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2009年1月

2009年1月31日 (土)

眉毛のヒミツ・2008年12月・・・②

200901311

今回のトップの写真に深い意味はございません。サムソンカード関連の写真を探していたら、この「両手でちょこっとぶいさいん」scissorsがツボに嵌りまして。(笑)そういえば、昨年のファンミでサムソンカードのコーナーのところにこれと同じ場面の観光地の記念写真用みたいな顔くりぬき立て看板があったっけなあ・・・と。(ナヨンちゃんのスレンダーなカラダの上に自分の顔を出す、というなんともチャレンジャーな一品デシタ。)

200901314 皆様、3月の横浜、無事予約出来ましたでしょうか。なんというか、公式様もちょっとチョンボしてくださって。(予約自体はなんも問題なく行ったんですが。インターネットからの予約は予約が確定してからでないと10桁の予約番号はドコにも出ないのに、電話予約と同じように「メモするように」とサイトに書いてあったんですわ。)PCの向こうの混乱やいかに。公式を覗いたら、程なく「お詫び」が掲載されておりました。
「ちゃんと皆さんロー○ンでチケット受け取れるの?」と帰宅したライブの達人にハナで笑われましたわ。ははは・・・・。

こういうイベントでは席順の運に一喜一憂嘆きの嵐、というのはつきもので、「自分よりずっと近くの席にいる人たちの存在」にココロが揺れるのとのタタカイなんですね。しかし、どんなに近くで見ても「彼本体から、前のほうのヒトにだけアリガタイ何かがウツる」ということは無いのでありますから、出来るだけココロ穏やかに、席順にはこだわらないで、自分なりに参加する楽しみと、ライブで見られる幸せを大事にしたいと思います。
今年のmiyukiは無事に参加成るでしょうか。

さてさて、ずっと放置したままになってしまったソウル・レポの続きをぼちぼちと参りたいのですが、すっかり気が抜けてしまって。

師走。それぞれのお仕事や用事を片付けて、すっかり暗くなった羽田に集う同行の面々。(以下、J様M様P様。爆。)私とP様は大韓、J様M様は約30分後のアシアナ。羽田はチェックインが結構遅くても飛行機までが近いので、気が楽です。そんなこんなで金浦での再会を約して搭乗券を手にしてみれば、それはなんと、お二階のビジネスクラスの立派なお席。遅いチェックインがらっき~~~だったのか???(シカシ、こんな贅沢にカラダを慣らしてはいけませんです。あまりに差がありすぎですから。)

大韓航空のCAのおねえさんの、ベージュのぴたぴたスカートの制服を見ると、「タイフーン」の、タイから帰国するカン・セジョンのシーンを思い出します。
ビジネスクラスではぴかぴかに磨かれた黒革靴のパーサーがうやうやしく各席に挨拶してくれるんですネ(どこもそうなの?)。田舎モノは落ち着きまへん。ひととおり、伸ばすとベッドみたいになる最新の座席の操作をやってみましたがな。

200901316 さて、穏やかなフライトにてあっという間に金浦に到着、ほどなく無事後発のお二人とも合流、タクシーで市内へ向かいます。宿は明洞のメトロ・ホテル。(この旅では明洞に二泊、江南に一泊しました。)
荷物をホテルに置いたらまずは梨泰院のバーで到着の乾杯をば。 「OUR PLACE」はドラマ「悲しき恋歌」のチャーリーことホン・ソクチョンさん経営で芸能人のおともだちがたくさん訪れると話題のお店。JDGも来たことがあるんだとか。絵がお好きらしく、壁などそこここアートな飾り付けのお店でした。つまみくらいはあるかな、と思ったら、食べ物のほうは終わってしまった、とのこと。気の毒に思ったのか、バーテンのお兄ちゃんが、なにやらお店にあったものをお皿に載せて持ってきてくれました。
梨泰院は在韓米軍の基地が近いこともあって、夜は屋台に酔っ払った米兵がたむろしていたりしますが、先日ソクチョンさんが経営する、バーでなくレストランのほうでも酔いどれ米兵による放火事件があって、店主自らその米兵を店から引き摺って出て助けたんだそうな。チャーリー、スゴイっ!!lovely

