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2007年1月

2007年1月30日 (火)

『キムチ兄弟 SS ~その理由を彼は知らない~』

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

【Written by tartan】

玄関の扉を開けた途端、俺の目に飛び込んで来たのは、片方があさって、もう片方がしあさっての方向を向いた革靴だった。しかも、あさっての方向を向いた一足は、裏返って靴底が見えており、いつ踏んだのだろう、ご丁寧にガムまでくっついている。
やれやれ、と思う。やっぱりな、と。
気を取り直して居間に入ると、そこには更に悲惨な光景が待っていた。
悲惨だと分かったのは急いで部屋中のカーテンと窓を開けたからで、入った瞬間に俺が目にしたのは、抜けるような青空の午前十時とは到底思えない、ドヨ~ンと空気の澱んだ異空間だった。
光を入れ、あらためて室内を見渡す。
まずドア付近の床に、丸まったコートが落ちて・・・・いや、本人は畳んだつもりなのだろう、無造作に置かれていた。視線の先、ソファーの背もたれには、手前からネクタイ、袖が片方裏返った上着、ベルトの通ったままのズボン、Yシャツの順に投げ出されていた。これも多分本人にすれば“掛けておいた”つもりなのだと思われる。
ならば靴下もきっと・・・・と辺りを捜索すると、案の定ソファーの足のところに落ちていた。どうしたことか、片方しかない。
俺はとりあえず片方だけの靴下とYシャツを洗濯機に放り込み、スーツを手早くハンガーに掛けた。裏返った袖は直し、ベルトは抜いて別に掛ける。
しかし作業はそれだけでは済まない。
テーブルの上には昨夜食べたと思しきコンビニ弁当の残骸が。下には最近気に入ってそのメーカーばかり飲んでいるのだと本人が言っていたMaxビールの空き缶が二本。缶の横には、・・・・あった。靴下の片割れだ。ビールを飲みながらポンポンと脱ぎ捨てる様子が目に浮かんだ。
摘み上げて俺は、もう一度洗濯機まで走る。
気持ち洗剤を多めに入れて、スタートスイッチを押した。
ゴミは分別して袋に入れたが、まだ何か臭う。
くんくんと、己の嗅覚だけを頼りに俺は進んだ。
「あった」
キッチンに放置されていたキムチにラップをかけ、冷蔵庫にしまった。

――――――さて。
居間には、その抜け殻しかなかったということは、スーツの中身は自室なのだろうか。
居間の惨状からして、昨夜は帰りが遅かったのかもしれない。
まだ眠っているのだろうか。足音を忍ばせ、彼の部屋に近づいた。
ドアは、案の定半分開いている。
この人は、自室のドアさえきちんと閉めなかったりする。昔からだ。変わらない。
タタッツ・・タン・・・タンタン・・・タッ・・・パシッ
その、先月よりずっとリズミカルになった音で、彼が寝てはいなかったことを知る。
週末なのに、起きて仕事をしているらしい。
タタッ・・・ダダダッ・・パン、パン!
結構早い。随分頑張ったんだろうな、と内心ちょっと感心してしまう。
ニヤつく顔のままドアの隙間から覗き込むと、――――いたいた。
丸まった背中には“それはもう、必死です”書かれていて、俺は失礼ながら思わず噴き出してしまった。
「んぶっ」
「あ・・・」
それはもう必死な背中が、ビクリと反応して振り向いた。
「ドジン」
「おはよう、兄さん」
「いつ来たの?」
「ん、今さっき」
「なんだ、声、掛けてくれればよかったのに」
「まだ寝てるんじゃないかと思ってさ」
「まさか。昨日持ち帰った仕事を片付けていたんだ」
仕事片付ける前に居間を片付けろよ、と思う。
「ねえ兄さんさぁ、母さんたちが一晩いないだけで、どうしてあそこまで物凄いことになっちゃうの?」
「物凄いって、何が?」
「何がって・・・・」
コートもスーツも畳んで掛けておいただろう。その大きな目は何の悪気も邪気もなくそう言っていた。
「一晩じゃなくて二晩だよ。明日の夜帰ってくるってさ。お前にもお土産買って来るって言ってたよ」
「・・・そう。そりゃ楽しみ」
「多分、トルハルバンの置物だよ」
「あんなの重くて持って来られないよ。石の塊なんだから」
「あ、知らないの? 発送してくれるらしいよ。この間行った時母さんったら、やたら気に入っちゃったらしくてさ」
「石の置物が?」
「うん。今度行ったらドジンの分も買わなくちゃって、張り切ってたから」
「・・・・・」
「俺はいらないよって、言っておいたけど」
俺のもいらないと、どうして言ってくれなかったんだ。気の利かない兄だ。愛想もへったくれもない石の置物など、頼まれても貰いたくない。どうせならみかんチョコレートにしてくれと、あとでシニョンさんの携帯に電話しておこうと思った。

母さんと、兄さんの彼女のシニョンさん、それと市役所のオンマ、ヘスクさんの三人は一昨日から済州島へ出かけている。この三人、実はこの半年間ですでに四回目の旅行だ。
「三人の仲がいいなんて、こんなに嬉しいことないじゃない? 母さんたちも、喧嘩ひとつしないんだから」
兄さんはことあるごとにそう言って笑う。
母さんたち、というのは俺たちの育ての親であるミスク母さんと、兄さんの生みの親のヘスクさんのことだ。母二人と未来の嫁・・・・とても複雑な関係の三人の仲を、当初俺たちは随分と心配したりもしたが、ほどなくそれは取り越し苦労だと悟る。
ある一定の年齢を過ぎ、修羅場を潜り抜けてきた女性というのは、俺たち男の想像をはるかに超える生命力と環境適応力を備えているらしい。あれよあれよという間に、やれどこどこのホテルのランチは美味しい、やれ格安ツアーがあるから行ってみないかと、三人連れ立ってはいそいそと外出ばかりするようになった。
そのこと自体はいいのだ。別に。仲のよいのに越したことはないと俺も思う。
問題は、彼女ら三人がグルメだ温泉だと楽しんでいる間、すっかりほったらかしにされている兄さんの世話が、全面的に俺に回ってくるということだ。
普通の三十四歳の成人男子ならば、数日間一人にされたところで特に困った状況にはならない。独り暮らしをしている人もたくさんいる。しかし。
兄さんの場合いささか、というか相当、身の回りのあれこれを気にしなすぎる。もっと突っ込んで言えば、ズボラ。正直に言ってしまえば生活面における自己管理能力にかなり問題がある。
スラリと整った容姿に騙されてはいけない。ゴミ箱に向かって鼻をかんだティッシュを投げ、入らなければそのままにする男なのだ。
「どうでもいいけどさぁ、キムチくらいはラップして冷蔵庫に入れなよ。部屋中臭かったよ」
「あ、ゴメンゴメン」
さほどゴメンと思っていない声でそう言った兄さんの目は、すでにPC画面に向けられていた。何度注意したってこの調子なのだから、俺もそれ以上は言わない。
『ドジン~~、三日ほど旅行に行ってくるからテヒのこと、よろしく頼むわね~。お土産たくさん買ってくるからね~~』
母さんから電話が来るたび、俺はこうして兄さんの“お世話”にやって来なくてはならないのだ。でも大丈夫。随分前に、諦めの境地に達している。
「ねえドジン、この記号って、どうやって出すの?」
「ん?」
あの酷い怪我のあと、どうにか復帰した市役所の新しい部署は、PCを使う仕事が主なようで、このところ兄さんは慣れないPC画面と睨めっこの毎日らしい。A4ほどの大きさの用紙にラフに手書きされた、数枚の企画書らしき書類を、必死で画面に入力している。俺なら一時間とかからない仕事だが、PC超初心者の兄さんには、多分夜までかかっても終わらない分量だろう。
「この、ヘンテコな記号なんだけど」
「ああ、これね。コレはIMEパッドから文字一覧・・・・それで、下の方までスクロールしていくと・・・」
「あ、あった! あったあった。ドジンはさすがだなあ」
ありがとう助かったよ、と満面に笑みを湛える兄さんに俺は、脱いだ靴下は必ず洗濯機に入れろと言い渡す機会を逸する。
「兄さん、朝飯は? 食った?」
「んーっと・・・・あれ、食ったかな? どっちだっけかなぁ・・・あ、またミスった」
「・・・・・・」
「そういえば、食ってなかったかもしれない・・・・わ、文字数が多すぎるよ・・・・こういう時は、えーっと、そうだ! 余白を減らせばいいんだ。思い出した」
「・・・・・・」
コーヒーとトーストでいいよね、と言い残し、俺は返事も待たずにキッチンへ向かった。

