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2007年8月

2007年8月31日 (金)

そんな顔するから・・・私が転んだチャン・ドンゴン⑤

Jdgface

↑たまに見せる、こんな表情が好き。GIORDANO秋の新作より。

そんな顔、するから・・・・とJDGの映画やドラマや、広告写真の美しい1枚を見ながら思う。今でこそほら、キタキタ・・・とある意味冷静に分析しながら見ているけれど、最初に「がっつ~~ん!!!(茫然自失)」となったのはあれだ、と自覚したあるシーンの顔、それは「ドクターズ」のスヒョン先生だった。
「私は、コレでこの人に転びました。」(昭和なCMのコピーみたい。^^;)
こうしてキャプチャしてここに挙げてみてもそのときの感情はどうも上手いこと言い表せない。何がしかのアドレナリンみたいなのが余計に出ていたんだろうか。
まあ、平たくいうと、「ツボに嵌った」だろうなあ・・・・。

Jdgface1死期を悟ったスヒョン先生が、兄の想い人でやはり重病のレジーナと旅をした帰り、レジーナに向けたこの顔。この場面でどういうわけか、タオル一枚分くらい泣けた私。(そして深みに嵌った。)この表情の理由は、とっても深い。
「ブラザーフッド」を見てからこっち、「チング」「ロスト・メモリーズ」「アナーキスト」と映画作品を順に辿りながら、最初に見たドラマが「ドクターズ」だった。きっかけは他愛無くて、そのころ買った韓流雑誌の付録に「ドクターズ」第一話DVDが付いていて、続きが見たかったから。
「ドクターズ」と「サラン」のドラマ・レビューが未だにきちんと書けないのは、この時期に熱烈怒涛に見たせいだと思っている。何かと思い入れが強すぎちゃうのだ。
JDGのファンが一番好きなキャラは誰ですか?と質問されて、返す名前で一番多いのは、「イブのすべて」のユン・ヒョンチョル理事だろうと思われるが、私ならば迷うことなくドラマでは「スヒョン先生!!!」です。はい。(映画は、また別の括りにしといてください。むふふ。)
それはひとえに、このシーン、この顔のせい。

Jdgface2スヒョン先生セレクト。ああ・・・このナナメ笑い、縦の鼻腔(うっとりだい。泣)
「ドクターズ」は東海(トンへ)の都市、江陵(カンヌン)にある大病院を舞台に、まったくタイプの違う医師の兄弟の、葛藤と運命を描いたドラマである。
なぜまったく違うのかと言えば、弟スヒョンと兄ジュンギ(ソン・チャンミン)は実の兄弟ではなく、スヒョンは過去の不幸な医療事故により孤児となってキム家でジュンギの弟として育てられたからである。優しくて、ちょっと気の弱い兄と違い、スヒョンはバリバリ冷徹で、野心のある、腕のいい外科医として、アメリカでの研修を終えて帰ってきた。
自分本位のやな野郎として、もと恋人(結局現恋人?)のミンジュ先生(イ・ヨンエ)を振り回し、強引な手腕でのし上がっていく。
スヒョン先生「悪人キャラ」でありながら、時々美しい顔がふなふなと覚束なくなる。それは後にチェン・カイコー監督が言ったところの、恐るべき3歳児の瞳のせいだ。もう、たまんないですから。(泣)

時々ぷぷぷ・・・と腹筋が痛くなるよな韓ドラ御約束エピソードを挟みつつ、話は進む。(スヒョン先生、特技はへんなダンスのターンと、海辺のトランペット演奏と、スカッシュと、カラオケと・・・・隣りに乗ったら絶対酔いそうな運転等々・・・。笑。)
キザであることの臆面もなさを許せるのは当然このころのJDGの外貌、瑞々しい身体つきから匂いたつ清潔だけどアヤシイそよそよ・・・(なんだそりゃ。)
悪人なのに可愛い。硬くて、心もとない。強気なのに、M。そういう相反するものを上手いこと詰め込んだひたすら危ういキャラだったのだ。
自分が病院に行って、こんな綺麗な若いお医者さんが出てきたら、落ち着かないから絶対困る。冗談言って通じなかったり、会話がかみ合わなかったりしたら、きっとわけもなく落ち込む。(病院で先生に冗談言うのかよ?って話なんだが。)しかし、ただのシャツにネクタイに、白衣って姿がほんとにタマランのですからっ。

Jdgface3左半分、「サラン」のイナ、右上「レディ・ゴー」のスンホ。右下「青春」のヒョヌ。サランの前半、未亡人のヨンジさんの葬儀でイナが涙する場面は長廻しで、エンドタイトルが被り、パク・サンミンの「ひとつの愛」が切々と流れた。ドラマでJDGが一番泣いたのはこのシーンではなかろうか。
そして、やがて視聴者は敏感に察知する。スヒョン先生が儚い人生を背負っているということを。
ま、韓国ドラマにおいては、2人の葛藤する男キャラの設定は往々にして片方が思い切り「悲運」を辿るのだけども、スヒョン先生の場合その徹底した「結末」が凄かった。単に悲しく去っていくだけじゃないんだから。
スヒョン先生が最後に見せた、医者としての己の人生の処し方、その強さ。もう、有無も言わせません。
最近の新しい韓ドラを見ても、おかげでなんだかいつも物足りない。多少「あれ???」なところがあっても、いいの。

で、こんな表情をキメに使われては、かえってJDGの俳優としての演技が正当な評価を受けるために時間がかかったのも頷ける。(目が眩むってもんだ。)大人の俳優になった今のJDGがスヒョン先生をやったらどうなんだろうとも思うが、時々台詞が上滑りすること含め、の危なっかしさはさすがに少なくなっていると想像する。よって重厚かもしれないが、あの可愛いスヒョン先生とはかなり違うんだろうなあ・・・嗚呼、遠い目。

「ドクターズ」は「アイシング」のあと、JDGのドラマとしては5作目にあたる。1997年の1月放送開始。ずっと冬の、それも寒くて綺麗な夕空が病院の建物の上に広がっていたイメージがとっても強い。おかげで、冬空を見るとスヒョン先生を思い出して切なくなる。
とにかくジンテ兄さんとのギャップはいろんな意味でとっても大きくて、(その次見た「サラン」の従順な大型犬風味のキャラも含め。笑。)JDGという俳優さんのキャリアによりいっそうの興味を持ち、今に至る。
とかく誰かのファンの場合、それぞれに好きな人の演技などを見るときは、「一般人よりも細かいところまでたちどころにクローズアップできるご贔屓眼鏡」をかけてるようなものなので、世間一般の人の視点・価値観が、逆にもう理解できないのだというところは十分気をつけたいものだが、過剰な広告宣伝布教活動は慎みつつ、せめてこんな偏愛ブログでは惜しみない愛情を注ぎたいと思う次第である。

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Jdgface4 ※オマケのコーナー。^^「サラン」後半でイナに恋したお嬢様ジヨンが失恋して留学から帰ったあとお見合いした相手って、「英雄神話」のハン検事(ホン・イルグォン)だったのね・・・。久しぶりに場面チェックして判明。ジウ姫も口紅濃いけど若かった・・・。ラストのイナとヒスの夫婦を見ると、ジンテ兄さんとヨンシンが生きてたら戦後こんな夫婦だったのかも、と思う。(涙)

Jdgface5 ※こちらは「青春」アパートのキッチンで炒飯を作るヒョヌ。襟足がジンテ兄さんとお揃いですわ。(ぱっつり)・・・で、とあるシーン、買い物をしてきて冷蔵庫にどんどん突っこむ、というのがあって、結果が、これ。(爆)なんで苺が一番下なんだ?ヒョヌや・・・演出なんだろうが、ほんとうに素のJDGがこれやってたら、大笑いですから。(オンマが怒ります。)ぽちっと拡大してご覧ください。

