました。

聞けば呼吸法の御本を出されたそうで(途中でプレゼントもされていました)、ドンゴンさんという人をブログで語っておられることも「呼吸」を絡め、当意即妙の人ならではの鋭いものがありました。ぜひご覧ください。

椎名さんのブログのドンゴンさん観察、こちらから。

呼吸美メソッド Book 呼吸美メソッド

著者:椎名 由紀
販売元:双葉社
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椎名さんが「脚がもう、ほんと長いですから・・・らくらく座りますよね、私たちと違いますね」みたいにおっしゃるのをニコニコと笑いながら真ん中で聞いているドンゴンさん。マッチョ・・・と書きましたが、実際は細かったです。

トークは「ウォリアズ・ウェイ」のソウルでのレッドカーペットの映像を見ながら始まりました。ドンゴンさんは目の前のモニターを覗いています。

続いて「マイ・ウェイ」の初公開スチールを見ながら、撮影の話。

日本で徴兵されて、ノルマンディーでアメリカ軍の捕虜になる男の話。マラソン・ランナーの役なので、当然走らなくてはならない。走るのは個人的にあまり好きではなかったが、走ってみたら体に良いようだ・・・という言葉のバックは血まみれ泥まみれの日本軍の軍服姿で干潟のようなところを走るドンゴンさん・・・なんで干潟だと思ったかと言うと、下が砂地で、厚岸草(干潟に生えている赤い海藻、別名さんご草)みたいなものが見えたからです。

ハードな思いをしているので、共演のオダギリ・ジョーさんと、「ソウルのことをパラダイスと言っています。」とのこと。

もういちまいの写真は水の中に膝くらいまで浸かっている、やはり血まみれ・泥まみれの姿。ドンゴンさんいわく「これは気合いを入れられているシーンです。」

「これからまだ6月くらいまでは撮影があって、12月か来年の1月ころに公開になる予定です。」

ふと思い出したのですが、今回御家族(奥さまや息子さん)のことは一言もおっしゃいませんでしたね。お母さんのことは出ましたが。日本のファンミだからかもしれませんが、ゲストもナシでした。(一瞬アドジャに「ゲストが決定しました」と出たと思うのですが、すぐ消えまして。)

「ファンと自分」のイベントであるから。というココロ、信念?がさりげなく伝わってきた気がいたします。ファンにとっては自分は、一個人として家庭を持ち一児の父であるところのチャン・ドンゴンでなく、いつでもファンを大切に思う俳優であるチャン・ドンゴンである・・・と。

一児の父になって幸せだ、と私個人は聞いてみたかった気も致しますが、言わない姿に大人の俳優チャン・ドンゴンのいろんな思いも感じた・・・って考えすぎでしょうか。^^

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※何処を見ているの・・・?(@金浦空港)

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When I am down and, oh my soul, so weary;
When troubles come and my heart burdened be;
Then, I am still and wait here in the silence,
Until you come and sit awhile with me.

You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up, to walk on stormy seas;
I am strong, when I am on your shoulders;
You raise me up... To more than I can be.

There is no life, no life without its hunger;
Each restless heart beats so imperfectly;
But then you come, and I am filled with wonder;
Sometimes I think, I glimpse eternity.

You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up, to walk on stormy seas;
I am strong, when I am on your shoulders;
You raise me up... To more than I can be.

You raise me up... To more than I can be.

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