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2007年9月

2007年9月30日 (日)

ソウル汗だく旅行③・嵐のDMZ編

09181

※ううう・・・どうもすんません。気候のせいでかすっかりへたれておりました。クォーター末の職場の人事移動なんてのもあって、会社の送別会に出た日の大汗が悪かったのか??(汗ばっかやん・・・とほほほ・・・)旅行に出かけたとか言うのでもないのに一週間も更新無し。ブログって基本誰も締め切りについて言うわけではないあたりがヤバイです。(~_~;)

いえ、理由はね、解ってるんです、気候なんて言い訳で。やっぱ、今回の訪問地のせい。ここだけはいい加減には書けないワ・・・と思ってぐるぐると。・・・では力及ばずながら、私なりに、行ってみましょうかDMZ。(雨にくじけて、いつにも増して写真撮っておりません。あしからず・・・)<(_ _)>

前日の晴天が嘘のように、3日目は雨模様。DMZ(非武装地帯)DeMilitarized Zoneを見学に行く。
ソウルから北へ約60kmほど、同胞同士が血を流し合う朝鮮戦争の末、1953年の休戦協定で軍事境界線を境に、半島は南北に分断されたまま現在に至る。この国の男子に兵役の義務がある理由、離散家族や脱北、未解決の拉致問題等々、数知れない悲劇の歴史を引き摺る場所だ。
戦争とは、双方が「自分は正しい」と信じて突っ走った結果。歴史の流れに日本も無関係ではないことを、知ってか知らずか、テレビのインタビューで「(そういうのは)関係ない」と言い放つ韓流おばさんは今だ存在するのだろうか・・・。
だいたいが広い目線で見ることと、国際感覚が欠如気味の日本人、この私も例外ではないよな・・・とついつい真面目になってしまう。
大都会ソウルから、この境界線まで高速に乗ればほんとうにあっという間。(東京都心からウチがある片田舎までってのとひょっとしたらあまり変わらないかんじかも・・・・ううむ。)

09182たくさんのメッセージのかかったバリケードの向こうが自由の橋。下は、朝鮮戦争時破壊されて橋げただけが残っている光景。
さてのっけから一行の中で私一人がパスポートをホテルのセキュリティーボックスに入れっぱなしで忘れるというドジをやらかして、皆に呆れられる。とほほ。従妹に預けっぱなしにしとけばよかったわい。
非武装地帯見学にはパスポートが必要なのである。

朝の渋滞のソウルを抜けて高速に乗る。台風の雨が断続的に強くなる。
境界線の近くの、秋色になった田んぼの間の道端には、可憐で素朴なコスモスの花が揺れていた。

50代のユンさんのころ、兵役はきっちり3年間であったという。大田(テジョン)出身で、奥様とふたりのお嬢さんの4人家族を支えばりばり働いてきたとおぼしきユンさんは、映画や芸能人には特に詳しくはなさそうだったが、「テグッキ フィナルリミヨ(ブラザーフッド)を日本で見てから私はチャン・ドンゴンさんとウォンビンさんのファンになりました。」と言うと、さすがにこの題名には嬉しそうに反応してくれた。
「おおお、兄弟の話ですね。日本では大きな劇場でたくさんやりましたか?ちゃんと翻訳(字幕)付いてましたか?」
「もちろん。お二人揃って公開の時来日もしていましたよ。」

臨津閣(イムジンガク)の駐車場で車を降り、そこから先の見学バスのチケットを買い、バスの時間まで「自由の橋」を見に行く。
休戦協定の後、12773名の捕虜たちが渡って帰ってきた橋・・・。
黄色いリボンがたくさん結ばれている木もあり、「望拝壇」という立派な石の屏風状のオブジェをバックに従えた石碑の建つスペースの前で、雨の中車から荷物をいろいろ降ろしている人々も。これから「祭祀」(チェサ。法事のようなもの。)をするのだろう、とユンさん。「向こうで別れた家族の法事ですよ・・・。」
雨がひどくなってきたので日本の観光地のドライブインみたいな雰囲気のレストランで、軽くお昼を食べることに。キムパプ、おでん、うどん、それから「コングクス」(冷たい豆乳スープの素麺、韓国の夏のメニュー。)などを注文。豆乳におダシを好みで適当に入れ、生姜ときゅうりの塩もみ、ぷちトマトなど投入した「なんちゃってコングクス」をよく作って食べるのだが、果たしてそれにかなり近いものだったので、ほっ・・^^(さらに白ごまが振ってありました。)
お店には「朱蒙焼酎」(ドラマ「チュモン」のタイアップ?)と並んで北の焼酎も売っていた。ボトルデザインですぐわかる。

09183平和を願う観光地として建設された「臨津閣」たくさんの観光客が訪れる。資料展示なども。下は、都羅山駅の構内。
午後いちの赤いシャトル・バスに乗り込む観光客の顔ぶれは、日本人、韓国人、欧米人とさまざま。運転手さんが、お経のような説明を始める。(聞いてなくてもいい、てなかんじ・・??)
途中の検問で、若い境界線警備の憲兵さんが乗り込んできて、パスポートチェック。ヘルメットの下は顎の細いあどけない顔。
なにやら工事の進む隔離された現場みたいなのを横目に、軽井沢のような森林の中の道を、まずは京義線都羅山(トラサン)駅へ。新しく出来た駅舎はとても綺麗。しかし今はこうやって観光客が見学するほかは特別な時しか北への列車は出ない。ここには背の高い憲兵さんが二人、「モデルです」とばかりに立っており、従妹の夫が写真撮っていいか?と聞いたのを境に、別のバスで来た中国人観光客ご一行さまも加わって撮影大会に・・・。あのシチュエーションからして「だめ」とは言いそうもないから、たぶんお仕事の一環なのだろう。(合間に観察していたら、なにごとか二人で短くお喋り。なに話していたのかな。)ここにも非武装地帯グッズのお土産コーナーあり。(鉄条網切って作ってある記念プレートとか、ピンバッジとか・・・。※一日3本ある都羅山行き列車に乗るには手前の臨津江駅で降り、手続きが必要。いづれにしても時間がかかるのね。

非武装地帯をこうして観光客に見学させることの意義はわかる。それはたしかに大事なことだと思う。今回は私たちは板門店までは行かなかったが、お時間の許す方は、ぜひ行ってみてほしい。
都羅山駅を出て1978年10月17日に発見された「第三トンネル」の見学へ。トンネルへ入る前に、非武装地帯の歴史を紹介する短い映像を見る。ナレーションは日本語だった。こういう映像はやっぱり軍隊の広報部が企画して作るんだろうか。イマドキでない服装の小さな女の子が荒野を「オンマ・・・」と呼びながら歩いて来る。しゃがみこんだと思ったら、泣きながらいきなり饅頭を・・・・って「タイフーン」の世界・・・???