「兄さんさ、随分タッチが早くなったよね。先月見た時とは大違いだよ」
「そ?」
トーストのカスをテーブルにぼろぼろぼろぼろと零しながら、兄さんはんふっと嬉しそうに目を細めた。
「毎日やってるとね、結構覚えるもんだよ。最初はそれこそ電源スイッチがどれなのかも分からなかったけど」
この頃はファックスを裏返しに送ったりもしなくなったのだと、兄さんは誇らしげに胸を張った。OA機器に関してだけ言えば、兄さんは赤ん坊か原始人かというくらいに疎かったのだが、最近は多少なりとも進歩が見られるようだ。
「兄さん、ジャム、ついてる」
「んあ?」
「口んとこに」
「・・・・ああ」
舌でジャムを舐め取った後、袖で口を拭く。これも昔からちっとも変わらない。
テヒはお箸もキレイに持てるし姿勢も良いし、好き嫌いもない行儀のいい子なのに、どうして食べ物をぼろぼろこぼすのと、袖でお口を拭くのだけが直らないのかしら。母さんはいつもそう嘆いていた。
でも、そんなふうにブツブツ文句を言いながら、母さんも、シニョンさんも、ヘスクさんも、誰一人として兄さんのそういうところを心から嫌ってなどいないことを、俺はちゃんと知っている。
「ブラインドタッチっていうの? もっとダダダダッて打ちたいんだけどね。そこまでにはまだもう少しかかりそうだなぁ。でも、半年でこの進歩は、なかなかなもんだろ?」
「うん。そうだね。でも・・・・」
「でも?」
俺は、ずっと心の片隅で気になっていたことを言うべきか言わざるべきか、少し逡巡した後、やっぱり正直に告げることにした。
「兄さんさ、どうして、その、いつも人差し指一本だけで打ってるの?」
「・・・・・・・」
「あ・・・」
やっぱりその辺りは地雷原だったらしい。
“人差し指一本”を指摘した途端兄さんは、叱られたワンコのように眉を下げ、黒々とした大きな目玉をみるみる翳らせた。
「だって・・・」
「や、いいんだよ、べ、別に、指一本だって。ダメって言ってるんじゃなくてさ」
「だって・・・」
「片手の指一本だけでそこまで打てるんだから、ある意味すごいって言うか、むしろ驚くっていうか、曲芸というか」
我ながら全然フォローになっていないなと思う。
兄さんはますます項垂れてまた、「だって」とだけ呟いた。
「ごめん・・・そういう意味じゃなくて」
「指一本一本が、それぞれ違うことをするなんて、普通は無理だと思うんだけど」
「へっ?」
「右手と左手で違う動きをした上に、十本の指がそれぞれ違うキーを担当するなんてさ、そんな神がかりなこと、俺には出来ないよ。俺は人間だ」
いや、俺だって人間だけど、と喉まで出掛かったのを飲み込む。
「そんなウルトラC級の神業を、みんなが軽々とやってるのを見て、もしかしたら俺にも出来るんじゃないかって思ったんだけど・・・・やっぱり無理だった」
しょんぼりと、すっかり首が曲がってしまった兄さんに掛けるべき言葉を、俺は必死で探した。
「で、でもさ、ほら野球選手だって、たま~に、とってもヘンな打法の人がいるじゃない。バットをグルグル回したり、一本足で立って打ったり。人と違うからって、打てないってワケじゃないよ」
「そ、そうかな」
「そうだよ! 兄さんの打ち方は、そりゃあかなりヘン・・・・じゃなくて、こ、個性的だけどさ、極めればきっと、ブラインドタッチも夢じゃないよ」
「そう?」
「そうそう」
「本当に、本気でそう思う?」
「おお、お、思う思う。思いますとも」
俺が貼り付けたような笑顔でブンブンと何度も繰り返し頷いてみせると、兄さんはようやく「そうだな。大事なのは個性だよな」と笑ってくれた。
キレイな指をしているのに、勿体無い・・・・
俺は心でだけそう呟き、兄さんのコーヒーのお代わりを淹れに立ち上がった。

「そういえば、兄さんの左手の中指ってそれ、どうしたの? 怪我?」
「ん?」
結局は入力の半分以上を請け負うハメになった俺は、せめて弟の邪魔しないようにという優しい心遣いからか、傍らで雑誌をめくってゴロゴロ寛いでいる役立たずの大型犬に尋ねた。
「先んところ、ちょっと曲がってるじゃない」
「ああ。これね、これは・・・・」
兄さんは、自分の左手の指先をじっと見詰めた後、ちょっと上目遣いに俺の顔を見て、何やら意味ありげにクスッと笑った。
「これはね・・・・昔バスケで怪我したんだ」
「そうなの?」
「・・・・うん」
「高校の時?」
「・・・・うん」
「そう――――――あ、これはWordじゃ無理だなあ」
書類の五枚目から六枚目辺りは数字の羅列だった。ホッチキスを外し、Excelを立ち上げながら俺たちの会話はそこで途絶えた。
ただ頭の片隅をチラリと、兄さんの中指はもっと小さな子どもの頃から曲がっていたような気がするのだけれど・・・という思いが過ぎったのだが、結局あとで数えたら六枚にも及んだExcelでの細かい表作成に没頭してしまい、指のことを兄さんに尋ねたことすら忘れてしまっていた。
「終わったよ、にい・・」
ようやく全てを打ち終えた時、あたりはすっかり夕方の色に染まっていた。
いつの間にやら依頼主は、開いた雑誌にヨダレを垂らして転寝をしている。
「に・・」
起こそうとして、やめる。あまりによく眠っていたから。
薄手のそっと毛布をかけ、簡単なメモを残し、俺は部屋を後にした。
今日はこの後、深夜にかけての張り込みが待っている。探偵という仕事柄、夕方から朝までの仕事はザラだ。
気を引き締めて、俺は仕事人の顔に戻る。

