« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

2006年7月

2006年7月31日 (月)

目玉が大きい

【Written by miyuki】

Dong_gun5 そんな目をして34歳・・・・
今更の話だけど、うちのJDGはほんとう~~~に目が大きい。「あだ名は子牛、理由は目が大きいから」今の彼を「ソンアジやぁ~~」(子牛よぉ)と呼ぶヒトがいるかどうかは知らないが、おかげで、ふとした時に「ドナドナ」のカワイイ子牛が売られて行くくだりがグルグルして泣けて来るってば。(ほんと。だけど、そもそも今この歌知ってるヒトいるんか?笑。)
何が大きいと言って、「黒目」が大きい。白目の面積もそれに伴ってかなりある。そんでもって、二重まぶたと、長い睫毛と、たっぷりのなみだぶくろがセットになって、大きさをさらに盛り上げている。このヒトが見ている景色や、入ってくる光の分量は我々と同じなのか?・・・と、昔初めて外人さんの水色の目で虹彩が紺色というのを、近くで拝んだ田舎モノは思ったものだが、JDGの目を生で見たとき久々にそういうミーハーな感覚が蘇ってきたっけ。
泣くシーンでは、下まぶたのカーブの突端からみるみる盛り上がった涙が「玉」になって落ちるんである。なみだぶくろを乗り越えて。ジンテ兄さんもドンスさんも、坂本ちゃんもクンちゃんも、あのシンさんも・・・。(ドラマでは「サラン」で号泣するイナもなんですが、この「ポロっ」が印象的だったのが、「ドクターズ」のスヒョン先生が、ジュンギ兄さんに電話してるシーン。)

Dong_gun12_1高校のアルバム写真か?
Dong_gun6_1たしかに左と同一人物。(笑)ほっぺが成長しただけか?スーツ姿はMBCの名簿に出ていた写真。21期チャンドンゴン、とある。
インタビューなどでしゃべっているのを見ると、よく「人よりまったりとした速度の遅い瞬き」をしている。「瞬き」については「ロストメモリーズ」撮影時、銃を発射する際についしてしまう瞬きのことで、ちょっとムキになったらしいエピソードを、監督とのオーディオ・コメンタリーで披露していた。「キアヌも瞬きしていたんですよ、確かめたんです。」とかなんとか。(カワエエのう、この負けず嫌い。)

目玉が大きいというなら、弟ビニの黒目も相当大きい。インタビュアーなどに言わせると、じっとあの目で見返されて、へろへろになった、ということらしい。ビニの瞳は、基本微動だにせず、瞬きもあんまりしていないような気がする。「ブラザーフッド」ではその目をいつも見開いていて、(唇半開きになるのとセット。)私はその目の語るところにすっかりやられた。
ビニも、シーンによってほんとうに泣きっぱなしの演技である。ジンソクは、怒るか泣くかって勢いだったし。最近本国で新しく発売になった「ブラザーフッド」のDVDを性懲りもなくぽちっしてしまい、長い長いメイキング(前のとはほとんど被っていないところが偉い。)にうっとりしたばかりなんであるが、その中で、ジンソク現場でアフレコという興味深いシーンがあった。初めての戦場で呼吸困難になってジンテ兄さんに「ジンソガ~~っ!!」とユサユサされてるあのシーンである。なんとか息を吹き返す場面は、アフレコでもほんとうの涙といっしょ。思わずスタッフの拍手が。

Bini22ビニも「キムチ兄弟」のドジン少年でおわかりの通り、黒目が大きい。吃驚。
「マイブラザー」の撮影時、オンマ役のキム・へスクさんが、リハの時からビニがすでに涙しているのを見てぐっときた、と自身のエッセイに書いておられた。そのシーンとは、オンマが死んだ兄ちゃんの服を押入れから引っ張り出して泣いて荒れるのを黙って受けてやるってシーンなんだが、そういうシチュエーションを思い浮かべるだけで、家族が何より大事な末っ子ビニはきっともう堪らなくなるんだろうな。(ビニ、泣き上戸決定。)

・・・・おっと、泣く話ではなかったのに。目玉よ目玉。

役者さんの演技世界はもちろん目力だけではない。私がここまでJDGに転んで転び果てたのも、大きな目玉のほかの理由がいくつもある。(M体質とか34歳児とか、憑依する姿の気持ちよさとか・・・・書ききれないからまたそのうち。)
私がいいなあ、と思った役者さんも、とりどりである。「ジョンジェくん・・」の項でも述べたが、ほんとならあっさり系が好みの私は、「バリでの出来事」「ごめん、愛してる」のソ・ジソプ(ジソブ、が近い発音のようだ)にもちょこっとやられた。じわじわドラッグのように効いてくるフェロモンなんである。ドラマの中の人物を見るともう、うっとりなんだが、たまに写真で見るとこれがまた妙な顔をしていることが多い男で。(ファンのかた、ミアナダ~^^;;)かたちには現れないところから漏れ出る美しさ、とでも言うか・・・。一言で表せば、「個性」なんだね。

Kunrunクンちゃん、鬼狼が消えちゃうところでこのうるうるポロリ。でかい・・・
先日「ごめん、愛してる」の夜中の字幕版放送が最終回だったのでがんばって起きて見ていたら、イベントで来日したジソプくんのインタビューが少し流れた。彼の黒目は特に大きくないが、目は切れ長で面積が広い分、いわゆる三白眼とでもいうか、その目玉が、なぜかインタビューの最中小刻みに左右に振れているんである。何か考えながら発言する時そうなるようなのだが、それに気がついた途端、見ていて目が回ってしまった。ムヒョクも、「バリでの・・」のイヌクも、演技の中ではそんな動きはしていなかったように思うんだが・・・目玉。

JDGの目は「揺れている」と思うのだが、この「揺れ」、前出のジソプくんの実際の目玉の動きとまた違って表現が難しい。ファンだと、「あ!」とワカル感覚なんだが、あれもある種のフェロモンかもなあ・・・(見る側に何がしかの抑えがたい気持ちを喚起する、と言う意味において。)

ところでmiyukiが最近ちょっと危ないなあ・・・と思っているのが、チェ・ミンシク先輩である。におい嗅いだら食べられないけど食ったらたまらん魅力の「発酵食品」っぽい・・・?(爆)意外とつぶらでカワイイ目と睫毛をなさって。(お尻も。エ?◎_◎;)目下いくつかの作品を鑑賞予定なので、地味なレビュー書いたら読んでやって給れ~。^^

Soジソプくん。モデル出身なので、おしゃれな写真もあるんだが、たまにとっても変な顔~~^^
※ ちょっと調べてみたら「ジャイアントロボ」だったんだが、宙に浮いてる目玉の怪獣が出たことがあるんだな。(ガンモンスっての。ベタであるよ。)昭和~~~な話なんで、この「ジャイアントロボ」自体覚えている、もしくは知っている方も少ないと思うんだが。(スフィンクスみたいなカオしてます。)ふわふわ浮いた巨大な目玉そのものとロボが戦うの。で、まぶたむぎゅうっと閉めちゃったりするの。(それが弱点)なさけない目玉の後姿なんかも~~~(泣)。「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉親父みたいに可愛くないのよ。むちゃ怖いと思って未だに忘れられないんだが、なんでかその目玉が最近たまにJDGといっしょに思い出されて困っているのね、私。(笑)睫毛生えてたんだよなあ・・・・その怪獣。

※ それからね、若いころちょっと知っていた某有名漫画家さんが、庭のどっちかの方向の隅に、目玉の姿した神様が浮いてる、と話すのを聞いて怖かったっけなあ。そのころ若かった私、こんな霊感も必要なのかあ??!!と素直に驚いたもんだす。目に浮かんぢゃったもの。(涙)その先生んちには死んだファンの子の霊が何体か居ついているのだともおっしゃってたっけな。(゜ロ゜) 高貴ないいオーラは「紫色」と教えてくれたのもその先生。先生自身はあっけらかんと普通のお人に見えたんだけど。(ちなみに、「○○○の仮面」の先生だす。)夏なのでちょっとこんな話題。
あたしゃ、目玉にトラウマがあるんかの・・・

| | コメント (20)
|

2006年7月28日 (金)

『キムチ兄弟』 第14部 ~暁光~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

天井は思ったより高かった。腰を屈める必要もない。186cmもあるパクウィでさえも鴨居に頭をぶつけることはなかった。屋根裏の小部屋というにはかなり広さのそこは、窓こそないものの空調設備が整っているらしく、照明を点ければいっそ快適な空間ともいえた。しかしテヒは、そこへ1歩足を踏み入れた瞬間、胸を圧迫されるような吐き気を覚える。
漂う一種異様な雰囲気の原因は、鼻をつくテンピン油の臭いと壁一面を覆い尽くした何枚もの絵画であった。
絵のモデルはすべて・・・・・・・眠るドジン。
絵としての出来不出来は別にして、どれもこれもまともな神経では正視できないようなアングルの作品ばかりだった。KTXの車内でパクウィから聞かされた話は、はやり本当だったのだ。あり得ないことではないと思いつつ、それでも心のどこかで嘘であって欲しいと願っていたテヒの思いは、無残にも打ち砕かれた。
コンテで雑に描きなぐっただけのスケッチから、体毛の一本一本まで丁寧に描かれた大作まで、号数も手法もバラバラなそれらの、ある作品は額に入れられ壁に、またある作品はイーゼルに置かれてオブジェのように飾られていた。
ドジン、と小さく呼びかけて揺り動かせば、長い睫毛を震わせて目を覚ましそうな表情。その生々しいまでのリアルさに、テヒは目蓋を伏せ、肩で荒い呼吸を整えた。そうでもしないと本気でその場に吐いてしまいそうだった。

Kim1で、出たぁぁぁ\(◎0◎)/ エロ絵描き(爆) こんな形で登場させてみましたが如何でしょう(^^ゞ
「彼の美しさはね、この手で隅々までつまびらかにすることによってより奥深く、神秘的ともいえる領域にまで達したのですよ。彼の、きっと他の誰にも見せたことなどないセクシャルな表情・・・・眠りに落ちた時の危険なほど無防備な四肢・・・・それらの全てが、ああ、ただ自分だけにあるのだと、自分だけのためにだけ捧げられた芸術なのだと、そう感じる瞬間の背筋がゾクゾクするような歓喜! あなた方にお分かりいただけますか?」
「いただけるわけねえだろっ、このエロジジイ!」
もはや独善的としか言いようのない講釈を始めた町長に、パクウィがぶちキレた。
「本人の了承もなくこんな絵、何枚も描かせやがって! どうせ途中で起きねぇように毎回妙な薬でも飲ませてたんだろが!」
「そんな大げさな、ただの睡眠薬ですよ。害はない。私はただ、恋人同士の逢瀬の残像を絵画として残そうとしただけです。ドジンには、彼がもう少し大人になって自分の持つ芸術性を理解できるようになった折、きちんと話そうと思っていました」
「バカ言ってんじゃねえよ」
「何がバカなものですか。ドジンは私を愛しています。それはお兄さんとてよくご存じですよね?」
黙ったまま、残り少ない壁の白い部分を睨んで、テヒは微動だにしない。
「愛はエロスです。そしてエロスこそが美です。芸術です。ドジンと私はふたりで、それらの偉大なる結合の瞬間を目指すのです! 今までも、そしてこれからもずっと!」
町長の声は次第に興奮に奮え、ギラギラとした狂気を滾らせた視線は、ゆらゆらとどこか遠い世界の果てを見ているようだった。
「死ね! この変態野郎!」
「私たちふたりなら出来る! ドジンの美しさを存分に引き出せるのはこの私しかいないんだ! 死んでしまった彼の父親の分まで・・・」
「テメエが殺ったんだろがっっ!!」
「エロスこそが近代芸術を支える礎です! ドジンと私の目指すものは、愛とエロスの、それはまさしくアウフヘーベンなのだ~~!」
町長の支離滅裂な台詞が終わらないうちに、パクウィが目の前にあったイーゼルを手当たり次第なぎ倒した。
「ふざけてんじゃねぇぞ、おりゃああっ!! 寝言は寝て言え!!!」
「ああっ! 大切な作品になんていうことを!」
慌てふためく町長を尻目に、パクウィは床に散らばった絵を次々に踏みつけた。
「こんなものの、どこが芸術だ! テメエはな、ただの色情狂だ!」
「ナントでも言いなさい! そんなことで私のドジンに対する気持ちは何も変わらない!」
「テメエが変わらなくてもな、ドジンの方で思いっきり変わるんだよ!」
パクウィが町長と揉みあっている間に、テヒはこの部屋に入った時から気づいていた、ある位置へ移動した。階段を上がって入ってきたドアとは反対側の壁にあるもうひとつの扉・・・・・
テヒは迷わずそのノブを回した。
「あっ! そこは!」
あからさまに動揺した町長の声色に、テヒは確信する。狭い階段を一度駆け下り、寝室からさっきパクウィが振り回していた手斧を取り再び階段を上る。
「やめろ! よすんだ!」
「こっちは押さえてるから、テヒ、早く入れ!」
パクウィが町長を押さえつけている。テヒは夢中で手斧を振り下ろし、ドアノブを鍵ごと叩き壊した。足の裏で勢いよく蹴りつけると、木製のドアは吹き飛ぶようにして開いた。
真っ暗な2畳ほどの狭い納戸の奥に、まるで座らせられたマネキン人形のように、弟はいた。
「ドジン・・・・・」
静かに目を閉じたその表情は、いましがた見た絵画と何ら変わりない穏やかなものだった。ただひとつ決定的に違うのは、ここにいるのが血の通った生身の人間、パク・ドジンであるということだ。2次元ではない、温みと感情を持った人間だということ。
「ドジン」
近づきながら、もう一度テヒは声をかける。
けれど、・・・・・返事はなかった。

