グッドモーニング・プレジデント
ようやく公になったらしい。JDGの次回出演作。
このブログが始まったばかりの頃、ぜひ一度ウチのドンゴンさんを弄ってもらいたいと書いた、チャン・ジン監督の新作。三人の大統領が登場、そのうち「若くてカリスマ性溢れる、心優しきイケメン大統領チャ・ジウク」というキャラがJDGのための役だそうだ。大統領はある日、とあるお願いをされて、とっても悩むらしい。(ほかに、任期の終わりに宝くじに当たる老齢の大統領、韓国初の女性大統領が登場。オムニバス形式なんだろうか。)
この時期に、大統領。否が応でも、少なからずの社会風刺が込められることだろう。
→大統領とチョッとアヤシイ秘書官。(どっちが???)
もしもこんな配役だったらな・・・っと、懐かしいPARKLANDから。おほほ~~。![]()
難題を前に、心なしか瞳が泳ぎ、眉がチョッと下がり。あの監督さんの本だもの。ヘリクツ小理屈台詞の応酬に、意外な演技が導き出されるに違いない。もしかして、わくわくおろおろ旦那さんみたいな???(笑。いったいどんな旦那さんだって話ですがな。)![]()
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「ガン・アンド・トークス」でのウォンビンくんの会心の「電波演技」はファンの間ではすでに伝説だ。「どの角度から撮ってもカンペキに美しかった。」とビンくんを讃えながら、あの「愛とは~!!!」のシーンは長回しの放置演技・一発OKだったらしい。
キョンテク監督とは違うタイプのSだと踏んでいるmiyukiは、JDGにも新たな伝説のシーンが生まれるのではと勝手に期待している。
それはそうと、冒頭のお写真。春のGIORDANOなのだが・・・・イケてません。きっぱり。極上の美・ぎむなじうむはいったいドコへいったのだ?何がいかんのだ?うううむ・・・。じおだのではたまにビックリするようなコーディネイトもあったものの、概ね「美ドンゴン」であったハズ。なのに、ああそれなのにこのバランスの微妙さは・・・。
頭のお鉢と頬骨の位置・形から、まず今回の髪型が×でしょうもんっ(泣)。ヒョンビンくんやRAINくんや、チソンくんがよくこんなスタイルをしているのを見るけども、ドンゴンさんは襟足の長さがある程度あったほうがバランスが良いでしょう。(すんません、独断と偏見の愚痴です。)
男子の髪型とは、まったくもってムズカシイ。
私がモロモロ取りこぼしておるあいだにも、いろいろの小ネタがあったので、思い出すままに。
ウォンビンくん、キム・ヘジャさん出演で、昨年秋から撮影が進んでいたポン・ジュノ監督の「マザー」が先日無事クランクアップになったそうだ。ビンくんは、ある日殺人事件に巻き込まれて刑務所に収監される世間知らずの青年役。演じるに当たってあの花のような美しさ封印で挑んだらしい。キム・ヘジャさんはそんな息子を助けるべく孤軍奮闘を繰り広げるお母さん。カンヌ映画祭に出品し、公開スケジュールはそれによって決まるとのこと。ポン・ジュノ監督も相当な秘密主義(?)らしく、撮影中の情報は殆ど出てこなかった。今月の初めにファンの撮影現場訪問ツアーが催されて200人からのファンが参加したイベントで、監督さんも出席されて質疑応答があったようだが、そのへんは残念ながらあまり聞こえて来なかった。
兵役→除隊→自主謹慎みたいな生活を経て復帰第一作に挑んだ彼は、昔からのファンをもってしてもずいぶんイメージが変わったらしい。(オトナっぽくなった?)