09184ビニが江原道・華川で鉄条網警戒勤務に就いていた時に公開された写真。う~~ん、一兵士でもやっぱりウォンビン。
盛んに南への侵入を試みた北側が掘ったというトンネルは4本発見されており、当時南の国民のショックは相当大きかったという。南側から掘られた(調査のため)トンネルのけっこう急な坂道を、皆でヘルメットを被って、炭鉱に入るトロッコみたいなのに乗って下る。スピードはぜんぜんないけれど、これがけっこう横から転げ落ちそうな気がしてコワイ。(昔は歩いて見学に入ったらしい)
途中からコンクリで固めた壁でなく、掘られた当時の花崗岩の岩肌むき出しになるが、わざわざ黒く塗られていて、それがなぜかというと、見つかった時「石炭掘っていたんだもん」と言い訳するためだというから、まったくかの国のいうことは、やれやれなんである。
やれやれではあるが、こつこつとこんなトンネルを掘って来たという人間の「辛抱」のエネルギーが偲ばれたりも。トロッコを降りてあとは行き止まりの場所まで歩く。
天井は163cmの私でもぎりぎりの高さに感じられるくらいの低さで、先を行くアメリカの大きなおっちゃんは何度もヘルメットを「こ~~ん!!」とぶつけていた。(笑)
南側が発見した地点でコンクリの壁に遮断されて、今は目的を果たさなくなったトンネル・・・。極まった戦争は白兵戦だと聞いたことがあったが、もしほんとうに、このトンネルを使って軍隊がやって来たとしたら・・・・と思うだけでもやっぱり不気味だ。トンネルのあっちとこっちでは、正義というものがまるで反対なんだよね・・・。

さいごに都羅展望台へ。雨に煙って景色はあまりはっきり見えないが、鉄条網の赤茶色い帯を目で辿ってみる。手付かずの自然の残る地域でもあると言うが、なるほどこの見学でそれはとてもよくわかった。お天気の日にも、雪の日にも、今日のような台風の雨の中でも、世界中から来た観光客が、世界で唯一の分断国家の境界線を、見学する・・・どれだけのことを実感できるかといえば、限界はあるかもしれないが、ここまで見に来たことを、忘れずにいたいものだ。

南北のレールが繋がった京義線。「統一路」という広く綺麗な道路もあり、「こんど、大統領がこれを使って会談に行きますね。あたりまえですが、この道が一番近いですから。」とユンさんが言った。

※境界線あたりでは肌寒いくらいだと思っていたが、ソウルに戻ってくるとなんだかやっぱり「蒸す」し、大粒の雨が降ったり止んだりが続く。高速道路の凹んだ分離帯に、レッカー車が落ちているのを見た。え?と目を疑ったが、もう一台のレッカーが救出中という珍しいシーン。普通の乗用車も落ちているのを見た。
ところで、ソウルへの高速道路ッぷちで、なぜか事務所の理事さんが座るような黒い背の椅子並べて売っているのを見たことがないだろうか。そういったら「そんなあ~~~」と従妹が笑ったけれど、私は確かに見た、と主張。果たして今回も、いたもんね、椅子屋さん。「ほら!椅子売ってる・・・」と言おうと思ったら、従妹は口開けて寝ていた。ははは。それにしても、なんで、椅子だけ・・・?(謎)

09185Anycall・Tのポスター。ジヒョンちゃんとはジオダノ以来。バランス良いよね。
※ユンさんが、可愛い娘たちの話をするのを聞いたが、やっぱりとっても韓ドラ父な世界で、微笑ましくてちょっと笑えた。(娘のせいで頭、白くなりましたって言ってるのにユンさん、ごめんね~~。)
“姉のほうが、誰に似たのかお酒を飲みに行くのが好きで困っていますよ。仕事のストレスらしいよ。仕事やめて小遣いあげるから彼氏早く作って、それで、お嫁に行ってほしいよ。帰りが遅くなったら、私、家の鍵締めますね。いちど、頭にきて飲んでいるところへ迎えに行きましたよ。そしたら「お父さん、一緒に飲みましょう」だって、私ほんとに呆れましたね。”・・・・(ユンさん、自分もお酒飲むのが好きだって言っていたし、お父さんに似たのでは・・?)そんな娘さんは28だという。
「ユンさん、高齢出産が心配なら、たぶんあと10年くらいは大丈夫、38でも十分生めますから。」と言ったら「ほんと?あと10年家にいられたら困るよ私。」う~~ん、たしかにそれもそうだ・・。
頑張れ、アボジ!

※この日の夜だけが唯一単独行動出来た日。途中まで従妹と明洞をうろうろし、一人シネコンで映画を見た。ダニエル・へニー主演の「マイファーザー」。映画の話は次回に。
ミョンドンも、韓流イケナイ・ぐっずは随分少なくなった印象だ。初めて来た時は屋台もずいぶん花盛りだったものだが。
明洞の携帯屋さんにJDGがジヒョンちゃんと一緒に出た広告のポスターが貼ってあった。出発時ネットにちらほら噂が出ていたが、さすが韓国広告界、やることが早いっす。
というわけで、長いようでやはりあっという間の4泊であった。

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2007年9月23日 (日)

ソウル汗だく旅行②・ちょっと観光編

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※毎朝毎晩お目にかかっていた「チョン・ジョンウォン」CM。「ジョンウォナ~~・・・」の声に癒されつつ。ああ、ソウルが懐かしい。(泣)CMはこちらへ。

2日目は起きたら嘘のような晴天であった。秋のソウル、こうでなくっちゃ。しかし、テレビを点けると、どうやら済州島はじめ、地方では相当の台風の被害が出ている模様。天気図を見ても、ソウルがこんな晴れた空なのは何かの奇跡か?と思うくらいだ。
週末の芸能ニュースみたいなコーナーで、思いもかけず春史映画祭のJDGの映像が流れる。
同室の伯母が笑いながら「け~~ッ、見てらんないね、アンタの顔。」・・・・どうもすんません^^;。(嬉しさを隠し切れない鼻の下でもしてたのか?私。)

09172けろっ・・・おっとっと・・・^^;春史映画祭のJDG。
今日は午後までぷち市内観光をして、従弟の嫁さん合流のあと、ロッテ・デパート内の免税店その他へ出かけ、夜は焼肉という、とっても観光客な予定が組まれている。
私も考えてみれば殆どがイベントとかJDG絡みでしか来ていない韓国、いつかあの宮殿ゆっくり見たいとか、まだあそこ行ったことないなあ・・・なんてのがいっぱいあるわけで。

今回は一緒に来ていないが、じつはもう一人半端でなく気合の入ったパク・ヨンハファンの従妹がいる。(注・人妻。笑。)彼女のお馴染みのユンさんという日本語の出来るドライバーさんが来てくれることになっている。

そんな贅沢はmiyukiは初めてのことだ。じつは自律神経と三半規管が(多分)あんまり丈夫でないうえ、微妙なお年頃。韓国のタクシーの強烈運転がちょっと苦手なのだ。体調によっては短距離でも酔ってしまうのと、あの渋滞を考え、足がへろへろになっても極力地下鉄での移動を旨としていた。
しかし、今回はお年寄りが一緒。あの地下道への階段の上り下りは難しい。

ハナ肇にちょっと似たユンさんは、8人乗りワンボックスを借りてにこにこと人懐こい笑顔で現れた。ソウルの運転手さんにしたら、驚異の穏やかな運転。これなら私も大丈夫。

09173景福宮興禮門。こんなにソウルはいい天気の一日だったが、次の日は・・・
まず世界遺産の昌徳宮(チャンドックン)に向かうが、なんとここは月曜日がお休み。そこで光化門のむこうに広がる景福宮(キョンボックン)へ。背景に見える山の形が日本とはちょっとちがう。ふもとはあの青瓦台(大統領府)だ。