                  *

Otubone8こんな日が近く訪れるのか、果たして?どうよテヒさん、そこんとこ。
それで、と彼女はポットのお茶をカップに注ぎながら訊ねた。S市役所近くの公園。夏の間は毎日のように子どもらが水遊びに興じていた噴水の池も、この季節になるとさすがに静かで、心なしか水の勢いも弱まっているように思える。
背後に飛沫の音だけを感じながら、ふたりベンチに並ぶ午後12時30分。
「まだしばらくは入院が必要なんでしょ?」
「うん。完全に退院するまでにはもう少し時間がかかるらしいし、第一元通りの身体に戻るかどうかも今のところ定かじゃないらしくて・・・・自業自得って言えばそれまでなんだろうけど」
「命があっただけでも良かったと思って欲しいわ」
「まあね・・・・・精神鑑定の結果を待って、本格的な裁判が始まるらしいよ」
「そう・・・・・・やっぱり、複雑?」
シニョンは、自分こそ複雑な顔をしながらそう訊ねた。ふっ、とやはりどこか複雑な苦笑を漏らし、テヒは答える。
「・・・いろいろとね、ありずぎたから」
「・・・・そうよね」
「・・・・・・」
途切れた会話の合間に、テヒは彼女の手製のキムパを一切れパクリと丸ごと頬ばった。まんま飲み込もうとして喉に詰まらせてしまう。
「んっ! んんっ! んーーー!っ」
「え? 何、また詰まらせちゃったの? もぉテヒさんは・・・・・はい、お茶」
「んっ・・・・・・・ぶはっ」
涙目になりながら胸を叩いていたテヒは、シニョンに手渡されたお茶を飲み干しやっと息をついた。
「あ、ありがと。はぁぁ、苦しかった」
「一度にそんなにたくさん口に入れるからよ。昨日も一昨日も同じことを」
「だって・・・・お腹空いてるからつい」
テヒの言い訳に、はっ、と短く尖ったため息を零したシニョンは、恨めしげにその邪気のない横顔を睨んだ。
「美味しくてつい、とか言えないものかしらね~、せめて」
「え?」
「いいえ。別に何でも。テヒさんにお世辞とか求めても、無駄よね」
きょとんと半開きの口で、テヒは小首を傾げる。
「お世辞じゃなくて、本当に美味しいよ? シニョンさんの作ってくれるお弁当はいつだって美味しいよ」
「・・・・・」
「嘘じゃないよ。本当だよ。だからこうして毎日・・・・」
「お弁当が美味しいから?」
「へっ?」
「美味しいお弁当が楽しみで、毎日昼休み、付き合ってくれてるの?」
「そ、そ、それもあるけど・・・・・それだけでもないというかナンというか・・・・」
もごもごとはっきりしないテヒに、もういいわ、とシニョンは立ち上がった。
「シ、シニョンさん?」
「いいのよ。こうしてテヒさんとお昼一緒に食べられるだけで」
そう言って彼女はう~~んっ、とひとつ背伸びをした。後頭部の犬のしっぽがふるんと揺れる。すっかり秋の色合いを濃くした空はどこまでも高く、あのうろこ雲に触ってみたいなぁという彼女の呟きも叶いそうにない。
「あ、私のお弁当に飽きちゃった時は遠慮なくそう言ってね。それから誰か他にお弁当作ってくれる人が出来た時も、はっきり言って欲しいの。それに時間が惜しい時や、気が向かない時も・・・・」
「・・・シニョンさん?」
「本当は疎ましいと思われているのに、自分だけ気付かないなんていうシチュエーションって、笑えないじゃない? 私そういうの鈍感だから、迷惑な時は迷惑だってきちんと言ってもらわないと・・・・」
Nukesaku_3クマちゃ~ん、写真ありがとう。え? 聞いてない? へへっ・・人はそれを“無断借用”と云ふ。反則その1。
「どうして?」
テヒは思わず彼女の言葉を強い口調で遮った。
「どうしてそんなこと言うの?」
「どうしてって・・・・それは・・・」
「シニョンさんのしてくれること、迷惑だとかそんなこと、俺は一度も思ったことないのに」
「・・・・・・」
「俺が迷惑そうにしたこと、ある?」
「・・・・・・」
「他の人と過ごすくらいなら、お昼はひとりで食べるよ」
テヒのその言葉に、背を向けていたシニョンが振り返る。テヒは彼女のいつになく弱々しい視線を正面から受け止め、優しく微笑んだ。
「ねえシニョンさん、ふたつだけ、お願いしてもいいかな」
「・・・・?」
「ひとつ目は、・・・・訂正して欲しいんだけど」
「訂正?」
「うん・・・あの日、アウラジの事務所でシニョンさんは俺に『今のは事故だから』って、そう言った・・・・・・・憶えてる?」
「あっ・・・」
それが、テヒにキスをされた夜のことだと思い至り、シニョンは見る見るその頬を染め上げた。
「あれはね、その・・・つまり、事故なんかじゃないから。確かに俺はあの時どうしようもないくらい混乱していて・・・誰かに縋りたい気持ちだった。でも、誰でもよかったわけじゃない。あの時あそこに現れたのがシニョンさんじゃなかったら・・・・俺はあんなこと・・・・しなかった」
「・・・・・」
「わかってくれる?」
深く俯いたまま、シニョンがコクリと頷いた。さらりと揺れる犬のしっぽを、愛しい者にするように優しく撫でながらテヒは続けた。
「それからふたつ目なんだけどさ・・・・今度の週末、時間あるかな」
「・・・・?」
「ふたりでどこか、出かけない?」
「えっ?」
「暑くもないし、寒くもないし・・・・ドライブには最適な季節・・・・でしょ?」
「テヒさん・・・でも・・・」
「でも?」
「ドジンさんは・・・」
「ああ・・・・あいつはもう大丈夫。新しい仕事が随分と性に合ったみたいで、休み返上で働いてるよ。半分はまあ、コキ使われてるっていうか・・・・まだ慣れないんだから加減しろって言ってるのに、俺の忠告なんか聞きゃあしない。相変わらずのやんちゃさ」
「そう・・・良かった。本当に良かった。ドジン君が元気になって」
シニョンの目から、突然大粒の涙がほろほろと溢れて落ちた。
どうして泣くのかと慌てたテヒは、お茶の入ったカップをひっくり返し、泣き笑いの顔で文句を言いつつシンニョンがハンカチで拭く。

昼下がりの公園。よちよち歩く幼子に追われて一斉に飛び立つ鳩の羽音・・・・・
ほんの小さな幸せの風景に、テヒはこの数ヶ月の苦しみが確実に薄らいでゆくのを感じていた。

                  *

真っ白のシーツに辛うじて半身だけに纏った状態のドジンを、海雲台にあるオ元町長の別荘から助け出したのは、およそ半月前のことだった。
隠し部屋の、更に奥の納戸に閉じ込められていたドジンは問いかけにも答えず、何時間もの間縄で縛られていた手足は血流を止められて紫色に冷え切っていた。
(まさか・・・・・死んでる?)
一瞬過った恐ろしい想像に震え、竦みそうになる己の身体にムチ打ち、自分と同じほどの体重の弟を担ぎ上げると転げ落ちそうになりながら一気に階段を下りた。寝室のベッドに寝かせ呼吸を確かめる。口元に顔を近づけると微かではあるが頬にあたたかい息がかかるのが感じられた。縺れる指で、それでも懸命に縄を解き、氷のような温度の手足を必死で擦ってやると、ようやく「んんっ・・」とくぐもった呻きが漏れ聞こえた。

Dojin_mini反則その2。ちょいと拝借してきたチビドジン。可愛いから許して。
「ドジン? ドジン、大丈夫か? 怪我はないか?」
「・・・・にい・・・さん?」
「どこか痛いところはないか? ん?」
「兄さん・・・・俺・・・」
「苦しくないか? 寒くないか?」
大丈夫だよ、というようにドジンは頷いた。
「気分悪くないか? 何かヘンなもの、飲まされたりしてないか?」
「・・・大丈夫だから・・・もう心配しないで」
「ドジン・・・・」
安堵からか、テヒは全身の力がへなへなと抜けてゆくような感覚に襲われた。とりあえず生きていてくれた。ドジンが、帰ってきた。
「兄さん、俺・・・・」
「待ってろ」
何か言いかけた弟を制し、テヒはなけなしの脚力で立ち上がる。
「今は何も話さなくていいから。上で今、ちょっと揉めてるから行ってくる。お前はここで待ってろ。いいな? 絶対にここを動くなよ」
「兄さん・・・待って!」
「すぐに戻るから」
テヒがそう優しく諭しても、ドジンはテヒのシャツの裾を握って離そうとはしない。
「ドジン?」
「俺ね・・・俺、デスさんのところに戻ろうと思ったんじゃないんだ。嘘じゃないんだ。信じて。兄さんがあんなことになって・・・俺、本当に怖くて怖くて、自分のせいだって、申し訳なくて・・・」
「あれはお前のせいなんかじゃない」
「ううん、俺のせいさ。俺のせいで兄さんはあんな怪我までして・・・・もう兄さんに合わせる顔なんかないって思って・・・・」
「・・・・・」
「だけど、ひと言どうしても謝りたかった。何度もお見舞いに行こうと思った。ギョンジンにもいい加減意地張るのはやめろって、毎日のように言われた・・・・だけど・・・デスさんとのことをきちんと終わりにしない限り、兄さんには会っちゃいけないような気がして・・・だから、俺・・・・」
「だからひとりでこんなところに来たのか?」
叱るように問えば、すまなそうにコクン、と小さく頷く。そのどこか怯えたような眼差しは、テヒだけが引き取られることが決まったあの日、離れたくないと泣いて縋った時の涙に濡れた眼差しそのものだった。
「バカ野郎。心配ばっかりかけて」
「ごめん・・・・ゴメンね兄さん・・・・ごめんなさい・・」
もうとっくに許しているよと告げる代わりに、眦から零れた熱いものを指で拭ってやった。
「デスさんに・・・別れようって言ったんだ。あなたをどんなに恨んでも、父さんも母さんも帰って来やしないから、せめて自首してくれって・・・・だけど、あの人は耳を貸さなかった・・・・油断した隙に後ろから殴られて・・・俺・・・・」
「もういい、ドジン。もう話さなくていいから」
「ごめんなさい・・・・兄さん」
ごめんなさいばかり何度も繰り返してはしゃくりあげる弟を、テヒは力の限りその手にかき抱いた。

Paku_1お約束の(いつから^^;;)サービスショット。あっは~~ん。
程なくして、パクウィがぐったりした町長を伴って階下へ降りてきた。テヒが応援に駆けつける間もなく捕り物は呆気なく終わったようで、新米探偵はかすり傷ひとつ汚れひとつないクールな姿のままその任務を完了しようとしていた。
ひとりで歩けるとドジンが言い張るので、4人はそれぞれの足で屋敷を出る。
玄関に佇んで時計を見れば、あと1~2時間もすれば夜が明ける・・・そんな時刻になっていた。テヒが警察に連絡を入れ、パクウィがその日1本目の煙草に火をつける。
「トイレに行かせてはもらえないかね」
町長が、隣で紫煙を吐く長身の男に向かってそう言った。
「警察で行けよ」
「今更もう逃げたりしませんから。何ならドアの外で待ってもらっても構わない」
ちぇっと舌打ちし、パクウィは顎で言って来いと伝える。ドジンが無事であったことが何かしらの気の緩みを生んでしまったのかもしれない。ありがとう、と穏やかに頭を垂れて今出てきたばかりの建物に戻る町長の目がこれまでで一番強い狂気を宿していたことを、そこにいた3人の誰もが見落とした。
はっと気づいた時には、出窓の隅に赤い炎がはっきりと確認できた。
「クソッ! ジジイ、火ィつけやがった!」
3人は、とりあえず足元の覚束ないドジンを両脇から支えるような体勢で建物を離れた。そしてほんの数十秒後に振り返った時には、思いの外猛烈な勢いで回った火の手がすでに出窓一面を覆うようにうねっていた。あまりの様子に、それぞれが愕然と立ち尽くす。

メラメラと音を立て始めた炎を見ているうちにテヒは、何だか分からない怒りが心の奥から湧き上がってくるのを感じた。
(ダメだ。許さない・・・・・許せない!)
思った時には、身体は弾かれたように駆け出していた。
「テヒ! 待て!」
「兄さん! ダメだ!」
走り出したテヒに気付くのが遅れた2人の声を背中に聞きながら、テヒはあっという間に屋敷の中に転がり込んだ。案の定、町長は最上階の隠し部屋にいた。
「何やってるんだ! 焼け死ぬぞ!」
火をつけた時に負ったのだろう。町長の腕や腿のあたりには既に酷い火傷が見られた。惨たらしく焼け爛れたそこは、皮膚がズルリと剥け落ちている。
「早く! 一緒に下りるんだ!」
「ドジンや、私の可愛いドジン・・・い、一緒に死のうね・・・一緒に死のうね・・・うけけっ・・・うけけけけ~~~」
町長は完全にヤラレテいる。痛みすら感じていないようだ。このままでは自分も助からない。そう判断したテヒは、生まれて初めて他人の腹に力いっぱい拳を叩き込んだ。
「うっ・・・」
低く呻いた町長が崩れ落ちるのを待たず、テヒはその身体を担ぎ上げて階下へ向かった。途中煙にむせ、何度か倒れそうになったが、割れた窓の外から必死で自分を呼ぶドジンの叫びに励まされ、ようやく玄関を出ることが出来たのだった。
「自分だけ楽になろうなんて、許さないから」
テヒは、朝露に濡れた芝生に転がった町長に向かって呟いた。
「生きて・・・・・・法の下で一生罪を償うんだ。死んで楽になるなんてことを、俺は認めないから。ドジンも、死んだドジンの父さんも、お前のものなんかじゃない。そのことを一生かかって認めさせてやる! 分かったか!!」
もはやその叫びさえも聞こえてはいないだろう町長が、ひくりと動いたように見えたのは気のせいだろうか。近づいてくる様々な種類のサイレンと、時折響く乾いた木の焼かれる音だけが、海辺の朝靄の中にこだましていた。

Chouchou_1「ド、ドジン・・・い、一緒に・・・一緒に・・・」 我ながら強烈でええキャラやのぉ・・・むひひ。
それから半年の間に町長がぽつりぽつりと自供した様々が、どういったルートかは不明ながらもジュンギを通してテヒらの耳に届けられた。
亡くなったドジンの父とオ・デスは、確かに高校時代を共に過ごした旧友であった。しかし当時の同級生らの証言から、ドジンの父に付き纏っていたのはデスの方で、その思いはかなり一方的なものだったという。飛びぬけてハンサムなだけでなく、スポーツ万能で明るい性格だったドジンの父は男女を問わず人気があり、勉強こそ並外れてよく出来たもののどこか暗い印象のデスとは対照的な存在だった。人目を避けるようにして、あの手この手と個人的な関係を紡ぐ努力をするデスに対しても、彼はあえて嫌な顔をせず、付き合える範囲でその呼び出しに応じていたらしい。しかしそれが、最後には仇となってしまった。
高校を卒業してすぐ地元で実家の家業を継いだドジンの父と、S市の有名大学に進んだデスは、その時点で友人関係も途絶えたかのように思われたが、実はまるで違っていた。なかなか会えない苛立ちから、デスの行動は次第にストーカーじみてゆく。毎日の電話、週末ごとの帰郷、気味の悪い内容の手紙・・・・しかしそんなデスの常軌を逸した行為にも、ドジンの父は激することなく、やんわりと宥めるような言い方しかしなかったのだという。
大事な友達だから・・・・と。
けれどそう思っていたのは彼の方だけで、大学を卒業後国家試験にも合格し検察事務官から検事への道を歩みだしたある日、デスはとうとう越えてはならない一線を力で無理矢理越えようとした。体格は互角だったが、運動神経で勝るドジンの父にねじ伏せられてしまう。
初めてはっきりと突きつけられた“拒絶”の意思。10年以上もの間心に秘めてきた想いを打ち砕かれ、プライドの高いデスは激しく傷ついた。一方的な歪んだ愛情が憎しみへと変貌するのにそれほど時間はかからなかったようだ。

半年後、ドジンの父が結婚するという話を耳にしたデスは、ある計画を思いつく・・・・・
そして、不幸なことに、その計画は実行され・・・・・すべてはひととき、闇へと葬られたのだった。
そう、26年もの間、誰にも気付かれることなく・・・・・・・・・・

                                               (続く)

| | コメント (19)
|

2006年7月27日 (木)

『キムチ兄弟』 第13部 ~接近~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

「何で、ここ?」
ソウル駅近くの駐車場。いいから早く降りろと急かされ、理由も聞かされないままとにかく走れと命令された。
「なあ、高速でアウラジに行くんじゃなかったのか?」
腕時計にチラチラ視線をやりながら少し前を走る長身の男の背中にそんな疑問をぶつければ、
「俺がいつアウラジに行くと言った」
と、ぶっきら棒な返答が飛んでくる。
「だって、町長の本丸なら当然アウラジだと・・・」
「あ~~もっ、グダグダしてると間に合わねぇんだよ! もっと早く走れ!」
「ちょっ、おい、待てよ!」
擦れ違う人に何度も激突しそうになり、挙句切符売り場のお姉さんから奪うようにしてチケットを受け取り、ふたりは発車直前のKTXに飛び乗った。