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2007年8月30日 (木)

おことわりとお願い

最近このささやかなブログにも、はじめておいでくださる方が増えたりして大変有難いことです。
そもそもがつたない個人のブログですし、黙って読んでいただいている方の中には「ナニ言ってるんだろう」と呆れるかたもおいでのことと思いますが、例えば有料で会員にお見せしているような類のものでもありませんし、もしご不快ならば申しわけありませんが、どうぞ避けて通っていただきますようお願いします。

私個人を誹謗中傷されるならばそれはそれでよく考えもし、反論もするかもしれません。しかし、なんの関わりもないお客様がここで不快な思いをされることは断じて許せません。もし今後もそういったコメントが為された場合には、はなはだ不本意ではありますが削除させていただきます。きちんとお答えしようにもできないような流れ、また、作為的に誘導するような問いかけも同様とさせていただきます。

個人個人のお人柄、お考えはあろうかとおもいますが、会話が成り立たないのではあの「騒音おばさん」と大差ないです。
お名前を変えてこられても、同一人物であるとの認識は出来ております。

お客様には大変ご迷惑をおかけします。今後とも温かい目で、当Happy Togetherを宜しくお願いいたします。            

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2007年8月29日 (水)

夏の終わりに読んだ本・・・「無所有」

JDGは「砂漠の戦士」ヤンくんのクランクインを秋に控えて、この8月も元気に各社の広告撮影のお仕事をこなしていたようだ。御馴染みのジオダノのサイトもシックなモノトーンの秋仕様に。(舎弟ピくんがいないのでちょっと寂しげ・・??)こちらへ

2007fallgio眉間にシワが入ると海賊さんモード??(笑)GIORDANO HERのリョウォンちゃんも可愛い。
さて、世間の子供さんたちの夏休みが終わりに近づく今頃になると(二学期制のところはもう学校始まっているのかな?)、世間はまだまだ暑いんだけれども、毎年切ないような気だるいような、つまんないような気分に陥る。いい大人になってもう幾年経つんだって話なんだが、季節感てやっぱり子供の頃に培われるものじゃないだろうか。

韓国は、秋が一番快適な季節なのだと言う。今年の秋夕(チュソク・旧暦8月15日のお盆休みみたいな連休)は9月の24日から26日ということだ。そういえば、韓流三昧初めてのソウルも秋だったっけ。(まだけっこう昼間は暑かった記憶が。)

“木の葉のように私たちの心も薄い憂愁に閉ざされていく。秋はそんな季節のようだ。”
(本文「秋は」より)

三つ前のレビューで取り上げたJDG座右の書、法頂和尚の「無所有」が届いたので、さっそく紐解いた。60年代終わりから70年代半ば、主に和尚様40代のころに書かれた短い随筆が集められた本。よくお寺に置いてある法話集の冊子に書かれているような仏教オンリーの内容かと思えばさにあらず。
早朝割引の時間帯に映画を見に行ったり、普通に路線バスに乗って移動すること、目が痛くなり病院でお尻に注射を打たれたり、知人に貰った蘭の花を育てるのに腐心する余り「執着」に愕然となったり、「星の王子様」を愛読している・・・等々、和尚様の生活の折々が明快な描写で綴られて、病気で挫折した高校生のJDGが、水の染み入るような安らぎを得たというわけがよく分かる。

和尚様は朝鮮戦争終結後、20代で出家された。本の中に、修業時代に出会った水然(スヨン)和尚というお友達が出てくるのだが(忘れ得ぬ人)、私はこの章を読んで泣けた。
心もとなく生きる人間、わかっちゃいるけどやめられない人間が、いまさら人に聞けない恥ずかしいことを自問する時に、きっと思い出す和尚様のことば・・・韓国ではきっとそんな存在なのだろう・・・。
こんな私がここに紹介するのも、本来なら罰当たりな気がするが、これもJDGのあの大きな瞳が結んでくれた縁。日本ではほかに「すべてを捨てて去る」という著書が出版されている。(90年代の随筆を集めた本。)ハングルが読めたなら、たくさん出ている和尚様の本を片っ端から読ませていただきたい気分だ。

“こうしてみると、愛するという事は理解ではなく想像という翼に同乗した絢爛とした誤解である。「私はあなたを死ぬほど愛しています」と言う言葉の正体は、「私はあなたを死ぬほど誤解しています」と言うことなのである。”(本文「誤解」より)

Book 無所有

著者:法 頂
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すべてを捨てて去る Book すべてを捨てて去る

著者:法頂
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2007年8月25日 (土)

ジンソクの目線・・・私が転んだチャン・ドンゴン(と、ウォンビン)④

Brother1

次の話題へ行こうと思ったのだが、きょうだい話にもうちょっとお付き合いを。(ほれ、出てくる時にちゃんと出さないとネ。・・って便秘じゃないけど^^;)

「ブラザーフッド」のイ・ジンテで、JDGは第25回青龍賞男優主演賞に輝いているが、この映画はどちらかというと弟ジンソクの目線で進行している。(ちなみに、ウォンビンくんのほうは、ジンソクで、春史映画芸術祭と黄金撮影賞の新人男優賞を獲得。)
50年余、行方の分からない兄を待ち続け、年をとったジンソク(チャン・ミノ先生)が土に埋もれたジンテの骨に「そんなところで何をしているんだい・・・?」と語りかけ、額をこすりつけて泣くシーンで、いつもなんとも言えない申しわけないような気分に陥る私。(勝手な妄想ごめんなさい、こんなにのんびり生きててごめんなさい・・・等々。)

弟の目線はつまり、観客の目線である。ひ弱くて、すぐに撃たれてしまいそうに見えながら、意外と頑固で気が強い弟。兄は大人びて見えるが、家族を守るために必死な父親でもあり、そこに矛盾があろうが何だろうが、弟を無事に家に還すことのみを考え行動する。しかし、弟には見える。戦場の理不尽や、とうてい承服できない曲った狂気・・・
弟はあくまで「正気」なのだ。

・・・・それにしても弟、とにかく「泣きっぱなし」。怒って兄さんに掴みかかりながら、もう涙。怖くて兄さんにしがみついて涙、悲しくてももちろん大涙・・・・そんなジンソクだったが、あとで彼のデビューからの足跡を見るに、これってほんとうに成長した絶妙なる姿だったのだね。

Brother2「レディ・ゴー」共演はJDGが「サラン」に出ていたのと同時期?同じMBCだから、ちょっと隣りの現場に・・・てとこなんだろうか。「サラン」でイナの親友ソグを演じたク・ボンスンも一緒にゲスト。(左)スンジュはいちおうクールなキャラなのに、この回はやっぱり泣きっぱなし。上は兄弟の写真。(欲しい・・・)やっぱりこの体勢なのね。^^
JDGとウォンビンくんはかつて「スターJ」という同じ事務所に所属していたことがあるが、ビンくんのインタビューによれば、初めて出会ったのは1995年暮れの、アンドレ・キム先生のファッションショーの控え室でのことらしい。
アンドレ先生直々に「ショーに出てくれないかね。」と依頼されるも(先生ってば、綺麗な子はほんとに見逃しません。たまたまケーブルテレビを見ていて目に留めたというのだから驚き。)アンドレ先生何者?ということもぜんぜん知らなかったという。
そのショーの会場だったソウルのホテルの控え室で周りに圧倒されて小さくなっていた。そこへJDGが入ってくるのを見たビンくんは「あ、チャン・ドンゴンさんだっ。」と思い、「こんにちは」と恥ずかしいのをこらえ、頑張ってやっと声をかける。(ファンだった、と言うが時期的に「ファイナル・ジャンプ」見ていたのかな?)
JDGは、ビンくん言うところ、大きな目でじっとこちらを見つめ返し「はい・・・で、どなたさまでしたっけ?」と答えたのだと言う。(なにやら目に浮かぶではないか。たぶん今も後輩にはそんなふうに接するにちがいない。)急に身の置き所がなくなり、ごにょごにょとなってその場を離れた、という初対面のことをあとで2人で笑ったのだそうな。(きっとJDGは覚えていなかったんだな。)

