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2010年12月

2010年12月31日 (金)

Happy Together

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仕事納めからこっち風邪を引いて寝込んでいたため暮れのモロモロをすっかり放棄したmiyukiです。(汗)2010年の猛暑よ何処、全国的にとっても寒い年末年始ですね。初詣にお出かけの皆様、暖かくして冷えないようにお気を付けください。

拙いブログにいつもたくさんのご訪問、そして温かいコメントをありがとうございます。2011年も引き続きよろしくお願いいたします。

ドンゴンさんはクリスマスは家族とご一緒に過ごしたそうですが、年越しは雪のために撮影スケジュールが押してしまった「マイウエイ」の現場でなさるそうな。

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2010年、ドンゴン・ファンにとって思い出深い年でしたね。いくらファンだとて普段べったりそのことばかり考えて過ごせるわけもありませんし、皆様それぞれの暮らしの中にもまたいろんな思い出が新たに刻まれたことでしょう。

そう、「あれはドンゴンさんが結婚してパパになった年だったっけ。」

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・・・さてさて、積み残してしまった話題を以下に・・・

LG電子「トロン・スタイラー」(と読むのでしょうか)ソヨンさんが大きなお腹を抱えていた夏に撮られたCMが29日から本国で流れているようです。

一緒の画面に夫婦で映ることはなく、おのおのセリフを言っていますが若い時にやっていた冷蔵庫のCMと明らかに世界が違っていますね。(つか、この衣類保管庫、ちょっと見た目やっぱ庶民には冷蔵庫っぽく見えません?)

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[プライム経済] LG電子は来年2月中旬に発売される『TROMMスタイラス(TROMM Styler)』のマーケティング活動を本格的に乗り出したと28日明らかにした。

『トロンスタイラス』は、洋服、ブラウス、ニットなど、一度着て洗濯するには曖昧な衣類を常に新しい服のように着ることが出来る、家庭用衣類の管理庫。

LG電子は29日TROMMスタイラスTV CFを開始し、来年1月1日から予約販売を開始する。

トロンスタイラスTV CFは、韓国のブランジェリーナと呼ばれる、チャン・ドンゴン、コ・ソヨン夫婦の共演で話題を集めた。

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LG電子は来年2月中旬に発売される『TROMMスタイラス(TROMM Styler)』のマーケティング活動を本格的に乗り出す。
広告の撮影後、チャン・ドンゴンは、"大衆の視線を受けるの職業特性上、すっきりとした服装の重要性をよく知っている"と述べ、"TROMMスタイラスは、忙しい日常の中で手軽にスタイルを維持する助けとなるようだ"と話した。

コ・ソヨンもやはり、"衣料品は、体に直接触れるものだけに細かな管理が重要だ"と、"こんな製品があったらと、想像していた製品を実際に導入することになり、さらに嬉しい"と語った。

トロンスタイラスは、しわや臭いの除去はもちろん、殺菌や乾燥までできるのが特徴である。 また、頻繁なドライクリーニングにより、衣類の損傷や服のしわや消臭のため、必要以上の時間と労力を削減します。

この製品は、マジックパワースチーム(magic power steam)と左右に微細に動くムービングハンガー(moving hanger)の機能で衣類のしわとヌルリム、臭いや微細なホコリまで除去してくれる『デザインコース』ヒートポンプを用いた低熱乾燥方式で衣類の収縮や変形を防止する『高度な乾燥コース』高温の蒸気で、日差しに巻き込まれても消えないの繊維の中の細菌を99.9%以上除去してくれる『殺菌コース』など、さまざまな機能をワンタッチボタンで簡単に使用ことができる。

また、活性炭で衣類や空気のうちの残りの臭いを除去する『デオドラマイズの引き継ぎ』ドアの開閉時ごとに衣類にほのかな香りをばらまいては、『アロマキット』左、右すべてオープンな『双方向のドア』の機能として使用利便性も高めた。

特に、製品の前面にシックなブラックミラーのデザインを適用し、リビングや寝室、ドレスルームのどこからでも品格のある空間を完成させる。

LG電子HA事業本部長の李零下社長は"TROMMスタイラスは、新しい衣類管理の文化をリードする製品になるだろう""今後も利便性を高めた製品のリリースで新しいトレンドを作って行くだろう"と話した。

一方、トロンスタイラスは、来年1月1から全国LGベストショップやデパートでの事前予約販売を実施する。 予約者には30万ウォン相当のプレゼントを贈呈する予定だ。 製品の価格は200万ウォン台の水準だ。

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2010年12月24日 (金)

季節のご挨拶

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不本意ながら職場のおっちゃんの風邪を拾ったようです。くっそ~~~^^;ドンゴンさんやウォンビンくんや、隣のご主人ジョンジェくんの風邪ならいくら拾ってもエエんですがね。(笑)仕方ないので苦手なマスクをして仕事に出かけました。

皆様も暮れの忙しい中、くれぐれもお気を付けくださいね。

さて・・・来年のカレンダーをヤンくんで作ってみました。自分のぶんもまだプリントアウトして確認していないのですが(大汗)お好きなタイプをご活用くださいませ。(一年分なので、文字、小さいです。海外サイトのものなので、日本の祝日には対応しておりません。ご自分で印入れてくださいね。^^)

クリスマスまで来てしまうともう今年もドン詰まりなんだなと実感します。来年はもう少し明るい日本になりますように・・・・

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2010年12月19日 (日)

チャン・ドンゴン*2010年12月のインタビュー

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直近のドンゴンさんのインタビューです。「ウォリアズ・ウェイ」の媒体インタビューの時とはまた違い、妙に現実的であり、ちょっと辛辣な質問もあり、ドンゴンさんの心境の変化なども伺える内容、あるいは読んで不快に思われるかたもありそうですが、あえて載せることに致します。しかし いつものように言葉を選んで穏やかなドンゴンさんです。(例によって翻訳機が意味不明になったところは苦し紛れの意訳になってオリマス。汗。)

インタビュアーは朝鮮日報の企画取材部長パク・ウンジュ氏、女性です。「WHY・パクの快説」というコラムに18日掲載されました。(インタビューは15日に持たれたようです。)

俳優チャン・ドンゴンに礼儀を顧みずにした質問・・・①結婚はなぜしたのか ②うわさを知っているのか ③美男コンプレックスは?