楽しく一杯やったあとは、いよいよ当夜のメインイベント、夜中のアートメイクです。
カミングあうとしちゃいます。私、「眉毛を描きました!!」

出かける前に皆さんと打ち合わせをしたとき、お一方が「私、到着した日の夜は眉を描きに行こうかと・・・」と言うので目が点に。
「眉毛?」

miyukiは放置すると、じそぴ~みたいなぼ~ぼ~の八べエ眉毛であります。よっておとなになってからは眉尻約半分は「無い」も同然に修正され、アイブロウペンシルで描き足しているわけですが、家でスッピンの時は目も当てられまへん。ちゃんとメイクはしたのに眉だけを描き忘れて一日過ごしていた、というお間抜けをやらかしたこともある私。
当時、スッピンで夜中に呼びつけられて駆け出さねばならぬ事態がこれから起こりうるかも、とぼんやり予想されていたmiyukiには、いつもきちんとした眉がある状態というのがえろう魅力的に思えてきたのであります。加えて、この円高。

「アートメイク」とは刺青と違ってごく浅い部分に色が入るものなので、半年から一年で薄くなって角質と共にだんだん取れていくとのこと。
今年に入って、夜間の営業はなくなってしまったようですが、 「リュ・ジョンウォンスキン&アートメイク」この日は真夜中に3名の予約。よく働くなあ、先生。

日本語堪能な先生は、ほかにエステや全身マッサージのコースなども豊富とあって、ご自身のお肌もつるピカで、眉毛もぴっしりアートメイクされておりました。今思い出すアタマの中の映像は、なぜかお笑いのハリ○ンボンの近○春菜さん??・・・(笑)

カタチのカウンセリングと色のチョイスをしてから、まず眉の「下描き」をするのですが、春菜先生、さすがです、上手いです。ベッドに横になっての施術は、局所麻酔みたいな薬を塗っているとはいえさすがにちょっとちくちく致しました。(途中で鏡で見せてくれた、染料?を眉毛に乗せた図には、我ながらデンスケぶりhappy02腹筋震えるほど笑いがこみ上げてまいりましたわ。衝撃だったなあ。ぷぷぷ。あれ、確認したら不安になる客もいるかも、春菜せんせい~。)

初めの頃こそ、化粧を全部落としても眉がキッチリある状況にかえって笑えましたが、今はすっかり馴染んでしまい、これ取れちゃったらまた面倒くさくなるなあ、などと思う日々であります。

某化粧品会社勤務の妹に言わせると、「顔は眉毛で決まる」んだそうな。流行もさることながら、女子も古くなると(汗)思い込みによって、とんでもなくズレたメイクを施している場合も多々見られ・・・。(髪型なんかもそうですわな。)自分を客観的に見るのも難しくなるんですなあ。とほほ。たまに他人に直してもらうってのもいいのかもしれません。

眉毛といえば、日本に於いては男子も平気でいじるけれど、韓国の男優さんは毛並みくらいはちょっと整えて上向けたりの形跡はあるものの、皆、基本抜いたりとかは無い様子。お肌の手入れや見かけには女子と同じくらい熱心らしいのに。たぶん何か、眉毛には信念があるに違いない(のか?)っす。唯一、どこかでチャン・グンソクくんが「眉、いじってます」発言をしていて興味深かったです。(BBクリームも使っておるらしいです。男子用BBクリームあるんですよね。しかしほんとに一般男子も使うんだろうか???)