江原道の田舎で育ち、マネージャーから「ジャガイモ岩」(カムジャバウィ)とあだ名されたくらいの頑固さは、地なのだ。その頑固さがあって、良くも悪くもウォンビンという個性が成り立っている。2004年の秋、FC主催のソウルの「マイ・ブラザー」日本人向け試写会で、初めて生で見たウォンビンくんはあんなにも顔が小さくって細くって、尋常でない美麗オーラを放ちながら、ぜんぜん浮ついたところがなく、「意外とオトナで男っぽいんだなあ・・・」というのが私の印象だった。視線だって、どっかのダレカさんみたいに揺れたりしません。笑。
(以上、弟ビンくんのことは私的にまだまだいろいろあるんだが、これはまた改めて。)

1998年制作の「レディ・ゴー」というドラマがある。チャ・テヒョン、ユン・ソナ、キム・ヒョンジュなどと共演したビンくんの本格的ドラマ2作目だった。おなじ大学の映画サークルに所属する若者たちの青春群像で、韓国の学生生活の大変さや、学生運動で挫折した先輩のエピソードなどが織り込まれた、なかなかにいい作品だったのだが、通貨危機でスポンサーが降板したことにより惜しくも8話で打ち切りになってしまった。視聴率はそう悪くはなかったらしい。

Brother3「ブラザーフッド」宣伝用スチール。ジンソク、ほんとに可愛いのう・・・・

その3話目にJDGはビンくん演じるハン・スンジュの兄スンホとしてゲスト出演している。ビンくんはまだジンソクのような演技は出来ていない「ハッキリ言って、へたっぴかも~~」(汗)な頃なんだが、JDGにはもう無条件であまあまである。3話40数分(このドラマ、1話が短め。)のうち、ものの15分も直接の共演シーンはないかもしれないのに、なんなのだ?この固い絆、ってくらいなんである。
苦労して会社を興し、自分が勉強出来なかったぶん、息子たちに厳しくも過剰に期待をかける父と折り合わず、音楽を目指していた兄は、バイク事故により、自殺ともとれる死を遂げる。そのことが大きな心の傷となっているスンジュ・・・・という2人のファンにとってはこの上なく萌えるハン家の兄弟。(おいっ!!)

のちにビンくんのオフィシャル・プレミアムBOXのDVDでインタビューに答えるカン・ジェギュ監督が、「ブラザーフッド」のキャスティングにあたり、彼のドラマをいくつか見た、と言っていたが、その中にこの「レディ・ゴー第3話」は絶対あっただろう、と勝手に確信している。
もしこれからふたたび兄弟を演じる機会があったとして、そのとき2人がすでにいいアジョシだとしても、2人の演技の間に生まれる独特の世界はきっと同じだろうと思う。仲良しの兄弟でも、たとえ確執のある兄弟でも。
(個人的に見たいな~~と思うのは「レインマン」韓国リメイク・・・これを2人でやってもらえないモンだろうか。だれか企画持ち込んでくれろ~~。想像しただけでもうご飯3杯はイケますから、私。)

Brother4戦争前の兄弟のシーン、撮影中のひとコマ。カン・ジェギュ監督と。
生活が大変で、家族全員忙しくて、子供のころは家で一人でみんなの帰りを待つのが寂しかった、という5人きょうだいの末っ子「キム・ドジン」。ケーブルテレビの公募に応募したことから芸能人の道に足を踏み入れたわけだが、「何を持つでもなく、何も知らず、やたらと目を引いたのはその外貌」ということは、デビューのころのJDGと同じ。きっと互いにしかわからない悩みなんかを話したりもしたんだろう。
JDGを慕う後輩はそれこそ山ほどいるが、「ブラザーフッド」をともに演じたビンくんと一緒のときは、別格だと見えるのはきっと私だけではないだろう。

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2007年8月22日 (水)

ジンテ兄さんに思う・・・私が転んだチャン・ドンゴン③

Brotherhood1

ある日テレビで見た「韓国の戦争映画」のCMの、「泥まみれで泣き叫ぶ男の子」になぜかとってもココロ惹かれて、見に行ったのが「ブラザーフッド」だった。
2004年7月の蒸し暑い日、地元のターミナル駅に隣接した映画館はそこそこの入りだった。
私の韓流はこの映画を境にちょっと方向を変え、今に至る。

Brotherhood2_2 戦友の皆さん。馴染んでます。ちょっと(相当)臭そうです。ジンソク、顔小さすぎ~~。
泣き叫ぶ男の子・・・とは説明するまでも無いが、「弟ジンソク」のウォンビンくんのこと。「ブラザーフッド」の制作が発表になった時韓国内では「戦争映画に美男俳優ばっかりキャスティングして、ホストクラブでもあるまいに。」というようなちょっと危惧する見解などもあり・・・。しかし予告編を見た観客がリアルな戦場描写にグルグルになった、だの、とにかく「チャン・ドンゴンとウォンビンが兄弟」と言う設定だけで、妄想オカズにご飯何杯でも状態、さあドコからでもいらっしゃい!状態だったのは確かのようだ。
兄は病弱な弟をひたすらに盲目的に庇い続け、弟は弟で、自分を家に帰そうとする兄の取る行動に反発し、だんだんと気持ちがすれ違って行く・・・・「なんでここまで???」の疑問もぶっとばす一途なお兄ちゃん、それがイ・ジンテさんであった。(語りだすと止まらないのでちょっと自粛。笑。)
「綺麗なひ弱い弟」かと思いきや、真っ黒煤だらけも厭わず、大きな唾飛ばし捲くって、頑固な賢い弟を演じるウォンビンくんを見ながら、いち観客の心のこっち側にいつの間にか大きな塊になっていったジンテ兄さん・・・・。

※(STORY)・・・1950年、ソウル。ジンテ(チャン・ドンゴン)とジンソク(ウォンビン)の兄弟は、母親を支えながら、ジンテの婚約者ヨンシン(イ・ウンジュ)とその弟妹も一緒に、貧しいながらも、家族で仲睦まじく暮らしていた。しかし、6月25日の朝鮮戦争勃発により、兄弟は揃って徴兵されてしまう。自分を犠牲にしてでも、高校生の弟ジンソクを守り、その将来に一家の夢を託していた兄ジンテは、戦場で手柄を立てて太極勲章を授与されれば、弟の除隊を認めるという上官の言葉を信じ、命知らずの戦士へと変貌して行く・・・。

Brotherhood3_3ああこんなに楽しそうだった、戦争前の兄弟。(涙)照れくさいくらいにじゃれてもイイ、と監督さんのお許しで、このシーン。
頭のいい弟にまくし立てられ、ひとことも言い返せない兄。学校なんてろくに行かないで、黙々と働いてきたからボキャブラリーで負けてしまう、ということもあろうが、じつはきょうだいの上のほうって、どうしてもそうならざるをえないところがあるのだね。黙って考えることもけっこう多いし。長女の私、いやもう、身につまされてつまされて・・・。(泣)そういやあ、「英雄神話」でテウ(JDG)の兄インウさんがそんなことを言って酔っ払って溢す情けないシーンがあったけれども、長女、長男はつらいよね。

ジンテ兄さん、塹壕でも弟を抱いて寝る。(おいっ!!)
危ないヤマから帰還しても、まずは弟を抱きしめて五体無事の確認、ぎゅう~~っ!(はいはい・・・)
弟のためなら自分は何をされたって・・・・(いいの?)