もう二度と、兄さんにあんな悲しい顔をさせはしない。苦しい思いをさせはしない。
たったひとりの、血は繋がっていなくとも、大切な俺の兄さんだから。
兄さんを守ってやれるには、俺しかいない。

見上げた空に、気の早い一番星が、小さく輝いていた。

          ■            ■            ■

『兄さんへ。あんまりぐっすり眠っているから起こさずに帰ります。これから所長と一緒に仕事です。打ち終えた企画書はプリントアウトして封筒に入れておきましたので確認してね。冷蔵庫の残り物で適当に炒め物作っておいたので、温めて夕食に食べて下さい。それから言い忘れたけど、靴下は脱いだら必ず洗濯機にね。 ――――ドジン』

ふああ~~と大きな欠伸をひとつして、テヒはまだ醒めない目をごしごしと擦った。
今何時だろうと壁を見ると、時計はすでに夕方の六時を回っている。
「腹、減った」
何もしていなくても、腹は減るものだ。
「ドジンが残り物で適当に作った料理は、俺が材料を一から揃えて半日かかって作るより、ずっと美味しいんだよなぁ」
などとひとりでブツブツ言いながら、企画書の確認よりもまず腹ごしらえを優先させることに決めた。尤もテヒが材料を一から買ってきて半日がかりで料理したことなどない。多分そうだろう、という話だ。
果たして大変に美味しかった料理を突きながら、テヒはひとり思う。
―――――ドジンのやつ、やっぱり憶えていないんだな、あの時のこと。
憶えているかと、そういえばあらためて尋ねたこともなかったが、憶えていなくても当然だ。当時ドジンはまだ、この手にぎゅっと抱きすくめたら潰れてしまいそうなほど柔らかい、小さな小さな子どもだったのだから・・・・・・

テヒは思い返す。
傍目にはあまり幸せとは映らなかっただろう、あの頃の自分。
けれどテヒは周りが気遣うほどに、自分が不幸せだなどと感じてはいなかった。特に、五つ年下の駄々っ子の弟分が現れてからは、毎日がとても新鮮で、そして何より彼と過ごす時間の全てが、楽しくて仕方なかった。
どんなに小さくてもドジンは、それはそれは根性の据わった子どもだった。当時のその施設の中では一番年下で、かつ新米だったにも拘らず、向っ気が強く、相手がどんなに年上だろうとやられて黙って引き下がることはなかった。理屈の通らない仕打ちには、地団駄を踏んで抵抗する小さな戦士を、テヒはいつも半分の諦めと半分の羨望をもって見詰めていた。
二人の預けられていた施設には、いろいろな性格の子どもがいたが、テヒのようにいつも鷹揚然として、誰かに意地悪をされても泣きもせずやり返しもしない子どもの方が、むしろ珍しかったかもしれない。

ある日ふたりは、たくさんの子どもたちに混じってかくれんぼに興じていた。
「テヒ兄ちゃん、ぼくね、ぜったいに見つからないところ、しってるんだ」
ドジンはテヒと二人になるや否や、瞳を輝かせてそう言った。小鼻をピクピクさせているあたり、相当自信を持ってその場所を紹介できる様子だ。
「絶対見つからない場所? そんなとこ、あったかなあ」
この施設のことなら、ドジンより自分の方がずっと詳しいはずだ。何せ、生後間もなくからここで暮らしているのだから。
「あるんだもん。ぼく、しってるんだもん」
なのにドジンはきっぱりと言い切った。
「二人で隠れられるところ?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん。こっちきて」
ドジンはテヒの手を握ると、年齢にそぐわない強引さで、施設の建物の裏手にある倉庫の、そのまた裏へと引っ張っていった。
「ここって・・・・」
ドジンに連れて来られたその場所というのは、シスターたちが常々「いいですか、あそこの鍵を勝手に開けてはいけませんよ」と言っていたその倉庫の裏だった。
「みて、テヒ兄ちゃん、ここの下のかべにほら、あながあいてるでしょ? そこから中にはいれるんだよ。ぼく、このまえ入ってみたんだ。ちゃんと入れたよ」
「ドジン、ここはダメだよ。シスターがいつも、入っちゃいけないって」
「どうして?」
「危ないからって」
「どこが?」
「だから、子どもが触ったら危ないものが、いろいろしまってあるんだよ、この倉庫には。だから入っちゃいけないんだ。さ、戻って別の場所に隠れよう」
ドジンの手を引こうと、テヒが手を伸ばした時だ。その手を彼がバシンと払った。
「痛っ、何するんだよ」
「ぜったい、ここにかくれるんだい!」
「ドジン、だからここはダメだって言ったろ。シスターに叱られても知らないぞ」
「だってぇ!」
テヒを睨み上げたドジンの目が、非常にマズイ感じに潤んでいる。地団駄経由で大荒れになる兆候だ。
「なあ、ドジン・・・」
「やだ! ここにかくれるんだい! だって・・・だって、このまえヒョンビンとジンモがぼくのこと、かくれんぼへたくそ~、や~いってバカにしたんだもん。だからきょうはぜったいに、みつかりたくないんだもん」
「・・・・・・」
テヒは深々とため息をつき、そして不本意ながら、規則違反の片棒を担ぐことに同意してしまった。