200901313 皆終わってホテルに帰り、シャワーも浴びて荷物を解いていると、ふとテレビの映画チャンネルに懐かしいあの顔。
「ソ、ソムチャイ~~~????」
金髪巻き毛のおねえさん相手に小奇麗なお部屋で、ピアノなんか弾いてるソムチャイ、どうした???(笑)
「二度目の恋(二番目の愛)」という、タイフーンから一年後に撮られた映画で、子供の出来ない女性が、旦那さんと同じ韓国の血を持つ青年とお金で契約し、子供を作ろうとする・・・みたいなストーリー。お金で買われる不法滞在の青年があのハ・ジョンウ。EDなのかナンなのか、煮え切らない旦那さんは表向きバリバリの弁護士さん。(これがソムチャイね。)最初はガマンしつつ行為に臨んでいた金髪の奥様、やがてジョンウくんに溺れて行く・・・のか?というあたりまで頑張って見ていたのですが、結末を覚えておりません。う~~ん、気になる。しかし、ソムチャイ~~~、スーツは似合うが、迷彩かんば~~っく! (ぶつぶつ・・・ソムチャイよ、シンさん以外の女子を嫁になんてするからだな・・・って、アレ・・・??)catface

二時間ほども寝ていないかも、な身で明けて2日目へろへろの行動開始。
ロッテデパートの免税店を覗くと、噂にたがわず人気ブランドのコーナーは行列、くらくらするくらい日本人ばっかりです。あとでもう一回来ることにして早々に下に降り、バーゲンコーナー(たいていはエスカレーターの下にワゴンが出ています。)など冷やかしていると「手袋は、革よ~おねえさん。」と店員さんのごり押し。寒さ厳しい韓国では、手袋はなんといってもシッカリした革がいちばん、次がカシミヤってところらしいですナ。しかしどうも手袋は無くしそうでうざったいもので、持っていても結局あまり使わない私です。J様がストールを一枚購入。これも寒いせいか、韓国では日本より巻物のボリュームのあるのやデザインがバラエティーに富んでいるような気がします。巻物大好きの私は密かにわくわく。さすが、冬ソナ、ミニョンさんのマフラーの国です。(ちなみにあの有名な青いマフラーは、衣装スタッフが高速バスターミナルのショッピングモール内で購入したごくふつうのものだったんだとか。のちに日本で売り出された企画ものはわざわざカシミヤでありましたっけ。)

200901312 昼近くなって一行が向かうのは太平路のサムソンカード。チャンさん柄のギフトカードを購入するのが目的であります。
エレベーターからは、一斉にこのビルにオツトメの皆さんがお昼ご飯を食べに行くために降りてきます。しーんとした銀行窓口みたいなオフィスには、管理職?とおぼしきおじさまと女性職員がひとり。
「ちゃん・どんごんのギフトカードを買いたいです。」といって示された絵柄に昨年のファンミ以来とくに新しいものは増えておりませんでしたが、あの時売り切れていたのを購入しました。

※写真はリーフレットと購入したギフトカード。額面は50000ウォンです。(タイフーンのシンさんのみ昨年のファンミで購入。)ほかに海岸線のカンちゃんと、ブラザーフッドのジンテさん柄があります。

額面使ってしまえばあとはチャンさんが笑っていたり、シンさんが睨んでいたりドンスさんが凄んでいたり、というだけなんですがこれもファンのコレクターごころ。もっと新しいの出してください~~。
おじさまが、おまけのポスターを巻くのを不器用に手伝ってくださいました。こますむにだ。

以下、よろよろと③に続きます~~。

200901317 ※右はこの日のお昼、明洞まで戻って入ったホテルのそばの食堂で注文した「チーズとんかつ」(なぜかソウルでは「トンカス」と発音するらしいです。)

ソースが甘めの味付けで、肉のあいだにチーズがたっぷり。油が違うのか、微妙なニュアンスなのか。しかしなかなかふっくらとじゅうし~~で、美味しくいただきました。

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2009年1月26日 (月)

三周年・ありがとうございます

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前レビューでは皆様に父への丁重なるお言葉をいただき、厳粛なキモチになりました。明けてこのように盛り上げ気分なのもどうかな、と思いましたが・・・