清々とした広い王宮内を見学することしばし。ここでは「守門将交代式」が見られる。旅番組などで、よく、南大門をバックに上演されている映像が写るので、見たことがある方も多いだろう。景福宮は、目下光化門の改修工事中なので、バリケードがバックになってしまうのがちょっと残念。プログラムもちょっと縮小になっているらしいが、太鼓のリズムに乗って行進してくる四神の旗と、チャングムな世界の王宮守衛官、衛兵たちに目が釘付け。ぼさ~~っと突っ立っている観光客たちを誘導する職員さんたちもさくさく手際の良いこと。兵士の皆さんの顔を見れば、髭は描いてあったりちょっとくっつけていたり。

09174守門将交代式@景福宮
雨の日とお休みの日以外は、一日に何回か見られるようだ。

次は韓紙や韓服、伝統茶房や陶磁器、おしゃれなギャラリーやアンティークの店などが軒を連ねる仁寺洞(インサドン)へ。ちょっと鎌倉を思い出す感じ?歩き疲れたハラボジ①が道端の石に腰を下ろして皆が店を見ているのを待っている間、何人もの若い人に声をかけて貰ったのだという。
「おじいさん、家族は?」
「おじいさん、具合でも悪いんじゃないですか?」
たぶんそんな風に言ってくれたのではないかと想像するが、笑顔だけは福々しいハラボジ①、言葉は当然出来ないので、手をぱたぱたと前後に振って、「ケンチャナヨ」をアピールしたらしい。そのころ、ハラボジ②はmiyukiと現代韓服のお店にて、セールになっていたお洒落な草木染のシャツを物色&お買い上げ。爺ちゃん、着てね。
女たちの大好きな袋物もデザインじつにさまざま。目移りがしちゃってくらくらですからっ。(笑。ほんとに女って袋好きだよね~~。あはは。)
ドラマや映画の撮影に使われたお店などもあるのだが、ゆっくり見学はまたの機会に。

09175仁寺洞の小道。楽しそうだ・・・
お次は南山韓屋(ナムサンハンオク)マウルへ。ソウルタワーが頂上に立つ南山の北側の麓に伝統家屋を移築して作られた「村」(マウル)大都会の真ん中とも思えないくらい、のどかな一角だ。ちょうど子供たちの遠足の季節らしく、いったいいくつの学校が来ていただろう。シスターが引率する地味な制服姿あり、暑いのにトレーナーの上下あり、なぜか韓服姿の子供たちも。あの光景だけ見ていると、韓国ってこんなに子供が多いんだ、と吃驚。木陰でお弁当広げていたり、懐かしい風景。
ヨン様ファンの従妹曰く、ここには映画「スキャンダル」で使われた家もあるとのこと。チョ・ウォンに冷たく突き放され、よろよろ・・・となり、赤い襟巻きを落とすヒヨン、というあのシーン、ウォンが顔を覗かせていた家とのこと。ほうほう・・・(そういやあ、余談だが、朝なんとなく見ていたCMで、ウォンの側仕えのチャグンノミを見たような・・・)
古い民家を見るのが大好きなので、昔の住人になった気分に浸ろうと思ったが、この家に実際住んでいた女たちもやっぱり朝から晩までいろいろ大変だったんだろうなあ・・・。箪笥の上に畳まれた布団や、よっこらしょと跨いで入る狭い戸口、オンドルの焚口、カマドや、キムチだか味噌のかめが埋まった屋外の藁ぶきの三角の保管庫などなどを見ながら、ちょっと遠い目になった。

09176韓屋マウルののどかで素敵な佇まい。
それにしても暑いこと・・・・またぞろ首筋の赤い日焼けは予想外のことであった。とほほ。

お昼ごはんに、石焼ビビンバをいただく。例によって、写真を撮る間もなく食べちゃったし。すんません。旅レポに食がないとやっぱ味気ないわよねえ。^^;この次こそは心がけますわい。
こういう食堂でご飯をいただくときは、やっぱりなんでもないポットの冷えたお水が一番かも。とくに韓国料理は。

一度ホテルに戻り、子供を旦那に預けてやってきた従弟の嫁も合流して、ロッテ免税店へ行った。すんごい人だった。目が回った。ブランド物に興味のない私は、ピくんのポスターだけいただいて、地下の食品売り場で「禅食」を買ったりした。ものぐさな私の栄養食。(禅食とは・・・こちらへ。)香ばしくてとっても美味しい。

・・・で、どう歩いたものか頭がぼんやりして記憶が定かでないが、明洞までやってきて、力尽きる。頭から湯気が出そうである。従妹と二人、明日でも出直そう・・・と相談。
大人数の買い物ってやっぱり大変だよね。人が待っていると思うと気が気でなし・・・・。
ところで、従妹の夫は韓国料理に力尽き、ロッテデパート地下で、あの「クリスピー・クリームドーナツ」を買い、今夜はコレでいい、と言う。日本では行列のこのお店、ソウルなら日本よりぜんぜん楽かも。ドーナツ好きの方はロッテのデパ地下へGO!

一人離脱して、一行6人、夜はユンさんご紹介の梨泰院(イテウォン)の焼肉屋さん「中一會館」で、サムギョプサルやら骨付きカルビ、ロースやらミノやらを堪能。サンチュに包んだり、たくさん並んだおかずの野菜やキムチで、焼肉希望だったハラボジ①も満足の様子。私も相当頂きましたです。

09177何の撮影かわかりませんが、何か撮っていました@韓屋マウル。伝統的な結婚式なども挙げられるらしい。
汗はいっぱいかいたのに、足は疲れて水気が発散しておらず、ぱんぱん。足の裏を揉みながら、今日は何かドラマやっているかな、とチャンネル・セレクト。MBCを選んだら、パク・チビンくんがなにやら時代劇に出ているではないか。これがとっても面白くて、伯母といっしょにすっかり嵌った。その日から始まった「イサン」という時代劇で、王様を「思い切りハイキック」の頑固爺様イ・スンジェ氏が演じている。ほかにキョン・ミリさんはじめ、チャングム悪役オールスターズ。(笑)チビンくんは王様の孫で、大きくなるとイ・ソジンさんになるらしい。韓国ドラマ界、すっかり時代劇流行りですな。
チビンくんは私が今まで見た中でもまれに見る子役である。目下チビンくんと、「太王四神記」でヨン様の少年時代を演じた「ちびジソプ」ことユ・スンホくんが「国民の弟」の地位を争っておるんだとか。チビンくんはなんつうか、えなりかずき系。日本に生まれていたら、橋田先生の長台詞だって苦もなくこなしそうだし。

09178パク・チビンくん大熱演の「イサン」

※テレビCMで見かけた俳優さんたち・・・・チョン・ジュノ、カム・ウソン、チョ・スンウ、チョン・ウソン、イ・ヨンエ、キム・ナムジュ・・・・そうそう、中宗さまもちびチャングムとなんか焼肉のCMで、「じつに美味い」って。(笑)で、そんな中でもウチのJDGは圧倒的に種類が多い。ポスコもチョン・ジョンウォンも、マックスビールも現代ソナタ、サムスン・カードも一通り見せていただきました。
「僕と結婚しないか?」はやっぱ照れますわい。