確かに入ってはいけない場所だけあって、十五分たっても二十分たっても、誰も探しには来なかった。
「ねえ、ドジン。もうそろそろ出て行こうか。みんなもう降参したかもしれないよ」
「やだ」
「じゃ、いつまで隠れているつもりだよ」
「みんながさがしにくるまで」
「探しに来なかったら?」
「くるもん」
そんな不毛なやりとりをしていると、遠くからヒョンビンとジンモの声が聞こえてきた。
「き、きた! あいつらきたよ、テヒ兄ちゃん」
「う、うん」
「こえださないように、がんばろうね」
「うん。分かってる」
ドジンを膝に抱きかかえるように座っていたテヒは、棚とダンボールの犇く狭い空間で、じっと息を殺した。
「ちっくしょう、ドジンのやつ、チビのくせの生意気なんだよ」
「どこに隠れたんだろう」
「ぜってー見つけ出して、泣かしてやる」
やくざまがいの不穏極まりない会話を聞きながら、「どうか見つかりませんように」とテヒが祈ったその時だった。
膝の上で、ドジンがもぞもぞと身を捩って動く。
「おいドジン、じっとしてなきゃ。音を出したら見つかっちゃうじゃないか」
なるべく小声でテヒは囁いた。
「だって・・・・ぼく・・・」
「何?」
「テヒにいちゃぁん・・・ぼくぅ・・・」
「え?」
「だって・・・ぼくぅ・・」
その声が、微かに震えている。
「どうしたの? ドジン?」
お腹でも痛くなったのだろうか。テヒは急に不安になり、ドジンをこちらに向かせようと、その小さな身体抱いた腕に、きゅっと力を込めた。すると。
「あぁっ!」
「へっ?」
「あ・・・・あ・・・・ああぁ・・」
「・・・・・わっ! わあっ!」
膝のあたりに、じわ~っと広がる生温かい感触に、テヒは己の身に降りかかった緊急事態を察っする。
「ド、ドジ・・・おしっこ・・・」
「うっ・・・」
とひと呼吸おいて、うわ~~~~ん、という世にも豪快な泣き声が倉庫内にこだました。
「ドジン、ドジン、大丈夫だから。泣かないで」
「うわあああああ~~~~ん、あん、あん、」
「ドジン、ねえ、落ち着いてよ、ね」
「でじゃっだよぉぉ~~、おぢっご、でぢゃっだああぁぁぁ、うぁぁぁん!」
シスターに見つかったらどんなに叱られるだろう。見つからないうちに早くここから脱出しなくては。そればかり考えていたテヒは、向こう三軒両隣に響き渡るほど大音量のドジンの泣き声が、すでに彼女らの耳に届いていることなど知らない。
「ドジン、早く出よう、ほら立って。お願いだから立ってよ」
「うぁ~~ん、ひぃ~~ん」
「ドジンったらぁ」
とうとう自分も半べそになったテヒは、お漏らしでパニックを起こしたドジンを抱きかかえようとして、思わずバランスを崩す。
地面に不自然な形でついた手を、ドジンの踵が踏んだ。
「いっ―――――・・・!」
左の中指の先が、ギグッと変な音を立てて曲がった。
「・・・い・・たい」
そして次の瞬間、テヒもまた、ドジンとともに泣き出した。
「痛いよぉ~~~、指が痛いよ~~、うわ~~~ん」
「おぢっごでぢゃっだぁ~~、うえ~~~ん」
おしっこと涙にまみれた二人が揃って救出されたのは、それから三分後にことだった。

「ま、相当パニクってたからな。あいつはまるで憶えていないだろうけど」
テヒは懐かしさを込めて、自分のちょっと曲がった指先を眺める。
あれからふたり、いろいろなことがあった。

もう二度と、ドジンにあんな悲しい顔をさせはしない。苦しい思いをさせはしない。
たったひとりの、血は繋がっていなくとも、大切な俺の弟なのだから。
あいつを守ってやれるには、俺しかいない。

見上げた窓の外に、気の早い一番星が、小さく輝いていた。
同じ星を、ドジンもまた見ているかもしれない。そんな気がした。

                                              おわり^^

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2007年1月26日 (金)

わわわっ!

【Written by tartan】

Flower_500_1







日付変更まであと二時間を切ったところで突然、思い出しました。
本日1月26日はナント、Happy Togetherの創立記念日(笑)でした(^^ゞ
今の今まで、きれいさっぱり忘れ去っておりました。
っつか、miyukiひょんは釜山とか行っちゃってるし、もぉ(爆)

そういえば一年前、このブログを立ち上げた時にも、ひょんは日本になどおりませなんだな。ほほ。
土台そういう処なのです、Happy^^

こほん。
えーっとですね。
一年間、このようないい加減で、管理人の好き勝手語りたい放題のブログに遊びに来て下さった皆様には、本当に本当に、感謝しております。御礼申し上げます。
ありがとうございます<(_ _)>
管理人二人のバイオリズムが、どうも似ているらしく、書けなくなると二人同時に書けなくなるという、笑えない特殊な事情もございまして(笑)、なかなか更新がままならない時期もございますが、このブログの「餌」でもあるJDGが今年、なにかしらの動きを見せさえくれれば、そりゃもう誰に頼まれなくとも怒涛の更新~~、とあいなることでございましょう。ね、ひょん^^

このような、いい加減極まりないブログではございますが、これからも何卒、Happy Togetherをよろしくお願い申し上げます(^^ゞ
何はともあれ、一年間の感謝と愛を込めて。                
                                                     tartan@管理人

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2007年1月24日 (水)

今更ながら「硫黄島からの手紙」

※「Happy Together」は全てのレビューにおいてネタバレに配慮しておりません。作品を未見の方で、内容を知りたくない方は充分にご注意下さいますようお願い申し上げます。(管理人)

【Written by miyuki】

暮れにこの映画を見てから1ヶ月以上になる。その間、関係書籍など購入し、ぐるぐる考えたりもしたが、書けそうでなかなか踏み出せなかったのは何故だろう。
「父親たちの星条旗」の方がどちらかというと手放しで、戦争というものについて考えることが出来たように思う。少なくとも、私に関しては。

アカデミー賞作品賞にノミネートされたそうである。当時は敵であった日本人が、硫黄島での戦闘をどう戦ったかを描いたアメリカ人監督によるアメリカ映画。そこにアメリカ人は何を感じたのだろうか。
日本人にもイーストウッド監督のようなある種乾いた目線で、戦争を描くことの出来る監督はいないものだろうか。人さまのイロイロの苦労や事情はそっちのけにして、つい勝手に忸怩たる思いに浸りそうになる。

粉川哲夫氏の「シネマノート」にあった一説を引用させていただこうと思う。
“さまざまな角度からの「軍事文化論」であることがこの映画を、ただの戦争映画から区別している。”

Iozima1渡辺謙さん、天晴れでした。ところで新婚生活はいかがお過ごしでしょうか。なんちって・・・
戦場の一兵卒が何を思っていたか。
そのことと、アメリカ軍が自国の戦力と日本の状況からして5日もあれば終わると思っていたのに、その後36日をも持ちこたえた日本軍の驚くべき戦いぶり。

アメリカへ留学したことがあり、武官としてカナダへも赴任していた経験を持つ、硫黄島総指揮官栗林忠道中将(渡辺謙)。
「最後の一兵となっても、戦いを止めてはいけない。」「10人の敵を殺すまでは死んではいけない。」このことは、潔く死ぬことが武士道ということとは違う。体罰や、無謀な万歳突撃、玉砕はもってのほか。兵の命を無駄に使ってはならない。非合理的である・・・・こんな中将のスマートで合理的な物言い、キャラクターに反発するのはいかにもコテコテの帝国軍人たちである。これがまた愚かで、今で言うところの「いじめ」テイスト満載。美しい日本人もいれば、美しくない日本人もいる。こういうことはきちんと話に絡めて落とし前をつけないといけない。日本映画(ドラマも)にありがちな緩いところ、それはひとつの視点から描くことが多いということによるのかもしれない。

「風と共に去りぬ」を上海で見た映画関係者が、「この戦争でアメリカに勝てるわけはない」と思ったという話がある。
栗林中将も西竹一陸軍中佐(戦前のロス五輪の馬術の金メダリスト・伊原剛志)も、アメリカと、アメリカ人と、世界の中の日本を知っていた。そこには軍部による「逆差別」的なあれこれがあったのではないかとも想像出来るし、個人としての葛藤はいかばかりであったことだろう。
情けない帝国軍人の権化みたいな男(中村獅堂)と、登場から最後まで「穴を掘っていた」妙に冷静な一兵卒が殆どの日本兵が生きては還れなかった硫黄島から、生還したということを匂わせて本編は終わるが、この二人が戦後もし再びどこかで出会うことがあったなら・・・・それを想像することこそが、もしかしたら戦争と人間ということを考えるよすがかもしれない。