※私は、チャン・ドンゴンは、結婚しないような気がしていたのに・・・
「一人でいた時間が長くなって少々疲れました・・・子供も欲しいと思いました。」

※借金のために結婚したのではという噂を知っているのか
「噂を聞いたけど気にしていません。非難の矛先というのは、標的に的中した場合にのみ有効ですから。」

※花美男タイトルについて、どうなのか

「それが惜しいことはありませんが、その空席を埋める新たなものを持っているか不安ですよ。」

※映画のみ出ておられるが私は他のところも見てみたい

「ジョージ・クルーニーのように包容力があり善良で慈しみ深いカリスマ性が欲しいです。」

例えばある職業を持つ人々をインタビューするときは、守らなければならない理のようなものがある。 要するに、小説家には作品を読む必要があるし、歌手には歌の話を求めるべきである。 しかし、大衆の関心は、そのようなものより、ほかにある場合が多い。 最近、俳優の チャン・ドンゴン (38)をめぐる関心がそうだ。

彼に会ってみようと思った時、人々が彼に尋ねて欲しいと願う質問は別にあった。 結婚をめぐる噂に関するものであった。 しかし、最初に彼の作品の話から聞いてみよう。

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●よくない。 しかし、それで大丈夫です

予想よりもよくなかった。 チャンドンゴンが剣術の達人として出てくるハリウッド映画『ウォリアーズウェイ』の興行成績だ。アメリカでは、中級にあたる約5200万ドルをかけたこの映画は米国で約400万ドルを稼ぎ、我が国では40万人が見た。 米国での映画評は悪くないし、特にチャン・ドンゴンの演技やキャラクターについては、好意的な反応が多い。 5年ぶりに完成して公開された映画の失敗・・・仲間たちは'韓流スター'で大金持ちになっている状況である。

※期待以上の映画だった。 アメリカの観客や評論家の評価もなかなかいい。 ところが、韓国での興行が、非常に低調だ。

「アメリカの人々には新しく、我が国の観客には食傷気味に見えるようです。東洋の俳優のハリウッド進出の方式、つまり、刀を持ったアクションという枠から外れていないように見えたからでしょう。特に我が国の観客は、リアリズムのない映画を簡単に受け入れられない傾向があるようです。」

※それはシナリオの段階では見えたのではないか。

「最初のシナリオでは、ロバート・ロドリゲス、クエンティン・タランティーノの映画のように新鮮で独特だったのです。そうしていいプロデューサーがついて、制作費の規模が大きくなるにつれ、一般的に整えられた。製作費が増えるというのは、長所もありますが、そうでもないこともあるようです。」

※結局、ハリウッドを経験した。 大都市に出かけたて帰ってきた女性のように、今やチャン・ドンゴンにとって映画界はつまらなくなるのか。 今、カン・ジェギュ監督と撮っている『マイウェイ』の現場への適応がなるのだろうか。

「俳優にそれぞれ個人的なトレーラーが用意され、俳優の体の状態を心配してくれて、子供が眠るときにはそれを起こすと違法であり、一日4時間以上も撮影してはならないけれど、映画を企画し、封切りする手順はほぼ同じです。

もちろん、アカデミー主演賞ジェフリー・ラッシュ、スーパーマンリターンズに出演した女優のケイト・ボスワースが出てくるから緊張もしましたが、いったん撮影に入ると台本にだけ没頭しているのはどこでも同じ。

どんなによくしてくれても、他人の家は他人の家です。不便でも自分の家の快適さは格別なものでしょう。」

※ 通帳残高の視点で見れば、最近はハリウッド進出よりも韓流スターのほうがより良いのではないか。

「通帳の状況を考慮した場合、他の歩みが有利だということを最初からわかっていました。韓流一本やりの俳優たちは、それを殆どドラマを通じて得ているのです。それは分かっていますが、私の好きな長さではなかったのです。(映画のために)心を折って、通帳の状況にはそぐわないかもしれないけど、まだ大丈夫だと思うので、そうしたのです。私という俳優をもっと多くの観客にお見せしたいという欲がありました。彼らに良い評価を聞きたいと思いました。」

※ 顔も知らないどこかに住んでいるジェームズは、ピーターのような彼らが好きなのに、チャン・ドンゴンの人生に何の意味があるのだろうか。

「もちろん、それが目的や目標ではありません。少数のマニアに忘れられない感動を与えることも喜びだけれど、多くの観客に自分の存在を知らせることも、それに劣らないほどの喜びです。」

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※ハリウッド以来、チャン・ドンゴンは、以前と何が変わったのだろう。

「昔『チング』を撮った後、香港の俳優レスリー・チャンに会いました。香港は俳優の一人が信じられないほど多くの作品を撮っているでしょう。私は、彼らが消費されていると考えたんです。

レスリー・チャンが『私のプライドをかけて、選択した映画は別にある。』と言っていました。それもちょっとうらやましいです。大衆は我々とは異なり、映画の一本の失敗を失敗だとは断言していないので、これからはもっと多くの作品をしなくてはならないという気持ちがし始めています。」

※20代後半に『消耗品にされないために勉強する』とし、韓国芸術総合学校に入ったではないか。

「もう消費されることができる機会が少なすぎる気がします。」

※(歳をとって)皮がちょっと上下したからそのような考えになったのだろうか。

「ハハ。そうかもしれないけれど、いくらかでも残ったと思うからそんな気がするんではないでしょうか。」

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▲ 今年5月、チャンドンゴンは、俳優コソヨンと結婚した。

●噂、噂

チャン・ドンゴンは去る5月女優コ・ソヨンと結婚し、10月に息子を得た。 この『星の出会い』に、うらやましさと驚きが巷に溢れたし、同時に奇妙な噂が出回ったりした。

※俳優のチャン・ドンゴンは、お酒のせいで撮影が出来なかっただとか、お金の問題を取り沙汰されることはなかった。 ところが、最近噂が多い。

「俳優やアーティストだけでなく、一般の方も、ときめきがあり、そうでない人もいるのではないでしょうか。俳優が個人的な人生をあまりにも表に出した時には観客に密接に近付くためにかえって邪魔になるけれど、逆に俳優の人間性や実質的なことを知ることができないときに偏見や先入観が強くなるようですね。」

※これまでの恋愛スキャンダルがあまりなかった。 ところで、こんなのが結婚の背景にあったのではないか?

「どのようなことを言っているのでしょう?」

※チャンドンゴンが借金のために結婚したということだ。 借金はあるのか。

「負債はありません。あったらそれこそ大変です。」

※周囲からそのような話が出ていたようだが。

「聞いたのですが気にも留めなかったです。」

※ どんなところに神経を使うのだろう。

「こんな言葉があります。『非難の矢は標的にヒットした場合にのみ有効である'』誰かがしてくれたのだけど、インターネットからのコメントを見て傷を受けた時のことです。そのような話を多くの人が信じていれば、ストレスにはなるでしょうが、大部分は事実だと思っていないと聞いているからあまり気にしていません。」

※フランスの作家は、『結婚とは、荷物は重すぎて三人で共有しなければならない』と言った。お宅の奥様もお金もたくさんかかることでしょう。 手に余ると思うが違うか。

「まあ、小さな争いは当然起ることもあり、二人で一緒に住むことに不便な点もあります。これは相手や私の問題ではなく、結婚というシステムの問題でしょう。システムがもたらす必然だと考えると、そんなに難しかったり、ストレスを受けることではないです。家族の扶養の問題は、心配ではありますが、まだ楽しさと期待が多いです。」

※ 私は、チャン・ドンゴンは結婚しないような気がしていたが結婚はなぜしたのか。

「一人で長くいたので疲れたんです。本来、子供が欲しかったんです。長男であり、そういう立場でなければならないという負担が本能的にあったようです。1才下の弟が子供を二人持つのを見ながら、そんな考えが膨らみました。恋愛したらずっと一緒にいたいという思いが募って。」

※一般の方も、最近は結婚してよかったと言っていた。

「安定して安心されている部分があるのでは。緊張感の維持、一方ではそこにエネルギーをチャネリングすることもあります。」

※ 芸能界は、数々の情報が流れ、数々のスキャンダルがある。 チャン・ドンゴンがピクッとするような、悪質な書き込みがあったら。

「気をつけます。」

※内部にも?