一度だけ乗った地下鉄で社内広告が。ちょっとだけ欲しかったなあ・・・・

「写真撮っていい?」と従妹に言ったら「他人の振りしようかな。」だって~~、オイオイ。^^;(たびたびどうもすんません。)

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2007年9月22日 (土)

ソウル汗だく旅行①・トルジャンチ編

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皆様、一週間のご無沙汰でした。4泊5日の団体旅行with台風、無事帰ってまいりました。ついお客様へのサービスとて、冒頭にサムスン・カードのCMの画像を貼ってみましたが、今回は殆ど韓流無しの覚悟の旅(??)個人的な旅のレポなんぞつまらん、という向きのかたはどうぞスルーしてくださいましね。(というわけで、行ってみよう~~。)

残暑厳しい東京は、さらに台風からやってくる湿った空気でむんむん。留守中の仕事関係の手配に手間取りながら、電車とモノレールを乗り継ぐ私はすでにこの辺から汗だくだった。考えてみれば、羽田から行くのは初めて。お出迎えお見送りの話題では毎度お馴染みの羽田国際線ターミナルっていったいどんなトコなんだ?わくわく・・・と着いてみれば・・・
「・・・狭いっ・・・・」こんなところであの伝説のヨン様公式初来日騒動が繰り広げられたのか・・・そりゃあ相当迷惑だったことだろう・・・う~~ん・・・・(で、お出迎えお見送りイベントは今もご盛ん・・・なのかな?^^;)

09162子供の写真を出せなくてミアネヨ。父親とお揃いの小さな韓服が可愛かったなあ。上は受付の相談か何かをしている従弟夫婦。男性はなぜかきっちり黒革靴。下は美しく結われた嫁さんの髪。
夜のアシアナ羽田発金浦空港行き、これもまた韓流スター様がたしかよく使う便だよな~~・・・と考える間もなく、気流の悪いところを結構長いこと通って揺れたので、久々に飛行機に酔ってしまった。いかん・・・・同行の年寄りたちの入国カード書いてあげないと・・・と必死にペンを握り締めていたところ、こんどは冷や汗だくだくに・・・・とほほ・・・
旅のはじめからもう脱水症状でへろへろだす。

金浦空港に着いたらやっぱり相当蒸している。2台のタクシーに分乗し、宿泊先のホテルに向かう。ツアコン役の従妹が乗ったほうのタクシーの運ちゃんが日本語堪能で、「イ・ジュンギくんと同じ便でしたね。」と言ったそうだ。そういえば彼は東京でドラマのイベントをたしかにやっていたっけな。アシアナにはファーストクラスはないので、あの散らかった(降りてくるとき見た)ビジネスクラスの席のどこかにいたんだろうなあ・・・と思いを致してみたが、一緒の飛行機だろうがなんだろうが、姿を直接見たわけではないので、はっきり言って実感は、無い。

今回の親類7人ご一行の目的は、従弟の家の息子の1歳の誕生日を祝う「トルジャンチ」の出席だ。
母方の従弟がソウル出身の、一回り以上も年下の若くて可愛いお嫁さんをもらったのは、まだうちの母親が生きていたころだった。自分で結婚式に出かけられず、私が代わりに出席したのだが、日本での式だったにもかかわらず、それはとっても「韓ドラ」な世界で、お嫁さんが両親に挨拶をするとき「アッパ・・・サランへ・・・」と言って泣くのを見て、日本側の家族もその情の厚さ素直さにもらい泣きしたものだった。女性たちは年配から若い子まで色とりどりのチマ・チョゴリ。半端なフォーマルで出席した私はちょっとうらやましかったものだ。

到着の夜はそのまま沈没。

翌朝早くに、女たち4人のための美容師さん二人がやってきた。いい機会だから、私たちもヘアメイクして貰おうよ、と従妹が嫁さんに頼んで手配してもらったわけだが、とにかく家族のイベントもろもろを日本よりずっと大事にしているのだね。ドラマでもわざわざ美容院で髪をセットしてもらったりというシーンはよく見た気がする 。

09161会場入り口のディスプレイ。氷の彫刻は欠かせないようで。
「年配女性」は髪のスタイリングにはとにかくボリュームを持たせるのが決まりのようだ。特に「オンマ」には「オンマ・スタイル」というのがあるらしい。(うんと髪の上部を盛り上げないといけないんだとか。そういやあ、チョゴリ姿のオンマ、みんな髪がこんもりしてるっけな。)私は目下ストレートのボブスタイル(ただし癖毛)だが、ヘア担当の女の子が「こて」で有無も言わさずがんがんカールを作って盛り上げてくださる。アジュンマ・スタイルなのか?
メイクのほうは一体・・・???と、どきどきしていたところ、こちらはナチュラルでちょっとほっ・・・。それでも睫毛と睫毛のあいだに吃驚するような職人芸にて付け睫毛を足してくれた。すげ~~・・・・というわけで4人全員、ぱさぱさの長い睫毛になってヘアメイク終了。(爆)ちなみに、うちら日本側は着ておりません、チマ・チョゴリ。(いっぺん体験したいものだけど、はじゅかしいっす。)

日本では子供のイベントというとなんといっても七五三。地方によっては結婚式場やホテルなどでかなり盛大なものになるらしい。この「トルジャンチ」のように赤ん坊の将来を占うイベントもあるようだが、韓国においては、誕生100日目と、この1歳の誕生日が大事とのこと。「ここまで育てばまずは安心」といったところだろうか。昔は子供が病気せずに大きくなるまでにはけっこう大変だったのだよね。
韓流スターの皆さんのトルジャンチとおぼしき写真もかなりネットなどで見かける。ちいさな韓服に帽子、やはり韓服姿の両親・・・。そうやって祝ってもらえる子供もいれば、さまざまな事情があって海外に養子に出される子供もいて・・・・。

09163_2トレイの上の「トルチャビ」。糸は長生き、ご飯はお金持ち、ゴルフボールはプロスポーツ選手、などなど、その家によって乗せるものも多少違ってくるようだ。ほかに現金も。下は綺麗に飾られたひな壇。手前にお餅のケーキも見える。
台風絡みの怪しげな空模様の中、会場のマリオットホテルへ。江南の高速バスターミナルに隣接した新しいホテルだ。会場入り口にはお約束の氷の彫刻。結婚式もそこのけのテーブルセッティングやデコレーション。子供の写真がそこここに工夫を凝らして飾られている。聞けばこのためにプロに撮影を頼んだのだとか。
両親の友人知人、遠くの親戚、みんなが両家の要「オンマ」や「ハルモ二」に挨拶をしにやってきてそのたび濃ゆい情の世界が。(ああ、ほんとに韓ドラ・・・)

お嫁さんのほうの伯父さんが、ヨン様ファンの従妹に「ヨン様の話題」を持ちかけていたので、すかさず「私はチャン・ドンゴンさんのファンですっ。」と言ってみた。すると奥様が「あなた、お目が高いわあ~~、なんたって彼は韓国一の俳優ですもの~~」と誇らしげに。
「でもね、韓国では人妻が俳優のダレソレが好き、と言うと旦那さんはすぐテレビ消すものなのよ。日本の旦那さんがた、偉いわねえ~~。」あははは・・・・^^;なるほど。
ちなみに、奥様はあの「パク・サンウォンさん」が大好きなんだそうだ。やっぱり人気なんだわ、「PARKLANDの出たがり社長さん」(違うって・・・。長年に渡ってウチのJDGがお世話になりました、サンウォン先輩・・・)