Pakuおよそ本能のまま進む男。
息も絶え絶えの両人が相次いで崩れ落ちるようにして座席に着いた時、列車は既にゆるやかに動き始めていた。
一昨年開業したばかりの超高速列車KTX。ソウル発釜山行き。
目的地とはそことばかり思い込んでいたアウラジとはてんで違う方向に時速300キロで向かうことになったテヒが、なぜ?と問う前に、向かい側の席で脱力する男が荒い呼吸の合間に語りだした。
「あんたが、わ、悪いんだぞっ・・・降りてくんの、遅せぇ・・・から・・・あー、しんど」
喉をゼーゼーいわせて額の汗を拭うパクウィに、テヒは反論する。
「だってっ、こんなの、乗るなん・・・って、き、きいてないし・・・うー、気管が血の味する」
「俺も・・・・久々、こんなマジで、走ったの」
テヒのリュックに偶然入っていたペットボトルのミネラルウォーターを分け合って飲んだ。すっかりぬるくはなっていたが、今のふたりにとっては正に命の水だった。
「この17時発ってのが今日最後の直通なんだ。後は途中であちこち駅に止まる列車しかなくて・・・それだと釜山まで3時間もかかっちまう。それにこれに乗らないと海雲台までの最終のバスに間に合わなかったんだ」
「海雲台?」
「ああ。知ってるか?」
「場所は知ってる。行ったことはないけど」
パクウィの調査によれば――――といってもかなりの部分でジュンギの人脈と知力が物を言っているのではあるが――――オ町長は、検事をやめてアウラジ町長に就任した数年前、海雲台の海岸近くに別荘を購入している。登記上の名義人は町長の父親になっているため警察もたいした調べを行わなかったらしい。しかもその事実を知っているのは町長本人と、彼に手なずけられていた運転手だけだ。町長自身滅多にそこを訪れなかったため、側近と言われる人間でさえも誰一人として別荘の存在を知らないという。
ところがこの1年の間、町長は突如として別荘にしばしば足を運ぶようになった。彼の運転手だった男に大枚を渡して得た情報によれば、町長が別荘に向かう時、その傍らにはいつも20代と思しき美しい青年の姿があり、毎回ふたりがその別荘でどんな休暇を過ごしていたかについては、推して知るべしといった雰囲気だったという。
「・・・・・・・」
思わず言葉を無くすテヒの様子を見て見ぬふりをし、パクウィは続けた。
「それだけじゃねえ。あの変態オヤジは、別荘に滞在する際必ずといっていいほど絵描きの男を呼んでいたそうだ」
「絵描き? 画家ってことか?」
「ああ。町長の古くからの知り合いっちゅうか、つまり・・・・そっちの世界の男だ。そちらの方々の間じゃかなり有名らしい。町長はドジンと別荘を訪れるたび、毎回そいつを近くのホテルで待機させておいて、深夜とか明け方近くの時間になると呼びつけていたらしい」
「それは・・・どういう・・ことだ」
言わずもがなといった表情で首を振るパクウィの横顔に縋る様な眼差しを向けてみても、救いの言葉など返ってこないと分かってはいた。さりとて言葉にしてはっきりと確認するだけの勇気もない。ならばせめて彼の口から真実を、バッサリ切りつけるように傲然と告げられたいと願う。
「もっと詳しく聞かせてくれ」 
パクウィは静かに頷く。
「つまり・・・・絵だ。それも大量にあるらしいんだ」
「・・・・・・・」
「一度だけ、町長の忘れ物を届けに、運転手の男が夜半に別荘を訪れたことがあったらしい。その時偶然覗いちまったみたいなんだ。あんたの弟はどうやらコトにあと眠っちまってたみたいで・・・・・・・町長がその画家にあれこれ指示して・・・・眠っているドジンの・・その・・・絵を描かせていたそうだ」
「・・・・・・・」
Otouto9 miyukiひょん、ほらほら、ヨダレ拭いて(笑)
気付けばすでに列車は市街地を抜け、ポツリポツリと家々のあかりが灯り始めた郊外の田園地帯を疾走している。テヒは後方に飛び去るそのひとつひとつの灯りを目で追った。
「何をされてもどんな格好させられても、ドジンは全く目を覚ます気配がなかったっていうから、多分、何か薬でもって眠らせれていたのかもしれない。ドジンは自分の眠った後に毎回そんな絵を描かれていたことなんか、多分知らないはずだ。描かせた絵は全て、別荘の隠し部屋みてえなところに保管されているらしいんだが・・・・さすがに運転手もその部屋には入ったことねえみてぇだし、当のドジンはその部屋の存在すら知らねぇんだろうな」
ったくどんな歪んだ愛だよ、そんなの愛じゃねえだろ、クタバレ変態町長とパクウィは吐き捨てるように言った。テヒは何も答えず、黙ってずっと窓の外を飛び去ってゆく風景を見ていた。
ただひたすらに無事なドジンに会いたいと願う。たとえ時速300キロでもって駆けつけても・・・・今の自分には遅すぎる気がした。
「ドジンは・・・・・それでもドジンだから」
「ん?」
ぼそりと突然呟いたテヒの横顔に、パクウィが労わるような視線を送る。
「どんなに貶められても、辱められても、俺にとってドジンはドジンだ。何も変わらない」
「・・・・・テヒ・・」
「ずるいことや卑怯なことは出来ないやつなんだ。だから・・・本気で好きになっちまったんだろうな、町長のこと。疑うこともせずに一途に突っ走って、・・・・こんな仕打ち・・・馬鹿なやつだよ。本当に」
「・・・・・・・」
独り言のようなテヒの言葉を最後に会話は途切れ、ふたりは今夜にも対峙することになるであろう厳しい現実を思ってか、どちらともなく仮眠に入った。

ソウルを出てから2時間34分後、KTXは終点の釜山駅に到着した。
すっかり夜の帳がおりた海辺の街に、浮かび上がるような近代的な駅舎。郷愁を誘う街並みと時代の最先端を思わせるその建物のミスマッチともいえるコントラストに、ふたりは2度3度と振り返りつつ急ぎ足でバスターミナルへ向かう。
途中、パクウィが首を傾げながら言った。
「ちょっと眠った間に、やな夢見ちまったぜ」
「え、どんな?」
偶然なのか、自分も車内での仮眠中に妙な夢を見たテヒは、驚いて問うた。
「俺が高校生の時飼っていた犬が食われちまう夢でさ、すげえ泣いてるんだ、俺。ウワッて目が覚めたらちょうど蜜陽駅のあたりで・・・・もう一度眠ったんだけど・・・何だかヘンな夢だった」
「そんなのまだマシだよ」
「お前も夢、見たのか?」
「ああ。俺のはもっと最悪さ。釜山のどこかのホテルの前で、ヤクザにメッタ刺しにされる夢だ」
「げっ・・・」
「ラルフローレンのポロシャツ着て、短パンはいた小太りのおっさんに、いろいろと命令されるんだけど・・・」
「なにぃ! ちょっとおい、そのおっさん、俺の夢にも出てきたぞ! メガネかけた海ガメみたいな顔してなかったか?」
「うん、してたしてた。知り合いのような気もしたんだけど、どうも思い出せなくて・・・・」
「俺もだ。どっかで見たことあるんだけど、思い出せなくて・・・・何かの祟りかな」
「海ガメの祟り?」
「さあ・・・」
海雲台行きのバスが、ターミナルに滑り込んできた。ふたりはう~~んと首を傾げたまま、最終バスに乗り込んだのだった。

                         *

浜辺にほど近いその別荘は、探し回るまでもなくすぐに見つかった。パクウィが住所のメモ書きを持ってはいたが、それすらも必要のないほど、その荘厳かつ静謐な佇まいは周囲を圧倒する存在感をもってそこにあった。昼間であったならその青さに瞳孔が収縮するであろうほどの見事な芝生の庭園の、中央をうねる様にして玄関まで続くレンガの小道。ふたりはわざとその小道を避けるようにして庭園の隅を通り、建物に近づいていった。
何よりもふたりに緊張感を与えたのは海岸を一望できるであろう部屋のひとつから、微かに漏れる明かりであり、それはすなわち誰か――――つまり持ち主であるオ町長を含む誰かしらが、今現在ここに滞在しているという証であった。
腰を屈め、息を潜め、目視で頷きあい建物に近づく。規格外の巨大な出窓の下には男ふたりが身を置けるだけのスペースが辛うじて確保できそうだ。
レースのカーテン越しに黒い人影が動く様子が見えて取れる。気付かれないように・・・・と細心の注意を払いながら出窓の下に潜り込んだ瞬間、その尊大な声は落ちてきた。
「おやおや~、こんな暗がりで一体どうなさったんです? 何か探し物ですか?」
「わっ!!」
驚いて尻餅をついたのはテヒだ。パクウィはチッと舌打ちをし、不敵な笑みで立ち上がる。
「・・・・ちぇっ、見つかっちまったみたいだな。仕方ねえ」
「逃げないところをみると、泥棒や強盗じゃないようですが、一体どちら様でしょう」
落ち着き払った低い声には、テヒもパクウィも聞き覚えがあった。
「こんばんは、オ・デスアウラジ町長・・・いや失敬、元アウラジ町長さんよ。俺たちはあんたに用事があって遠路はるばるやってきたんだ。ちょっとお話伺わせてもらえませんかね、いろいろと」
「はははは。なかなかどうして度胸の据わった人ですねえ。他人の敷地にこそこそと忍び込んでおいてその言い草。どうやら初対面でもないようですが・・・・そちらで尻餅ついてらっしゃるのは、もしやドジン君のお兄さんかな?」
テヒは尻についた草や土を払いながら、窓辺の男を睨みあげた。
「パク・テヒです。勝手に入り込んだことはお詫びします」
「これは光栄ですね。ドジン君のお兄さんに釜山くんだりまでご足労頂けるなんて。折角いらっしゃったのですからお上がりになりませんか? 生憎食事はもう済ませてしまったので、シェフは帰してしまったのですが。お茶でよろしければいかがです? ドジン君のお兄さんなら大歓迎ですよ」
「ああ、望むところだ。そのために時速300キロで走って来たんだからな」
すかさず答えたのはテヒではなくパクウィであったが、町長は殊更のようにテヒだけを見詰めてにっこりと微笑んだ。
「それはそれはご苦労様でしたね。さ、どうぞ玄関にお回りください」

Nukesaku_4オレだって脱いだら凄いんだよ。乳毛とか腹毛とか普通にあるし・・・・(わりと自慢)
以前から気に入っていた古い洋館を買い取ってあちこち手を加えたのだというだけあって、エントランスから続く長い廊下の至る所に、町長の趣味らしきガラス工芸やオブジェ、絵画などが飾られていた。どうぞ、と通された洋間はさっきふたりが蹲っていたあの出窓のある部屋で、やはり壁一面に絵画や、廊下に飾られたいたものとよく似た雰囲気のオブジェが所狭しと並べられていた。
「エミール・ガレか」
パクウィの何気ない呟きに、町長はパッと顔を輝かせ、歓喜に満ちた表情で目を細めた。
「おお、パクウィさんはアール・ヌーボーをご存知で」
「別にご存じなんて高尚なもんじゃねえ。昔ちょっとあれこれ興味があっただけだ」
「そんな、ご謙遜を・・・・」
明らかに嬉しそうに町長は立ち上がり、窓辺に置かれていた華美な装飾を施されたランプを手に取った。
「これは・・・・ガレの後期の作品です。この、ここのところの曲線のラインが何とも言えずに美しい。これぞアール・ヌーボーの真髄といえるほどの一品だと思うのですがね。パクウィさんはいかが思われます?」
差し出されたそのガラス細工のランプを手にすることなく、パクウィは胸ポケットから無造作に取り出した煙草に火をつけた。
「生憎だったな。俺はごてごてと飾り立てたモンより、すっきりシンプルが好きなんだ。ランプは明かりが点きゃそれでいい」
「おやおや、パクウィさんはアール・デコ派ですか。それでは先ほど廊下でご覧になったオーブリー・ビアズリーなんかはお嫌いですかね?」
「はい、お嫌いです。すんませんね。それに俺はここに、あんたと美術談義をしにきたんじゃねえ」
「それでしたら建築物はどうです? やはり建築様式に関してもデコ派ですか? バルセロナのグエル公園・・・あれはガウディなんですがまことに美しい。パクウィさんは行かれました? そうそう、プラハ本駅のドーム初めてこの目で見た時の興奮と快感といったらあなた・・・・筆舌に尽くしがたいものがありました」
恍惚とした表情で滔々と語る町長の目には、もはや客人の姿など映ってはいないようだった。
「私はね、何でも美しいものが好きなんです。建築物も、絵画も、オブジェも。美しいものだけに囲まれて暮らしたい・・・・若い時からそう思っていました」
「それで自分のオトコにも、とりわけ美しいやつを?」
いささかビーンボール気味に飛び出したパクウィの質問にハッとしたテヒが顔を上げたが、驚いたことに町長は顔色ひとつ変えることなく何度も頷いた。
「パクウィさんは芸術の何たるかをきちんと理解できる方のようですね。まさにあなたのおっしゃるとおりです。ドジンは・・・・顔はもとより、それはそれは美しい体躯をしていましてね・・・・・あのフォルムこそがすでに神聖なる芸術品なのです。体躯のラインひとつひとつが実に洗練されていて、緻密な計算のもとにデザインされた彫刻のようです」
呆れ返って咥え煙草を落としそうになっているパクウィと、普段は温和なその瞳に射殺さんばかりに冷徹な色を湛えたテヒのふたりを、もはや町長が振り返る様子はない。身振り手振りを加えながらドジンの美しさを語る目には狂気が色濃く宿り、自ら発するドジンへの賛美に酔いしれるかのように、語りは次第に尋常でない熱を帯びてゆく。

「彼を手に入れることが出来るかもしれないと知った時の興奮は、私の人生においてプラハ本駅を肉眼で観た時以上のものでした。衝撃的でした。それほどまでにドジンは私の心を揺り動かした・・・・そう、彼の父親と出会った時と同じようにね」
「ドジンの父親を殺したのは、やはりあなたなのですね?」
テヒの質問に町長は答えず、出窓のレースのカーテンの隙間から外の暗がりをじっと見詰めた。
「あの男は・・・・あろうことか私のモノになることを拒んだんです。今のドジンにそっくりな、本当に美しい顔かたちを惜しげもなく世間に晒して・・・・私はそれが許せなかった。あんな、またとない素晴らしいシルエット、フォルム、ライン、そして色合い・・・・どうしても私だけのものにしたかったのに・・・・彼はそれを頑強に拒否したんです。私は当時、検事なんていうケチな仕事をしていましたがね、祖父の代から引き継いだ相当の資産があるんです。じゃがいもなど育てなくとも、生活に不自由させるつもりはなかったのに・・・・それがあんなどこにでも転がっているような、ちょっとばかり顔のキレイな女と結婚なんて・・・・・心底馬鹿な男だ。しかしまあ、そのお陰でドジンが生まれたのだから、今となっては怪我の功名ということになるでしょうがね」
狂ってる・・・・テヒの小さな呟きも、町長の耳には届かない。
「2年半ほど前、S市で初めてドジンを見かけた時、私は歓喜のあまり3日3晩眠れませんでした。本当に偶然だったのですが・・・・街角で佇むその姿をひと目見ただけで、すぐにあの男の息子だと分かりました。事故で1人だけ生き残った、あの子だとね。それで彼がまだあのアウラジの土地の名義人になっていることを知って、思いついたのが・・・」
「チョンソンじゃがいも村か」
「ええ、その通りです。パクウィさんはカンもいいんですね。この手に抱くことの叶わなかったあの男の生まれ故郷アウラジの地で、その最愛の息子を手に入れる・・・・・・素晴らしい計画でしょう? 私は何の迷いもなく早速検事を辞めて、アウラジの町長に就任しました。資金はたくさんありましたから簡単でした。就任するとすぐ、計画をスタートさせました。あちこち抜かりないようにと・・・・町を上げての観光開発ですからいろいろと大変でしたが、ドジンを手に入れるためなら何でも出来ました。就任から1年半でようやく計画が本決まりになり、ようやくドジンに声をかけることができました。呼び出して、土地を売って欲しいと言うと、案の定警戒心剥き出しで反抗的な視線をぶつけてきて・・・・その無垢な子どものような瞳に、大変そそられました」
堪らずカッとなり、拳を握り締めて立ち上がろうとしたテヒを、横のパクウィが無言で制する。
「君のお父さんと私は、それはそれは仲の良い友人だったんだ。何をするのも何処へ行くのも一緒。君のお父さんはね、もしも万が一自分に何かあった時は息子のことをよろしく頼むって、いつもそう言っていた。だからドジン、私のことを本当の父さんのように慕ってくれて構わないんだよ。好きなだけ甘えておくれ。そして一緒に、行方の分からない妹を探そう・・・・たかがそれだけの台詞で、ドジンは私の目の前で涙を流してくれたんです・・・・・聖なる泉から湧き出でたかのような、清らかな涙でした・・・・・」
オ町長の目には、すでに窓の外の暗闇ばかりの景色さえ映されてはおらず、どこか、空想と現実の交わる曖昧なあたりをぼんやり見詰めるような眼差しは、穏やかであるからこそなお、普通ではない世界のものであると確認できるのだった。