「芸能界だけでなく、我が国全体でそのような世界があるみたいですね。出てしまうことを注意するのではなく、線を超えないように守ることを保ち、情報の管理を上手にしなければね。」

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▲ 映画『友達(2001)』のチャンドンゴン

●チャン・ドンゴンのコンプレックス

シム・ウナと出演したドラマ『ファイナル・ジャンプ』、コ・ソヨンと共演した『恋風恋歌』などの初期作何編を除いて、
チャン・ドンゴンには恋愛映画やドラマがない。『チング』『情け容赦なし』『無極』『ブラザーフッド』『タイフーン』など、男性の映画、戦争映画が彼の主要な映画である。 今も彼はカンジェギュ監督との戦争映画『マイウェイ』を撮影中だ。

「コンプレックスはあります。デビュー後、'花美男'という言葉を聞いたとき、とても嫌だった。小学校2、3年生のころまで『お前男? それとも女なの?という言葉もたくさん聞きました。そのためか、男らしく見えるよう、強く見えるよう、タフなのが良かったんです。さらに、デビュー時期の90年代の人気俳優がチェ・ミンス、チェ・ジェソン、アンディ・ラウ、チョウ・ユンファだったし、好きな映画は、男たちの挽歌、スカーフェイス、のような映画でした。」

※容姿にふさわしい芝居に続く道、心が望む男性映画の道のうち、後者を選んだ場合は、何かをより多く持つのではないか。

「後悔はないですが心残りなのはなぜあえてそのようにしたのだろうということです。そんな気持ちがするのは年月と無関係ではない。まもなく演技開始してから20年となるが作品数が非常に少ない。そして、外観の調子がいいとき、それを最大限に活用した作品が出来なかったことに物足りなさがあります。子供に後で見せてあげてもよかったでしょうに。」

※ベッドシーンもやったことがない。

「実は私にはそのようなシナリオが入って来たことがなかったようです。そういうのは全部、イ・ジョンジェに行きました。」

※ 実際に観客たちは、"お前が行けハワイ"こんなことを言っているチャン・ドンゴンが一番好きだった。

「俳優としてのターニングポイントになった映画が三十歳に撮った『チング』でした。私は実際に他の人物が喋っているような感じを、その時初めて受けました。それ以降はあんなふうに確実に他の人物になるような経験は無いような気がします。」

※三十直前の不安と四十を控えた今の不安が異なっているか。

「三十になるときは、『今から始まりだ』という気持ちでした。プライドをかけていた作品もなかった。失うものがなくて不安もなかった・・・。今四十を前にして身に付いていることを失いたくはないという気がする。破格的な選択に躊躇する自分を発見する。そうではいけないとも考える。マンネリではないか自分に尋ねます。」

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※チャン・ドンゴンは、何を持ちましたか。

「物質的なものではなく、俳優生活では、他人が認めてくれる部分のようなものがあります。」

※ 人々が何を認定するの?

「私の口から話すのも照れくさいけれど、一種の代表性のようなものが出来たようです。そうなったら、私がしたいと思うよりも、義務と責任がより大きくなったようです。義務と責任と私のやりたい事の間で調整するのが今の私の宿題です。」

※映画界では"個の主張はしないが演技は上手だ""個性はあるが演技がダメ"こんな言葉が多い。責任と俳優としての自由や演技力は、共存するのは大変ではないだろうか。

「監督もそうでしょう。性質の良い監督は作品をよく撮る傾向があり、それらの問題を置いて心配してみた。ところが、韓国人の感情の事情が珍しくて、俳優に高い水準の道徳性を要求する。まず、いい人だということを示し、その次に演技を見せなければならないのだが、どうしたらいいというのでしょう。私は、韓国の俳優であり、韓国で演技しなければならないのに。媒体の露出を避け、不本意ながら神秘的なのかという指摘も聞いたけれど、そうではないんです。サウナにも通ってレストランにも通って。レストランではクレジットカードを使いますし。」

※ 名前も住民番号も知らない人々が自分の人生をあれこれするのはどうなのか。

「耐えられないストレスはあまりなかったのですが、最近の3〜5年の間に急速にぱっと締め付けられたという感じです。それがあまりに歪んでくるとすこしいらいらします。これまで以上に通信手段が発達しましたが、コミュニケーションはないんです。今まで生きてきた世界とは他の世の中になっている感じです。」

※韓国のように、トップクラスのスターの自殺率が高いところもない。

「過渡期的な傾向や、哲学の不在だとすればいいかな。はるかに貧しい時は今よりも自殺がたくさんでていた。数日前、幸せ指数がかなり高いバングラデシュでは暴動が起きたんです。入社10年になっても、新卒と一緒だというのが問題になった。私のことを奪われたのではなく、不公平さというのが不幸の感覚を持ったのでしょう。不幸や不足感の原因が数値にあるのではなく、最終的に心にあることを知っていれば、そのような極端な選択はしていないような気がします。」

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●美男、今の人がいる

※ 映画では『虚無の目(empty eyes)』という剣客が出てくる。 ところが、その名のように、チャン・ドンゴンと浮かぶイメージ、キーワードがない。 息苦しさを感じるのではないか。

「それが私の性向であるようです。私の仕事ではない場合、間違ったことを見れば知っていて同意するわけではありませんが、正そうともしない。そのような態度のためかもしれません。しかし、それは一方で、広いファン層に愛されることが要因ではないかと思うんです。」

※最後のドラマが2000年の『イブのすべて』である。 ドラマで浮上した俳優がすべての映画に走って行くのは何故なのか。

「映画は物語を深く大事にし、演技の不十分な面を遮ってくれることもある。ドラマはその場その場で現場に帰る側面があるが、今は大作戦争映画ではなく、ドラマの静かな演技をしてもとも思う。」

※ チャンドンゴンは、本当に映画を愛していた。 心に中で'映画'はどのように変わってきたか。

「小学校に入る前から、白黒TVでの週末の映画を全部待ち構えていました。夜に映画を見ようと昼間に事前に寝るほどでした。キングコング、スティング、荒野の無法者.・・・俳優になった後でも、映画について真剣に考えてみたことはありませんでした。

『情け容赦なし』を撮った後、映画の味を覚え、映画だけを愛するようになりました。私の職業は映画俳優でしたが、他の映画人が素敵に見えました。そこに混じって、その中で自然に見せるために努力しました。

映画への愛情が冷めはしなかったが、『俳優のチャン・ドンゴン』というものをもっと考えることにしました。映画の中で認めて受信するコンプレックスがあるならば、これからは俳優というものが、この仕事を楽しむことができる上で映画を選ぶようになった。」

※これで、イケメンコンプレックスを払拭できたか。

「意識をしないようになった。今はそのような言葉で出てくる。」

※惜しいことはないか。

「惜しいことはないです。ただ、今の年齢に応じた魅力を持っているのかがもっと心配です。それが(美男タイトル)なくなる不安ではなく、新しいものを持っているかということへの不安です。」