「日本人として」を考えながら見ていたのと、淡々と怖い戦場描写(ブラザーフッドなどに比べると、ぜんぜん激しくなさげに思えたのだが、よく見るとやっぱり怖かった。)に固まっていたせいでか、あまり涙は出てこなかったのだが、一箇所、どっと泣いた場面があった。(ネタバレします~~。)

Iozima2バロン西を演じる伊原剛志さん。イイ男であった。実際はちょっと変わったところもあったらしい西中佐。下、右側が清水を演じた加瀬亮くん。
妙に冷静な一兵卒西郷は妻とそのお腹の子供を気遣い、「生きて帰れないだろう」と手紙に書きながらも、自分は死なない、とどこかで思っている。この西郷を「嵐」の二宮和也くんが演じている。どうも妻も子もある一家の主人に見えないあまりの童顔というところにちょっと違和感があったのだが、彼の存在感と、「穴を掘ること」の意味、これはこの映画に於いて、とても大きい。
同じく硫黄島に配属されたワケありの、もと憲兵隊員清水(加瀬亮)。戦闘中原隊からはぐれながら西郷と行動を共にし、やがて、いっしょに「投降しよう」と持ちかける。洞窟で死んだアメリカ軍兵士の母親の手紙の内容を知った時に、自分はここでは死にたくないと決心したのである。しかし、わずかな運命のズレで、投降に成功したものの、心無いアメリカ兵にあっさりと足手まとい扱いされ、殺されてしまう。それを投降しそこなった西郷が見つけ、泣きながら清水の母親の持たせてくれた千人針を顔に掛けてやる場面である。ぼそぼそとジャニーズ語りの西郷くんは、最後に「栗林中将のための穴」を掘った後で、アメリカ兵に対して感情を露にして爆発する。なかなかの健闘であった。
ここには、あるひとつの、栗林中将の最期の姿が描かれているが、実際にどのような最期であったのかは判っていないとのことである。

ところで、「父親たちの星条旗」で日本兵に殺されたドクの親友イギーのシーン、あるにはあったが、想像に反して、あっさりひとつのエピソードとして過ぎてしまった。たしかにあそこにこだわると、この作品の道筋とはまた別の話になりそうだから、仕方ないかも・・・。)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

Iozimajdg3「脳年齢58歳」だけど「34歳児」何か問題でも・・・?へへへ。
私ごとだが、明日から格安中一日しか暇ありませんツアーにて、釜山に行ってきます。釜山はmiyukiにとってはご存知の通りJDGをめぐる「聖地」だが、今回はたぶん、すれ違いで、(MaxビールのCM撮影、どこであるのかは知らないが、日程からして海外っぽい。)韓国にはいなさそうだし、せいぜいホテルで見られるかもしれない任天堂のCMと、ロケツアーの時は行けなかった市場を楽しみにしている。

時に、クマちゃんのブログでも紹介されていたが、本国では、「脳トレーニング」で最初に出たJDG脳年齢58歳というのが結構いろいろ皆さんに取りざたされているらしい。

「作品出演と演技について悩んだからではないかと思う」(真面目なネチズンの解釈)「毎日ビールを飲むことばかり考えていたからだ」(ビールのCMのせい、という解釈)

なるほど。国民的俳優JDGが脳年齢58歳、ちょこっと動揺する姿が可愛い~~~♪などという日本のおばちゃんファンとはやっぱり微妙に、つうか大いに違う反応なんでしょうなあ。
どうも、すんません。^^;

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2007年1月19日 (金)

バカ犬。

【Written by tartan】

tartan家ではここ何年も、携帯型ゲーム機は一切買わないという条例が敷かれていた。TVの前を陣取って長時間ピコピコやっていれば、「いい加減にしなさいよっ! 何時間やってるの!」と小言のひとつも言えるが、自室に篭って、挙句布団の中でまでピコピコやる子どもがたくさんいるのを知っているので、GameBoyもadvanceも、どんなに欲しいと喚いても、一切買い与えることをしなかった。ところが。
例のあの人もやっているところの(笑)、任○堂DSのあまりの人気ぶりには、さすがに「ダメ」を通せなかった。

Nintendogs結構リアルな画面と動きにうっかり「か、可愛い・・・」。
クラスで持っていないのオレだけ、というのは何時の時代もおこちゃまの常套句であるが、今回ばかりはあながちウソとも思えない。確かにDS持っていないと遊びに混ざれないのである。しかし、ああそうですか、じゃあ、と安易に買ってやるのも親としての沽券に関わる^^; で、
「そうだねぇ、じゃあ、もしもクリスマスまでに本50冊読んだら、サンタに頼んであげようかネエ」
「ホント? ホントだな? よしっ」
という約束をチャン(tartan家次男。9歳)と交わしたのが昨年9月のこと。
果たして半年後、サンタは我が家に任○堂DSを運んできた。
(ちなみにチャンはもう9歳の立派なオトナなので、サンタがたった一人でイブに奔走しているなどという御伽噺は信じていない。下請け、孫請けを使い、事前に大型量販店などにおもちゃの発注をしていることを、「ちゃんと知っている」のだそうだ。ちなみにウチに来たサンタの手下は、どうやらジャ○コで買ったらしいと言っていた。包装紙で分かったそうだ。「多分、配達は宅○便とか、郵便局に頼んでるんだ」と(笑))

さて、ゲーム機が来たということは、当然ソフトが必要になる。
チャンがいそいそと、しかし迷わず手にしたのは、『ニンテンドッグス』という、バーチャル犬を飼うゲームだ。
(そういえばこの人、以前から「犬飼いたい、犬飼いたい」と煩かった。)
早速画面の中の犬に名前を付ける。
「ポチとか、サブとかどう?」 とtartan。
「うわ、だっせぇー!」 とチャン。
「昭和だな、そりゃ」 とチャン兄。 
昭和のどこが悪いんじゃっ。

Kenウチのバカ犬(笑)
結局すったもんだの後、犬の名前は“けん”に決まった。なんで“けん”なのかはまるっきり不明。チャンが独断で決めた。
“けん”は柴犬である。最近気付いたのだが、他の、チワワなどの犬の背景は、都会的なフローリングになっているのだが、柴犬の背景は何と畳と襖である(笑) のび太の部屋のようなところで“けん”は吠え、餌を喰らい、芸を仕込まれる。
散歩にも毎日連れ出される。他所のお宅のお犬様とすれ違い、挨拶を交わしたりもする。らしい。(tartan、あまり覗かないのでよく分からないのだ)
「け~ん、お手、お手! お~~て~~~っ!! それはおまわりでしょ! お~~て~~~~~!!」
などと、兄弟が絶叫しているところをみると、あまり頭のよい犬ではないらしい。tartanは陰で密かに“けん”を“バカ犬”と(笑)呼んでいる。
“けん”はそれでも兄弟から大変な愛情を注がれており、貧乏なくせに餌やシャンプーは結構いいお値段のものを与えてもらっている。しかもバカ兄弟、バカ犬のために家の改築まで施した。そういうお金はどこから出るのかと問うと、「大会やコンテストとかでいい成績を修めるとたくさんお金がもらえる」のだという。
お手も満足に出来ない犬が、ディスクドッグやアジリティの大会で賞金を稼げるとは到底思えないのであるが、とにかく“けん”のお家は今、結構なお金持ちになっているらしい。