トルジャンチのメインイベントは、子供がテーブルの上に置かれたものを選ぶ「トルチャビ」。何を選んだかによって子供の将来を占うというもの。うちの従弟の子は「聴診器」と「ゴルフボール」をさんざ迷った挙句、母親の望みどおり聴診器を手に。(父親はよく勉強するようにと鉛筆を取ってほしかったようだ。)うおお~~、将来はドクターズかい?坊。
それもこれも、幸せな家庭環境あってこそ。お父さん、お母さん、頑張ってくだされや。

ParklandPARKLANDの名コンビ??(笑)JDGの契約終了で、もう見られないのがサビシイ。
イベントが終わるころ、外はすっかり雨模様。
お開きになったあと、宿泊先へ帰るタクシーはお約束の大渋滞に。
同行のハラボジ(80歳超、初めての海外。)二人は車関係の仕事だったので、ソウルの道路の広いこと、車が沢山なことには興味深々の様子にて、タクシー移動もなんだか楽しそうだった。

夜、お年寄りたちをホテルに置いてちょっと本屋さんを覗きに行く。世間がとっても蒸し暑い。テレビのニュースでは吃驚するような台風の被害映像が・・・。!Σ( ̄ロ ̄lll)

さてさて、残り2日の天気やいかに。(続く。)

※美味しいものレポはすっかり苦手のmiyuki、気がついたら写真も撮っておりませんが(汗)マリオット・ホテルのお料理はさすがでした。日韓両国を意識したメニューか、お蕎麦やお刺身、寿司、ユッケ、キムパプ、プルコギ、かぼちゃのお粥などのちょっと庶民的なところから、牡蠣、スモーク・サーモン、生ハム等々、ホテルの宴会らしいお食事がバイキング形式で。いやあ、腹いっぱいになって大きなチョコレートケーキまで、たどり着けなかったっす・・・・

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2007年9月15日 (土)

JDG久しぶりにお出ましの春史映画祭&「太王四神記」が始まった

Jdg09141_6
韓国にはいろんな映画祭があり、誰がノミネートされ、出席するのかが毎回の大きな話題だが、昨夜はJDGが久々に映画祭レッドカーペットだ!!ということで(去年はみんな欠席しましたから・・・)取材のほうもかなりアツかった模様。おかげであっというまにお写真その他、ネットに挙がってきた。

↑簡易オールバックは、かつて良く見られたスタイル。久々にシンさん、偲んでいるのだろうか。(T_T) それにしてもこの妙にやわやわしたこめかみの髪は・・・・。

↓(壷・・・持ちにくい・・・ううう・・・せめて「取っ手」を・・・なんちって。)心の声。

Jdg09142_6 ※トップスターチャン・ドンゴンとイ・ヨンエが春史大賞映画祭韓流文化大賞の主人公になった。
これらと一緒に歌手ジャン・ナラも韓流文化賞受賞者に選定された。
チャン・ドンゴンとイ・ヨンエは 14日午後 7時京畿道利川市ソルボン公園陶磁器エキスポ野外特設公演場で開かれた第15回春史大賞映画祭授賞式で韓流文化大賞の光栄を抱いた。
こういうわけで二人は韓流スターとしての自分たちの位置を再確認した。
また二人は授賞式でともに久しぶりに公式席上に姿を現わして観客たちの歓呼を受けた。
これに先たち今度映画祭記者会見を開いた映画祭執行委員長は "韓流文化大賞などは春史ナ・ウンギュ先生の業績を引き継ぐことだ" "春史の精神は私たちの映画の精神だ"と説明した。
Jdg09143_5 ※この日二人は並んで舞台に上がって賞を受けて明るい笑顔を見せた。3500人余の観客は歓呼で二人を迎えた。
彼らが一舞台に立つことは珍しい事。なおかつ二人はしばらく CF などを通じて姿を現わしただけで、この日舞台のように公式席上に並んで現われたことは視線を集中させるに十分だった。
イ・ヨンエはこの日授賞直後取材陣とインタビューで "チャン・ドンゴンさんとかりそめにも一緒にいて良かった"と言った。
チャン・ドンゴンも "私もそうだ"と肯定的に回答した。
一方この日授賞式ではチャ・スンウォンとキム・アジュンが男女主演賞を、 映画 '夏物語'が作品賞、 助演男優賞など 5冠を占めた。(STARNEWSより)

↑ほかにいくらでもいい写真があるというのに、やっぱりこういうアヤシイ動きは外せないっす。それに、何なのだ?この宇宙空間も覗ける「伝説の膝頭の緩み」健在ぶりは・・・(ぶふふっ・・・)JDGよ~~、後ろ手でこの足元ぢゃあ、通学路で子供パトロールしてにこにこしてるアジョシみたいですから~~、ほんとに、憎めないわあ。(爆)

雨の降る中、人の良くなった「シンさん」が・・・???伸ばした髪が湿気で鬼太郎化するのを防ぐ(のか?)久々のコームのカチューシャ。そして隣にはチャ・ミンジュ先生(前世はチャングム?笑)が。ををを~~~!!!!

会場になっている利川(イチョン)はソウル郊外60kmくらいにある陶磁器の里で、窯元がいっぱいあるところ。そんなわけで、トロフィーならぬ「韓流文化大賞・チャン・ドンゴン殿」みたいに書かれたツボを必死に「ぱあ」にした両手で落とさぬよう抱える姿ですっかり和ませていただきました。洗濯戦士の撮影、頑張れ~~~^^

※レッドカーペット・インタビュー風景の動画、かなりボケておりますが、声は良く聞こえます。こちらへ。白い合羽のインタビュアー姉さんがすごすぎて、つられて笑う丼兄さん(笑)。

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兼ねてより何かと話題を呼んでいたヨン様の「太王四神記」の本国での放送が始まった。10日のスペシャル番組に続き、11日から3夜連続、第2週からは韓ドラのお約束どおり1週2話のペースで放送。遅れに遅れたという撮影、CG関係作業・・・やっとですね、という感じ。(で、日本ではいつからなんです?)
0914byj4_5 第1話の視聴率は20.4%と出たらしい。(第2話は26.9、第3話も同じ)裏番組にあたる「王と私」も20を超えており、やっぱり韓国人ってドラマが好きなんだなあ、と思わされた。それから、良くも悪くも話題になると正直に反応してどんどん視聴率が跳ね上がるところも韓国らしい。さて最終的にどのくらいまで行くのだろうか。どうにかしてネット視聴をと試みてみたが、玉砕。家族(カジョク)の皆様、毎週大変なんだろなあ。

「太王四神記」冒頭はファンタジー要素がとても強いらしく、ヨン様は銀髪の神キャラ。(二役)歴史ものもあんまり強くないのだが、ファンタジーにもめっぽう弱い私なので、たどたどしくなるからそのへんの詳細説明は、避けておく。ファンタジー、そしてCGの多用は賛否両論だった様子だが、監督もヨン様も、この一本に韓流の運命がかかってオルのだと言う意気込みだったわけで、ご苦労様です。私も早く見たいです。