ウチのドンゴンさんにも増して、ウォンビンくんというひとはファンに幻想を抱かせやすい俳優さんだと思う。永遠の少年みたいなエイジレスな風貌のせいかもしれないが、私が生のビンくんを見た印象は思いのほか、「意外と保守的な地道な考えを持った頑固な男子」で、伝え聞いたエピソードなどもそういう感じだった。
俳優さんが役作りをする時の方法とか、姿勢とか、感覚とかは人それぞれ異なるものだろうが、 「べつの人の人生を生きる」「新しい人物を生み出す」過程というのはとっても興味深い。
大好きな隣のご主人ジョンジェくん(笑)も「トリプル」という6月から放送予定のドラマに出演が決まった。
トリプル、とはフィギュアスケートの三回転ジャンプのこと。韓国で目下大人気のキム・ヨナちゃんの存在から触発された題材のようで、ジョンジェくんはてっきり「鬼コーチ?」と思いきや、実力派広告クリエイターという役だそうな。
韓国はフィギュアスケート人口が少なく、キム・ヨナちゃんも国のサポートがない中、スポンサー探しから苦労してやってきたのだという。世界大会に出場するほどの選手の周囲には、いろんなものが廻っているんだろうなあ、というあたりを取り上げたストーリーなら、ありきたりなスポ根ドラマでなくとっても面白いものになりそうだ。スタッフはあの「コーヒープリンス一号店」を手がけた面々。
ジョンジェくんは「俳優好みの魅力的な役」だと言ったそうだ。
時の人本木雅弘くんは「ぼくは、かたちから入るタイプなんです。」と発言していたが、リチャード・ギアのようにピアノを弾きたいと思ってピアノを買ってしまったジョンジェくんなどもひょっとしてこのタイプだろうか。
「おくりびと」で火葬場の職員を演じていた笹野高史さんはこう言っていた。「俳優は皆、かたちは練習すればある程度さまになるくらいは出来るもんなんです。そこにどう心が入るかが重要なんですよ。あのひと(本木くん)はすごいトコまでいっちゃってるなあ・・・と。」
「型」「形」俳優のお仕事とは、求められるものに添う努力ということなんだねえ・・・・。
さて、その「おくりびと」アカデミー外国語映画賞の受賞では今の日本、ずいぶん元気を貰ったようだ。新たに映画館へ興味を持って足を運ぶお客様も増えているということで、何より。
アカデミー賞は出品したからといっていきなり賞取りに参戦ではなく、予選のように「ノミネート」段階でもアカデミー会員の投票がある。そして、作品としての力に加えて「追い風」「時代の風」のような目に見えない力が働くものらしい。
外国語映画賞は最近ではもっぱら社会的な強いメッセージ性を持った作品が受賞する傾向だったようで、「おくりびと」の対抗馬作品も戦場であるとか、教育現場であるとかが舞台だった。そういう意味では「おくりびと」はまず純粋にエンターテインメント映画だろう。
世界中がテロや不況で疲弊する中、癒しや優しさと人間性がメッセージとなっているこの作品が受賞したのはそういうことだ、とは各メディアのお話。
滝田洋二郎監督は「この映画の半分は本木さんのもの」と言っていたが、たしかに青木新門さんの「納棺夫日記」を読んだ時から映画化を目指しこだわってきた本木くんの存在とあの様式美溢れる納棺シーンの演技あっての成功だろう。
シブがき隊で人気絶頂だった20年ほど前に、本木くんはある対談で「たくさんの人に囲まれながら、自分はどこまでも孤独だ。」と切実に語ったのだという。
私は韓国映画が大好きだ、と公言して憚らない。だからこそ、「あれれ~~~(とほほ~~~・・・)」な部分もなんとなく分かるし、なぜそうなるかという私なりの見解もある。
おなじ韓国映画といっても、ストレートな力技だけではない多様な表現や美学があって、本国よりも外国でのほうが評価が高い監督さんもたくさんおられるわけだが、作るほうも、見るほうも、やっぱり広い視野があった上でコダワってナンボという気がする。勿論言葉で言うのは容易いこと、ものづくりの困難さが半端でないことは、及ばずながらも私にも少しだけど理解出来る。
そんなことをぼんやり考えていたら、俳優さんたちがなぜ皆ハリウッドに行きたがるのかがちょっとだけ分かったような。いちどは広いところでやってみる必要を感じる、もしくは心の中にそういう衝動が突き上げる、そんな感じだろか。ウチのJDGがハリウッドのスタッフと仕事をしながら俳優として感じていたこと、いつか本にでも書いてくれないだろうか。私はそれがとても読んでみたい。
それにしてもこの大不況。運に恵まれなくてほんとうにお蔵入りになっている作品も少なからずあるようで、せっかく作ったのにそれはいかにも忍びないことだろう。ドラマも、映画も、お金集めからそれこそ血の出るような苦労だというが、だからといって一番大事な芯のコダワリだけは捨てないで是非ともいい作品を作っていただきたいものだ。(脳天気に口開けて待っているだけのファンのタワゴト申し訳ないっす。とほっ・・・)




































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