※どのような魅力を追求するのか。

「ジョージ・クルーニーやショーン・コネリーのような俳優が持つ魅力のエネルギーがあふれ、他人の機を制圧する若いカリスマではなく、包容力のある善良で慈しみ深いカリスマが欲しい。」

※キャラクターが限られているという批判もある。

「(俳優として)幼い時も上手にできる俳優になりたいことが常であったが、唯一の上手なことを追求することが重要だ。」

※どのような演技を上手にできるかもしれないと思うか。

「意外にも、ユーモアを持っているが上品さを失わないようなキャラクターをよくすることができるようです。何かを見せてはならないし演技ではなく、柔軟なキャラクター。もう大人の役割をしてみたいと思います。」

10年前、ニューヨークのレストランで、チャン・ドンゴン、イ・ミョンセ監督と食事をした。 そしてチャン・ドンゴンは、まるで先生を慕っている少年のように監督としっかりと目を合わせることができなかった。 演技に対する焦り、コンプレックスが見えた。

あれから10年。 「代表花美男チャンドンゴン」が消えた場所に「俳優チャンドンゴン」が納まっている。 映画俳優以外の俳優になっている。 その場では、より広く、初めて、より快適で、初めての人のように見える。

◆10年ぶりにチャンドンゴンに会いました。 『アドニス』と呼ばれたその美少年の姿に今は歳月の跡も見えました。 しかし、ちょっと安心です。 内面が強くなった大人の前に座っていたんですよ。 本も熱心に読んで、考えてもたくさんの素敵な男になっていました。 写真を撮るとき、私は尋ねました。 "ハンサムで良いことは何ですか?" 彼がちょっと恥ずかしげにまろやかな口調で答えました。 "よくしてくれます、人々が"。 世の中が無情にばかり感じられたこと、私のせいだったんでしょうか。(WHY 制作ノートより)

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別の記事で見つけたウラジオストック、跨線橋の写真。「タイフーン」でセジョンとシンが顔を合わせるあの橋です。オマケ。^^

◆「ベッドシーンのあるような脚本は皆イ・ジョンジェのところに行った」・・・というくだりで一人PCの前で笑ったワタシです。ごめんね、ドンゴンさんhappy02デモ、期待通りのお答だったわあ。(爆)自分のカラダひとつが商売道具というのはある意味どんな仕事も同じだと思いますが、「姿かたち」がまず第一である故に、いろんな目にも遭い、興味を持たれ、傷を負ったりする・・・それでも人々の憧れを背負っていることの自負心は何より大きな力でもあるのでは、と感じた次第です。

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2010年12月17日 (金)

何もかも皆懐かしい

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「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を観てまいりました。

今回の実写版のベースになっている「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」という劇場版のアニメを見てボロ泣きした世代ですが、アニメを夢中になって観て喜んだり泣いたりするというのを、私の親の世代は良く理解出来なかったんだろうなと今にして思うわけです。

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※こちらアニメのほうのヤマトより。上のポスターのCGと比較しても殆ど同じイメージの光景ですわな・・・(遠い目)

実写版の「実写」というのは登場人物たちの演じている部分であって、VFX(ヴィジュアル・エフェクツ・・・視覚効果、主にCG、デジタル合成など、現実には見ることの叶わぬ画面を実現させる技術のこと。)の発展があってこその企画。

ある時代を象徴する存在でありその後の日本映画やアニメに多大な影響のあった「宇宙戦艦ヤマト」。今も語りだしたら止まらないファンが多数存在するわけですが、「じぇったい、あのアニメでなければ受け入れられん!!」という気持ちもちょっとはワカルもとアニメおたく、いやほんとですよ、オタク極まってアニメを専攻したくらいですから。(笑)

しかし、監督さんや主演の木村拓哉くんはじめ30代以上の出演者たちが映画のパンフに寄せている熱きオタクっぷりなど読むにつけ、やはり作り手贔屓な私としては「ああ、こんな時代になったのね・・・」と感慨深いものもありました。

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※ヤマトの乗組員の制服のブルゾンはよう出来てて、ちょっと欲しいかも、のヲタクごころ。(笑)森雪ちゃんは最初、沢尻エリカ様がやる予定でアリマシタ。

「地球か・・・何もかも皆懐かしい・・・」とは沖田艦長がいまわの際に言う名台詞。今回演じた山﨑務センセイは原作アニメを知らないそうですが、いやもう、それらしかったですとも。柳葉さんの真田さんなどは、あまりに「らしくて」最初に写真見て感動のあまり(??)笑いました。はい。

もとアニメおたくとしては、いろんな感想や考えが頭の中を巡って行きましたが、アニメ「さらば・・・」でボロ泣きしたシーンが今回の映画にもあったもので、同じ所でうるっと来ましたわ。いやほんとに「何もかも皆懐かしい」でした。

それにしても「ヤマト」ってばやっぱり至極日本人的な話だよなあ・・・と。

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※こちら、今回のCGヤマトだけれど、ヤッパリ頭の中にささきいさおサンの歌が流れます。

アニメーションというのは一枚一枚の動かない絵を一こま一こま撮影して作るイマジネーションの世界です。そういうものに夢中になった人間ではありますが、生まれたときからコンピューターが身近にある世代でもないもので、この映画のように人間が演技している後ろで良く出来たCGが展開する世界を見ると、たしかにどっちかに気を取られがちになります。それでふと、さらに自分の親の世代のことを思ったわけです。

今やってるアニメ見てもさすがに夢中にはなれないオバサンになった自分と、かつてアニメおたくだった自分、あれも愛コレも愛きっと愛、たぶん、愛・・・(なんのこっちゃ)はあ・・・(タメイキ)

「宇宙戦艦ヤマト」って知ってる?と唐突に授業中にアツく語ったのは古文の先生(当時おそらく30代?の男性教師)でありました。最初に聞いた「ヤマト」の話。

「コレが面白いのよ、太平洋戦争で沈んだあの戦艦大和が蘇って地球を救うために宇宙に行くの。」

再放送を何回見たか分からないくらいなのに、細かいところまではすっかり忘れております。これを書きながら、そういえば「さらば・・・」のエンドロールに流れたのは、前レビューのコメントで盛り上がったあのジュリーの「ヤマトより愛をこめて」だったっけな・・・と思い出しました。

・・・と同時に、冷房の利きすぎた昭和の映画館の狭い座席のあの感じも。夏休みだったんですよね。

木村くんは、ドンゴンさんと同じ72年生まれ。彼もやっぱり年齢不詳な男子です。「たわわな髪」(笑)によく鍛えたカラダで。お兄さん役の堤真一さんはちょっとしか出てきませんでしたが、この二人の共演ドラマ「Good Luck!」をまた見たくなりました。

ところで・・・・

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まるっと話題は変わりますが、④様がお出になる東京ドームのイベントって14日だったんですのね。

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今は④様の事務所の所属のキム・ヒョンジュンくんと、羽田にて来日の風景。相変わらずの賑わいですね。さすがです。お元気そうで何より。