事前に出たプレビューDVD(金盤・銀盤。人物紹介、ロケ風景、インタビューなどを収録)で見たヨン様の「談徳」は美しかった。歴史ものであるからして、当然ミニョンさんの眼鏡は、無い。「愛の群像」の短髪ぽっちゃりのころ、この人って「仏像顔」なんだなあ・・・と思ったものだ。ご本人は短い髪のほうが好きらしいが、長髪もとってもよく似合っておられて。

0914byj5_5 ウチのJDGが、奴隷や海賊や893さんの極致から滲ませる、えもいわれぬ「聖性」・・・片やヨン様のこの神々しさ・・・それは果たして互いに近いのか遠いのか。どっちもやっぱり、今の日本にはいない。
(んでもって、少なくともJDGは神様やるより、やっぱり奴隷さんだよなあ・・・涙。)

※今日から親戚関係のイベントごとで、ちょっくらソウルへ行ってまいります。きっと多分、韓流は抜き。うあああ~~・・・せめて一日でも早かったらTVのニュースでなりと見れたかもしれないけどなあ、JDG。それから「太王四神記」も。・・・・というわけで、コメントもしいれていただけましたなら、帰ってからお返事させていただきます。よろしくお願いいたします。<m(__)m>

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2007年9月11日 (火)

映画「HERO」を見に・・・

※「Happy Together」は全てのレビューにおいてネタバレに配慮しておりません。作品を未見の方で、内容を知りたくない方は充分にご注意下さいますようお願い申し上げます。(管理人)

木村拓哉氏の出演ドラマで、私が一番印象深いのは94年のドラマ「若者のすべて」だ。
ミスチルの「Tomorrow never knows」が主題曲で、3人の青年の中の一人が木村くんだった。94年・・・日本もドラマが盛り上がっていた時代。ちょっと並べてみるに「29歳のクリスマス」「夏子の酒」「人間・失格」「お金がない!」「長男の嫁」「家なき子」・・・・(調べたら自分でもびっくりするほど見ていた。)ほかにいくらでも代表的な主演作があるというのに、なぜかこのドラマを一番に思い出す。
そのころはほかの登場人物にいい具合に混ざって、印象的な、髪の長い美しい青年だったわけだが、今では一人貫禄勝ち。
映画「HERO」も、東京地検城西支部の面々というそれぞれキャラの立つ皆さんのとてもよく練られた「チーム戦」であると同時に、やっぱり誰が何といっても「木村拓哉映画」だった。

Hero1前に使いましたが・・・一面新聞広告より。
週明けからちょっと時間がないかも、と思い、私にしてはめずらしく、公開初日に出かけることにした、土曜の夜。・・・といっても近所のシネコン。それでもこういう作品だと、田舎のレイトショーにこんなに人が!ということに秘かに吃驚。さすがである。家族連れや、意外と男性の姿も多く、連れの女性たちがSMAP系なのか、韓流系なのかの分別はイマイチ不明・・??韓流とジャニーズ、昔からひょっとして「近いのか?」と言われていたものだが、私自身がまったくジャニーズには萌えないもので、ワカル気もするのだが、やっぱりワカラナイのであった。(なんじゃそりゃ^^;)
映画やドラマに出ている時の個人個人にはたしかに目を見張るところ(演技)や独特の存在感があり、日本の芸能界の一角を占めるひとつの重要なカテゴリーなのだよね。

さて、その内容。一年前にテレビで放送されたスペシャル版のエピソードが関わっていたりと、たしかにそのスペシャル版を見ていなくともわかるようには出来ていたけれど、ちょっとだけ反則・・・が言いすぎなら映画としては変則という気もしなくもない。
しかし、畳み掛けるように劇画的な展開と演出で、目が離せないし面白い。

人々が巨大なメディアを通し、日々興味を持って成り行きを見守る大物代議士の贈収賄疑惑・・・そのアリバイ工作にたまたま協力させられた、とあるビルの警備員が起こした傷害致死事件の裁判が、代議士側の横槍によってにわかに世間の注目を浴び、真実は捻じ曲げられようとする。新聞では数行しか載らない事件でも、人の命が失われたことの真実は「正しく突き止めなくてはならない」し、そこには失われた物語がある・・・これがこの映画版HEROのキモ。

Hero2カン検事@オルド船着場。
・・・で、公開前から韓流ファンの話題に上っていたイ・ビョンホン氏出演と、釜山ロケであるが。なぜ釜山かといえば、大事な証拠品の車が、不正に輸出された先だったというのが理由。釜山でその車を買った「イム・ヒョンチョル」(ん?ヒョンチョル?)ことアン・ギルガン氏。久利生検事と雨宮が細い階段をやっと探し当て、上った先の小さな家から、ひょっこり顔を出した仏頂面に「おおお!!ホ軍曹~~~!!!」(「ブラザーフッド」で、兄弟が戦場で最初に放り込まれた部隊のニヒルな軍曹さん。)こんなとこで一人ひそかに手に汗握って喜んでいるファンて、さすがにこの日には殆どいなかったかもなあ。(どうぞ、これから見るかた、韓国の渋い脇役にもご注目を。)

ビョンホン氏演じるエリート検事カン・ミンウ・・・はなかなか姿を現さない。頑張るのは彼の若い事務官(ぺク・トビン)。日本人コンビの粘りにげんなりしたキム事務官が「もう限界です・・・」とかなんとか誰もいない検察庁で会話する電話の声はたしかにビョン兄のあの声。

イム・ヒョンチョルはじつは麻薬密売犯で、とっさに証拠品の(多分)USBを隠すため、知らない間に犯人にバッグに放り込まれた雨宮が、拉致されようという危機に至って、やっと颯爽RV車で登場のカン検事。短いですから、出番・・・。しかし、この映画のほかのキャラって、「おっ?」という俳優さんだけども皆さんそういう出方なので、違和感は無いしちょっとオイシイ。(キーワードも言っているしね。)
ビョン兄自身、「浮かないように、邪魔にならないように」を心がけたという。

市場での撮影にはとってもギャラリーが集まったらしく、メイキング番組を見ていたら、お馴染み韓国のスーツ姿のガタイの立派なSPが。12人頼んだんだとか。
(例によって、釜山の景色がとっても懐かしいmiyuki。)

Hero3矢印が、アン・ギルガンさん。去年12月ご結婚された。式の司会はお馴染みJDGの婆や、ヨンマン兄貴ことコン・ヒョンジン。(手前の白いランニングのおにいさん。笑。)
かくして、HERO、公開二日の邦画興行収入10億円を突破したとのことだ。
2001年のドラマ本編放送時、久利生検事の着ていた茶色のダウンジャケット、今回もちゃんと登場しているが、これって同じブツなんだろか。

久利生と法廷で対決する、もと検事の辣腕弁護士蒲生を演じた松本幸四郎氏がなんといっても素敵。「あのまま検事を続けていたら、出世のために冤罪を生んでいたかもしれない」と呟く蒲生・・・しかし弁護士も極まると、どこかズレて行くその危うさと矛盾というあたりの描写が印象的だった。