そんなジンテ兄さんだもの、弟が死んだと思って壊れてしまったとしてもとっても頷ける。オンマに顔向けできない、国のためなんてどうでもよかった、しかし、今は弟を殺した国が許せない・・・・(って、あれ・・・婚約者のヨンシン姉さんは?^^;ええと・・・)
とにかく、弟が腹をたてて兄さんをなじる度に「なんでなんでオマエ、兄ちゃんのキモチ分かってやんないんだよう~~(涙)」状態がいっぱいいっぱいになったところであのクライマックス。
ふと近くに座っていらしたおじいさんが、咳き込みながら泣き出したではないか。
手が飛ぶ、脚が飛ぶ、ぐるぐる揺れる、の怒涛の戦場にカラダが強張っていた私の「タオルハンカチ」も、汗と涙でもうぐしょぐしょになっていたが、涙のヤマはまだ大きいやつが待っていた。
家に帰ったジンソクが、兄が隠していた作りかけの靴の包みを開いて、大粒の涙をぽろぽろ零しながら見ているあの顔であった。
「ジンソク、兄ちゃんのぶんまで生きて幸せになるんだぞ~~~」(号泣、決壊。)

Brotherhood4_2前の携帯ではずっと待ち受けにしていた、雑誌「プラチナマガジン」のインタビュー記事の笑顔。いったいジンテさんと同じ人か?笑。
日本の戦争映画だって、じゅうぶん登場人物たちは泣き叫んでいるのだが、どういうわけだかこんな放心の境地には至れない。(理由はいっぱい、思い当たる。)
アメリカ映画である「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」などには静かに重いものを感じたけれども。
映画館の暗闇から出た私はといえば、すっかり化粧っけは無くなり、目の周りは子供のように泣き腫らし。こんなになったのにはなるほどこんなワケだったのか、と自分で呆れる(?)JDG&ビンくん三昧がやってくる、思えばこれが始まりだったっけ。

海賊シンさんへ繋がる分断の悲劇の歴史、日本と韓国のことを私なりにひとつ心に場所を作って考え始めたのも「ブラザーフッド」を見てからのことだ。地味でも、丸くても、素敵でなくとも顔に靴墨付けてても、あのJDGの演じた不器用で暖かい、無条件の愛の姿は忘れられない。OSTを聴けばもう、すっかり遠い目。

さて・・・・ジンテ兄さんを演じたころのJDGは、人生で一番丸顔だったかもしれない頂点。上半身もなんだかやたら真四角だったっけ。お腹が出っ張っていると言うような太り方ではないけれど、たしかに「たくましい、強い兄」設定では23歳くらいのようだけれども、ほんとか?って貫禄充分でしたからっ。
こんな兄弟を演じた印象も大きいのだろうが、あちこちで見せてくれた微笑ましいじゃれあいには、世間も反応してたし(え?)おばちゃんも、いちいち盛り上がってしまったっけな。^^

もし弟が、ピくんだったら・・・・(きっと兄を戦場から背負ってガンガン帰って来ちゃうだろうな。)
ヒョンビンくんだったら・・・・(ツバ飛ばして泣く場面がちょっと想像できないんですが・・・。)
ゲーム仲間のインソンくんは・・・・(泣いてばっかりのシーンはいいけど、兄ちゃんを罵倒出来ないかもなあ。「(今、どこにいるって?)お兄さんの心の中だよん」の殺し文句は言ってくれても。笑。)
ジンモくん・・・・(ヒョン、とは呼んでくれても、病弱な弟の設定は無理だろう~~。)

そんなわけで、あの兄弟は、永遠に不滅です。

Brotherhood5も~~、スタッフかと思っちゃったわ、ジンテ兄さん、地味すぎ。撮影中のオフ・ショット。
ちなみに、私がはじめて生で見た韓国人の俳優は、ウォンビンくん。生のJDGに接した時はすでにシンさん状態、すっかり華奢になっていた。生のジンテ兄さんがどのくらいぱんぱんだったのか、確かめられなかったのが今となってはちょっと残念なことである。

(ブラザーフッド、一度で語りきれませんので、またいつか・・・。)

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2007年8月20日 (月)

心を映す鏡・・・私が転んだチャン・ドンゴン②

夏休みの夜中、NHKでなんとなく見ていた仏教が題材の番組の中で、思いがけず法頂(ポプチョン)和尚さまのお姿を見た。JDGが大学受験のさなかに大病をして大手術を受ける羽目になった入院生活で、父上の差し入れによって出会った本「無所有」の著者である。

Jdg1_2 「茫洋と」しかし、やたらと目立ってはいたデビュー作「われらの天国」多分本人は必死。(笑)

1976年から2002年までに116刷を重ねる大ロングセラーの随筆集。今も折に触れ読み返し、「生きる方向性を決めてくれた、人生で最も印象に残る本」と読書好きのJDGは、写真集「J」・韓国編のあとがきで述べ、あのイ・ヨンエさんも座右の書としているのだという。
和尚さま自身は著作活動やテレビでの説法活動などにより感化を受けた「ファン」がたくさん寺に押し寄せたことから身を隠すようにして、山の小さな庵に一人で籠もられた。たまに山を降りてこられては説法されるのを聞くために、大勢の人が吉祥寺にやってくる。その寺は信者が寄進したものだという。
韓国では、経済格差や激しい競争による人間関係のひずみなど社会不安が広がって、和尚さまの生きる仏教の世界へも、救いと癒しを求める人々が近年ますます増える一方らしい。

番組は作家五木寛之氏出演の「21世紀仏教への旅」の第二回目で、五木氏は法頂和尚さまと次の回のブータンのこれまた偉い和尚さまに同じ質問をされていた。

「子供がある日先生に無邪気に、なぜ人を殺してはいけないのですか?と訊いた。それに対して教師はどう答えたらよいのかと非常に悩んだ。和尚さまならなんと言ってその子供に答えてやりますか?」

Jdg2_4左、煩悩と葛藤の頃。ナナメに構えてますが、視線いまいち定まらず。 右、悟りを開いた無我・無邪気の境地(なのか???)独断と偏見で書いております。^^似ているようで、大いに違うのだな。(右は管理人がソウルの映画館で2006年1月に撮影。ボケててごめんね。)

2人の和尚様は奇しくも同じようなことを語られた。
「一人の人間の死は他人事でなく、私たちの生活から一部分が抜け落ちたと考えるべきでしょう。」「人間は元を辿ればみなどこかで繋がっているもの。だから人を殺すのは自分自身を殺すことに等しいのだと教えるべきではないか・・・・」

兵役も無条件で免除になるような、今もはっきりとわかる大きな傷跡。その年の大学受験に挑む気力があるはずもなかったというのはわかるが、3浪するに及んではさぞ、長くつらい日々だったことだろうと想像する。ご本人も周りも。大人になって世に出る前の学生時代の一年は、今思えば時間の流れ方も違っていたと私でも思うし。成績が悪かったとか、ほんとうにグレたとかでもないのに大学に受からなかった本当の理由は今となっては謎・・・というより、ファンの欲目で見ればつい今の姿への「必然」だったのかもと思うけれども。・・・・・人の運命のよられ方の不思議ということ。どこか天上の大きな目にしか分からないことなのだろう。