                        *

Chouchou_1や、だから、あんたが暴れてどうすんねん・・・^^;;;
ドジンは今、どこにいるのですか?
その単刀直入な一言をテヒが口に出そうとしたその時、一瞬だけ早くパクウィが立ち上がり、部屋のドアに向かって歩き出した。無言の一瞥が、まだそれは聞くなと言っている。
「おや、どちらへ?」
「便所だよ、便所。もう出ちまいそうなんでね・・・で、何処っすか? 厠」
直接的で下品な言葉を撒き散らしながらポリポリと尻を掻いくパクウィに、さすがに眉根を寄せた町長だったが、仕方なくドアを出て左の突き当たりですとトイレの場所を教えた。
わざとらしくドスンドスンと音を立ててトイレへ向かうパクウィの足音が聞こえなくなるのを見計らって、テヒはようやく重い口を開いた。
「ドジンを自分のものにしたかったというだけなら、何もじゃがいも村の計画などなくても父親の旧友だと偽って、妹の生存をダシにして、あいつの気持ちにつけ入ればよかったじゃないですか。町やS市まで巻き込んで、あんな壮大な施設を計画するなんて・・・・」
「馬鹿げているとお思いですか? オトコひとり、我がモノにするために300億ウォン以上の金を動かすなんて」
「ええ」
町長は、分かっていないといった様子で首を左右にゆっくりと振った。
「ドジンの体躯はね、300億ウォンにも値するものなんですよ。どこの筋肉ひとつ取ってもそこには“美”がある・・・・たわわな黒髪も、愛くるしい瞳も、唇も・・・全てが芸術なのです」
「・・・・・・」
「それに、私はあの計画で、実はもうひとつの大切な思いを成就するつもりだったのです。私が手に入れたかったのは、ドジンひとりだけじゃあない」
「えっ? そ、それはどういう・・・」
虚を突かれ、テヒが言葉を失った瞬間だった。
階上でドン!ドン!という激しい物音が鳴り響いた。瞬時にそれがパクウィの仕業であると悟ったテヒと町長が弾かれるように立ち上がったのは、ほぼ同時だった。町長と争うようにして部屋を飛び出し、階段を駆け上がるテヒの耳にパクウィの叫び声が届いた。
「テヒ! 来い!」

町長より数秒早く、その寝室と思しき部屋に駆けつけたテヒの目に飛び込んできたのは、どこで見つけてきたのか手斧のような物騒な凶器で、クローゼット横の壁を叩き割るパクウィの背中だった。
「隠し扉があると、すぐに気付いたんだが、ボタンの位置が分かんねえんだ。あちこち探していたら隣の納戸にこんなモンが入ってたんで、ブチ壊す方が早えぇと思って」
「パクウィ・・」
「多分ドジンはこの中だ」
テヒは、背後の町長を振り返った。慌てるでもなく怒るでもない、かといって開き直った様子もないその凪いだ表情は、落ち着きすぎていていっそ不気味だ。瞳の奥に燻る仄暗い埋み火のような色に、テヒはあの日自分の向けられた刃に対する以上に恐怖を覚える。
「パクウィさん、困りますねえ、勝手に壁を壊されちゃ・・・・修理費にいくら掛かると思ってるんです?」
もはや振り向きもせず手斧を振り下ろす彼に、町長は、仕方のない人ですね短気で、と口元だけで笑った。
「そんなことしたって入れませんよ、奥の部屋には。私が開けますから下がってください」
町長は、パクウィが壊していた反対側の壁にある書棚から、一冊のぶ厚い本を取り出す。そして、その中に隠されていた小さなリモコンのボタンを押した。
カランカランカラン・・・・という滑車の回る音と共にゆっくりスライドしてゆくクローゼットの陰から現れたのは、天井裏へと通じる隠し階段だった。

「おふたりが初めての客人です・・・・・ようこそ私のアトリエへ」

                                              (続く)

| | コメント (14)
|

2006年7月24日 (月)

『キムチ兄弟』 第12部 ~足音~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

30㎡あるかないかという狭い事務所の壁際には、これでもかというほどの数のダンボールがうず高く積まれている。“ケロケロ引越しセンター”というロゴの横にはにっこり笑った緑色のカエルがプリントされていて、吹き出しには“親切、丁寧、迅速だっケロ”とあった。
ドジンが置手紙一枚だけを残して姿を消したの翌日のことだ。40匹以上のカエルに見守られながら、テヒら4人は善後策を練っていた。
先週、パクウィは10年以上勤めたワールド不動産を退社した。事前に誰にも相談せず、いきなり「一身上の都合です」と辞表を出したという。呆気にとられる観光開発課の上司たちを尻目にとっとと社屋を後にした彼に対して、ふざけんなよと怒ったのはギョンジンだった。おもむろに引き出しから社名入りの便箋を取り出すと“辞表! ついでに私も辞めます!!”と書いてそこら辺の茶封筒に突っ込み、上司の机に叩きつけ彼の後を追った。
薄汚い雑居ビルの5階に事務所を構え、掲げた看板は『P&G探偵事務所』。
Pはパクウィ、Gはもちろんギョンジンの頭文字だ。

Cyanmin1_1悪徳言うな。それから探偵ごときと一緒にするな。
「しっかしよぉ、まだ事務所もこんな状態なのにもう仕事が舞い込むなんて、幸先いいっつうかナンつうか・・・」
目を真っ赤に充血させてグスンと鼻を鳴らしたギョンジンが、おバカ!と彼の胸板を拳で叩いた。咥え煙草の灰が、ポロリと床に落ちる。
「痛てっ、何すんだよ」
「あたしのたったひとりの兄さんがいなくなったのに、幸先いいってそれどういう言い草よっ!」
どう見ても中古で仕入れたとしか思えない座り心地の悪そうなソファーに腰掛けていたジュンギが、彼女の言う通りだお前が悪いとパクウィを窘め、それにしても煙くてたまらんと窓を開ける。小さく開いた四角から外界を覗けば、ほんの1m先の隣のビルに手が届きそうだ。1階のラーメン店から昇ってくる湿気た豚骨の臭いに、ジュンギは眉を顰めて諦めたようにまた窓を閉めた。
「いくら家賃が格安だったからって、もう少しマシな物件はなかったのか?」
「うるせぇなあ。お前みたいなボッタクリ悪徳弁護士と一緒にするなよな。こちとら安全第一懇切丁寧のお客様第一主義で、相談料の設定も驚きのロープライスなんだぜ。しかも社長の俺様は経費節減のために長年親しんだマンションを出て、3日前からここに住んでんだからよ」
「ここに住んでるのか?」
さすがに驚いたテヒが鸚鵡返しに訊ねると、彼はいかにも、と胸を張った。
「ああそうとも。そこの悪徳弁護士が座ってるソファーが俺様のベッドだ。事務所兼、応接室兼、食堂兼、寝室だ。文句あっか?」
文句など別にない。ただ呆れただけだった。
「とにかく我がP&G探偵事務所記念すべき最初のお客さんであらせられるところのパク・テヒさんに、おーいギョンジン、お茶を差し上げて。最高級のインスタントコーヒー頼むぜ。粉、多目で」
その声に、鼻をかんだティッシュをダストボックス方面に投げたギョンジンがキッと振り返り、長い髪がふわりと弧を描く。
「あのねえパクウィ、あんたまさか忘れたの?」
「ん?」
「あたしはバイトのお茶くみネエチャンじゃなくて、れっきとした共同経営者なんだかんね。しかもここの敷金、誰が負担したと思ってんのさ! あんたが淹れな、最高級インスタントコーヒー! あ~ん、入んなかった。コンタクトしてないからゴミ箱の位置がよく見えないや・・・」
「くっ・・・そ」
8割を彼女に負担してもらった敷金の件を持ち出されては何も言い返すことなど出来ない。パクウィはギリギリと歯軋りを残してキッチンへ向かった。一瞬にしてやり込められて立ち去る長身の男に、テヒは思わず苦笑する。
「すっかり尻に敷かれてますね、パクウィのヤツ」
「ああ。強面パクウィもこのお嬢さんにかかっちゃ形無しだな」
肩を竦めたジュンギと、お嬢さんの一言に過剰反応して一転きゃっきゃと喜ぶギョンジンを残し、テヒはパクウィの後を追った。
「ったく、客用のカップにコンタクトレンズなんか入れやがって、あんにゃろ・・・」
ブツブツと負け惜しみを呟く声がする。
「なんでギョンジンのコンタクトがこんなところに?」
新しいインスタントコーヒーのビンを開けていたパクウィの後ろから声をかけると、彼はあからさまにぎょっとした様子で振り返った。
「わっ! 何だ、テヒかよ。驚いた・・・・い、今美味しいコーヒー淹れるから待ってろ」
「コーヒーの話はいいよ。それより、それ、どうしたのさ?」
テヒがシンクの上に無造作に置かれた“コンタクト洗浄中、触るな!”という紙の貼られたカップを指差すと、パクウィはモゾモゾと所在無くその長い手足を動かした。
「ああっ、こ、ここにあったのか。砂糖とミルク、いる? いらない? どっち?」
「どっちもいらない」
「あっそ、じゃあブラックで・・・」
「パクウィ」
「は、はい?」
テヒは黙ってもう一度、件のカップを指差すと小声でゆっくりと言った。
「俺もさぁ、普段コンタクトなんだよね。だからよーく分かるんだけど・・・・こういう、つまり、カップにコンタクトを入れなくちゃならないような状況になるのってさ、急に“お泊り”になった時とかなんだよね~、大抵」
「・・・・・」
「ギョンジン、随分と目が充血してたよね。疲れてコンタクトつけたままうっかり眠っちゃったりすると、ああなるんだよね~、経験上」
「・・・・・」
Nukesaku13わーい、ホームズだ。少年探偵団だ。公務員やめて俺も探偵になろっかな・・・
テヒはニヤニヤとほくそ笑みながら、パクウィの手からコーヒーの入ったカップを奪い、ひと口ふた口とすすった。
「や、その、泊まったちゅうかさ、ほら、よ、夜中までふたりで片付けしててさ、気付いたらもうあいつの帰る電車、なくなっちまっててさ、あいつ、ドジンが消えて結構落ち込んでたみてぇだし・・・・仕方なくってか・・・・その・・・つい」
「ほうほう、なるほどねぇ」
「毛布、一枚しかねえからさ、本当に仕方なくっちゅうか、うっかりっちゅうか」
「へえ。うっかりねぇ」
「い、今お前、猛烈に、へ、ヘンな想像してるだろ、テヒ」
「してるよ。猛烈に」
パクウィは額に汗をかいて、あちこちに定まらない視線を飛ばしている。期せずして訪れたいつもとは全く逆の状況に可笑しいほど見事にうろたえるパクウィが、なんだか可愛らしいとさえテヒは思ってしまった。
「・・・・・」
「違うの?」
「・・・・・」
「違わないんだろ?」
「・・・・・」
「よかったね。おめでと」
「やっ、そういう言われ方もあれだ、ちょっとなんか、その・・・・」
「照れるなよ」
「照れてなんかない!」
「顔、赤いけど?」
あんたたち、こんな狭いところで男ふたりで何ぼそぼそ喋ってんのさ、キモイ! と乱入してきたギョンジンに、パクウィは皮肉にも救助される形になった。真っ赤になったパクウィとやたらニヤニヤ薄ら笑いを浮かべたテヒを交互に見詰め、彼女はもう一度「キモッ」と顔をしかめた。
「ねえ、ドジン兄さんの行方、早く調査開始しないと取り返しがつかないことになっちゃうよ。対策練ろうよ」
「わかった・・・今行く」
そういうわけだからあんたもそれ、とっとと飲んじまえとぶっきら棒に言われ、テヒは仕方なくまだ熱いインスタントコーヒーを頑張って飲み干した。

                            *

P&G探偵事務所の最初の会議は午後まで続いた。
まだまだド素人の経営者ふたりの頼りになるアドバイザー、ジュンギの提案で、ドジンの足取りを追うチームと引き続きオ町長の行方を追うチームのふた手に分かれることにした。ドジンを追うのはジュンギとギョンジン。町長の動向はテヒとパクウィが探ることになった。
ジュンギのチームがバタバタと事務所を出て行く。後を次いで早速行動を開始しようとする相棒パクウィを、テヒは「なあ」と引きとめた。
「ん?」
「ひとつ聞いていいかな」
「ああ、何だ」
「もしも・・・・・もしもさ、お前が今回の俺の立場だったら、やっぱり弟を探すか?」
一本気でせっかちな相棒は胡乱な眼差しでもって、何かまだ納得のいかないものを抱えているテヒを見下ろす。
「それは、どういう意味だ」
「ドジンは・・・あいつは俺に居所を探して欲しいなんて、多分思っていない。オ町長への気持ちにどう決着をつけるつもりなのかどうかも、俺には分からない。自分の両親を殺した相手が自分の最愛の恋人だったんだから・・・・そんなに簡単にはいかないだろうし。それに俺が怪我したことであいつは余計な苦しみまで背負ってしまった。だから今の生活を全部捨ててどこかに逃げたくなったとしても、それを責めることなんて誰にもできないんじゃないかって・・・そう思うんだ。これからのことは全てあいつが、あいつの意思で決めることなんじゃないかって・・・・だったら俺がドジンを探すことに何の意味があるんだろう」