当ブログが今日で3周年を迎えました。こうして続けてこられたのも皆様のおかげです。ありがとうございます。

いつまで呟けるのかはなはだ心配なボケ具合ですが、今後ともどうぞHappy Togetherを可愛がってやってくださいませ。

さて、韓国は旧正月。TブラザーズはオーストラリアでCM撮影ということです。文字通りHappy Togetherなこのふたり、新しいCMの公開が楽しみですね。

楽しみといえば、JDGがあのチャン・ジン監督の作品への出演も検討中というニュースが。実現したらこんなワクワクなこともありません。あの監督さんの楽しいヘリクツ・ワールド(え?)に翻弄されるJDG、きっと涙目、下がり眉は必至でありましょう。うぷぷ。(大統領役という企画だそうですが。)

写真は2006年の旧正月前、「プロミス」のソウルでの舞台挨拶のJDGです。(撮影は管理人)

200901262

インフルエンザが蔓延しているようです。

皆様もどうぞ十分にお気をつけくださいませ。happy01dog

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2009年1月24日 (土)

父の詫び状

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先週、父を看取り、見送った。
年齢と病気とから、一応の覚悟はあったものの、年末にきゅうにガックリ来て最後の入院をしてからこっち、さすがに心許なく落ち着かない日々が年を跨ぎ、ここへ来てやっと気が抜けたような按配だ。
しかし、世帯主が亡くなると手続きがこんなにもいろいろあるものか、と思う。

P1210124 ふと、向田邦子さんの「父の詫び状」を読み返したくなった。

脚本家として華々しく活躍されていた向田さん初めてのエッセイ集で、一番有名な本かもしれない。
そのなかに、向田さんのお父上がお祖母様の葬儀に焼香にきた社長に、平伏のようなお辞儀をしているのを目撃するというエピソードがあった。どのエッセイだったか忘れていたが、それは「お辞儀」という題であった。

表題の「父の詫び状」とは、家につれて帰った会社の人の粗相を、翌朝後始末している娘の姿を黙って見ていた父上があとで下宿先に送って来た、「此の度は格別のお働き」という朱筆の傍線つきの手紙のことである。

向田さんご自身がお父上とじっさいにどのくらい仲が良かったのか悪かったのかはわからないが、一連の作品の中にある家族のありようや、お勤め人としての父上の内弁慶のお振る舞いあれこれ、私には非常にシンパシーを感じるものだった。うちの父親も、こてこて昭和の高度成長期のサラリーマンだったから。

P1210118 30代で家を出て独立した日、抜けるような秋空に東京オリンピックの開会式の飛行機雲の五輪を見上げたエピソードはこれまたどのエッセイであったろう。
ふとプロフィールを見たら、向田さんはうちの父と同い年だった。健在でおられたなら、ちょっと想像が付かないけれど今年80歳。
飛行機事故で亡くなられた日のことは良く覚えている。私は一人暮らしをはじめたばかりで、ひとさまの仕事の手伝いを泊まりがけでやっていた。所謂アシスタント業。その日も神楽坂にあったセンセイの仕事場へ泊まりの荷物をぶら下げて出勤し、出がけに見た衝撃のニュースの話をセンセイにしたところ、向田さんの大ファンだった徹夜明けのセンセイは愕然としていた。暑い日だった。

やがてどうにか自分の仕事が回りだしたころ、仲良くしてもらっていた年上の同業の先輩(おこがましいけど)が住んでいた根津美術館の先のマンションへ、表参道駅から歩く道すがら、向田さんの住んでおられたマンションを見上げたものだった。バブル景気の真っ最中のことだった。先輩も私も転居し年を重ね、最近はとんとあのへんに出かけることもない。

母が亡くなってこっち、あたりまえのようにいろいろ、父はモロモロの用事を私に託し頼り、そのアタリマエさかげんに腹が立つと、「私はアナタの奥さんじゃありません。」というような文句を容赦なく言ったものだ。じっさい、娘の私ではさぞ、頼りなかったことだろうと思う。
ウチの父親が特に私に「詫び状」を寄越したことは無いのだが、亡くなってから父の去年の手帳を見ていたら、ある日の項に「○○(私の名前)帰り、遅い」と書いてあって、ちょっとつうんとなった。じっさいに帰りを待ちながら書いたわけではなく、「今日は帰りが遅くなるからね。」と私が言い残して出かけたから、そう書いたのだった。