Jdg3_2 法頂師、1932年生まれ。

で、何が言いたいのかというと・・・・
今でこそ「JDGいいひと伝説」なんて言われて、ほんとうにいい人なんだねえ・・・と、いちファンにも伝わってくるような染み入る綺麗な笑顔を見せてくれるのだけれど、きっとあったにちがいないのだ、人一倍。若かりし煩悩や葛藤が。あんな世界にいるわけだもの。(んでもって、今でも????なことがあいかわらずいっぱい周りを渦巻いているんだもの。^^;)

そんな道を修行僧のように歩いてきた、JDGのココロの内を映す鏡となり、支え続けた法頂和尚さまの言葉を、私もぜひとも読んでみようと思う。

「許すということは、他人に施す慈悲心というよりは、散り散りに崩れようとする自分自身を、自ら整えて収めていくことではないかと思うのである。」(無所有・本文から)

※このシリーズ、思いついたら不定期に続きますんで、ゆるゆるお付き合いくださいませ~~。(転んだ理由って、なかなかいっぺんに出てきませんわい。^^;)

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2007年8月17日 (金)

「そして天使に出遭った」・・・私が転んだ、チャン・ドンゴン①

Angel_2

日本での韓流が最高潮で盛り上がっていたとおぼしき2004年の暮れに近く。
忘れもしない天使に扮したJDGの写真に出遭った。JDGは「タイフーン」のシンさんを演じるために、ダイエットですっかり細くなり、ぱんぱんに丸かったジンテ兄さんよ何処、長く伸びた髪はやわやわとうねり、一気に「ファンシー化」していたのだった。
いろんな余分なものが抜け落ちちゃって、指の先で押したらふなっとなりそうな楚々としたお姿・・・日本、イギリス、スペイン、韓国4つの国それぞれ違うコンセプトとスタイリングのオフィシャル写真集「J」。その年の冬は、年が明けてから出たウォンビンくんのものとともに、「オフィシャル・プレミアムBOX」(通称、お道具箱。笑。)購入等でけっこうな散財をしたものだったが、miyukiの頭の中は妄想その他でぐるぐる(笑)で、いやほんとに楽しかったっけな。お蔭様で。(ここら辺のことはいつか改めて・・・。)

Angel2_4 15日までソウルで開催されていた写真展「鏡の中の神話」ポスター。12人の写真家が参加した。おなじみの写真も。

今まで見てきたいろいろなJDGの写真・・・・ファッション誌の特集などで撮られているもの含め、やはり「何かを想定して演じている」ふうなものがダントツで良い。長年やっていた某紳士服のカタログや、マンションやらモロモロの広告写真、ポスターの笑顔もそれはそれで可愛いのだけれどもね。

※ファンシーとは・・・・・幻想的な、空想的な、意匠をこらした、しゃれた、風変わりな、などを意味する英単語。
・・・・であるとすれば、4カ国のJDGのうち、とにかく一番ファンシーだったのは、文句無くスペイン編だったろう。あとでわかったのだが、それはかのチョ・ソンヒ女史の撮った作品たちで、女史がいちばん愛着のある写真だと言って、最近自身のインタビューの中でも挙げていたのが、この天使だった。
嬉しかった。私にとって、「JDGって・・・・???」と最初に思わせてくれた天使。じつにいろんな想像を喚起させてくれた、この作品。

天使は裸の上半身に白い大きな羽根を背負って、暗い色調のタータンチェックの、伝統的なキルトスカートを穿き、長い脛を年季の入ったミネトンカの編み上げブーツに包んで、荒野で風に嬲られて立っていた。そもそも、このスタイリングがすごい。
仕事柄いろんな服を着たろうし、それに関して疑問出しも文句も余り言わないのだろうと思しきJDGだが、このスペイン編でははじめてヘアメイクに関して女史と意見がぶつかったらしい。

Angel3ドラマ「エアシティ」の撮影現場。真ん中がソンヒ女史。仁川空港をバックにした印象的なポスターは女史の作品。ジョンジェくんとは仲が良いらしい。

彼の気持ちも分からないでもない。スカートに羽って・・・??あのドンスさんやジンテさんがスカートで、羽。(字で書くと・・・笑。)いやあ、たとえ若くてお肌ぴちぴちのころだったとしても、可笑しげなだけで、あの天使にはきっとならない。洒落にもならない。
女史と、JDGの霊感が出会って出来ている世界なのだ。
天使のほかの格好も秀逸だ。ブランドものだけでそろえたのではなく、古着のような革コートや、民族衣装のようなたっぷりとギャザーを取った白のシャツ、牧童みたいなベスト・・・・ジョニー・デップというより、ちょっと昔のアントニオ・バンデラスとかが似合いそうな。

女史の写真のスタイリッシュさ、色彩感覚、美意識は、延世大学の被服学科出身というところからも大いに来ているのかもしれないのだが、何よりひとつの完結した演技世界として、俳優をその気にさせて、切り取ってくる瞬間の表情の絶妙なこと・・・・。
女史自身も被写体に負けず秀逸なキャラらしい。彼女へのポスター、CDジャケット等の撮影の依頼はひきも切らないようで、たまに現場写真にも写っていらっしゃるのだが、その存在感ですぐわかる。

Angel4ジオダノ2007年春夏も女史の撮影。被写体はピくん。彼にはどんなふうに話しかけていたのだろう。

「出会いは雷の一撃である。」

・・・と、かつて大好きだった老舞台演出家が言っていた。その演出家は、演者とともに作品を作り上げる過程は「愛の行為」と言っていたが、果たしてソンヒ女史も「写真を撮るということは短い恋愛に似ているのかも」と言う。
被写体と、レンズを通してまっすぐに通じ、引き合う磁力と感性・・・・その人らしさ、その人が自分でも思いも寄らないような、自分の中に隠されていた自分の姿。そういうものが女史の好奇心を限りなく刺戟する、目下一番の存在が、JDGというひとらしい。
そういう、ひとつ上行くアートな関係はなかなか生まれないものであるから、JDGよ、女史とともにこれからもどんどん美しい作品を残していってくだされ。

白い羽根を背負ったJDG・・・・多分韓国においても、あとから見ればナルホド、と思っても実際なかなか辿り着けない境地であっただろうと想像する。どなた、とは語られていなかったが「ある人物」は天使JDGの写真を見て「幻想か幻影のようだ」とおっしゃったらしい。
天使には、写真集に発表された時、両肩に白い背負い紐があって、そこだけミ妙に人間っぽくて可愛かったもんだが、(映画「オールド・ボーイ」にも、娘に買ってきた天使の羽背負ってパタパタさせる小太りミンシク先輩、というシーンがあったっけ。)写真展「鏡の中の神話」に出品されるに当たって背負い紐が修正されて無くなったら、なるほどほんとに「幻想か幻影」度、増したかもしれない。

私もその幻想・幻影にすっかりやられて、今に至る、である。

※夏休み、もっとなにか語ろうと思ったのに、猛暑で溶けたままぜんぜん纏らずに更新もままならず、ナサケナイこってす。さて、チャングム及び「FACE in JAPAN」ドームイベントも、猛暑の中つつがなく行われた様子。行かれた方々の感想もいろいろのようだったが、これからはドームとかアリーナで、韓流イベントを開催するのは主催者側も考えたほうが賢明だろう。ほんとうに楽しみにして参加する人が集中して見られる、また出演者もやりがいがあるような内容、演出・・・ぜひとも再考を。