この写真を見たうちの妹が「④様は男子のほうが好きなの?」と真面目に言うので「たぶん、違う。(爆)」と言っておきました。(だははっ)

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当日はGacktさん、ファニくん、ヴァネスくん、そしてあの小室さんなどが揃ったチャリティー番組を収録、オークションや、途中パク・ヨンハくんを追悼するコーナーもあったようですね。

↑なんかお二人とも良く出来たフィギュアみたい???(質感がつるつるすぎです。笑。)

全国的に寒い日がもう少し続くようですね、皆さまどうぞ暖かくしてお出かけくださいませ。

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2010年12月10日 (金)

オトコの前髪

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女の人もそうだけれど、オトコはさらに髪型で印象がものすごく変わる。縦の鼻孔をアオリで見る・フェチとか、足首とか指とか、長い手首とか、腕の筋とか、ちょっとクマになった涙袋とか、たいがいいろんなところにフェチる私だが、男の長い髪も大好物だ。

2010121010_3 ミドルエイジの男性がチェ・ミンシク先輩みたいな髪をして、似合っていると流行に関係なく素敵だな、と思う。(あまり見かけないけれど。)

隣の御主人イ・ジョンジェ氏みたいに後頭部と首筋がとびきり綺麗な殿方は潔い短い髪がヨイ。

そして額を出すか出さないか、その時のその人の顔形、年頃、ファッション、すべてが微妙に絡み合っている。・・・と、思う。

ああ、オトコの前髪よ、悩ましいこと。

ここんところ女子も「重たい前髪」をずいぶん見かけるのだが、男子もトレンドなんだろか、すっぽりとまるでヘルメットみたいな。(笑)

下はAMエンターテインメントのカワイイ後輩ヒョンビンくん、ドラマ「シークレット・ガーデン」の共演者ユン・サンヒョン氏、ハ・ジウォンちゃんと・・・。

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サンヒョン氏も髪型で随分印象が変わったようだ。おやまあ・・・・ヒョンビンくんの着ているこのネイビーのコートはもしや・・・

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コレと同じもの?

①ドンゴン先輩に借りた。

②事務所のクロゼットに掛けてあって共有している。

③お揃いで買った。それぞれ私物。

④スタイリストが用意した。(けど、ドンゴン先輩も着たかもしれない。)

さてドレでしょう?(爆)

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↑こ~~んなシーンもある面白そうなドラマ。このシーンの撮影がすんだあとはお互いいつものように普通に接した・・・とヒョンビンくん。(言い合いしているうちにちっす、って???)

おっとっと・・・話がズレてしまったわ。

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コレコレ、この髪型ね。(ところで、こんな風にハッキリ歯を見せて笑うヒョンビンくんの写真てめずらしい・・・とちょっと思った。)

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こちらは某所で「乗っけ盛った」疑惑まで出た(?)ジョンジェくんの前髪写真。この髪型って、若いコ、大人、そしてさらにオトナまでカヴァー出来るほど万能かといえば・・・ううむ、ようわからんっす。coldsweats01

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ええいっ・・・ぽこぽんっ!(ヤケくそ?)

ええ、ええ、仕方ないんです、短すぎる前髪も。戦時中の男子の役、やってる最中なもんで。dogdog

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↑こちらは撮影中のドラマ「ドリーム・ハイ」仁川空港のロケ、キム・ヒョンジュンくんと久々の④様。

ヒョンジュンくん、相変わらずたわわな前髪っす・・・。(ちなみに、④様、「太王四神記」のあともしばらく長いままでいた髪型、けっこう好きだった。短くなさってもきっちりイメージを守られて。)

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額縁の違いで本質まではたしかに変わらんだろうとは思う。なんだかお坊様が髪を剃る理由が改めて解った様な気がする。

それにつけても、煩悩の男子の前髪、という呟きなのであった。

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2010年12月 7日 (火)

About My Way・・・カン・ジェギュ監督インタビュー

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例によってヤンくんプロモのニュースの間に読んだ、「ブラザーフッド」監督カン・ジェギュ氏の興味深いインタビューです。(アップするのが遅くなりました。汗。)

こうして読んでみると「ウォリアズウェイ」のイ・スンム監督があの映画をハリウッドのスタッフとともに撮った意義というのもなるほど・・・と頷けるものがあります。

201012073_2カン・ジェギュ(49)が帰ってきた。

デビュー作『銀杏のベッド』 (1996)、 韓国 映画のルネッサンスの砲門を開いた『シュリ』 (1999)、初の1000万観客時代を開いた『ブラザーフッド』 (2004)。 たった三本の映画で映画界のパラダイムを変えたという歓声と支持を受けたが、彼はその後、LAに「隠遁」した。 宿願だったハリウッド進出のためだった。

そして、先月開かれた釜山国際映画祭では、 チャン・ドンゴンとオダギリジョーが主演する300億ウォン規模の韓中日合作映画「マイウェイ(My Way)」で監督が復帰するというニュースが発表された。カン・ジェギュ監督に16日に会った。 6年ぶりのカムバックと6年ぶりの公式インタビュー。 彼は"『太極旗.』以来、マスコミのインタビューを遠慮してきた""私の映画で再び観客たちに会うまで待っていた"と話した。 彼が最初に打ち明ける新作映画の設計図と、ハリウッドで得た教訓。

カンジェギュ監督は"トニー・スコット(トップガン)は、祖父世代の監督だが、まだ10代の観客が熱狂する"とし"重要なのは年齢ではなく、監督がどれだけ自分を変化させようと努力するかの問題"とした。

201012077 - まず、カムバックを歓迎します。 しかし、'故郷に錦 'ではないようです。 ハリウッドはどうなったのでしょうか。

"単純にハリウッドが提供する映画の演出だけ引き受けた場合は、すでに多くの映画を撮っただろう。

今年の初めにアンジェリーナ・ジョリーが主演した『ソルト(Salt)』を見ながら私だけで作ることを考えたりした。(笑)もともと『ソルト』は、私に演出の提案が入ってきた作品だったからだが、私は私が準備したプロジェクトで、ハリウッドの壁を破りたい、と思った。

'故郷に錦 'ではないのは.実は、私が一番残念だが、終わったとは思っていない。そこに捧げた時間、現在の私の心情、将来の計画を表示すると、『ハリウッド』は継続中だ。"

- なぜ失敗したと思いますか。

"理由は2つある。まず、2000年代初頭からハリウッドでは、ミドルバジェット(Middle budget 3000〜7000万ドルの中規模の制作費)の映画製作が容易ではなかった。興行に続いて失敗したのだ。その時期に、私はアメリカにいって、私は元々準備していたSF『ヨナ』(三国遺事からモチーフを引用したファンタジー)は、その制作費の規模にあった。

第二に、最終的にハリウッドのスタジオには、自分たちのルールや枠組みで動くということ、そして単純•明瞭な映画を好むということだ。

私の『ヨナ』は、商業映画だったが、ハリウッドからみたらチョッとシリアスすぎるか、難しい場合もあるだろう。

201012074 最初の2年間は、説得することができると信じていたが、徐々にわかってきた。カン・ジェギュ個人を望んで自分たちのプロジェクト演出は任せるかもしれないが、自分でプロジェクトを実現するのは難しい。"

- 『マイウェイ』を撮ることになったきっかけは?