Eigo_1「ジャンプッ! よ~し、いい子だ。ふふ・・・」
ここでふと思う。
韓国のDSには、ニンテンドッグスのソフトがあるのだろうか。
もしあるとしたら是非是非、我らがJDGに差し上げたい。
「ジャンプッ、ジャンプッ、じゃんぷだってばぁぁぁ~~、それはチンチンでしょーがもう・・・・ああっ、そんなところでおしっこしたらダメだってば!」
と、小さな液晶に向かって本気で叫ぶJDGを、マジで見てみたいなあ。
英語なんかやらないで、犬飼えばいいのに(笑)

それはさておき昨夜のこと。
「お兄ちゃん、さっき市川さんが言ってたんだけどね、犬飼さんの奥さん、とうとう出て行ったらしいよ」
「へえ、やっぱり」
「実家に帰っちゃってね、離婚寸前なんだってさ」
「思ったより深刻だったんだな、犬飼さんとこ」
な、・・・・・何なんだ、この会話は。小学3年生と中学1年生の日常会話ではないぞ。
慌てて何の話かと尋ねると、チャン曰く、
「あのね、市川さんは“けん”の散歩でよく会う人。白い犬連れてるの。で、犬飼さんはドッグコンテストの司会してる人。奥さんと上手くいってないって、前から市川さんが言ってたんだけど、とうとう離婚みたいだよ」
「・・・・・・・」
ニンテンドッグス、・・・実に奥が深い。 っつか、深すぎ。
チャンよ、散歩の途中でもしもJDGに会ったら、教えておくれ(笑)

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2007年1月16日 (火)

テレビっ子という言葉があったころ。

【Written by miyuki】

今はもちろんテレビっ子なんて言葉は死語に他ならないけれど、私はたしかにテレビっ子だったと思う。昭和30年代より以前には日本の家庭にはラジオしかなかったわけだが、そのころはテレビに費やす時間をどんな風に使っていたのだろう。ずっと静かで、電磁波なんて世の中にはほとんど無くて・・・・ああ、ほんとうに想像も出来ない。作家三浦綾子氏のご主人光世氏は、夫人の「氷点」のドラマがあんなに評判になったにもかかわらず、テレビからは「よくないものが出ている」と、ずっと買ってくれなかったとエッセイで読んだ。秋篠宮紀子妃の実家にもご両親の主義でか、テレビが無かったそうだが、その話を聞いた時は、まるで世間一般人とは別の星の住人のような気がしたものだ。

人生においてテレビがあった時間が、無かった時間より少なかっただろう祖父母も、私が物心ついたときの記憶は立派な「テレビっ子」であった。特に下町育ちの祖母は新らし物好きだったし。
夕方になると殆ど毎日「水戸黄門」再放送見ながらお茶を啜り、終わると判で押したように夕食の支度。夜八時、“今放送中の”「水戸黄門」ないし「大岡越前」見ながらちょっとおやつ。こんなかんじだから、すべて家事や用事は午前中済ませてしまうんだな。休みに泊まりに行くとこの生活に付き合わされたっけ。
祖父母の家はウチより早く大きな家具調のカラーテレビが導入されて、当時団地住まいだった我が家の小さなテレビで甘んじていたテレビっ子の私は少しでも大きな画面が嬉しかったものだが、見たいアニメはあまり見せてもらえなかった・・・ような気が。

Tv1映画「五線譜のラブレター」より。ケヴィン・クライン。
日曜日の午後など、古いアメリカ映画をよく放送していたので、昔夫婦揃って映画会社勤務だった父母もいっしょにだらだら見たものである。50年代の古きよきアメリカ映画・・・題名も定かでないのに、映画の中の世界と、昭和な日本の団地生活の風景がごっちゃになってむちゃむちゃ懐かしい。
テレビで見ていた昔の映画といえば淀川長治先生の「日曜洋画劇場」に尽きる。最後のほうでは最近の映画ばかりになり、淀川先生もシュワちゃんに優しくされて楽しそうだったっけな。その淀川先生が亡くなられるまで、少なくとも番組自体のエンディングにずっと流れていた曲がある。映画が終わって、そのあと吹き替えの声優さんやスタッフの名前が出る時の曲である。私にとっては上のような記憶の昭和な子供時代から、青春時代がぐるぐる鮮やかに蘇る一曲で、いつかあのレコード欲しい・・・(CDと言わないあたり)と心の片隅で思い続けていた曲であった。

まだ10代の頃だったと思うが、FMでまんまあのアレンジのあの曲が流れたのを聴いた記憶がある。誰それの演奏の何々、と曲名を言っていたのだが、メモを取りそこなった。大人になって、あの曲が、コール・ポーターのミュージカル、「キス・ミー・ケイト」の中の「ソー・イン・ラブ」という曲だというところまではたどり着いた。
こんなネット社会なのだから、もっと早く思い出して検索すればわかったことなのだが・・・。

※『ソー・イン・ラブ』をお聴きになりたい方は、こちらをどうぞ

暮れにもうかれこれ20年の付き合いになる友人と飲んでいて、その話になった。彼が覚えているところ、10年位前にも私は彼にその話をしていたらしい。そういえば「ソー・イン・ラブ」という題名を教えてくれたのが彼だったのか。そうかそうか。進歩のないやつ丸出しみたいで情けないが、大人になると10年一日なんだから仕方ない。
こんなふうにして、おばさんにはココロの引き出しにしまったものがたくさんあるのだ。たまたま手にとってしまったがさいご、気になること気になること。

しかして、曲の正体があっさりとわかってしまった。ネット社会、いいことばかりではないが、ありがたいのはまさにこういう時である。暮れのどんづまり、ノートPCに向かって検索するおばさん。ためしに皆さんもやってみてくだされ。「日曜洋画劇場 ソー・イン・ラブ」これでヒントが。
あの曲に思い入れていた人がずいぶん多いのにも驚いた。アレンジがラフマニノフのピアノ協奏曲風なところがあり、そうかと思って適当に買ってみた話とか、あのエンディングを聞くと、ああ、明日からまた仕事だあ、と思った話とか・・・。そうそう、まさにその通り。
モートン・グールドというピアニスト・作曲家・指揮者の編曲になるもので、テレビ朝日の番組担当に聞いても、なぜあの曲になったのか詳細は不明らしい。
辿っていったら、古いレコードから採録した自主制作CDを扱っているありがたい愛好家のサイトがあり、早速申し込んでしまった。もうもう・・・泣けましたとも。
(こういう中高年がいっぱいいるから、いろんなものの復刻出すと売れるのだな。大人買い。うちらの子供時代はまだ、好きなものを好きなように手に入れられる時代ではなかったのだから。)
流れで、正月には「五線譜のラブレター」という、コール・ポーターの人生を描いた映画のDVDまで見てしまった。(ポーターは両刀であったらしい。金髪のバレエダンサーとちょっとそれらしいシーンもあるにはあったが、「王の男」と同じで、物足りませなんだよ。笑。主演のケヴィン・クラインは大好きなんだが。)