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2007年8月12日 (日)

アクロバティック・白鳥の湖を見た

8月9日「アクロバティック・白鳥の湖」再来日公演の初日を見に、猛暑の渋谷へ出かける。
いやもうほんとうに暑くて、文化村オーチャードホールってなんでこんなに駅から遠いのさ・・・。(で、席に付くまでがまたくねくね・・・)去年の初来日公演は、残念ながら見ていない。ゴールデンウイークのころだったか、夜中に今年の再来日公演のTVCMを見たのである。で、ムラムラと鑑賞意欲が沸き起こりチケットを購入。誰か誘いたかったのだが、安いチケットではないもので・・・。

Swan1 公演ポスター。実際は白鳥はチュチュ(スカート)の付いていない衣装。

いつだったか記憶は定かではないが、中国の雑技団のことを取材したドキュメンタリーで、「人の肩の上にトウシューズで立って美しいバランスを見せるバレリーナ」の芸を見た。もう目が点。幻かと思った。思えばそれが今回の主演の2人だった。
中国にはご存知の通り、国家の保護の下、各地に有名な雑技団があり、子供の頃から寮生活をして驚くような芸を磨いている。
雑技団出身の芸人さんたちはシルク・ド・ソレイユなど、世界中のサーカスにも参加していて、この「東洋の白鳥」は2002年にモンテカルロ国際サーカスフェスティバル・ゴールデンクラウン賞を受賞。その演技から派生したのが今回の「白鳥の湖」なんだそうだ。
どこの国でもバレエ団が海外公演を行う際、チャイコフスキー作曲のクラシックバレエ「白鳥の湖」は欠かせないレパートリーといっていい。私も数え切れないくらいの世界中の「白鳥の湖」を見に行ったものだ。とくに日本においては良く知らない人がバレエを思い浮かべる時、頭の中のバレリーナは9割がた、白鳥のオデット姫の姿をしていると思われるくらい、もう「バレエの象徴」だろう。
みんなが知っていて、みんなが大好きな「白鳥の湖」のニューバージョン・○○版というのを上演すること・・・・白鳥が大好きな評論家やマニアの皆さんを納得させるのは至難のことなのだけれども、この「アクロバティック・白鳥の湖」、バレエの本場ロシア公演で熱狂的に迎えられ、バレエダンサーに与えられる最高の賞「ガリーナ・ウラノワ賞」も授与されたんだそうだ。

Swan2ポスター撮影風景。白鳥ウ・ジェンダンと王子ウェイ・バォホァは実生活でも夫婦。東洋人らしいたおやかで華奢な美しさ。

オーチャードホールの客席を見回せば、老若男女けっこういいバランス。・・・といってもやはり元気さかげんが目立つのは中高年の女性だろうか。この日はオペラグラスが要らないくらいの前のほうの席で、この劇場は前だと足元が良く見えなくなるので背伸びして首がかちんかちんだったが、おかげさんで、文字通り「仰天世界」を目の当たりにできたのである。後ろの列に4人くらいで来ていた年配の品のいい女性グループは一目で「昔、バレエ踊っておりましたのよ」とわかる風情。王子と白鳥のありえない世界に「ひゃああっ。。。」みたいな悲鳴にも似た溜息。これはバレエ経験者だからこそ出てしまう声なのだ。わかりますとも。休憩時間も姫のしなやかな風情と技を大絶賛。「私たちの行けなかった世界よねえ・・・」

「バレエは普通の人間がしなくてもいいこと、できないことを訓練によってあえて可能にする芸術」だと私は思っている。嘘だと思ったら鏡の前でちょっとポーズしてみよう。
あれ?こんなんじゃなくもっと足が上がってないと・・・って上がりましぇんからねっ。(笑)
だいたい床の上で踊るのだって普通に難しいことなのよ。(力説)

(とりあえずこちら、ご覧になってくだされ。)

Swan3群舞の大きな白鳥さんたちは長いチュチュの下にローラースケートを履いていて、文字通り水面を滑るように移動。
こんな微動だにしないで王子の肩に吸い付いたように動かない軸足。訓練中は王子は肩の肉が抉れて穴があいて、流血が絶えなかったらしいし、頭の上に立つというのに至っては、なんと頭蓋骨にヒビまで入っちゃったらしい。!Σ( ̄ロ ̄lll)
こんなに細くて小さくて、体重がないかのように軽々としなやかな白鳥にも、やはり体重というものはあるのだな。
クライマックスで、まっすぐに片足を高く上げた王子の頭の上の白鳥が、上体を後ろに撓らせてブリッジになり、いわゆる新体操の「MGキック」になった時には会場の興奮度は最高潮。
「この世で一番美しいものを見た」と会場の皆さんが思っているのがヒシヒシと伝わってきた。私も信じられないものを見た気持ちで泣けてきちゃったし。
ジャンルを越えて、ひたすらにひたむきに限界にむかって努力し続ける姿への尊敬や憧れが、この舞台を見ると素直に沸いてくるのだね。

冒頭。幕が上がると、巨大な張り子の白鳥。セットはちょっと昭和なかほり。日本のバレエ団の公演見に行くと良く似たかんじだったのを思い出し思わずにんまりしていると、いきなりその白鳥が「ぱかーーーん!!」と全開し、中からちょっと太めの黒鷹王が出現、姫をがば~~っと抱えてさらっていく。このへんから、子供といっしょに見たら喜びそうな、雑技団ならではの楽しい元気な演出が続く。
Swan4 夢うつつに美しい白鳥姫を見た王子は道化と旅に。その王子がエキゾティックな輿やら、駱駝や象に乗っているところを見ると、王子は世界旅行をしているわけね。紫禁城も出てくるし。本来の群舞シーンが巧みに雑技の芸に演出されているのだけれど、団員さんたち、相当バレエの訓練を積んだと思われる。これも身体能力の高さあってだろうけれども、半端なバレエ団より迫力あったし。次にバレエの舞台を見たとき、なんとなく物足りなかったらどうしよう、とマジで心配。(笑)
黒鳥を踊った若い子はバレエ出身のようだったが、白鳥姫のほうはもともとが新体操をやっていたお人だそうだ。その後、王子役の彼と「組体操競技」を経て、雑技の道に。
マッチョな王子様は、特に跳んだり廻ったりの男性ダンサー特有の見せ技はやらない。しかし、この王子様には、姫をガッチリ支えるという一番の美しい使命と見せ場が。命綱無いんだから。二人ひとつにならないと出来ないんだから。(泣)

何かと話題の尽きない中国だけれど、このすごさ、いまの日本においてはやっぱり見られないものだと思うから、もう仕方ない。脱帽。
そういえば、あの美輪明宏先生も涙した「千手観音」(聾唖の舞踊団のこれもすんごい芸。)の公演も今年やってくるようだ。

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Swan5 ※SKテレコム「T」、別バージョン、落書きする乙女JDGをお楽しみくだされ。ぷぷぷ・・・・こまったなあ。(このウチ巻きのおかっぱ?どうなのよ。^^;)

こちらへ。

なぜか半端に捲くられた白いズボンから覗いている足首がツボです。

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2007年8月10日 (金)

2007年・夏休みと韓流

・・・・といっても、この夏の韓流イベントには自分がぜんぜん出かける予定がないものだから、うっかりニュースチェックも怠ってしまって、おいおい・・・・
「FACE in JAPAN」は8月1日、無事開幕。開幕式にはシウォン王子がご列席、ファンが4000人も炎天下集まったと言うのだけれども、なんだかとっても遠い世界で・・・・(テープカットの場面では、なぜかデヴィ夫人とうつみ宮土里さんに挟まれておいででした。これもよく分からない世界。汗。)そうか、王子は広報大使だったっけ。
お盆にはドームのイベントが2日間。出演者の皆様、各ドラマで見ればなかなかの渋い顔ぶれなのだが、ドームでのイベント、何するのかな。詳しくは、こちらへ。
そういえば、チャングムのイベントもやっぱりドームで、今週末だったっけ。(遠い目)
嗚呼、こんなに暑いのに・・・・