P1210116 Bの私と違って、そういうところは妙に几帳面だった父は、いつもイライラするくらいキッチリした小さな字を書いていた。

父親とは、母親と違って損なものだな、と思う。知っているようで知らないことはたくさんあったけれど、それを全部聞くこともとうとうなかった。父と娘、やっぱりどうしたって似ているのかもしれないが、たいていの娘は否定したがることだろう。

かつて向田さんの一連のエッセイを編んだ久世光彦氏演出のスペシャルドラマのシリーズが、毎年たしかお正月がすぎたあたりに放送されていて楽しみに見ていたものだが、粗相の後始末や、お辞儀のエピソードもそのシリーズの中でひょっとしたらひとつのドラマに盛り込まれていたかもしれない。

“・・・肝心の葬式の悲しみはどこかにけし飛んで、父のお辞儀の姿だけが目に残った。私達に見せないところで、父はこの姿で戦ってきたのだ。(略)

私は今でもこの夜の父の姿を思うと、胸の中でうずくものがある。” 

(「お辞儀」・・・父の詫び状より。)

P1210110 ※父の戒名をつけてくれ、お経をあげにきてくださった菩提寺のご住職は、まだ20代なかばの清清しさだ。先代住職が病気で若死になさったときは、「まさかこの年で自分が喪主になるとは思わなかった。」のだそうだ。祖父母の法事の折り、ランドセルを背負って学校から帰ってきた彼を見た記憶がある。
母の三回忌では、まだ衣のさばき方もちょっとおぼつかない初々しさだったが、このたびはすっかり立派になられて、不謹慎なようだがその張りのある声に聞きほれた。親類たちもお経の声にはおっ??と思ったらしい。お若いものだから、年寄りたちもつい気軽に日ごろいろいろ疑問に思っていることなど質問し、それに気さくに答えてくださる。

坊主頭といってもツルツルに剃り上げているスタイルではなかったので、細面の甲子園球児がストイックなお坊様になり、たまに笑うとあどけない・・・そんなかんじを想像してもらったら良い。
普通なら会社員でも駆け出し、遊びたい盛りみたいな年頃。それを思うと、住職とはなかなか大変な仕事だと思う。焼き場での待ち時間、お饅頭をひとつぽくぽくと召し上がる若いお坊様にちょっと遠い目になった喪主のワタシであった。(どうもすんません・・・)

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著者:向田 邦子
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2009年1月19日 (月)

韓流・おもひでのかけら

20090119

今年のJDGのバースデイ・ファンミーティングは、パシフィコ横浜の大ホールだという。懐かしい。かつて、ここでウォンビンくんのイベントが行われたのに参加したのは2005年のことだったっけ。

200901192 ※右はパシフィコのHPから。(こっそりお借りしました。)

海からの風に吹かれながら入場前にぞろぞろ行列させられて、結局けっこうな距離を歩く羽目になった。私の後ろに並んだ人が、「(韓流イベントって)段取りほんとに悪いよね・・・」と呟いたのを覚えている。それはのちに何度か参加したイベントでもそのたび思い知らされたことだった。とにかく、寒かった。

200901193 ※左にいるのはゲストの三浦りさ子さん。登場のときマジで「え~~???」の声が挙がってちょっと怖かったですわ。coldsweats01(撮影は管理人デス。会場での撮影が許されていましたが、デジカメの扱いに慣れていなかった私はロクに撮れそうにも無かったので早々にあきらめ、肉眼で見ることに専念しました。)

ユニセフへの寄付が主たる目的だったビンくんのイベントだが、公式FC内では当時いろいろ盛り上がった書き込みがなされたものだ。いったいあんな、5000人からの大ホールで、歌うわけでもなく、どんなトークでどんなイベントをやるというの?みたいな。

そんなみんなの心配をよそに登場した彼は、意外なくらい落ち着いた大人っぽさを以って、トークのほかには堂々5000人対①の大じゃんけん大会など繰り広げたりしたのだった。ファンクラブ先行はあったものの、チケット取りはけっこう熾烈を極めた。何よりファンのみんなの一喜一憂、反応がいちいちアツかった。