"ハリウッドの壁のため、このように揺れていた時期に作家ギム・ビョンジンさんが書いた『マイウェイ』のシナリオを見ることになった。

初めは、後輩の監督に演出ということで引き受けるつもりだったが、作家たちを呼び寄せてシナリオを発展させるてみると、かなり魅力的だった。

まず、フィクションにしても大変な話だが実話とのこと。日帝時代に関東軍に強制徴集され、日本軍•ソ連軍•ドイツ軍と軍服を変えて着なければならなかった数奇な運命の朝鮮人の青年がいた。彼はノルマンディーの戦いに参加し、米軍の捕虜となる。

映画は、極端な対立関係にあった朝鮮青年と日本人青年が第2次大戦の渦の中で人間を理解し、友達になっていく物語だ。また、お決まりの被害者、加害者の構造ではなく、新たな歴史意識と未来志向的なメッセージを韓日関係に投げてみたいという欲もある。"

201012075 - 具体的にどのような規則が残っているのでしょうか。

"10月15日セマングム(全羅北道での撮影を開始したが、現在22回目の撮影まで終えた。計156回の予定で来年6月に撮影を終える計算だ。封切りは来年12月。製作費は260億5000万ウォン、(マーケティング費などを含む)総製作費300億ウォン規模になる。 中国が制作費の20%を投資する。"

- 制作費が'ノムノムノム'や'海雲台'の二倍の規模です。 それでは、いったい何万人に見せれば損が出ない映画なのでしょうか。

"この映画は韓国の観客だけ狙った場合は、作成出来ない映画だ。1000万人の観客を聞かなければ収益が出ない映画だ。それでも投資家が投資する理由は、韓国と中国と 日本を一緒に市場での可能性があると判断したものようだ。"

- 『太極旗』の後に再び戦争映画ですが。

"本当に、絶対に、二度と戦争映画はしないと思ったが、またするとは想像もできなかった。実際に撮影現場でも、戦争だけに大変だ(笑)

ジャンルは、類似するかどうか分からないが、視野が異なり、主題が異なっている。確かに新しさを感じることができる映画が出来ると思う。"

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-20代前半の観客にはもう『カン・ジェギュ』という名前は、耳慣れない。 どのように対処しますか。

"(微笑を浮かべて)簡単です。その友人たちが興奮するような映画を作ればいい。10代20代の観客が、特定の楽しさだけを望んでいると判断するのは偏見だ。

実は、彼らは『おいしい料理』を食べる準備ができているのだから、私たちがきちんと料理をつくることだ。監督が絶えず自分を変化させるよう努力すれば解決することができる。"

- 『銀杏のベッド』(1996年)以来、14年の間に三編。 韓国映画の低迷期に職務遺棄ではないかと・・・。

"私は個人的に肯定的な傾向が強い人だと思うんだけど、映画をのぞき見る目は否定の視線が大きかったようだ。

心を少し空にすると、外部のシナリオや、プロジェクトにもメリットがたくさん見えるはずだが、最終的には心を決められず残念だった。

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先日、キム・ヨンファ監督(『国家代表』『美女はつらいの』)と『ディレクターズカット』という会社を作って約束した。2年に1編ずつ、10年の間、二人合わせて10本を作ることに。約束は必ず守る"。

- 『シュリ』(1999年)以来、韓国映画が、いわゆる家内手工業から、産業システムに変わったという評価を受けました。 しかし、市場の限界に直面している今、もう一度そのパラダイムが限界にぶつかったという評価を受けています。 どのように突破しますか。

"韓国だけではなく、中国や日本も同じだ。

中国の映画市場は今まで、毎年30〜40%ずつ成長したが、彼らも知っている、すなわち、韓国のように限界にぶつかるということ。特定の国の映画が支配構造を持つという視点で『韓流』を見ては困る。

韓日中が接点を見つけるように頭を寄せ合って答えを探さなければならない。下手するとパイはそのままハリウッドに移る。その時点でマイウェイがひとつの役割をして欲しいという願いが確かにある。"

(イ・ジンハン記者/朝鮮日報)

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映画『マイウェイ』とは...

日帝時代、第二次世界大戦に見舞われた韓国と日本の二人の若者の数奇な運命と、彼らの夢を訪ねる戦争ドラマ。

幼い頃、父に従って朝鮮に引っ越してきた少年辰夫は自分と同じように走ることが好きな朝鮮人の少年ジュンシクに出会う。

マラソンのライバルとなった二人の青年。 五輪マラソン選抜戦でわずかの差で日本陸上連盟の計略により辰夫が優勝する。

しかし、第二次大戦が激化し、ジュンシクは、関東軍に強制徴集され、辰夫は新たな守備隊長に赴任する。

日本軍•ソ連軍•ドイツ軍に軍服を変えて着なければならなかった数奇な運命の朝鮮青年ジュンシクと彼の波乱万丈な旅を共にする日本の青年辰夫。 チャン・ドンゴン、オダギリジョー、ファン・ビンビン主演。

制作費300億ウォンの超大型の戦争映画であり、韓中日3カ国のアジアのプロジェクトだ。 2010年10月15日撮影開始。 2011年12月公開予定。

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2010年12月 5日 (日)

イケメン・ツートップ

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皆さまこんにちは。happy01

試写会前後の戦士の怒涛ニュース群の中で、太極旗兄弟の写真に惹かれて読んだ記事でございます。

◆『戦争の闇の中でも兄弟の顔は光る』・・・映画コラムニスト、キム・ヒョンソク氏の“思い通りにベスト7”

7位『ドンキホーテ』シリーズ

おそらく、『花より男子ツートップ』の競演は、1980年代最高の青春スターだったチェ・ジェソンとパク・チュンフンの『ドンキホーテ』シリーズではないかと思う。 『アスファルトの上のドンキホーテ』と『私の恋人ドンキホーテ』。 仲良しの友人のドンキ(チェ・ジェソン)とホテ(パク・チュンフン)の純粋な友情とちょっと騒がしい若さが光る。

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6位『西洋骨董洋菓子店アンティーク』

高級菓子店の社長エディ(チュ・ジフン)、魔性(魔性)のゲイのパティシエのソヌ(キム・ジェウク)、元ボクサーの見習いギボム(ユ・アイン)とボディーガード・スヨン(チェ・ジホ)、そして、ソヌの昔の恋人のジャン(アンディ・ジレット)まで・・・。 彼らの輝くフォースは、ケーキよりも甘かった。 ツートップ映画ではないがリストに入れるしかなかった。

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5位『霜花店』

王の臣下、幼い頃から友情を築いた友人、一人の女性を共有している間柄、そして同性の恋人。 『霜花店』のチュ・ジンモとチョ・インソンは、まるでギリシャ悲劇の主人公たちのように激情にかられて運命の絆の中に飛び込む。 強い男性的魅力の二人のスターが織りなす肉体のアンサンブルは、拒否するのが難しい力がある。