テレビっ子が見ていた懐かしいドラマといえば、思い出すのはやはり骨太のドラマである。
「時間ですよ」とか「寺内貫太郎一家」みたいな当時のブームの先端(?)だったものもあるが、親も真剣に見ていた「氷点」「白い巨塔」「白い影」「白い滑走路」等々。田宮二郎さんだから、白いシリーズだけれど、原作はまったく別の作家なのにね。ちなみに、「白い巨塔」は山崎豊子氏、「白い影」は渡辺淳一氏。田宮さんは「高原へいらっしゃい」なんかも大好きだった。
そして、木村拓哉くん主演で新しく始まった「華麗なる一族」これも70年代に名作ドラマがあり、テーマ曲がチャイコフスキー張りに絢爛豪華だったことを良く覚えている。したら、今回のもオーケストラ演奏の「華麗な」テーマ曲。木村くん扮する万表鉄平はやっぱりどうしてもキムタク~なんだけども、初回は面白く拝見した。エンドロールに流される、万博前夜の東京の空撮に目が釘付けになった。今はもうなくなってしまったビルやら、昔と変わらないホテルやら。東京の空が光化学スモッグでいつも煙っていたあの時代。
鉄平が歩く神戸の街は上海の映画セットで撮影されたそうだが、どうも見たことある街かどっぽいわ、と思ったら、「アナーキスト」でJDGも歩いていたっけ。

Tv2ジオダノ、また新たなる女子の参入もあるらしい。いつまでたっても「一つ屋根の下」のあんちゃんな立場のJDGか?
初回面白く見て、いよいよ盛り上がったところで、鉄平と父大介が、池の鯉を見ている親子対決シーン・・・・こんなところでいきなりカミングアウトするが、私は大きな魚が群れて泳いでいる光景が、泣きたいくらい苦手なんである。腰砕けになるほど「怖い」。なんか前世のトラウマかもしれないが、とにかく、水を泳ぐ大きな物体が大の苦手なのだ。
映像でもあまりいい気持ちしないわ・・・と思っていたら・・・・
鉄平がじつは自分の父親の子ではないかと疎ましく思っている大介、「爺さんででないと姿を現さなかった」将軍という鯉を鉄平に呼んでみろ、と持ちかける。言われるままに手を叩く鉄平、やがて池の向こうから、黄金の巨大な「将軍」が出現。
これって、いつかニュースで見た「鯉のロボット」の類だな、と頭では思っていたが、も~~勘弁して欲しい。ひいい~~~(泣)

オバサンになってからヘンなトラウマが増えたかも。夢に見そうな黄金の将軍。一人で妙に手に汗握ったクライマックスであったことよ。

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JDG今年も念頭からCM撮影の嵐。新しい映画の話題は一向に出てこないのだが。やれやれ。写真はGIORDANO撮影風景。ワールドツアーで髪型がこんなになったRainくん。なんかアメリカ行ってワルくなった弟みたい?(笑)可愛いけど。

「イブのすべて」のヒョンチョル理事を吹き替えして、JDGと同い年、同じくらいの背の高さ、エエ男、の谷原章介さん、ご結婚だそうだ。夫人の連れ子もいっしょに「2児の父になります」と会見で。(最初のお子はいしだ壱成の子。エエ人だ・・・。男っぷりを上げたかな。)miyukiはこのひとの、井川遥さんと共演のスープのCMや、夜中に一人でまったり語っていた「ニュー・デザイン・パラダイス」などけっこう好きで、やっているとつい見てしまって。これからも頑張っていただきたい。
JDGもこんな会見する日がいつか来るのかな。^^

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2007年1月11日 (木)

語ると横に逸れて行くことイロイロ・「武士の一分」のことなど。

※「Happy Together」は全てのレビューにおいてネタバレに配慮しておりません。作品を未見の方で、内容を知りたくない方は充分にご注意下さいますようお願い申し上げます。(管理人)

【Written by miyuki】

Itibunn1今年の韓国の旧正月は2月半ば。これは珍しいJDGの韓服姿。ダイエットの極み2005年ころ。細いぞ。
2007年亥年も、明けてどんどん日が過ぎていく。この「付いていけなさ感」がたまらない。今年は特にそれを感じて、ヤヴァイ。やばすぎる。(単にたるんでいるだけならいいんだけども。苦笑。)
今週から関東ではなんと民放の地上波で、NHK様制作のあの吹き替え版の「冬のソナタ」が始まった。平日、午前中、毎日主婦を「遠い目」に誘う魂胆か、TBS様よ・・・。韓流の大波の原点にして真打。ここんとこらへんにはじつにいろんな問題が含まれている気がする。日本においては「やっぱり冬ソナ」で終わっちゃうのか?韓流。もっとも、もともとマイナーな流れこそ尊ぶようなB女の我のことだから、「たしかに偉大ナリ、冬ソナ。」と感心しつつ、今年もやっぱりマイペースなんだけど。
ちょっと惜しいなあ、と思うのは、やはりというか、しょうがないというか、行きつけのシネコンもとうとう韓国映画公開には渋くなったとおぼしき動向。せっかく大きなスクリーンで映画を味わえる機会が増えたと喜んだのもこんなに束の間だったなんて・・・・とほほ。
我らの可愛いJDGは、年明けにも何らかの展望を発表か、と待たれているのだが、今のところ音ナシである。旧正月に雪崩込んでしまうぞな、このままでは。

Itibunn2はっきりしてませんが、こちらはかなり前のビニの韓服スタイル。「襟巻き」はこういうふうに巻くのが伝統らしい。
同じく音ナシの可愛い弟ビニやのほうは、年末に公式FCから、「公式グッズのショップ」の企画が発表され、第一弾は彼が愛したマスチフ犬のイブちゃんを、テディベア作家によってデザイン限定製作した、プレミアムな縫いぐるみである。(作家は、あの「宮」に出てくるアルフレッドという熊もデザインしたお人ということである。ちなみに済州島へ行くと、「テディベア博物館」と言う施設があるそうだ。)そういう活動の発表や、引きこもったままなのを心配するファンの声が余りに多かったのか、クリスマスと年末には本人のIDが公式サイトにログインし、掲示板に書き込みがあったり、メッセージなども久々に見られてファンをおおいに喜ばせていた。膝のリハビリも最終段階らしい。
ショップの売り上げの一部は奨学金として寄付されるということだ。タレントにとっては肖像権著作権を守る意味合いもあり公式グッズは当然の流れだろう。しかしどうしてもどの企画も高額になりがちで、ぶっちゃけ、気が利いた出来でなかったりするあたり・・・。このへんが、新大久保に行くと買える、「ほんとうは買ってはいけないグッズ」が無くならない所以だろう。いつものことながら、新しい写真が流出するや、すぐ何らかの「ブツ」になって販売されるという機動力にはつい感心してしまうところで・・・。
暮れのどん詰まりに届いたJDGの公式グッズのダイアリーも、もうちょっとだけ軽いか小さいかだとありがたかったんだけどもねえ。(笑)