Pakuwiあ~ん、やっぱtartanパクウィが好き(*^_^*) 主役食ってます。こんな男がいたら迷わず押し倒して求婚します。
パクウィは開けかけたドアに凭れ、腕組みをしたまま黙ってテヒの話に耳を傾けている。
「万が一だ。万が一、ドジンが町長を許そうとしているんなら、それはそれで仕方のないことなんじゃないかって・・・・・俺が兄貴面して立ち入るような問題でもないし・・・ドジンにはドジンの、その、生活が・・・」
「なら!」 とパクウィは突然テヒの話を遮った。 「あんたの意思はどうなんだ」
「俺の、意思?」
「ああ・・・・・・あのな、勘違いすんなよテヒ。あんたはパク・ドジンじゃねぇ。パク・テヒだろ。いくら長年連れ添ったっつっても、弟とあんたは別の人間だ。弟可愛さに自分が誰なのか忘れちまってんじゃねぇのか?」
「・・・・・・」
「今大事なのは、弟がどうして欲しいと思ってるのかじゃなくて、あんたがどうしたいか、だろ? つまりパク・テヒって男がよ、自分の命より大事な弟を、あの犯罪者のえろえろ変態オヤジから取り返したいと思うか思わねえか、要はそれだけのこった」
「そんなっ・・・・簡単な話じゃない」
「簡単な話をややこしくしてんのは、あんた自身だよ。無論俺はあんたじゃねぇし、あんたの大事な弟でもねえ。だからあんたらの深くて濃ゆ~い兄弟愛なんて、はっきり言ってちっとも分かんねえし分かりたくもねえ」
「・・・・・・・」
「だけどな、テヒ。俺はあんたって人間が好きだ。あ、ヘンな意味じゃねえから間違えんなよ。短い間だったけどあんたと仕事してみて、コイツ、アホだけどいいやつ、信頼できるってなって思った」
「そりゃ・・・・褒められてるんだかナンだか・・・」
「ああ、最高に褒めてるさ。金輪際二度と言わねえから、耳の穴かっぽじってよ~く聞いとけ。俺はあんたが好きだ。だから苦しんだり悲しんだりしてほしくねぇんだ。あんたが悩んでる姿なんか、見たかねぇよ」
「・・・・パクウィ・・・」
「俺は・・・・俺の立場でしかモノを言えねえ。だからあんたもあんたの立場で、自分が本当に欲しいものは何なのか、よーく考えろよ。ドジンの意思を尊重するのもいいけどよ、人間切羽詰ったら、正しい道を見失うことだってあるんだぜ? あんたは人生において何ひとつ間違ねぇ自信、あんのか? お前は間違ってる、戻って来いって、そう言ってやるのが兄貴ってもんじゃねえかと俺は思うがね。そんでもって、最後にどうするのかはドジンが決めりゃいいけどよ」
「・・・・・・」
「今、弟を探さなかったら、あんた一生後悔しねえか?」
「・・・・・・」
「もしも今この時にあんたの大事な弟がよ、町長とは終わりにしたい、育ててくれたオモニや兄貴とまた以前のように暮らしたいって、そう思っていたらどうする? ん? だけど兄貴に怪我までさせちまって、もう戻ることなんかできないんだって、自棄になったとしたらあんたどうする? それでも探さないか? え? テヒ」
「・・・・・・」
「たとえば、の話だけどな、すべて。・・・・・俺が言いたいのはそれだけだ。探したくないんならついて来なくていい。俺は、相手が探して欲しいと思っていようがいまいが、自分が探したきゃ探す。自分にとって意味があると思ったら、相手が迷惑がろうがそんなこと知ったこっちゃねえ。だから、あんたが弟を探そうと探すまいと俺には関係ない。俺は、・・・・ギョンジンのためだけにでも、ドジンを探す」
バタン、と乱暴にドアが閉まる音が響く・・・・
階段を駆け下りてゆくパクウィの足音を聞きながら、テヒは薄汚れた事務所の壁に身体を預た。

誰もいなくなった事務所のヤニですすけた椅子に腰を下ろせば、錆びたスプリングがきしむ音が狭い部屋の中にやけの響く。
「ドジン・・・・」
そう小さく呼んでみた。幼い頃から何度も何度も呼び慣れたその名前が、短い吐息とともにこの狭い空間へと霧散してゆく。あまりにも儚いとテヒは思う。
自分と弟を繋げているものは一体何なのか。考えれば考えるほどに分からなくなる。ほんの1年前には、あんなに無邪気に笑い合えたのにと思えば尚更、胸の奥の虚にじくじくとした痛みのような感覚を覚えずにはいられない。
パクウィの言うことはよく分かる。確かに彼の言う通りなのだろう。もしも似たようなことで悩んでいる人間がいたら、テヒとて彼と同じようなアドバイスを与えたに違いないのだ。
けれど・・・・とテヒは天上を仰ぐ・・・・ドジンを探すべき人間は、俺なんかじゃないんだ、きっと。
だから帰ろう。大切な宝物をなくしてしまった子どもだって、いつしかその悲しみから立ち直るものだ。ドジンにとって俺はもう、用のない人間なんだ。
ゆっくりとテヒが立ち上がった、その時だった。
ジーンズのポケットに、引っ掛けるようにしていた携帯がゴトリと音を立てて床に落ちた。
「あっ・・・・」
壊れなかっただろうか。咄嗟に開いてみたが液晶は暗いままだ。
「壊れちゃった? もしかして」
そんなに高い位置から落としたわけでもないのに・・・と首を傾げた瞬間、電源を切っていたことを思い出した。いつものことながら己の粗忽さに呆れ、苦笑しながら電源を入れる。どこか故障はしなかったかと、メールやらアクセサリーやらあちこちボタンを押してみた。
と、その声は、手にした携帯から唐突に聞こえてきた。

『あ、兄さん? 俺。さっき帰ってき不在票見てさ、今受け取ったところだよ荷物。この歳になってプレゼントなんて、何かちょっとテレるけど・・・・・ありがと。すごく嬉しかったよ』

・・・・・ドジン?
声の主は紛れもなくドジンだ。聞き覚えのあるメッセージだったが、いつの録音なのか俄かには思い出せない。

『しっかし兄さんさぁ、このスパイクよく見つけたねえ。あちこち探したんじゃない? それにこれ、高かったでしょ? このモデル、出てすぐ完売で、今じゃ相当プレミア付いてるって聞いたよ。何か悪いな~、お金使わせちゃってさ』

眉を寄せ、必死で思い出そうとする。
いつだったろう。ドジンからこのメッセージをもらったのは。

『来年の兄さんの誕生日には俺、うんと奮発するからね。遠慮なんかしたら許さないよ。それまでゆっくり何が欲しいか考えておいて。あ、そうそう来週あたり久しぶりにどっかで食事でもしようね。じゃあまた』

                             *

Oinori_1何を祈る? ドジン・・・・
・・・・・・・思い出した。
去年の9月29日。ドジンの誕生日にテヒは、有名スポーツブランドのサッカー用スパイクを贈った。○○仕様として発売されたそのモデルは、選手の人気に伴って発売後半月たらずで完売となった一品だった。会社のサッカーチームに所属して、暇さえあれば近所のオールナイト施設でピッチを走り回っているドジンがそのスパイクを欲しがっていたことを知ったテヒが、必死になってあちこち手を回し、販売価格の何倍もの値段でようやく手に入れ、誕生日に贈ったのだった。この録音はドジンからの御礼のメッセージだったのだ。
3年前に父のドンファンが他界し、去年兄弟が相次いで実家を離れた。公務員のテヒと違い忙しいドジンは、放っておいたら自分の誕生日さえ忘れてしまいそうだと母のミスクは嘆いていた。だからというわけではないが、テヒはなかなか会うこともできない弟に、宅配便で誕生日プレゼントを送ったのだった。
(消えていなかったんだ・・・・このメッセージ)
もとより携帯電話の機能を完全に把握できていないテヒは、メッセージを聞くことは出来ても消去する方法など知らなかった。
思いがけず耳にしたドジンの声は、あの日空港で聞いたものとも、アウラジの旅館で聞いたものともトーンが違っていた。屈託のない、甘えん坊のいたずら小僧の声・・・・テヒの脳裏に焼きついている、可愛くて仕方のなかったあの弟の声だった。

そういえばあいつ、パク家に来て最初の誕生日パーティーの時、父さんが奮発して買ってきた特大サイズのケーキを、残すと悪いからって全部食って、腹こわしたっけ・・・・そうだ、小学校の終わり頃だったかな、誕生日プレゼントのグローブの色が気に入らないって文句言って、母さんに叱られて泣きながら「家出する!」って・・・・・俺がどんなに必死で止めても聞かなかったくせに、「じゃあ俺も一緒に家出するから」って言ったら、「じゃ、やめる」って・・・・
可愛かったなあ、ドジン。本当に。
我がままで意地っ張りで泣き虫で・・・・・どうしようもなく可愛かった。
誰にもこいつを傷つけさせるもんか。いつもそう思っていた。
守ってやるのは自分だと。

「ドジン・・・・・」

テヒは、P&G探偵事務所の古ぼけたドアに手を掛け、ノブを回した。
その真っ直ぐな瞳にもう迷いはない。心の奥底に澱となってテヒを苦しめていた煩悶の残滓は、久しぶりに聞いた弟のどこまでも明るく澄んだ声色によっていとも簡単に浄化されていった。
あの声が、本当のドジンの声だ。
「探しに行くよ。ドジン。・・・・待ってろ」

パクウィに置いていかれてしまったからには、足を確保しなければならないだろう。一緒に今日回ろうとしていた場所の、一体どこに彼が向かったのかわからない。とりあえず一度自宅に戻って車を取って来ようか・・・・・
そんなことを考えながら階段を駆け下りたテヒの目に、路上駐車の見慣れた車が飛び込んでくる。

Gio_13人寄れば文殊の知恵。しかし多分3人合わせてもジュンギ1人分以下(笑)
「あっ・・」
ハンドルを抱きかかえるように重ねた両腕の上に顎を乗せ、もはやトレードマークと化した咥え煙草の灰が、いましも落ちそうな長さに成長している。ビルから飛び出してきたテヒを見つけると、退屈そうな顔をしていたその男の表情がピクリと揺れた。
「パクウィ、俺・・・・」
運転席の開いた窓から話しかけると、煙草をもみ消して彼は言う。
「遅せぇよ。階段下りるのに何分掛かってんだ? クソでもしに行ってたのか? さっさと乗れ」

心なしか普段より勢いよくキーを回すと、パクウィはやはりアクセルも飛び切りの勢いで踏み込んだ。シートに押し付けられる時のGが、心地よい緊張感もたらす。
「最初はどこへ?」
「本丸だ」
「え?」
「あいつが消えてからおよそ24時間・・・・・俺のカンが正しければ、今から行くところが敵の本丸だ」
「・・・?」
「一か八か・・・・当たりゃその場で討ち入りだぜ、テヒ」
覚悟は出来てるかと訊かれ、望むところだと頷いたテヒの眼差しに、いつもの気弱な揺れはない。そこにあるのは、人として許されざる卑劣な犯罪を犯した男から弟を取り戻そうとする、ひたむきな兄の姿だった。

耳を澄ませば、ドジンの遠ざかってゆく足音が聞こえくるようだ。一歩一歩、自分から遠ざかってゆく足音が・・・・けれどそれは性急なものではなく、まるで誰かに追ってもらいたいと願っているかのような、ゆっくりとしたスピードだ。そう、まるであの誕生日の日、家出すると言った時のように。

“兄さん、止めて・・・・迎えに来て”

そんなテヒの心をもう察しているかのように、車は加速し、夕暮れの高速へと向かった。

                                               (続く)

| | コメント (12)
|

2006年7月22日 (土)

映画「王の男」見てみた・・・なるほどなあ。

※「Happy Together」は全てのレビューにおいてネタバレに配慮しておりません。作品を未見の方で、内容を知りたくない方は充分にご注意下さいますようお願い申し上げます。(管理人)

【Written by miyuki】

King5主要人物4人。大鐘賞主演男優賞のカム・ウソンは、髪型が普通になったら地味なひとだった。^^;;着実だし、男らしい俳優さん、かな。
7月21日、大鐘映画祭授賞式が、ソウル三成洞COEXコンベンションホールで行なわれ、文字通り「王の男」一色の結果であった。(ちなみに、このホールはJDGのファンミもやったところ。)最優秀作品賞始め、10部門で受賞だもの。主演男優賞では我らがJDGもジョンジェくんとともにノミネートされていたが、カム・ウソン氏にさらわれ、日本と中国からネットで投票出来た「海外人気賞」もイ・ジュンギくん一位当選。
そもそもこの大鐘賞じたい、なにかと取沙汰されることがあったりしてどうなんだ?と思ったりもしたけれど、ここまで「一色」なのも、なんだかやっぱり、ちょっと悔しい。

「王の男」は昨年末公開され、「タイフーン」の公開時期と被っていたうえに、「ブラザーフッド」が持っていた韓国内観客動員数の記録を塗り替えられてしまったという、JDGファンにとってはたいへん心穏やかでない作品でもある。
「タイフーン」がブロックバスター映画として、公開前から様々の宣伝で大金かけた戦略を繰り広げたにもかかわらず、予算を使わず、役者さんも地味目、目を惹いたのが綺麗だけれど「新人男優」という好対照(というのだろうか?)な作品の方が国内で注目されてしまったことで、その後のスクリーンクオーターの一連の活動の中でも、「大作映画のありかた、見直し要!」という話題でつつかれたりというオマケまで。

最近届いた「王の男」韓国版DVD・BOXがまためっちゃ豪華なもんで、miyukiはちょっと凹んだ。日本公開は今秋ということで、ネタバレごめん、で行ってみよう。冷静に。

朝鮮王朝歴代の王の中でも暴君として知られた燕山王(チョン・ジニョン)の世、王の艶聞や、宮廷の腐敗ぶりをネタにしていた大道芸人一座が王の御前で芸を披露する「お抱え」となったことにより繰り広げられる物語である。
この王様は生みの母親を毒殺されたことにより心に傷を持った、いわゆるマザコン男で、夜な夜な妓生(キーセン)の出の愛妾ノクス(カン・ソンヨン)のチョゴリの下に潜り込んでは、甘えている困ったちゃんである。自らノクス相手に自分をネタにした芝居の「再演」なんかしちゃっているのが笑える。チョン・ジニョンの王様、「竹中直人」系。(爆)

July21第43回大鐘賞新人俳優賞、国内人気賞、海外人気賞の3冠。同じ海外人気賞のイ・ヨンエさんと。
漢陽では様々に賑やかに大道芸人たちが競っていた。大事な相棒のコンギル(イ・ジュンギ)がその美貌に目を付けられて、身体まで親方によって売り物にされそうになるに及んで手に手を取って漢陽に出てきたチャンセン(カム・ウソン)の得意とするのは「チュルタギ」という綱渡りで、これは韓国の重要無形文化財にもなっているとのことだ。(「世界ウルルン滞在記」で見たっけなあ。)劇中では「韓国語で京劇」なんて場面もあって、ここで活躍するのが一座の芸達者3人組なんだけども、(女形が「オ、オモ~~~オ~~モ~~~」なんて。爆笑。)実際あの時代の大道芸がどんなふうに「各国の芸フュージョン」だったのか、とか宮廷での伝統芸能のシーンなど、文化面でもっと詳しかったらとても興味深いことだろう。衣装などにものすごく金がかかっているというのでもないようだが、イ・ジュニク監督の美意識をそこここに感じる美しさだ。(それにしても、京劇のシーンは、miyukiは本物の役者さんの訓練を目の前で見たことがあるので、すこし笑ってしまった。あくまで、大道芸に取りいれた上での可笑しさなんでしょな。)

さて、話題のイ・ジュンギくんである。この作品以来の大爆走にはほんとうに吃驚で、前にも書いたが、「旬」て、すごいな、怖いな、とハタで見ていてもそう思う。私が始めてこのお子を見たのはチョナンカンの「ホテル・ビーナス」だった。とんがった青年の印象が強く残っている。「王の男」の前に出た「僕らのバレエ教室」は、兵役中のユン・ゲサンくんが主演で、もう一人のオン・ジュワンくんとともに可愛く群れている高校生の三人組のふわふわした印象の一人だった。バレエは・・・まあ深く言うまい。(くくく・・・)
178センチ63kgとプロフィールにあるので、それを信じればビニと同じくらいだから、本物は細いんだろうけども、いかんせん、「腹筋、天然~~~」あの美しい顔で腹が王の字に割れているのもどんなもんかと思うけれど、冒頭の妓生の恰好で、ハラ出しているシーンには妙な按配で目が釘付けになってしまった。ぽよよん、なんである。どうしたもんだ?24歳、まだまだ先が長いぞ。