その年の秋の、まだ蒸し暑さの残る韓流オールスターサミット(さいたまスーパーアリーナ)、あれがひとつのピークだったように思う。

200901191 ※2005年春、おお、衝撃の「GIORDANO」・・・JDGは当時撮影中だった「タイフーン」のシンさんの表情を色濃く漂わせて、もうもう、涎モノ涙モノでした。ウソンさん、ジヒョンちゃんとの三人の磁場の引き合いも、限りなく妄想を喚起してくれました。(ちなみに、JDG着用のTシャツのターコイズ・ブルーには「ハワイ」という名前が付いておりました。う~ん、にゃるほど。)

思えば韓流というものが私の中で一番盛り上がっていたのも2004年から2006年と言えるかもしれない。じゃ、今盛り上がってないのかといえばそうでなく、ちょっと深いところへ特化した・・・とでも言えば良いだろうか。

人間、選択肢が多すぎるとかえってモノが選べなくなるのだ、というCMがあったが、それはもっともなハナシで、韓流もそうやって広がりすぎて流れのイキオイは見えなくなった。

もともとあんまり大きなところで泳ぐつもりも無いし、自分の求めている綺麗でオイシイ水が流れているところならそれで良い。

2009011952 ※写真を探していて見つけた、JDGがファンミのあとで手渡してくれた赤い薔薇。ホテルの部屋で記念に撮りました。サングラスの向こうの瞳を妙にはっきり覚えています。(この薔薇は日本に持ち帰り、押し花に致しましたデス。)

JDGのバースデイ・ファンミーティングに初めて参加したのは2005年。ソウルで三回、日本で一回。こんな言い方は語弊があるかもしれないが、私のスタンスはいつも「JDG見物」。dog今年も出来れば、個人の本音としては、ふだんの空気に近い場所で笑うのが見られるソウルに行きたかったものだが、よりたくさんのアドニス・ジャパンの会員さんたちが日本でJDGの生の姿に接することが出来ればそれはそれで幸いなこと。

それにしても毎年、ファンは嬉しいが、JDGも何かと大変だなあ。企画とか・・・。特に今年はこんな円高だし。

首尾よくチケットが入手出来たなら、今年も無事にあの笑顔を見られることに感謝して、楽しみに待つこととしよう。

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2009年1月12日 (月)

遅まきながら、チュンフンショー・字幕付き感想など。

200901101

※なんとなく、この写真が使いたくなりまして・・・。dog

チュンフン先輩の普段のトークはもちっと砕けていて面白いらしい。しかし敢えて
オーソドックスなスタイルのトークで進行したのは、会話に礼儀を忘れてはいかん、という先輩のお考えだったとのこと。

200901102 昔ちょっと気になっていた俳優さん(JDGと同い年)が、注目され始めの頃に出たバラエティーで共演した、お笑いの人たちの反応の良さ(反射神経?)に感じ入ったと発言していたのをふと思い出す。テレビに映されながら、秒単位で仕切られるその合間に気の利いたことのひとつも発言しようと思ったら大変だった、とてもじゃないが自分には出来ない、と。
加えてスタジオ観覧の皆様のその場の目はともかく、撮られている側からは見えないカメラの向こうの無数の視聴者の視線はそりゃあやっぱり怖かろう。その個性が好きか嫌いかはさておき、バラエティーやトーク番組の看板パーソナリティーは伊達や酔狂ではない「職人芸」だと思われ・・・。

200901103 初回ということもあって先輩もちょっと固めの印象でまったりと進行したトークは、うっかりするとちょっとJDGのファンミのトーク風景と錯覚しそうでもあった。
ふにゃふにゃひょろ~~ん、と登場したJDGは、モデル出身の若くて綺麗な番組アシスタントのおねいさんに若干長く手を握られつつも、いつもの習慣で(ん??)上手いこと、らぶらぶ光線をかわし男子なところは見せない。しかし、襟足になじぇかアンテナのような外はねが。(爆。写真、ぽちっと拡大してご覧ください。)
JDG、坊主になると見える可愛いじゃりっぱげを後頭部に隠しているけれど、そのほかにボンのクボに内緒のツムジでも巻いてたりして???