劇中久利生がずっと食べたがっていた「ちょんぐっちゃん」(納豆のスープ)、私もぜひ食べてみたい。もしかして今、巷の韓国料理店で、にわかにオーダー増えてるのかも。(笑)

終わって外へ出たとき、50代と思しき御婦人が「ああ、面白かった・・・」と大きな声で笑って家族に言っていた。

※JDGはチョン・ジヒョンちゃんとCMでひさびさに共演のようだ。おととしのジオダノのときのような「演技世界」で行ってほしいんですが~~(最近「可愛い」でブレイク?しちゃったので、シリアスも見たいの。(笑)記事はこちら

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2007年9月 7日 (金)

おかえり、ビニや・・・ウォンビンの「帰還」

Bini1

日本列島に台風が接近してmiyukiの住む関東片田舎も雨風が強まり始めた6日昼前、ソウルもけっこうな雨降りだった様子・・・。
我らが「弟」可愛いウォンビンくんが昨年6月の除隊後1年3ヶ月ぶりに初めて公に姿を現した。
ユニセフの韓国特別代表に任命され、その任命状伝達と、会見がソウル市内の国連児童基金(ユニセフ)韓国委員会会議室で行われた。
大勢の報道陣に迎えられて緊張気味の時の仕草は一見前とちっとも変わっていない。

(巷では今ビニといえば「ヒョンビン」かもしれないんですが、すんません、miyukiにとっては「ウォンビン」なもので、以下「ビニ」で・・・)

Bini2会場入りの時のちょっと緊張の面持ち。地味目のダークスーツ。
2004年秋のソウルで初めて生で見た彼も、映画「マイ・ブラザー」で短く刈った坊主頭が伸びかけで、ちょうどこんな感じだったので、動画を見ながら一瞬3年余りの月日の流れが逆行したかのような、なんだかちょっぴり不思議な感覚に陥った。
しかし、当然のことだが、入隊のため活動を停止し覚悟を決めたというのに、怪我のために中途の除隊を余儀なくされ、身も心も傷ついて、以来黙々と表に出ることなく治療とリハビリを続けてきた彼が、以前とまったく同じ心持ちでいることはないだろう。
本来なら満期除隊するはずだった今年の11月まで出てこないんじゃないかと思っていた。

可愛い・・・とは言っても彼も今年の誕生日を迎えて30歳。最近本国ならすっかりアジョシと呼ばれる歳のはずなのに(ごめん)とみに可愛さ増す一方のどっかの兄さん(笑)とちがって、もともとが落ち着いた性格に磨きがかかって、これからいい意味で綺麗な大人の男の役者さんになっていく予感が。(おでん屋さん「みなみ」のビニのお姉さんもそうだけど、ほんとにエイジレスなきょうだいだこと・・・)

JDGファンに於けるヒョンチョル理事のような役柄が、ビニファンにとっては圧倒的に「フレンズ」のジフン。一途で、可愛くて、夢を追う青年。公式FCの会員も、JDGのところとはまた違っていて、こんな「一大イベント」時には皆でサイトに繋ぎっぱなし。そのときのアクセスしている人数がわかる仕組みになっているので、とにかく盛り上がり具合が一目瞭然なのだ。入隊のときも同じで、誰かが拾ってきた記事や写真にいっせいにレスが付いてライブで伸びること伸びること・・・JDGのほうは、「武道館に一人でたどり着けないかもしれないのでどなたかよろしく・・・」と言って団結したりしてたので、FCの構成員(893さんか?)の個性の違いがなんとなく伺われて興味深い。(^^;)

思い起こせば、ビニにおいてはパシフィコ横浜に5000人動員したチャリティ・イベント兼ファンミ(FC優先予約はあったけど、限定ではない。)JDGに於いては埼玉スーパーアリーナでの「韓流オールスターサミット」ここらへんが純粋に日本での韓流イベントの、盛り上がりの頂点だったような気がする。その後日本の韓流は各所細かい流れに変化し、今年行われたモロモロの「ハコの大きなイベント」の思惑がことごとく外れた・・・というのは記憶に新しい。
韓流があってもなくても、その俳優を応援したいのならファンはそれぞれ素直な気持ちに従うだけのことだよね。

あまりはっきりしていないが字幕つきの動画はこちらへ。

除隊後の俳優さんの仕事の再開の仕方はさまざまで、「やること早すぎ」みたいにちょっと一部から嫌味が出た人もいれば、ドラマ「ロビイスト」制作発表時のハン・ジェソク氏のように、長く兵役回避問題の傷を引き擦り続けたことが伺われるコメントもあって、改めて兵役って大変なんだな、と思う。
こうして除隊後の第一歩がユニセフの活動というのはとってもビニらしい。なんでもあのアンドレ・キム先生(韓国ファッション界の大御所)のご推薦もあったとのことだが、今回隣にお出ましになったので思わず注目。

Bini3アンドレ先生と目で会話・・・?ひゃっ・・・
アンドレ先生、いつもの白いお姿。(同じお衣装を何着お持ちで?)しかし、こんなに巨匠なのになんとも物腰が柔らかくて丁寧。マイク渡してあげる、椅子引いてあげる、で、我先にでっかい拍手・・・ほとんどビニの付き添いと化してるし。(涙)
ビニの芸能界での大恩人はこのアンドレ・キム先生と、ユン・ソクホ監督だといわれている。片や、ほんのケーブルテレビの短い映像から原石のようなビニを見出しショーに起用した先生、片や、「犬を連れた隣の失語症の美しい詩人」キャラをドラマで新人ビニに宛てた監督。(お二人ともさすが、お目が高うございます!ありがとごじゃいましたっ。最敬礼。)

でもってユニセフでの会見で、アンドレ先生は図らずもJDGの名を口にするのであった。
「彼がまだ新人だった時、私は(彼を見て)衝撃を受けました。当時はもっぱらチャン・ドンゴンさんが注目されていた時でしたが、そのドンゴンさんの雰囲気に加えて、笑顔、幼い顔、孤独な雰囲気などに深い印象を受けました。まだ年が若いのに人格や品格が備わってもおりました・・・・」(隣で照れ捲くるビニ。何思い出したのさ?^^)
たしかに花のように美しい少年でありましたとも。(オイオイ・・・)ビニいわく、自分がそんな山出しの新人だったころでも、先生は丁寧に言葉をかけてくれた、と。ど新人でもぞんざいに扱わない先生のそのお人柄に、ビニなりに感じ入ったんだろうねえ・・・ビニは今はかなり頑張って余裕も出てきたが、JDGにも心配されるくらい(笑)、愛想が振りまけない性格だったのだ。
Bini4 その初めてのショー・モデルの会場でJDGにも初めて会った・・・というのは前のレビューにも書いた通り。

目下韓国芸能界、映画もドラマもなにかと停滞気味の難しい状況のようだが、どうかよい脚本、よい監督・スタッフに恵まれて素敵な作品を撮ることができますように・・・。

※台風去って、庭の木折れる・・・・(根っこが病気で弱くなっていた木が夜中に風で折れました。植えて15年余、随分大きくなったのに。木も生き物なので、あまりいい気がしません。(T_T)植木屋さんに来てもらって、まだ残る雨風の中お清めして残りを切ったり相談していて遅くなり、チケットを入手してあった午後からの、あるイベントに結局出かけられませんでした。とほほ・・・