King1_1このハラだもの・・・(笑)微笑ましいけど。
中国公開において「同性愛的シーン」が問題視されたか公開は表立ってはしないらしいけれども、あの程度で「同性愛」を問題にするほどではないと、ワタクシはっきり言って思いましただ\(-o-)/
・・・というか、顔があんなで女形だし、たしかに王のご寵愛でいきなりのぽっぽシーンがあったりしてうおっ!と思ったけれども、あくまで形の上みたいな描写で、あれにドキドキするのは初心者じゅねだろう・・・・と思うのは年寄りのすけべ根性だろか。(もうウブい心が解らない年に成り果ててしまったもんで、そのへんはお若いファンに聞いてみたいものである。)ジュンギくんもそのへんをあえて深く突っ込んでないような演技に見えるし。
しかし、たしかに姿かたちから、そういう「芸以外では茫洋と、男らしいのか女々しいのかわからん」ところまで、このコンギルという役は彼のためにあったと言えるだろう。王がコンギルに惹かれていくのを見て、ぶち切れるノクスの気持ちも際立っている。(この人も綺麗ナンだけど。)
「なんでこんなのが世の中にいるんだろう。」てなかんじ。きっと観客もまずそう思って夢中になったのだろう。

芸ごとのパートナーシップから生じるじりじり感みたいな、限りなく愛と憎しみ髪一重みたいな・・・舞台マニア出身者(?)はそんな縺れる複雑な役者の感情描写もつい期待してしまったが、そのへんもやはりあっさり目であった。チャンセンはコンギルを大事に思い、二人で芸をすることにこだわりがあるのはたしかなのだが。(チェン・カイコー監督の「覇王別姫・さらば我が愛」に於けるどろどろと破滅感をつい思い出した。あれも切ないものがあった。)

King4大鐘賞助演男優賞、ユ・ヘジンさん。いい演技だった。海岸線ではコワい兄ちゃんだったが。このところ注目度大。「国境の南側」にもご出演。そのへんにいるようでいないような味のあるキャラならおまかせ?
この映画のキモは、「生まれ変わっても、芸人だ!」というセリフにあるのだと思う。「王の男」もこの「生まれ変わったら・・・」だったのにはなんというか、ほんと感慨深いというか、遠い目になった。韓国人はこの世で叶わないことへの思いが強く、それが「恨」(ハン)というものだと聞いたことがあったが、この映画の「生まれ変わったら」は今の世に生きる韓国の観客の「恨」にジャストミートで寄り添ったのだと思う。それがこの映画成功の秘密と言ったら言いすぎだろうか。
「台風」のシンが、セジョンにいまわの際に「俺たち、生まれ変わったら(次の世では)・・・」と言ってこと切れたシーンの背景は辛く切なかったけれど、この「王の男」の、束縛されない自由な心を叫ぶラストには、観客は心で「おうっ!!」とコブシを握ったのだろう。
王の命によって目を潰されたチャンセンが、綱の上で青い空をバックに叫ぶ。宮廷では王を廃位に追い込むべく反乱が進行している。

「生まれ変わったら何になりたい?貴族?」
「いやだね。」
「では王に?」
「それも嫌だ。また芸人として生まれ変わる。」
「馬鹿・・・芸で命を落としてもまた芸人なの?」
「そういうお前は何になりたい?」
「もちろん、芸人よ!!」

映画とはたしかに金のかかるものではあるけれど、その事のために本来描きたい方向やらに支障をきたすことになったら、ちょっと本末転倒と言う気がするし、難しい問題だ。・・・まあ、事前の金集めやら宣伝活動やらモロモロのしがらみに振り回されすぎずに「のびのび撮られた作品」の意味は大きかった、ということだろう。
JDG欠席の出来レースな中、唯一出席したジョンジェくんの神々しい(ほんとだよ。シクシク。相変わらずちょっと不思議なファッションだったけど。)姿にしみじみ考えた。彼は同じ主演を張る俳優と言っても、もともとJDGとは違う道の歩き方をして来たひとだろうから、あのような席にいたとしても、多分彼自身のプライドにはなんら傷がつくことはないような気がする。(もちろん残念だとは激しく思うだろうけども。)
ところが、なんでかJDGのほうはけっこう簡単に傷が付きそうで。いつも時代の先端を走るって、苦悩だし痛いことなんだろうなあ・・・(涙)。いやいや、これはファンだからつい考えることだと思いたいもんであるよ。いくら無防備、無垢のウルウル(でも34歳)に見えても、ほんとうは現実をしっかり生きる大人の男のハズだから。

けして、せかすわけではないけれど、早く新しい映画の夢を見させてね、JDG。

***********************************

■おまけ

Frydaddyジュンギくんの新作「フライダディ」は原作はメイドインジャパン。共演のイ・ムンシクさんは、「オー!ブラザーズ」では悪徳刑事、「茶母(チェオクの剣)」のマ・チュクチでお馴染み?
July21221日のジョンジェくん。ほんとにありがとう・・・今日も微妙なファッションだけど。(笑)

| | コメント (7)
|

2006年7月18日 (火)

『キムチ兄弟』 第11部 ~逃亡~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

「父さん? そこにいるの、父さんなの?」
――――テヒ、久しぶりだなあ。少し見ない間にまた少し大人になったじゃないか。
「父さんったら、3年も俺たちを放って一体どこに行ってたのさ。父さんがいなくなってから母さん、しばらく泣いてばかりで大変だったんだからね。俺だって、父さんに会いたくて会いたくて・・・・」
――――すまない。突然いなくなってしまって本当に悪かったと思っているよ。だけどお前たちふたりがいつでも母さんを支えてくれると信じていたから、父さんは今こうして安心していられる。
「俺、母さんやドジンの前では泣かないようにしていたんだよ。心配させるから。でも・・・・」
――――ああ、父さんはちゃんと知っていたよ、テヒ。あの頃お前が陰でひとりで泣いていたこと。ごめんな・・・・
「ううん、いいんだ。だってこうしてまた父さんに会えた。これからまたずっと一緒に暮らそう。母さんとドジンと、4人で」
――――それは・・・・・それだけは、まだできないんだよ、テヒ。
「どうして! だって、そんな・・・こうして、やっと会えたのに」
――――いつかまたきっと会えるさ。もっとずっと何十年も先のことだけど、必ずまた会える。父さんはみんなより少し先にここへ来てしまっただけだ。お前たちはまだ、来てはいけない。
「そんなの嫌だ! 父さんのところに行きたい!」
――――だめだ、テヒ。お前はまだここに来てはいけない人間だ。戻って母さんとドジンを頼んだよ。それに・・・・可愛いお嫁さんも貰わなくちゃならないしね。
「父さん、俺・・・・父さんのこと大好きだったのに・・・もっといろいろ教えて欲しいこともあったし・・・また一緒に、お、お酒飲んだり・・っ・・・・」
――――あはは・・・いい年して何をめそめそ泣いている、テヒ。ん? まるで初めて我が家にやってきた時みたいじゃないか。
「初めて・・・ウチに?」
――――ああ。忘れもしない、お前を引き取ったあの日だ。父さんも母さんも嬉しくて嬉しくてねえ、変わるがわるお前に話しかけちゃあ、抱き締めて・・・お前は迷惑そうな顔ひとつしないで照れたように笑っていた。だけど夜になった途端、頭から布団被ってシクシク泣き出して・・・・父さんも母さんも本当に慌てたよ。
「そ・・・そうだったね」
――――あんまり泣くもんだから理由を尋ねたら、『今頃ドジンがひとりぼっちで泣いていると思ったら、僕も悲しくなった』って。お前はそう言ったんだ。あの時父さんは、この子を引き取ったことは間違いではなかったと確信したんだよ。
「・・・・・」
――――テヒ、父さんはもう、そっちの世界に戻ることは出来ないんだ。わかるだろ?
「・・・・・」
――――いつかまた、きっと会える。だからもう・・
「嫌だ。そんなの嫌だ! 父さんと一緒にここにいたい」
――――我がまま言って、父さんを困らせないでくれよ。お前はまだまだこっちには来られない。お前を必要としている人が、たくさんいるんだ。ほら・・・・聞こえないかい?
「え? ・・・・あっ」

Otubone5テヒさん・・・目を覚まして。松のジュース買ってあるのよっ(泣)
確かにその微かな声は・・・・・テヒの耳にも聞こえた。  
「テヒさん、・・・テヒさん、聞こえる? テヒさん、私、誰だかわかる?」
うん・・・・・もちろんだよ、シニョンさん。
「あれから何日過ぎたか分かる? もうひと月も経ったのよ。そろそろ起きて、お願い・・・」
あれからって? あれって、何のこと?
「テヒさんちっとも目を覚まさないから、私まで、眠くなっちゃったわ・・・」
なんだ、シニョンさん眠いの? だったらここで寝なよ。俺の隣で、ほら。
「松のジュースも、冷蔵庫でたくさん冷えてるのよ、もう夏だし、喉が渇くと思って。あなたがいつ目覚めてもいいように・・・」
松のジュース? ああそういえば・・・・久しぶりに飲みたいなあ。
「眠いわ、本当に・・・・・ごめんなさい、少しだけ眠るわね」
うん、いいよ。おいで。一緒にお昼寝でもしよう。そして目が覚めたら、今度はちゃんと・・・・・・キスしようね。

犬の・・・・シッポ?
虚ろな視線を天井らしき白い四角に彷徨わせた後、テヒの視界に飛び込んできたのは、近所の犬の尻でいつも揺れているそれとよく似た、黒いふさふさした物だった。それがシニョンのポニーテールだと気づくのに、かれこれ数分間を要した。
ここは一体・・・・?
どうやらどこかの病院らしい。ベッドに横たえられた自分の、左腕の横あたりにシニョンの後頭部がある。きつく結ばれた黒髪は、窓から差し込む陽射しを浴びて可愛い天使の輪を作っていた。ふと触れてみたくなり、手を伸ばそうとする。しかしテヒの左腕には若干の感覚はあるものの、なぜか動きがいつになくぎこちない感じがした。視線を落とせば肩から肘にかけて幾重にも巻かれた白い包帯が目に入る。
怪我したんだ・・・俺。
テヒは何とか自由の利く肘から先だけで、動かない犬のシッポにそっと触れた。久しぶりに何かに触れた手のひらに、黒髪の柔らかい感触が心地よい。
「・・・・んっ」
シッポが左右に揺れ、ゆっくりとテヒの手のひらから離れてゆく。
半分寝ぼけたシニョンの目蓋が徐々に見開かれ、やがてはっとしたように瞳の大きさは最大限に達した。
「テヒさん?!」
「やあ・・・おはよう、シニョンさん」
「やあって、テヒさん! 意識が、あぁ、・・・ちょ、ちょっと待って今、先生を呼んでく・・・」
立ち上がった拍子に椅子をひっくり返すほど慌てて、彼女は医師にテヒの意識が戻ったことを告げるため病室を出て行った。バタバタと廊下を駆ける足音を聞きながら、テヒの脳裏にはいくつもの断片的な記憶が回転し始めていた。
(シッポ・・・揺れながら遠ざかっていく黒いシッポ・・・・・それから・・・・そうだ、ドジンだ。あの日俺は空港で、ドジンを待っていた・・・・)
脈絡のないそれらが一筋に繋がるまでに、それからまた半日を要した。
それほどまでにテヒは、一時深い死の淵近くまで落ちていたのだった。

Nukesaku_2まだ左腕は思うようには動かないんだ。ちなみにコレ、今tartanのPCの壁紙っす(*^_^*)
まるまるひと月戻ることのなかったテヒの意識が回復した時、S市はもう蝉が鳴く季節になっていた。シニョンと母ミスク、それに市役所のオンマであるヘスクの3人が交代で、昼夜を問わずテヒの側に寄り添っていたと聞かされ、まだ朦朧としながらもテヒは申し訳なさと有り難さで胸が詰まった。
そして、意識がはっきりとしてきた翌日に担当医師から、搬送先の救急センターで出血多量で危険な状態だった自分に、ヘスクからの輸血を施したと聞かされた。シニョンの揺れるシッポは、あの時ヘスクを呼ぶために走り出した彼女の後姿を、意識を失う直前に見たからだった。なぜ彼女がヘスクを呼びに行ったのか、なぜわざわざヘスクからの輸血なのかと、再三不思議に思ったテヒだったが、あえて口には出さなかった。まだ頭が混乱していたから。
ただ・・・・・ふと、あの時市役所のロビーで、数珠を見詰めていたヘスクの真剣な眼差しを思い出しはしたのだが。
腹部の傷は深さ15センチにも達していて肋骨まで折れていたが、不幸中の幸いというか凶器は主要な臓器を避け、動脈の一歩手前で止まっていた。あと数ミリ先まで達していれば間違いなく即死だったそうだ。肩の傷はそれより酷く、細かい神経を何本か傷つけていた。リハビリには数ヶ月が必要と診断された。

                   *

目の奥に不気味な敵意を漂わせて近づいてくる男の姿は、ドジンからは偶然死角になっていた。パクウィの叫び声でドジンより一瞬早く男に気づいたテヒは、咄嗟に弟を自分の背後に回し、避ける術もないまま男の体当たりを受けた。腹部に焼け付くような鋭い痛みを感じると同時に、男の下敷きになるようにして強かに床に転げた。
『ドジン・・・・逃げろ、早く』
声にならない声で呆然と立ち尽くすドジンに訴えるが、相手を間違えたと気づいた男はやおら立ち上がり、今度はドジンにその狂った刃を向けた。そうはさせるかとテヒは男の足首を掴んだが、再び床に転がされて逆上した男に、同じ刃物で今度は左肩を深く抉られた。
獣じみた低い呻き声が己の口から発せられたものだということに気づかないまま、テヒは全身の力が抜けていくのを感じた。視線の端に真っ赤なものが床を染め広がってゆくのが見え、大勢の人の悲鳴や怒号が聞こえ・・・・・・意識が途切れた。
その間、実際には15秒ほどで、一瞬の出来事だったのにも拘わらず、鮮明に蘇る恐怖はまるでスローモーションのようにさえ感じられる。
男から刃物を奪おうとしたドジンは腕や手のひらに数箇所に切り傷を負ったものの命に別状はなかったと聞かされた時、テヒは安堵で目眩がしたほどだった。ただその後、ひどいパニック状態が治まらず、鎮静剤を投与されまる3日、彼もまた入院を余儀なくされたと聞けばまた複雑な気持ちにもなったが。

Gyonjin3「うぉりゃあああ~~~!」必殺技の飛び蹴りで、殿方いちころ。
パクウィと、一緒に駆けつけてくれた彼の友人キム・ジュンギに、共に武道の心得があったことで男はあっけなく組み敷かれ、程なく駆けつけた警察官に引き渡された。男の顔が原型を留めないほどボコボコにされていた件に関して警察官から事情を問われたパクウィだったが、腫れ上がった拳を後ろ手に隠し、知らぬ存ぜぬの一点張りで通したらしい。横で見ていたジュンギは、弁護士という職業柄かなり渋い表情ではあったが、パクウィの性格を知り尽くしているというだけあって、その場では何も咎めることをしなかった。もっともパクウィより先に、男の顔面に飛び蹴りを喰らわせたのはギョンジンであり、その様子を初めて間近で見た辣腕弁護士は、常日頃パクウィから聞かされていた仕事仲間の女性の痛快極まる行動が、決して彼の脚色によるものではなかったのだと知り吃驚したそうだ。