2009011042 どんなシチュエーションのときであれ、自分に向けられた質問には言葉を選び選び、誠実にお話は進む。そんないくつかの答えの中に、俳優(スター)ならではのことを見出し、チュンフン先輩は「それは意味深い(興味深い)」と返す。

たとえば、「ずっと人の目を意識して生きてきたんですよ。」というくだり。

隣の女子高の噂の的の男の子だった高校時代、滑ってこけた真冬のバス停のことを今でも思い出すのは自分の中で大NGだったからだろうか。(笑)私は容貌秀でて注目され続ける人生を経験したことがないからわからない話だけれども。

真面目なこの人はそうやって人々の中の自分の姿を見つめながら「俳優チャン・ドンゴン」というカタチをこつこつと創り上げてきたのではなかろうか。
俳優が自身を見せるのは演技で十分だと思ってきた、演技をする時だけは嘘をつかないでおこうと思う・・・演技をするときが、真実の自分の姿、おしごと真剣勝負。なんと天晴れな役者ダマシイではないか、う~む・・・。(それで時々自分が誰かわかんなくなって風に吹かれちゃうのね。にんげんだもの。)dog

JDGがまだほんの赤ん坊のころ、法頂和尚様の書かれた「日常の深化」(霊魂の母音)という随筆の中にこんな一説がある。

・・・私自身を本来的な私にするには、独りでいる時間が必要だ。すべての関係からいったん身を引いた純粋な“私”を客観化しなければならないのだ。
「私は誰なのか?」
「私はなぜ生きるのか?」
こうした原初的な人間の問いと向かい合わねばならない。
このとき初めて人間は孤独を感じる。この孤独は、紫色の夕焼けのような鑑賞ではない。仲間から離れているときに感じる歌謡曲調の寂しさでもない。裸の自分と対面していることから来る戦慄のようなものだ・・・・

女子の好みのハナシは、髪が長かろうが足首が細かろうが、アゴがブイラインであろうがおばちゃんとしてはどうでもエエ(べつにやけくそなわけぢゃないんですよ、おほほ。)んでございますが、もひとつ興味深かったのが、最近読んだ本。彼が読書家だというのはファンの間でも知られていること。
今回は「マイクロトレンド」 (知識と、時代の流れを読む助けとして、だそうだ。)と「不安」という題名が出てきた。
「不安」の著者はアラン・ド・ボトン・・・「旅する哲学」などのベストセラーを持つ、スイス生まれの哲学者でエッセイスト。

200901105 このひとは自分の考えを裏付けるために、なまじあれこれ人の意見を仰ぐより、本を読むことでココロの中で反芻し、答えを導き出している・・・のではなかろうか。そうして癒されたり、ある考えが纏まったり、ナットクしたり、知識を得たり。

最近はなかなか活字を読む気力が無い私は反省しきり。

そういえば昔、大好きだった舞台演出家の作品世界を知るよすがとして、背伸びして哲学書や仏文学の巨人の作品を紐解いたっけな。しかし、こんな私のこと、ニーチェさんの「ツァラトゥストラはかく語りき」の中でもっとも膝を打った一説が「およそ人生は趣味と嗜好を巡っての争いである。」だもんなあ。とほほ。
好きな人が読んでいた本を読んでみるのは悪いことではない。入り口が「あの人が読んだから」だったとしても、自分という人間ならではの受け取り方が出来れば幸いというものだし。
・・・というわけで、こちらの本です。

マイクロトレンド―世の中を動かす1%の人びと Book マイクロトレンド―世の中を動かす1%の人びと

著者:マーク・J. ペン,E.キニー ザレスン
販売元:日本放送出版協会
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もうひとつの愛を哲学する―ステイタスの不安 Book もうひとつの愛を哲学する―ステイタスの不安