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2007年9月 5日 (水)

友達ジンモくんと、チャン・ドンゴン

Jdgfriend1

※GIORDANO秋・壁紙より・・・Tはやっぱり2枚重ねさ。^^

韓国の映画雑誌「ムービーウイーク」誌にJDGの仲良しさんのジンモくんのインタビューが掲載された。
今年の秋夕シーズンに向け公開されるクァク・キョンテク監督の最新作「愛」(サラン)例によって30代というのに高校時代のシーンあり~~の、舞台は「釜山」のやくざの「初恋」話・・・見たいです・・・監督・・・・(笑)競演はキム・ミンジュン、パク・シヨン。

Jdgfriend2ジンモくん、75年生まれ。こう見えて上にお姉さん3人の末っ子。本名は、パク・ジンテ。(笑)
かの「チング」のドンス役は最初、チョン・ジュノさんに話が行き、受けられなかった彼が監督にJDGを紹介したのが、あの怒涛の愛(うひっ)の始まりだったのだという話を聞いたことがある。で、ジンモくんが「愛」の脚本と運命的に出会ったのはJDGの家で、ご飯を一緒に食べた時だったそうだ。
テーブルの上にJDGが読んでいた台本が積んであった、その中の一冊に「愛」のタイトル・・・・「クァク監督が、読んでみてくれって送ってきたの。お前、読んでみる?(読んで)かまわないよ・・・」JDG兄さんはジンモくんにそう優しく言った。(これも、愛?・・・むふっ)

ジンモくんの前出演作「美女はつらいの」は大当たりしてブームになったが、当のジンモくんは次の作品選びに悩んでいた。ヒット作が出れば当然似たような役が次もやってくる。女優さんを中心に引き立てる、いわゆる長身のいい男キャラ・・・・仕事として受けても、自分には成長がないような気がする・・・もっと違う自分を見せたい・・・俳優として成長したい・・・(役者さんとしてほんとうの意味で脱皮できるチャンスって、なかなか手にできないものなんだろうなあ、やっぱり。)

ご飯も食べず、惹きつけられるようにして脚本に読みふけるジンモくん。読み終わってもご飯に手が付けられないくらいに没頭した。JDGは傍らでそんな彼を黙って静かに放置してやり(多分。)、自分はご飯を食べ終わってお皿も洗って片付けて、飄々とネットサーフィンなんかしていたらしい。(どんなところ覗いているんだろうねえ。マウス、ぐるぐるしながら・・・)

俳優がそんなふうになる瞬間は、JDG自身が一番よくわかってやれたんだろう。

そうして「この映画に出たい」と申し出るも、もうすでに他の俳優で話が動き出しており、「だめのようだ」と言われて意気消沈、江原道の山奥に傷心旅行に出るジンモくん。(山籠りなら和尚様だけど。)一週間くらいして再び連絡が入り、飛んで帰ったジンモくんは、監督相手に熱烈なプロモを繰り広げた。ほんとにやりたかったんだね・・・この役が。
あの婆やことコン・ヒョンジン氏も、先日「自分の人生の頂点はまだ来ない」とテレビのバラエティーで発言したりしていたようだけれど、やはり自分の身ひとつが売り物のシビアな世界だもの。そして、本人の努力以外のところで話がアレコレされたりすることもままあるだろう。プライドひりひりの極地。

Jdgfriend22共演のキム・ミンジュン、監督と釜山での会見

JDGには、ご存知のとおり男友達が「誤解されるほど」たくさんいる。皆がJDGを慕い、心から尊敬しているように見えるので、ファンも誇らしく、嬉しい。同年代の友はみんな結婚したか彼女がいるか・・・とかなんとかで、どうしても最近は舎弟に構ってもらうことが多いようだが。(へへ)
しかしたとえば中にはほんとうにおこぼれに預かろうとか、よからぬ思いを抱いた輩もいたかもしれないし、いろんな思惑がありそうに見えて「??」の時もあろうし。そんなときは例によって「この人にはなにか事情があるんだな・・・」とやり過ごしてきたのだろうか。

お友達の側だって、うっかりするとJDGの腰巾着?みたいに世間には思われるかもしれない。だけど、人はいちいち厳密に相手の立場を伺いながらながら、友達やってるわけではなかろう。好きだから。楽しいから。居心地がいいから・・・相手がつらいときは、人として思いやって。そんな友達が、もし立場に左右されたなら誰だって悲しい。きっとJDGだって。

たとえば、去年までのJDGのファンミ。びっくりするようなゲストの姿も見れたし、若い歌手がJDGとトークになると、まじめにアタアタしたりして。
もちろん、ありがたく思う良いファンのほうが多いとは思う、しかし、中には「誰よ?」(しら~~・・・・)「私はドンゴン見に来たのよ。」(不機嫌)DVDに映っていても「ゲストはいらない、JDGの場面だけでいい」なんて言われちゃうことだって。(こらっ!!)

お友達の皆さんを見られることは、私はいろいろ想像が広がって楽しい。

・・・というわけで、「愛」に出演することになったジンモくんは釜山訛を監督に習い、出演中に体重10kgの増減に挑み、わき目も振らずに頑張った。(よそ見できない性格なんだそうだ。)監督が思い通りに演出出来たと思しきときの「カ~~ット!!!」の声は楽しく、モニターチェックしながら「泣いたりなさる」(キョン監督・・・)のを見ていると嬉しくて、「この役をやれて本当に幸せ」と思えるのだとジンモくんは言う。

よかったね、ジンモくん^^。

Jdgfriend4_2 ※さて、これが3日から本国で流れているという「チョンジョンウォン」という食品会社のCM画像。はにかみながら「ジョンウォン、僕と結婚してくれないか?」と・・・・

こちらで見られます。)いかがでしょう、皆さん。(笑)きゃ~!はあと、ってより、なんだか手に汗握っちゃったですわ、あたしゃ。(保護者ぢゃないんだから・・)あの理事さんも頑張っていたけれど、韓国もアメリカみたいにプロポーズ・イベントは大変なのね。

Jdgfriend3 ※6日には弟ウォンビンくんが世界子どもたちのために奉仕するユニセフ特別代表(Special Representative in Art for The Korean Committee for UNICEF)に任命され、ユニセフ韓国委員会会議室で辞令を受ける。公式記者会見もセッティングされ、除隊後初の公の場登場。

ドラマなのか映画なのか、本業のほうがまだ決定したことはないらしいが、長かったねえ、ビニや・・・(涙)

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Jdgfriend5 ※おまけのコーナー・・・・(汗)深い意味はございません。このカエルのキャラクター、ピクルス君がmiyukiの癒しのツボ、という話であります。理由は、この脱力した足。ワカルぞ、というお客様、笑ってください。PCモニター画面にぶら下がってるのは、3cmくらいのフィギュアが連なったストラップ。

ピクルスくんHPはこちら。雑貨屋さんで見かけたことがある方もいらっしゃると思います。しかし、カエルくんて、本体好きッてひとはあまり見かけないけれど、キャラクターになるとみんな人気なのね^^HPでは、各お宅のピクルス君ギャラリーなども見られて和みます。

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