「ギョンジンのやつ、刃物持った男に正面からいきなり飛び蹴りだぜ? 全く今思い出してもおっそろしい・・・・・今度という今度は、さすがの俺もタマが縮む想いだったよ」
「あはは・・・・今回は俺たち兄弟のことでみんなを危ない目に合わせて、悪かったな」
「けっ、んな何を今更。第一、お前に空港に行けって言ったのは俺だぜ? 謝るんだとしたら、そりゃ俺の方だろ」
「そんなこと・・・」
テヒの意識が戻って5日目の夜、面会時間などとうに過ぎた病室にやってきたパクウィは、あろうことか途中で買ってきたというビールのプルタブを引きながら、そんな話を始めた。飲むか?と悪戯っ子の目つきで訊かれたテヒは、相変わらずだなと苦笑してほんの一口だけそのお土産を頂いた。さすがに少し、喉に染みた。
「しっかしお前の弟が、こともあろうにギョンジンの血を分けた兄貴だったとはな・・・・世間は狭いっちゅうかその・・・正直まだ信じられんよ俺は」
「・・・まったくだ」
「性格、180度違うしよ」
「・・・確かに」
それは本当に、偶然のことだった。
ドジンがいつも肌身離さず身につけていたロザリオのネックレスは、真ん中が空洞になっているデザインのものだ。亡くなった彼の両親は敬虔なクリスチャンで、ドジンは産まれた時からそのロザリオを持たされていた。あの日空港での傷害事件のさなか、犯人に飛び蹴りを喰らわせたギョンジンの首からちぎれて落ちた小さなロザリオは、ドジンのそれの空洞部分にぴったり重なる形をしていた。病院に搬送される救急車の中で、狂ったように兄さん!兄さん!と絶叫したドジンの手をずっと握り締めていたのはギョンジンだった。ちぎれてしまった十字架・・・・物心ついた時にはすでに彼女の胸に下げられていたそのロザリオが、ギョンジンと、彼女がまだ兄と知ることのない青年の手のひらに挟まれた瞬間だった。
ドジンがふたつのロザリオを組み合わせてみたのは鎮静剤から醒めた後のことで、運命を知った時、彼はただ呆然と言葉を失ったという。神様のイタズラにしてもあまりにも劇的で、後で聞かされたパクウィやテヒらは勿論のこと、本人たちにさえまだ実感が湧いていないそうだ。
「あいつはあのとんでもねえ性格が災いして、小っちぇえ頃からあちこちの施設を転々として育ったってことは知ってた。けど、血の繋がった家族がこの世に存在したなんてことは、あいつも全然知らなかったみたいで・・・・まだ戸惑ってるよ。しかもそれが、あんたの弟だったときた。混乱するのも無理ないだろ」
「・・・ああ」
「あいつも本当に、なんていうかなあ、ああ見えて結構いろいろ苦労してきたんだ」
「・・・ああ。わかるよ」
施設で暮らす寂しさ。世間の目の冷たさ。テヒには痛いほど分かっていた。
「何の因果かあいつが入社してきてからこっち、ホント振り回されてばっかりさ・・・ったく、あいつのことだ、女は男のタマ縮み上がらせてなんぼとか思ってやがるに決まってるぜ、チクショウ」

Pakuui3蹴られても踏まれてもやっぱ俺は・・・・・
やってらんねえ、と苦々しげに吐き捨てるパクウィの語尾はしかし、どこか甘いニュアンスで濁される。テヒは最初から気づいていた。パクウィが、何だかんだと言いながらいつだってギョンジンだけを見守っていたことを。そして彼女も、テヒを追いかける素振りを見せながら、視線のどこかで彼の姿を追っていたことを。
「ギョンジン、あれからずっとドジンの側に?」
「いや・・・ドジンが入院していた3日間は四六時中付き添っていたが、退院してからはさすがにずっとくっついちゃいないさ。ただ・・・・」
「・・・・・?」
パクウィが珍しくもごもごと言葉を選んでいる様子に、テヒは不思議なものを見る思いがした。
「ただな、ドジンがあんたに会いたがらないから・・・あいつが説得してるようだ。毎日ドジンのマンションに行っちゃぁ、テヒさんの見舞いに行けって」
「・・・・・・」
そうなのだ。ドジンはテヒが意識を回復してから一度も見舞いに来ない。パクウィの話によると、意識のない時に一度だけ様子を見に来たらしいのだが、その後は一度も姿を見せていない。勤めていた会社にも、退院直後に辞表を出したそうだ。
「複雑なんだろ、弟なりにいろいろ。お前を刺した男は、ドジンに狙われていることを知っていた。だからあの日も凶器を隠し持っていたんだ。無事搭乗する段になったらトイレにでも捨てるつもりだったんだろうよ。それが思いがけず俺たちに見つかって、パニクッた。で、走り出した先にドジンを見つけて・・・・・自分のせいで兄貴がこんな目に遭ったんじゃな。意識のないお前をただ見詰めるしかできないんだ。いたたまれなかったろうよ」
「・・・・・・」
「町長とのこともあるし・・・・今はそっとしておいてやれって、ギョンジンにはそう忠告してるんだが、あいつは、ドジンに妙な気起こされるのが心配だからって・・・・」
「・・・・・・」
テヒを刺した男の供述から、26年前アウラジで起きた豪雨の夜の交通事故は、はやり巧妙に仕組まれた殺人事件だったことが判明した。男はその際の実行犯の片割れで、もう一人も程なく逮捕された。警察より早くその居場所を確認したのは他でもない弁護士のジュンギであり、再三に亘って警察から事情聴取を受けるハメになったドジンの弁護人まで、自ら買って出てくれたそうだ。ただしドジン本人は、「結構だ」と断っているらしいが。
当時、実行犯ふたりにキム夫妻の殺害を指示した男というのは、事件の直後S市内の川に転落して死亡していた。橋の欄干から転落したということで事故と事件の両方が疑われたが、司法解剖の結果かなりの量のアルコールが検出されたため、最終的には泥酔して誤って転落したという結論が出された。つまり事故死として処理されていたのだ。
しかしこの半月、ジュンギが独自に調査したところによると、この男には何とも胡散臭い過去があった。アウラジの事故の半月前、とある企業の横領事件の被告人として起訴されていたのだ。有罪間違いなしとされていていたその裁判は、最後にきてどんでん返しを迎える。あろうことか担当検事が、『証拠資料を一から検討した結果、被告人の行動の不審とされた点において、甚だしい誤解があった』と言い出したのだ。ありえないことだった。その場に居合わせた全ての関係者が驚きのあまり呆然とする中、被告人は逆転無罪を勝ち取る。当然、控訴されることもなかった。
そして、その担当検事こそが現在の・・・・いや、つい先日までのアウラジ町長、オ・デスその人であった。

                  *

Chanmin3君は死んだ弟のスヒョンに似ているよ、テヒ。
14階建ての病院の屋上からは、懐かしい市役所の建物が一望できた。テヒは思ったより真上から注いでくる太陽の光に目を眇めながらも、久しぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。腹の傷は少し引き攣れるが、痛みはもうない。まだ自由には動かせない左腕をシニョンがカヴァーしてくれる。彼女は仕事と睡眠以外の時間のほとんど全てを、テヒの側で過ごしていた。
彼女に車椅子を押してもらい、エレベーターで上がった屋上には、あの日パクウィと共に駆けつけてくれたジュンギが待っていた。
「昨日の夜、パクウィが来たろ?」
「ええ。しばらくぶりにゆっくり話しました」
「どうせ酒でも持ってきて、飲めだのなんだの言ったんじゃないか?」
「あはは、よく分かりますねえ」
「いい加減付き合い長いからな。腐れ縁ってやつだ。どうせ腐れるほどの縁で結ばれるんなら、もう少しまともなヤツにしてほしかったよ」
ジュンギはキリッと結んだネクタイを少しだけ緩めると、それにしても今日はまた暑いな、と呟いた。
「オ・デスは、キム夫妻、あるいはそのどちらかに何らかの理由で殺意を抱いていた。そして殺害を計画する。自分が計画したことがばれないよう巧妙にだ。まず自分が担当している横領事件の被告人に密会し、話を持ちかける。自分の仕事を手伝ってくれるのなら今度の裁判で無罪を約束してやろうとね。もちろん仕事の内容は詳しく話さずに。不審に思いながらも男は、有罪になりたくない一心からデスの提案を了承する。大方ここでもいくらかの汚い金が流れたんだろうが・・・まあそれは置いておくとして・・・・あ、テヒさん、身体辛くない?」
「いえ、大丈夫です。話を続けて下さい」
「気分が悪かったら早めに言ってくれ。こんな場所に呼びたてて悪いね。禁煙でなかったら、ロビーでも良かったんだけど・・・」
お気になさらずに、とテヒが微笑むと、少しだけ背を丸めてジュンギは煙草に火をつけた。シニョンが差し掛けてくれる日傘の下で、テヒはジュンギの話に耳を傾けた。
「裁判終了後、約束どおりデスは被告人だったその男にキム夫妻の殺害計画を持ち出す。万が一そこで騒がれでもしたら、容赦なく殺すつもりだったんだろう。デスはそういう人間だ。男はデスの計画に震え上がったものの、乗りかかった船を下りるわけにもいかず、チンピラ2人を使って計画を遂行した。誰が黒幕かも知らない2人のチンピラによって、ドジンの両親はその命を奪われ、真相は闇に葬られた・・・・」
無残な両親の死に様を目の当たりにした幼いドジンの気持ちを思い、テヒの胸はやりきれなさでいっぱいになる。
「ひとつ、お伺いしてもいいですか?」
テヒには、意識が戻って一連の事件の真相を知るにつけ、ずっと持ち続けていたひとつの疑問があった。
「どうぞ、何なりと」
「オ町長はなぜ、恋人だったドジンの父に殺意を抱いたんでしょう」
「ああ・・・・そのことか」
ジュンギはうんうんと何度か頷いて、煙草を吸殻ケースの中でもみ消した。
「それが今回の一連の事件のカギと言っても過言ではない。つまり、状況証拠はそろっているものの、肝心の動機がわからないということだ。デスは、ドジンが昔の恋人の息子と知っていて近づいた。これはほぼ間違いないと思うんだが・・・・肝心の町長が行方知れずじゃあな」
「・・・ええ」
オ・デスは、空港でテヒが刺された事件の直後から、その姿をくらましている。皮肉にもそのことが、26年前の事件への関与を間接的に認めたような印象を与え、今アウラジでは町民によるリコールが俄かに成立しようとしている。そうなれば当然、チョンソンじゃがいも村の計画も、着工を目前に全て白紙撤回になることは避けられないだろう。逆に言えばデスは、そうなることを覚悟の上で姿をくらましたということになる。あの町長にとって一番守りたいものは何だったのか、もはや本人に訊ねる以外方法はない。
児童養護施設で見たテホと子どもたちの様子が頭から離れなかったテヒは、内心ホッとしていた。パクウィにしてもシニョンにしても、事務所の人間はみな同じ気持ちだろうとテヒは思っていた。
「金に汚い男だったと聞いてはいるが、単にじゃがいも畑の買収をスムーズにするためにドジンに近づいたとは思えない節がたくさんある。手が込みすぎていると思うんだ」
「ええ、俺もそう思います」
「妹を探すんだって、実際かなり真剣に調査していたらしいからな、デスは。もしかしたら・・・・真剣にドジンを愛していたのかもしれないと、思えなくもない」
「・・・ええ」
「何か餌でもって釣ろうとしたのかもしれない。ドジンみたいに頑固なやつが、あんなジジイの色仕掛けにすんなり落ちるとは考えにくいから。彼にそっちのケがあるにしてもないにしても・・・・あ、すまないね、こんな言い方」
「・・・いえ」
「ドジンと町長がどの程度の仲だったのかまでは分からないが、ドジンの今のあの様子じゃ、相当深い関係だったと思うよ、俺は」
「・・・・・」

自分の両親の殺害を教唆したのがデスであることはもう疑いようのない事実なのだと、ドジンは入院中に悟ったらしい。しかもその事実を知らせてくれた兄テヒをあんな形で傷つけてしまったことで、ドジン自身も深く傷ついていることは誰の目にも明らかだった。
兄に会わせる顔がない。そう思っているに違いない。だから見舞いに来ることができないのだ。
テヒはテヒで、そんなドジンの抱えているであろう懊悩に対して憐憫の情を感じずにはいられない反面、もう彼の心には自分の居場所などないのだという思いも強い。一向に顔を見せようとしない弟の心をあれこれと想像することも、今のテヒにとっては憂鬱でしかなかった。

Brother_1俺たちいつかまた、こんな兄弟に戻れるのかな、ドジン・・・・
いつまでもずっと自分が守ってやりたかった。しかし泣き虫だった弟はいつしか大人になり、自分より、愛する男の話を信じた。
もしもドジンの相手が女だったとしたらどうだったろうと、そんなことを考えてもみた。ドジンに恋人ができたことを、自分は心から祝福してやれたに違いない。テヒは他人のそういった嗜好に偏見を持っているわけではなかったが、いざ自分の弟のこととなると内心穏やかでいられなかったこともまたひとつの事実だ。しかもドジンは元々そっちの人間ではないことを知っているだけに・・・・いとも容易く町長の腕に堕ちた弟の胸のうちを、知りたいような知りたくないような、複雑な思いに苛まれるのだった。

惜しむ間もなく短い夏が過ぎ、町に秋風が吹き始めた頃、アウラジでは正式に町長のリコールが成立し、じゃがいも村の計画は完全に白紙に戻された。
テヒは2ヶ月半に及ぶ入院生活を終えて退院した後も、一日おきにリハビリに通っていた。もう随分と腕の動きはスムーズになっていたが、時として細かい物を掴むのに苦労する場面があった。職場に復帰するにはまだ少し時間が必要だった。肉体的にも、精神的にも。

ドジンが、マンションから姿を消したと知らされたのは、9月もあと数日で終わりというある日の午後ことだった。ギョンジンの泣き顔を、テヒは初めて見た。いつものようにマンションを訪ねていったところ、妙に整然と整えられた部屋のテーブルには、『探さないで欲しい』と書かれた紙切れが一枚、無造作に置かれていたという。
駆けつけたパクウィに肩を抱かれて泣きじゃくるギョンジンを、テヒは黙って見詰めていた。

ドジン・・・・・今でも俺は、お前の兄さんなのかい? 
それとももうこの辺で、出会う前に戻ったほうがいいのかい?