Hannryu1このくらい出ててもマズイだろか(汗)微妙な位置で切ってみました。7日の朝刊の全面広告 。

そうなのだ。私め、夏の初めの「韓流ロマンティックフェスティバル」で、もうすでにこの夏じゅうの気力使い果たしちゃった気分なのだ。昨日も用事があっていたしかたなくアフターファイブの渋谷へ出かけ、遭難しそうな気分になったし。(なんであんなに暑いのに、あんな吐きそうなくらいの人が居るんだ、ハチ公前!!Σ( ̄ロ ̄lll))

ちょっとまえ、ジャニーズさんところのお子達と東方神起がオリコンのトップを争ってのイベント合戦。これも死にそうな炎天下、相当なファンの皆さんが結集したとのこと。K-pop音痴で、最近やっと「神話」の全員の名前と顔が一致したような私だが、この間までネット視聴していた「エアシティ」のOSTでトンくんたちの「ハルダル」を聴けばこれまた心は仁川空港。(馬鹿)去年見に行ったM-net開局イベントに謹慎中で来れなかったのは「ジェジュンくん」であったと、友に質問してやっと確認。(どうもすみません・・・)

Hannryu2 渋谷駅ハチ公口交差点に面したビルの東方神起の広告。ニュースなどでもこの広告、よく映っている。

メンバーに代わって踊っていた銀の仮面くんは、ポップジャムの公開録画で同じ頃に生トンくんたちを見た妹にも相当強い印象があったようだ。(仮面くん、けっこういい体格だったけども、ダンス上手かったな。)で、若いお友達からライブのチケット申し込みの応援を頼まれて、軽い気持ちでいいよ、と言ったところ、ぜんぜん駄目だったわ驚いたわ~~甘く見てたわ~~謝っちゃったわ・・・・だそうで。(妹は自分の好きなアーティストのチケット調達なら相当の鉄人なんですが。)ここにも私の知らない世界は広がっているのであった。
・・・というわけで、このたびやっとなんとか東方神起も名前と顔が目出度く一致。
オトナのジャニーズ(なんだ、そりゃ^^;)ならともかく、お子たちチームにはまったく興味が向かないのだが、世間のおねえさま方、やっぱり「より若い方が」いいのだろうかね。いかんせん「非力」っぽすぎてぜんぜんそそられないんですが。ちゃんと米粒のご飯、食べてるかい?片やトンくんたちのダンスはカラダもしっかりしてるし、パワフルですな。そのくらいは分かりますとも。ダンスにはちょこっとウルサイmiyuki。

7日火曜日の朝刊には、9月8日公開の日本映画「HERO」の一面カラー広告出る。木村くんと、松本幸四郎さんを除いては、正面真ん中でかなり目立っていたビョン兄。(これは、見に行こうかな。)

Hannryu3 「なんだか恥ずかしそう」なFappaiの案件。

ウチのJDGは、8月前半、おなじみのPOSCO、GIORDANO、KENOXとCM撮影が続いたようだが、春先の夜中、某大学キャンパス内で撮影した中国の紳士服メーカー「FAPPAI」CMを見た。なんだかちょっと「恥ずかしそう」なんであるが、私の気のせいでしょうか。ましてや先にMAXビールなどのの楽しいふにゃらけぶりを見てしまうと・・・。(笑)ナレーションといい、扱いと言い、昔のアラン・ドロンの「ダーバン」思い出しますがな。ぷぷぷ・・・。

CMはこちらから。

今日もうだるような暑さ。用事が済んだらいたずらに外をうろうろしてうっかり熱中症にでもならぬよう、やっぱり家で静かにDVD鑑賞集中強化週間てことにしようかな。

Hannryu4 お出かけの皆様、水分補給にはどうか十分お気をつけて、いってらっしゃい。

※右・POSCO様現場。若奥様は膝丈スカート(なのか?)セットとモデルルーム及び現地物件は果たして「同仕様」なんだろうか、POSCOマンション。(ひっそりあっちのサイト様からお借りしました。こそこそ・・・)

※師匠のところで改めて知ったのだが、「イヴのすべて」のあの「True love」歌ってたフィンクルって、ソン・ユリちゃんとイ・ヒョリちゃんがいたんですね。へえ~~~・・・でした。ウリ黄金王子教「非」信者だけども、あの曲聴くとさすがに自動的に思い出しますがな、ふくふくの理事さん。

※これも小ネタですが、ウォンビンくんの初ぽっぽシーンは「クァンキ」相手はあのヨンミ、ことキム・ソヨンさんですからっ。(ほお~~・・・・。)

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2007年8月 7日 (火)

戦場のメリークリスマス

1983年に公開された、大島渚監督作品である。当時若造だった私も、見に行って、泣いた。相当大泣きした記憶があるのだが、何に泣いたのか思い起こしてみるに、やっぱり若かったよなあ・・・。(遠い目)
調べてみたら、その年の5月末に公開になっているが、映画を見に行った時夏物の服を着ていて、暑かった記憶があるから、多分夏になってから見に行ったのだ。
で、今、無性にもう一度この映画を見たいと言うキモチなのである。
24年の月日が流れて、美しかったあの男たちもそれなりの年になり、私もすっかりめっきり、年を取った。
・・・というわけで、本日は久々に韓流でない話題でミアネ・・・

Senmeri1 プログラムの表紙。ものすごく懐かしい。(涙)

なぜ唐突に「戦メリ」かといえば・・・・日曜の午後、テレビで某ジャーナリストの取材報告のBC級戦犯の番組を見たことによる。その番組の言わんとしたことには、踏み込もうとすれば、大変な準備と慎重な心配りが必要とされるので、今は深くは触れまい。
番組では主にシンガポール、チャンギー刑務所に収監され、軍事裁判によって処刑となったBC級戦犯にまつわるエピソードが淡々と静かに紹介されていた。その多くが映画「戦場にかける橋」の舞台ともなった泰緬鉄道(たいめんてつどう)建設に関わった人々であった。
戦メリの舞台はジャワ島の日本軍捕虜収容所だったが、番組を見ながら一日本人として様々なことを考えさせられた一方で、なぜかこの映画に描かれた登場人物たちの葛藤、相克が、ふつふつと渦を巻くように浮かんできたのである。

※A級戦犯約200名が、巣鴨拘置所に逮捕監禁されたのと同時にBC級戦犯約5,600人が各地で逮捕投獄された。横浜、上海、シンガポール、ラバウル、マニラ、マヌス等々南方各地の50数カ所の牢獄に抑留され、約1,000名が軍事裁判の結果、死刑に処された。
※B級戦犯(ビーきゅうせんぱん)およびC級戦犯(シーきゅうせんぱん)とは、第二次世界大戦の戦勝国である連合国によって布告された国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判条例における戦争犯罪類型B項「通例の戦争犯罪」、C項「人道に対する罪」に該当する戦争犯罪または戦争犯罪人とされる罪状に問われた一般の兵士ら。 A級(A項「平和に対する罪」)と同様に、B、Cは刑の重さではない。
(以上、ウィキペディアより)