さて。今年の映画の流行りというか、キーワードは「時代劇なのよっ」と、この間おすぎさんが発言していた。これからいくつか公開が続くらしいが、どうにもあんまりそそられない。だいたい昔のフィルムで撮られた時代劇を、親や祖父母と子供の頃見ていた身には、昨今の暮れ正月などに放送されるスペシャル時代劇など見るに付けいつも「ちょっと違うんだけど・・・」と呟いてしまうのである。これじゃ昔の年寄りに自分が成り代わっただけみたいで不本意なんだが、もうそういう年頃なんだからしょうがないか・・・。
「何が違うのさ?」と問われてすっきりきっちり説明の付かないものも多いのだけど、まず役者さんの衣装とヅラ姿。顔が小さい、ウエスト細くてどうも据わりが悪いというのが気になってしまうのは、一重に「昔の人の所作が良く出来ていないから」なんだろう。成人式で見る、とってつけたような男子の着物姿とあんまり変わらないかもしれない。とくにビシビシに細眉にお手入れが成されたJ事務所系のタレントさんが真ん中にいたりする場合。
細くてスタイル良い、というだけなら、東映の大部屋出身の偉大なる斬られ役福本清三さんなど(ラストサムライに出ていた方でっせ。)とってもスレンダーでカッコいいんだけどもね。
町を歩く物売りや町人たちの仕草、大名行列の皆さんの腰の座った歩き方等々、武士が畳の上で座る場面・・・こういうことをちゃんと指導出来る職人さんみたいなスタッフがどんどん減っている現状、みたいな記事をちょっと前に読んだ記憶がある。
ほんとうはどうだったか誰も見たことはないんだけれども、「限りないリアリティ」を感じる画面の色、いかにも埃っぽい空気のあの感じ。昔の時代劇といっても「大信田礼子さん」が超ミニ衣装にポニーテールみたいな格好しているのとか、ド派手桃太郎な高橋秀樹さんとか、由美かおるさんのお約束入浴シーンやら、ちょっと笑える思い出もあるんだけどもね。^^

Itibunn3番の文鳥を飼っている新之丞夫婦。鳥籠、祖父母の家にこんなのあったっけ。下、番頭島田。時代劇はこうでなくちゃ~~ってお姿。
こんな話の続きで「武士の一分」を見たことを語っては、ちょっと怒られるかもしれない。
木村拓哉くんはなかなか頑張っていたし、脇を固める皆さんの演技は、時代劇マニアも満足のリアリティをクリアしていた。山田洋次監督コダワリの美術、黒澤明監督の娘さんであるところの黒澤和子氏の衣装・・・新之丞の妻加世が、なにか白い木綿で出来たとおぼしきものに火熨斗(ひのし)を当てているちょっとした場面がある。妻は夫の裃の手入れをしているのだ。一回しか見ていないもので、はっきり何に当てていたのかは覚えていないのだが、その熨斗の当たっている部分がちゃんとちょっぴり茶色に「焦げて(?)」見えたのが渋い、と思った。マニアB女はそういうところを見るとムラムラ嬉しくなるんである。それから、笹野高史氏演じる中間の徳平の姿には色んな想像力を喚起されたし、ホロッともさせられ。
お毒見役としてお殿様の代わりに「赤ツブ貝」の猛毒に中り、失明してしまった下級武士の三村新之丞。そのことになんの曇りもないけれど、妻の加世が番頭(ばんとう、でなくばんがしらね)島田藤弥に夫の処遇を相談に行き、辱められたということを知るに及び、目が見えないにもかかわらず、果し合いに及ぼうとする。その時に、その無茶の理由を剣術の師匠に問われ、新之丞は「武士の一分」と答える。
新之丞に斬られ、切腹する島田にとっての「武士の一分」、お毒見役の責任者の切腹の「武士の一分」・・・・このへん、中間管理職のサラリーマン、今日はやる気の出ない営業マンなど一人で見たなら「一分」が何なのか言葉では言えなくとも、きっと激しく同感出来るに違いない。
つつましい下級武士の夫婦の愛情すらも、日本人にとっては「仕事」と切っては切れないあたりが切ないことだ。

島田役の坂東三津五郎氏。歌舞伎界の重鎮だから言わぬもがなだけれど、こうでなくっちゃなあ・・・そんな迫力ある「ワル」(ワルで、うっとりするような日本のエロ親父)と対峙するわけだから、誰がやっても大変だろうとは思う。新之丞。しかし、ふとしたところでどうしてもスマスマでやっていたことが頭を過ぎってしまうのだ。申し訳ないのだが、日本一有名なジャニーズのSMAPのキムタクの宿命なのだと思う。

加世を演じていた壇れいさんは宝塚出身とのことだが、普段普通の格好でTVに出ておられるのをみたら印象がずいぶん違っていた。瑞々しくて美しい武士のお内儀だった。しかし、旦那さまにこれ以上黙っていられないからと潔く島田にされたことを夫に告げる場面。黙っていないで言う、というところがなんとも言えずちょっと怖い。美しいがちょっと硬質な、凹まないあのかんじ。(黙っていたならあの話は成り立たないんだけれども。)

Itibunn4こういう大きい火鉢、私の部屋にありますわ。祖父母の家から持ってきたもの。実際には使ってません。加世に演技指導中の山田監督、下は中間・徳平と加世。笹野さんにはいつか磯野波平やって欲しい。(爆)
正月にやっていた時代劇の幾つか。定番の「忠臣蔵」ものや、すっかり当たった「大奥」(浅野ゆう子さんよね、なんといっても。)などはなんとなく見てしまったが、こりゃちょっと違うだろう、と思ってしまったのが唐沢寿明氏の「明智光秀」だったかも・・・世界の中心で愛を叫んでいた若い女子が妻ってそりゃないだろう~~~おい。(もし感動した方がいたら、申し訳ありません。)唐沢君は利家と同じだったしねえ、芝居。
時代劇はNHK様の大河がなんだかんだ言っても強いとは思う。J事務所系の主演では数年前の本木君の徳川慶喜(最後の将軍)や、「新選組!」の近藤勇の香取くんなどが良かった。
「利家とまつ」の織田信長は若くて綺麗で嬉しかったっけ。反町くんね。だいたいお屋形さま、けっこうお年の俳優さんがやることが多いので。80くらいのお爺さんから、「あなたの信長が、いままで見てきた中で一番良かった」と言われたのだそうだ。そのとき柴田勝家を演じていたマツケンサンバが、本能寺の変のあと号泣する場面も泣けた。さすがだった。

ちなみに、「大奥」昔のシリーズの、岸田今日子さん(亡くなられたのがとても残念)ナレーションのものが懐かしい。「・・・お淋しい最期でございました。」ってあの声が。
最近のシリーズも、幕末が舞台だった最初のがやはり一番良く出来ていたかな。北村一輝くんはすっかりご常連のようで。

今年一発目というのにやっぱり横に逸れてしまったわ。
こんなブログですが、皆様今年もよろしくお願いいたします。

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