4位『ひとまず走れ』と『宿命』

ソン・スンホンとクォン・サンウ。 20代の頃に出会った『ひとまず走れ』で疾走した青春は、30代に再び出会った『宿命』で、避けられない宿命の非情な裏切りのドラマを作る。 これらの組み合わせに何か特別なものがある場合は、シックスパックへのシックスパックが加わった『トゥエルブパック』の魅力。 モムチャンの観点から見れば、韓国映画史上最高の組み合わせ。

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3位『太陽はない』

90年代が生んだ最高の青春スターのチョン・ウソンとイ・ジョンジェはキム・ソンス監督の肝入りで『太陽はない』で、ついに出会う。 愚直なボクサードチョル(チョン・ウソン)といい加減な青春野郎ホンギ(イ・ジョンジェ)。 正反対の方法で世の中を生きていくが、それらの間には、少しずつ友情が芽生える。 浜のスローモーションのシーンは、二人の男の圧倒的なスペクタクルだ。

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2位『オオカミの誘惑』

インターネット小説原作で、物語から飛び出してきたかのような荒い男性美のパン・ヘウォン(チョ・ハンソン)と母性本能をまっすぐ刺激するチョン・テソン(カンドンウォン)。 『オオカミの誘惑』は、露骨にイケメンを使って10代の観客を誘引するが、その客引きが憎くない映画だ。 傘の下のカン・ドンウォンの顔がスローモーションで徐々に出てくるときに劇場のあちこちで携帯のシャッターがぽんと鳴ることもあった。

1位『太極旗を翻して』(ブラザーフッド)

韓国戦争を背景にした壮絶な戦争ドラマ『太極旗を翻して』。

戦場を行く兄弟は他でもないチャン・ドンゴンとウォンビンだった。

デビュー以来、韓国を代表する美貌だった彼らがした映画の中で会ったということ自体が話題に。軍服姿で華やかに飾ることもなかったが、二人の俳優の強い吸引力の顔として、戦争の悲劇と狂気を魅力あるように表現する。 おそらく、この組み合わせ以上のキャスティングは、韓国映画の中で今のところ出てこないようだ。

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※ヒョンソク先生~~やっぱ、この二人も入れてほしかったな~~~(泣)イケメン・ツートップだよねえ、一応・・・(傷だらけでタトゥもあるだけどさ。あうあう・・・)crying

戦士ヤンくんはアメリカのお客様には「何千マイルも遠くを見据えるような眼をしたヒーロー、なかなかイイんじゃない?」などネット、ツイッター共に概ね好評の 書き込みが多いようで、なんだかほっと致しました。ケイトちゃんのリンも「とても可愛い」と。

韓国のお客さんより素直に「新鮮なファンタジイ」と受け取っている印象です。confident(韓国内では映画をめぐる事情もイマイチなのかぶっちゃけ数字的なところはイマイチのようで。うむむ・・・いちファン、どうもなりませんがなんとか盛り上がってほしいな。)

気をとりなおし。ケイトちゃんはTVのトーク番組で韓国でのエピソードと共演者ドンゴンさんについて話したそうで「He is a lovely man」と。(笑)愛すべき男、素敵な人、ちゅうよりつい「愛らしいオトコ」と訳したくなるあっしです。

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2010年12月 2日 (木)

戦士を待ちながら②

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※戦士よ・・・この表情とイヤイヤのポーズは最高でっす。happy02どうもありがとう!(思わず礼を言ってみる。笑。)

日本で④様を中心とした第一次韓流ブームが盛り上がりはじめたころ、私はウォンビンくん続いてチャン・ドンゴンさんという俳優に転んだ。後から思えばもうちょっと早く出会えていたらと思わないでもないが、出会いの時というのもタイミングだから仕方ない。

韓国映画、芸能界、ましてやお隣りの国韓国のことについてもよう知らずにいきなり転び、それからかれこれ6年半の月日が流れた。

人の人生にとって6年余とはやはり結構な年月であり、ファンたちそれぞれの身にも色んなことがあっただろうし、姿かたちを良く保つのが俳優さんと言う商売ながら、俳優さん自身の人生や心の内もそれは同じで、受け入れがたいこと、喜び、悲しみ、苦しみ、幸せ、諦め、悟り、後悔・・・思い起こせば誰も、何とも言えない気持ちになることだろう。

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「世の中に姿が多く出る」仕事をするということは、皆の心の拠り所になったり、意図しなくとも手本や目標になったりする。かくいうmiyukiも「チャン・ドンゴンと云フ人」をネタにこのブログをもう5年近く呟いてきた。

あの頃と今。

今、私が何を感じているかと言えば、相変わらず「俳優チャン・ドンゴン」「俳優ウォンビン」の姿を見ていろんなことを考えるのが好き・・・これに変わりは無い。ただ今年の一連のドンゴンさんの人生の節目を遠くに眺めながら、「ウォリアズ・ウェイ」に関し彼が受けたインタビューを読んでひとつ私の中にもやっと節目がついた。そんな気に遅まきながらやっとなれた、と言おうか・・・(トロいですよね^^;)

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ファンも、たぶんドンゴンさん自身も「あれ?あれれ???」と思い迷いながらもアツく盛り上がっていた、日本の韓流さなかのあの時期は今でも猛然と懐かしい。そして正直にいえば「青春の節目にいつの間にか互いに離れた道を歩くことになってしまった友を思い出し寂しくなる」かのような、そんな郷愁めいた思いがしたりする。

センチな話だと自分でも可笑しい。(いっそ「失恋」と言えるほうが後腐れないかも??)

昔、私は「韓流とは老後を(楽しく)生きるためのよすが」と言ったのだそうだが(人に言われてそうだったか、と思う無責任B女発言。汗。)これからもボケ防止と言いながら聞こえてくるニュースに喜び、作品を楽しみに待ちたいと思う。

新しく見せてくれる姿、悩みつつそこを抜けて進化して行くのを俳優として演じる姿の中に曇りのない目で感じることが出来るよう・・・・

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戦士よ、えろう御馳走様・・・(傷だらけなのにおヘソが愛らしいです。)レビューの内容と写真とがあまり関係なくなってしまいましたが、昨日一斉に本国で話題になった「戦士の密かな入浴に乱入したリンちゃん」という一連のスチールでした。

さて・・・戦士は公開二日目ボックス・オフィス2位、(1位はイ・ソンギュンさんとチェ・ガンヒさんの映画)アメリカでの公開の反響によって今後伸びが左右されるか?と分析されておりましたが、この週末の数字が気になるところです。

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ムービーウイークのインタビューより、ツボった個所のみですが・・・

①(結婚に至った)恋の始まりは「ウォリアズ・ウェイ」を撮影していた時。ニュージーランドまで(ソヨンさんは)来てはいないが。結婚していたり恋人のいる他の俳優は夫人や恋人が来ていて、ケイトもボーイフレンドが遊びに来たが、自分のところにやってきたのは友人ハン・ジェソク。そんな状況下スタジオにジェソクと行ったもんだから、スタッフたちにわかっていても(そういう趣味だったかと言って)からかわれた。 (※ぷぷぷぷ・・・・ブログ主、大ウケsmile