著者:アラン・ド ボトン
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

※「秋の童話」「冬のソナタ」「夏の香り」「春のワルツ」・・・のユン・ソクホ監督が、51歳にして華燭の典を挙げられたとのこと。おめでとうございます。ノヒョンドンの聖堂で執り行われた式には、過去に作品を彩った俳優さんたちが参列、お祝いしたとのこと。④様、ウォンビンくんはスケジュールの都合がつかずに出れなかったようだが、お電話をしたらしい。

(JDGよ、男子はいくつになってもその気になれば、だかだ。smile焦るでないど~。じっくり選びなはれ。)

20090112追加・好みの彼女の一例、どうでしょう?shinedogflairshineアグネス・ラム。(注・ご本人自身の発言ではありませんが^^)

コスタさんが「サーファーか?」とコメントでおっしゃったのを受けて、おともだちが、この人どうよ?と送って寄越したのがこの懐かしい御姿。なるほど、す、好きかも~~。flair

(ドンスさんがハワイに行ってたなら、出逢えていたかも?crying

某国営放送さまの番組によれば、男子は種の存続の本能から、立派な子孫を残してくれそうなことを見極めるべく、女子のクビレのあたりを見ているらしい・・・と言うんですが、ほんとかな?

この写真のポスターでも部屋に貼って免疫つけてあげたいものデスなあ。bleah

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2009年1月 2日 (金)

ろんりーわんこ・どんごんのモデル日記⑪

謹んで新春の御慶びを申し上げます^^

200901021

今年も当ブログをよろしくお願いいたします。

さて・・・よっぽど「出戻りわんこ・どんごんのモデル日記」にしようかと思ったのですが。dog引き続き今年もこのカテゴリーで、時々今年のカレンダーなどネタにわんこの呟きを更新して参りたいと思います。

200901022

皆さん、あけましておめでとうございます、わんこ・どんごん、もうすぐ37ちゃい、微妙なお年頃です。

普段はあまり肌年齢なんぞは意識しないようにしていますが、ソウルは寒いのでさすがになみだぶくろのシワと乾燥が気になります。そこで、すけきよさんみたいなシートパック(管理人注・すけきよ@犬神家)を使ってみることにしました。こんなあっぷの撮影では、お肌のウルオイ命。むふふん。note (ぱっくしたまま、まんまと寝ほうけてて、よんうぉん・まねに発見され笑われたのは秘密です。追伸・べつの箇所の年齢的経過と能力の期限の謎?はボクもチョッとだけ、気になりマス。男子だかだ。)

世間は欠点の無い顔だとボクのことを褒めてくれますが、弱点ならあります。(ほんと?)ほんとです。たとえば、アゴのあしらいです。顔の真ん中の山折り線から若干ズレているんです。ひとはどうかわかりませんが、ときどきあとで画像の確認してはアゴ位置の決まり具合が気になるボクです。

ほんでもって、こんなセーターを着るとついアゴに襟を巻きたくなります。なんだかホッとするんです。ふにゅにゅ~・・・・dogdog

200901023

去年の秋のジョンウォンとの悲しいお別れからweep、ボクはまた、新しい表情を覚えました。写真って、正直デスね。デモ、悪くないかな、と自分では思うんです。

今年もいろんな自分にビックリしながら、頑張ってお仕事しますので、皆さん暖く見守ってくださいネ。

200901024_3

※Yの字の軸、Nの字の撥ねの曲がり具合がツボですなあ。(by miyuki)

※お断り・わんこの呟きは管理人miyukiの妄想です。よろしくお願いいたします。

200901025 ※さて、某BBSでお世話になっているジョンジェくんファンのO姉さまより、思いがけず大晦日に届いた暖いプレゼント、お礼かたがたご紹介させてくださいまし。

懐しいミニマムなかたちに編まれた雲のような色合いの優しい糸。じつは「巻物王」とソウルへ同行したJ様にも笑われるほど巻物好きのmiyukiですが、首まわりにいちばんフィットするこのかたち、目からウロコでありました。さっそくお正月、巻かせていただいております。

ありがとうございました。^^

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