Senmeri2 こちらはチラシ。皆さんお若い~~。

戦争を描くということは、ほんとうに困難極まりないことなのだ。皆が「自分は正しい」と信じることの底にある、民族や宗教や歴史、差別問題などなどなどの深い闇・・・・。戦争によって、人間のすべての問題が引きずり出されると言って間違いない。
起こることの悲劇を作品の上に表現し、観客に訴える監督さんの手腕によっては、言い方は乱暴だけれど、力及ばず単にお涙頂戴の絶叫にしかならなかったり、悲劇が「自分ちだけ」な描き方にしかなってなくて鼻白んでしまったり。作品が発表されたその時代の背景もあろう。
どういう表現手段でも、何の映画であっても、見るものがそのときに何を考え何を悩み、どれくらいのことを経験してきたか、はたまたまだ何も知らない無垢なココロなのか、果たして頭は柔軟か否かということなどによって、「何かが落ちる」場所はほんとうにそれぞれなのだな、とつくづく思わされる。
それぞれ、そのときのキモチでいいのだと思う。例え理解は若気の至りであろうともこうやって随分あとになって改めて思い出すこともあろう。

当時は坂本龍一、デヴィッド・ボウイ、ビート・たけしと言う配役の異色さ華やかさと、主にたけし氏によってネタにされていた大島監督のエピソードの可笑しさなどがずいぶんマスコミに取沙汰されていたものだ。
ヨノイ陸軍大尉を演じた坂本龍一の手になるあのテーマ曲といい、あの映画のイメージ自体が今思い出してもちっとも色褪せていないのはすごい。逆に、同時にカンヌ映画祭に出品され、グランプリを取った今村昌平監督の「楢山節考」こちらは、日本映画の歴史の中にきっちり嵌っているように思える。

Senmeri3大島監督も、また若い。ボウイさんは、今も余り変わらないところが、ひょおおお~~~・・・(ほんとうにバンパイアかも??^^)
戦メリがグランプリを逃した時のおすぎさんの憤懣やるかたない様子をワイドショーで見たことを、今もはっきり覚えている、気持ちは、よくわかる。「戦メリ」は厳密に言うと、日本、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの合作映画だったが、それを監督し、こんな世界を描いたのが日本人の大島渚氏だったことがミソだった。
捕虜収容所という非常に閉ざされた場所を舞台にして描かれた「戦場のメリークリスマス」戦争としての戦闘シーンは描かれていない。トラウマを抱えながら強く惹かれあい、破綻するヨノイとセリアズ。ヨノイは2・26事件に遅れたことを軍人として恥じており、セリアズは、障害を持った弟が学校で辱められるのを助けるどころか傍観していた自分が許せない。記憶は甚だ定かでないのだが、捕虜たちの身代わりとなって死んでいくセリアズの瞼の裏にこの天使のような弟が現れ、デヴィッド・ボウイ演じるセリアズが、故郷の美しい庭でひとこと許しを請うような、そんなシーンがあったかと思う。若造の私はそこで大泣きしたのだった。今見てもきっと泣くと思うが、同時にこの映画に並べられた、もっとたくさんの容赦のない事柄に気がつくことも出来るだろう。

Senmeri4「教授」坂本龍一氏。お芝居は、うむむ・・・(笑)しかしながら、ボウイに「ちっす」され、このあとくらくらっとなるこのシーンは入魂。 

90年代に入ったばかりのころだったと思うが、当時友人が所属していたヨーロッパの某バレエ団が日本公演のために来日したので、宿泊先の高輪のホテルに彼らを訪ね、みんなでラウンジでお茶していた。すると、紬と思しき渋い和服姿に信玄袋をぶら下げた大島監督がやってくるのが見えた。ヨーロッパでも評価の高い監督のこと、友人たちも知っているに違いないと、話題を振ってみた。
「ね、あそこにいるの、ナギサ・オーシマだよ。映画監督の。“俘虜”見た?」(戦メリはフランスでは「フリョ」という日本語題で公開された。)
すると、金髪のおにいちゃんが目を輝かせ「オレ、シャーロット・ランプリングの出た“マックス・モン・アムール”なら見た。」と言う。
女子が一人立ち上がり、「アタシ、ちょっと見てくる!」と小走りに。(普段は楽屋の出待ちをされるほうの身。)
「ほんとだ!ナギサ・オーシマだった!」(興奮)
(なんとなく誇らしい、他人のフンドシなワタシ。^^;)

そんな「戦場のメリークリスマス」を思い出した今年の8月である。

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2007年8月 4日 (土)

Maxビール絶好調!

Max1

JDG、おちょぼかと思えば、けっこう奥行きはありそうなこんなお口になることも・・・

人が「善良・意志強く・巨大で・美しく笑う」男だというインタビューを真面目に紹介する側から、最近本国で、最もJDGの実は乙女でへもへも満開な本質を活用していると思われるCMシリーズの新作が公開になった。ははは・・・・
何はともあれ、笑ってくだされ。

※CM4篇、ダウンロード出来ます。こちらへ

※メイキングはこちら。(今回のメイキングはページ一番下のNo.3です。)

「スーパーマーケット編」A・B
「回転テーブル編」A・B
ともにちょっとずつ違っている。メイキングもサイトで公開になっているが、カメラが廻ってない時までオイシイお姿が満載。

Max2 去年のスチール写真から。

回転テーブル編、「黒シャツの美しいJDG」オトモダチとテーブル囲み、「おまい、先に食いなさいよ、い~からいいから・・・」「いやなんのなんの・・・」と譲り合うそのリアクションは、いちお「洗練されたオトナの男」(これはマジで新鮮でしたわ。)しかし、ひとたび一本の冷えたビールが登場するや、たちまちその大きな目が泳ぎ、鼻の下が伸び、上目遣いになると同時に鼻の穴も全開。ビールだけは譲れないのね。そんな必死に・・・・(笑)

「スーパーマーケット編」これは本国で撮影ショットがさきに流出した時、奥さんにビール買ってくれ~~とおねだりする休日のダンナなのかと思ったのだが、そうじゃなかった。
一人ふらふらスーパーでお買い物をしている青いカーディガンのアヤシイJDG。
財布、ちゃんと持ってきたかい?欲しいもの片っ端からカートに入れちゃってる?ところで、このソーセージは商品なの?試食用なの?(謎のスーパー)
んでもって普段お買い物なんてしに来ないから、ビールの売り場なんて「ボクちゃん、ワカンナイ」よそ様のカートにあるの、失敬しちゃうか・・・?てとこでカートの主の美女に見つかMax3 り「ふえっ!!??」この横移動のフットワークときたら・・・。(爆)
それにしても、随分背の高いおねいさんだこと。すっかりJDGが腕白坊主風味。

前出の「チャン・ドンゴンマーケティング効果」論じゃないけども、JDG渾身のCMの成果か、Maxビールは今季売り上げ絶好調らしいですから。

しかしなあ・・・・このお茶目な男、ほんとうに「893のドンスさん」で「ぱつんぱつんのジンテ兄さん」で、「金歯の海賊・シンさん」だった人なんだろか。神秘だ・・・・。
映画でもドラマでもこんな姿はまず見られないだろうから、ほんと、感謝してます、Maxビール様。

Max4

※Maxビールに関しては、当初から顔のタガも外し捲くりの変幻自在な表情演技。ちなみに、グラス持つ手の小指はいつも控えめなれど、立ってますから。ぷ。

※(左)こちらも去年のスチール写真。(サイトより。)

いいのか?こんな無防備で、どっかのコメディ漫画みたいなゆるゆる股関節の立ち姿・・・・(泣き笑い)宇宙が見えるどころでないっすよ。

おお~~~いっ。^^;(木霊でも返るかな・・・??)

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