②海の見えるアパートに逗留していたがそこから見える船には一度も乗れなかった。

仕事は一か所(スタジオ)だったから会社員のように通って生活した。規則もあって撮影は一日12時間、週一日二日は休みだったが休みにスタッフや俳優がパーティーをやるのには一回しか行かなかった、それが今思うと残念だ。撮影しながら現場と状況を楽しめればよかったろうに、私が余計に緊張していたようだ。アパートと現場のほかに外へ出て行けなかった。

ipodに音楽をいっぱい入れて持って行って聞いたり、マネージャーとベランダで三枚肉を焼いてビールを飲んだ。(笑)心の余裕が無くて人も招待できなかった。親しくなろうとするには心の余裕が必要だろう。

③最善を尽くしたので、興行の運は天に任せる。

④「マイ・ウェイ」を撮影中だがイイ感じだ。カン・ジェギュ監督にチャン・ドンゴンだから「ブラザーフッド」とどうしても似てくる。はじめは違うようにしたいと思ったけれど、軍服を着たら衣装も同じ感じで。(笑)髪も長くするわけにいかないし。

ただし、キャラクターが違う。「ブラザーフッド」が歴史的事件の中で一人の男が変化する姿ならば、この作品では巨大な事件の中でも変わらない人物なので、明確に違う。

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2010年12月 1日 (水)

戦士を待ちながら①

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映画「ウォリアズ・ウェイ」はもともと「ランドリー・ウォリア」という題名の企画であった。
東洋の戦士は西部のゴーストタウンに流れ着いてそこで連れてきた赤ん坊を育てながらひっそり洗濯屋さんとして暮らす・・・そんなところから「洗濯戦士」と直訳して楽しみに妄想してきた。
イ・スンム監督は「ランドリー・ウォリア」という題が示す通り、ちょっとカルトな可笑しみのあるニュアンスを込めていたのだとインタビューで答え、ドンゴンさんも「ランドリー・ウォリアという題名が気に入っていた。」と述べていたことがある。

ストーリイは至極単純であるという。ちょこっと読んでみた記者さんの感想の中には、「チャン・ドンゴンが勿体ない。カッコいいだけに・・・」「ハリウッド製のファンタジーとするならロード・オブ・ザ・リングほどの綿密で圧倒的な世界観を構築しないと。いかんせんストーリーが脆弱」そんなのもあった。

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私自身がまだ未見であり、今の時点ではネットにあるいくつかの動画やスチールなどから受ける印象から呟くことしか出来ないが、まずストーリーは単純で良かった、目的は別、と監督さんの言、これを踏まえればべつに複雑な謎解きもお話で圧倒することも無いんだろうなと感じた。
企画を実現させる段階のいろんな雑音や事情が込み入ってあれやこれやするところをいかに押し切るか・・・いや監督さんとは大変な商売だと思う。

たしかに「お客様は神様」なのがエンタメの世界であり、結果が大事とドンゴンさんも言っているので、お客さんが五月蠅いことを言わず楽しんでくれたならいいなと願う。

ところで、「宇宙戦艦ヤマト」の実写版・・・いい年になってこういうもんが出現するかと感慨深いものがあった。
私がデザイン学校でアニメーションを専攻していたころ、一大アニメ・ブームがやってきて、周囲にはヤマトやガンダムやルパンやガッチャマンが乱舞していた。(「赤毛のアン」なんか好きだったな。)私の一年下の入学者数はすごいことになったらしい。まだPC上での作業など無いころで、何千何万という動画、セル画を格闘する当時のアニメの現場は3Kなもんだった。
一緒に卒業制作のアニメを作った仲間たちは学生たちの中でもほとんどセミプロな実力の面々で、すでにアルバイトで「ヤマト」の動画をやっていたりした。「エースをねらえ」のお蝶夫人の巻き毛のなびく動画が大変で泣かされた、と話していたコは今頃どうしていることだろう。

アニメも実写の映画も、人間か絵かの違いだけで、それがCGになろうが登場人物がいてストーリーを描くということに変わりは無い。
CGというものは、PC音痴の私にはようわからん世界なのだけれども、たぶんやろうと思ったらまだまだ技術の限界は先のほうにありそうなので、作り手がどこでどういうふうに納得のラインを引くのか、客が付いていけるのかというあたりの見極めが大事なんだろな。
スターウォーズのルーカス監督などは、シリーズ初期のジャバ・ザ・ハットなどの場面をわざわざあとでCGに作り替えたりもして、そんな話を聞くと最終的には監督さんの価値観、納得ライン交々・・・いうことなんだろうけども、個人的には昔見たまんまのギクシャクした動きも懐かしい。

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ルークがダースべイダーと対決する場面の背景の宇宙船の通気口みたいな深い穴、ああいうのは背景画との合成なのだと知った若造の私は素直に感動したものだった。
特撮の巨匠レイ・ハリーハウゼン氏が自身の「タイタンの戦い」の骸骨と英雄の決闘シーンについて、日本のオタク青年の若気の至りの主張と渡り合ってたテレビ番組を見て頭がぐるぐるしたのも同じころだったような気がする。オタク青年は「特撮は古い、いずれはコンピューターでもっとリアルにやる時代が来る。」と泡飛ばして巨匠に息巻いていて、なんだか私は胸が痛んだ。
CGが綺麗だからというだけで人の心を動かせるわけではなかろうて。ゴジラやガメラやウルトラマンがCGになったって不気味なだけなんじゃなかろうか。限界のある中、「あれ、どうやって撮ったんだろう・・・」的なトキメキに心動かされるのはやっぱり古い世代だからなんだろか。

とはいえ、今や映像の世界にCGは欠かせないモノである。そして我らが戦士はまさにCGの背景を背負って奮闘している。
戦士が「30人斬り」の大立ち回りを繰り広げるロードの町のメインストリートの傾いたような建物と夕焼けのような空の画像を見ていると、のちにアニメのクレジットタイトルの中に名前を見るようになったデザイン学校の同級生男子の描いたアニメの背景画を思い出す。画用紙にポスターカラー・・・おおアナクロい時代であったことよ。

201012012

習ったことはアナクロであっても、だから戦士を巡る世界の「漫画的」なところやまるでロールプレイングゲームの画面みたいな戦闘シーンも多分私は抵抗なく見られると思う。しかしまったくのめり込めない人がいるだろうということもよくわかる。「見る人によって受け入れ方は違うだろうし、それは仕方ないことだ。」とイ・スンム監督も仰っていたが。

ヤンくんの殺陣はダンスのように振りつけられたものらしいが、あのフナフナ曲がる剣をおぼつかなく操っていたイルジメくんと同一人物とは思えないくらい爽快であり、カッコいい。早く大画面で鑑賞したいものである。(わくわく)物干し竿みたいに真っ直ぐな太刀を弧を描いて振り回すさまは、ちょっと京劇の武生(立ち回り専門の俳優)の大きな旗を回すあの感じを思い出す。

ニュージーランドで一人頑張った(いや、頼もしいYちゃんがついてたっけね。笑。)その戦士の晴れ姿が多くの人に愛されることを願って・・・。(以下、②に続く)

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