テヒの脳裏を様々な思いが逡巡した。

                                               (続く)

| | コメント (13)
|

2006年7月14日 (金)

『キムチ兄弟』 第10部 ~対峙~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

Nukesaku_1ポロシャツの重ね着とか、多分自分じゃ出来ないっしょ、抜け作(笑)
シートに深く沈み込んだテヒを乗せたタクシーが、仁川国際空港のバスターミナルに滑り込んだのは午後、まだ陽の高い時間だった。引っ切りなしに大型バスを乗り降りする、日本や近隣アジア諸国からの観光客らしいアジュンマたち。さしずめ“韓流四天王”とか言われるところの俳優たちのファンの団体か何かなのだろう。ただでさえ混雑する週末の国際空港なのに・・・・。集団でわあわあ騒ぎ立てる中年女性たちの大きな塊は、アシアナ空港のカウンターをなかなか探し当てられずにいたテヒの焦りを、苛立ちへと変貌さていった。
「ちょっと・・・すみません、そ、そこ、通して下さい!」
「あらあら、ちょっと見て見て! チャン・ドンゴンの行きつけの店だってよ!! 今夜にでも行ってみようかねえ!」
「江南からだと、明洞まで、地下鉄は何番線かしらねえ・・・」
テヒの必死のお願いも彼女らには通じないのか、それとも単にハングルが分からないだけなのか、ガイドブックを手にしたアジュンマの集団は頑としてそこを移動する気配が無い。エスカレーターが完全に塞がれている。階段など、この広い空港の何処にあるのか探すだけで大変そうだ。
「すみません! 通して下さい! このエスカレーターに乗りたいんです!」
テヒの叫びに、アジュンマ集団のひとりがようやく振り返った。
「あ、ほらほら、そのオニイチャンが通りたいみたいよ!」
「あらま、気づかなくて。ほら、サトウさんもスズキさんも、どいたどいた」
恰幅のいいアジュンマの群れは、たちまちテヒの通れるだけの幅を開けてくれた。
「ミアナムニダ~ コマスムニダ~」
そう小さく頭を下げながら集団の割れた中央を通り抜け、無事エスカレーターに乗ったテヒの背後で彼女らがざわめく。
「ちょっと、今の男さ、なんだかちょっとだけ横顔がドンゴンに似てなかった?」
「ええっ、うっそ、やあね。似てないわよ!」
「そうそう、ドンゴンってあんなにボケ~っとしてないわよお」
「うんうん。あんなにモゴモゴ喋らないでしょ」
「ドンゴンって言ったらあなたあれ、ユン理事よぉ? 草加煎餅みたいにバリバリッとスーツ着てるに決まってるじゃない。あーんなノーブランドのくったりしたポロシャツ着てないわよ~、キョンテク監督じゃあるまいし」
「嫌ねえ、キョンテク監督はいつもラルフローレンなのよ、あれでも一応」
「そうだったかしら? あらやだ、おほほほほ~~~」
アジュンマたちの高らかな笑い声など、テヒの耳には届いていない。

疑問は山ほどあった。
百歩譲って、オ町長がドジンの父と深い関係にあったとする。ドジンの父の結婚が決まり、嫉妬で逆上した町長が裏で手を回し、事故を装い愛する男を殺害した・・・・と、そこまでは全く理解できないというわけではない。しかしそこからが分からない。いくら長い歳月が流れたとはいえ、何故殺してしまった恋人の息子に、自分の犯した犯罪をわざわざ知らしめるような情報を与えたのだろう? 実際に手を下したのは自分ではないといっても、万が一疑いを抱いた誰かが、影で糸を引いていた黒幕を突き止めないとも限らない。もしもあのじゃがいも畑の土地の買取を急いでいただけなら、そんな胡散臭い危険な過去を持ち出さなくても、ドジンの心に訴えかける方法はいくらでもあったはずだ。現にドジンはいとも易々と土地を手放している。それが、単に妹を探してくれていることへの御礼を超え、町長への愛情からだと思えばいかにも複雑な気分になるのだが。
実行犯らが、未だ殺害の指示を出したのが誰なのか知らないとなれば、町長と彼らの間にもうひとり、仲立ちをした人物がいて然りだろうが・・・・
(分からない・・・全ては推測でしかない)
テヒは、この日何度目かわからない、深いため息をついた。

チンピラの取りまとめみたいなことをしている男たちだとテホは言った。背後には暴力団があるらしいと。その組織の名前は、34年間清く正しくひたすら真っ直ぐに生きてきたテヒでも、ニュース報道などで何度か耳にしたことのあるものだった。
ここへきて、あらためて自分が丸腰だったことを認識する。平々凡々としか表現のしようのない自分の人生に、 “武器”を持って来ればよかったなどと思う瞬間がよもや訪れようとは。しかし背に腹は変えられない。いよいよとなったら、素手で出来るところまで戦うつもりだった。
(ドジンを傷つけることも、ドジンに罪を犯させることも、何とか避けなければ)
その気持ちに、嘘偽りは一切なかった。
けれど・・・・

Tyoutyou3私こそがこの物語のキーマン。まだまだ若いものには負けませんぞ。えっちシーンだって・・
そうはいってもここ数日来、正直なところテヒはドジンの本心を量りかねていた。幼い頃のドジンときたら、それは過剰なまでにあらゆる側面において自分を慕っていた。元来の性格なのか、数奇な生い立ちを余儀なくされたためかはわからないが、時として他人との距離感を測りあぐね、結果謂われのない誤解を受けたりする場面もドジンには少なくなかった。テヒは、自分だけが弟の人知れぬ悲しみも苦しみも全て知っているただひとりの人間だと自負していた。そして、そんな弟との関係は、どこかくすぐったいような喜びをもたらしてくれるものに違いなかった。
けれどドジンはもう、あの頃のガラス細工ようなか弱い少年ではないのだ。その事実をこの何日かでテヒは嫌というほど知らされた。
『兄さんは今の俺の、いったい何を知ってるっていうのさ』
嵐の夜、そう言って辛そうに視線を外したドジンのやけに大人びた横顔が、テヒの胸を締め付けた。ドジンは確実に自分を遠ざけようとしている。それはどんなに認めまいとしても、疑いようのない現実だった。
今、テヒの心の微妙なバランスは、まるでサーカスの綱渡りのような危うさにまで追い込まれていた。何かひとつ、ほんの少しでもバランスが狂ってしまえば、あとはただひたすら落ちてゆくだけなのだ。ふたり、もう二度と分かり合うことのない世界へと。

                 *

ポケットの中でまた携帯が震えた。
ドジンかと思って慌てて取り出せば、ディスプレイに表示されたのはかつての所属部署名だった。仕方なく応対し、ネズミ駆除の件なら環境衛生課の担当だから4階の35番窓口に回すようと丁寧に伝えた。何だかちょっと笑ってしまった。こんな、それこそ死ぬか生きるかという程の緊張を強いられている時にも、ちゃんと冷静に窓口番号まで伝えられる自分に。
自分って一体、本当はどんな男なのだろう。自分が思う自分と、他人の目に映る自分は、きっとどこか少し違っている。ドジンの隠し持った苦悩に、まるで気づいてやれなかったように、おそらく自分の中にも他人からは窺い知ることのできない部分があるに違いない。
テヒは、周囲の人間が思うよりずっと物事に冷静に対応できる人間だ。コピー機が使いこなせなかったりファックスを何度も裏表で送ったりと、普段が抜け抜けの抜け作なだけに案外誰も気づいていないのだが、テヒの根底には突発的な出来事にもあまり動じない部分が確かにある。そして、それは多分テヒのこれまでの人生と大きく関わっていると思われる。
記憶にはないものの、テヒは生まれてすぐ教会の門の前に捨てられていた。34年前の3月、まだ雪の残る寒い日だった。何重にも毛布で包まれた赤ん坊と一緒に、ベビーキャリーの中にはミルクやおしめ、そして数珠が入れられていた。その事実をテヒはシスターから聞いて知っている。
『きっとあなたを産んだオモニが入れてくれたものよ。オモニはね、何か事情があってあなたを手放したのよ。愛していなかったのとは違う。分かるわね、テヒ?』
教会に併設された施設を出る時、シスターはそう言ってくれた。当時テヒはまだ8歳の少年だったが、それが不幸な出自を背負ってしまった自分への憐憫から生まれた言葉であることくらいはちゃんと判断できた。勿論、事情があって泣く泣く自分を手放したのであればどんなに救われるだろうとは思った。そうあって欲しいと願ってもいた。たとえ産みの親がどんなに酷い女であっても、自分がこの世に“望まれて”生まれてきたのかどうか、それだけでも教えて欲しかった。けれど大人になるにつれ、そんな願いも次第に薄れてゆく。本当の子どものように自分を育ててくれている優しい父と母、可愛い弟・・・・・それ以上何も望むものなどないのだと、望んではいけないのだと、その小さな胸の中で決意したのは学校を卒業する前のことだった。
テヒは、己の出自に纏わるすべての思いを心の湖にそっと沈め、鍵を掛けたのだった。

空港内、アシアナ航空のカウンターが辛うじて臨めるソファーで、何時間もただ座って待っていた。すでに陽はとっぷりと暮れ、行き交う人々も日中よりいくらか少なくなっていた。アシアナの最終便は何時だっただろう・・・・そんなことも調べていないことにあらためて気づく。ドジンも、彼が何らかの制裁を加えようとしているターゲットも、一向に現われる気配はない。ふと脳裏を掠める複雑な思い・・・
(仕事を休んで周りに迷惑かけて、一体俺は何をやっているんだろう・・・)
そもそもドジンは、自分に復讐を止めてもらいたいなどと望んではいない。ドジンにはドジンの人生があって、もう幼児でも少年でもない彼が自分の判断で進むべき道を決めるのは当然のことなのだ。人を愛することも、憎むことも、全てドジンの自由でいいのではないだろうか。たとえその代償が、これからの彼の人生をすっかり変えてしまうものであっても。
テヒは本当の親を知らない。しかしドジンに知っている。たったの3年という短い間であっても、たとえ幼すぎて記憶が曖昧だとしても、彼にとっては何よりかけがえのない3年間だったはずだ。その大切な時間が、選りによって事故死に見せかけた殺人という形で奪われたと知ったなら・・・・・
(ドジンの気持ちも分からないわけじゃない)
テヒはかつてないほどに惑乱した。自分が一体どうするべきなのかが、分からなくなっていた。このまま帰ろうか・・・・それとも・・・・
空港内に、アシアナ航空最終便の搭乗手続きが始まる旨のアナウンスが流れる。テヒは行きつ戻りつする良心と本音を不器用に抱えたまま、それでもとりあえず立ち上がりあたりを見回す。
(なあ、ドジン、俺はどうすればいい?)

Otouto5miyukiひょんに選んでもらうと、こんなウツクシげな弟ばっかだぜ。エコヒイキ反対(笑)
「にい・・・さん?」
声は、思いがけず背後からかけられた。驚いて振り返ると、訝しげに眉根を寄せ、酷く困惑したような顔のドジンが立っていた。
「ど、どうしてこんなところに・・・・」
動揺を隠し切れないその様子から、彼がここで何をするつもりだったのかが伺える。テヒは、自分も弟以上に動揺してることを悟られないよう、落ち着き払った声で答えた。
「お前こそ、何しにこんなところに来たんだ」
「・・・・・・」
「ひとりで日本に旅行とか? 荷物はないようだけど」
「・・・・誰に聞いたんだよ」
ドジンの低く呻くような声色に、テヒは一瞬、喉元に冷たい刃物でも当てられたように竦む。
「誰から聞き出したのかって訊いてるんだよ。俺が今日ここに来るって情報をさ」
「・・・・・」
「パクウィとかいうワールドの社員? それとも反対派のテホとかいう、あの昔のバスケ仲間? ふっ・・・・・どっちにしてもここまできたら、俺にとっちゃ、もうどうでもいいことだけどね」
「どういうことだ」
「兄さんが誰に何を吹き込まれてここに来たのかは知らないけど、残念ながら俺の気持ちは、兄さんに止められたくらいじゃ変わらないから」
「ドジン・・・」
喉元に感じた冷たさは、やがてテヒの全身に広がる。ドジンが向ける、感情も体温も感じられない言葉のひとつひとつが、テヒのなけなしの気力を奪い去ってゆく。
こいつは・・・・ドジンは俺のたったひとりの弟だけど、でも・・・・俺じゃない。
「止めないよ」
ドジンと自分は、別の人間なのだ。そう思った瞬間に口をついて出た台詞は、自分でも予想しなかったものだった。それが正しいのかどうか、判断できないままにテヒはそう言ってしまった。一瞬、毒気を抜かれたようにきょとんとしたドジンの顔が、昔みたいに無防備なあどけなさを宿していて、テヒは思わず顔を背ける。何を今更そんな顔・・・
「止めないって言ってるんだ。お前の好きなようにしたらいい。復讐でも何でも」
「・・・・・・」
少しの沈黙の後、それは、とドジンが口元を歪める。
「そりゃ、ありがたいね」
ふたり無言で腰を下ろす。
胸ポケットからタバコを取り出し火をつけたのはドジンだ。目で、吸うかと訊かれたが黙って首を振った。大型のスーツケースを引くガラガラという音に混じって、時折入る様々な航空会社のアナウンス。いろいろな言語の会話や笑い声・・・・・今日の午後、テヒはずっとそんな音の中にいた。フーッという煙を吐き出す音の後、ドジンが話し出す。
「復讐は良くないって・・・・言ったのはあれ、何だったの?」
「・・・・?」
「1年前さ。俺が訊いた時、兄さんそう言ったろ、何度も。復讐なんて弱い人間のすることだ。本当に強い人間ならば、悲しみも憎しみも、全部心の奥に沈めて生きることができるはずだって」
「・・・・?」
「忘れた?」
忘却の淵から、ゆらゆらと昇ってくるひとつの記憶があった。
「・・・・・あっ・・」

                 *

“ねえ兄さん、もしも兄さんがこの男だったらさ、やっぱ復讐する? それともしないで泣き寝入りする?”
“う~ん、泣き寝入りはしないけど・・・・・俺は復讐はしない”
“どうして? 愛する人が殺されたんだよ?”
“復讐したって、死んだ人間はもう帰ってこないだろ”
“それは・・そうだけど。だけどそれじゃ泣き寝入りじゃない。警察は動いてくれないんだよ?”
“それでも俺は復讐なんかしない。絶対に”
“絶対に?”
“ああ、絶対に”
“・・・・・・”
復讐なんて、弱い人間のすることだ。本当に強い人間ならば、悲しみも憎しみも、全部心の奥に沈めて生きることができるはずだ。テヒはその時、最後に確かにそう言った。
ふたりが相次いで実家を出る、ほんの少し前のことだった。ふたりして観たかったのに観に行く時間がなくて、テレビの放映を待っていた映画だった。謂われない暴力で家族を殺されたひとりの青年の、悲しい復讐劇だった。ソファーに横たわってコーラを飲みながら、ラスト近く、ドジンがテヒに訊ねたのだ。
兄さんならこの主人公みたいに復讐するか、と。

Tehipaku「お前、ギョンジンとシニョンさん、どうするんだ?」「え、あ、今ちょっと取り込み中で・・・」おどおど。
「・・・・あの時の・・映画・・」
ああそうだよと、ドジンが静かに頷いた。その視線はテヒではなく、目の前を行き交う人の群れに注がれたままだ。
「あの映画を観た日の2週間前に、俺は初めてデスさんと会った。そこで俺に血の繋がった妹がいることを聞かされたんだ。最初は信じられなかったけど・・・あの人の話を聞いているうちにだんだん本当なんだって分かってきて・・・・嬉しかった、正直」
オ・デス町長は今からおよそ1年前、突然ドジンの会社に電話をよこしたという。自分はアウラジの町長なのだがちょっと気になる噂を耳にした。26年前の交通事故で亡くなった夫婦の妻の方は当時妊娠をしていて、奇跡的に無事取り上げてもらった赤ん坊は、同じく奇跡的に後部座席で助かった3歳の兄とは別の施設へ引き取られたらしい。君って、その時の助かった幼児だろ、ドジンくん。妹に会いたくはないかね?
「最初は、どうしてアウラジの町長が俺なんかに親切にしてくれるのかさっぱり分からなかったけど、何度も会って話をしていく中で、あの人が死んだ父さんの友達だったってことを知らされて・・・・・・どうりで親身になってくれるはずだって・・・・」
「友達?」
「うん。俺、父さんによく似ているって、何度もそう言われたよ。今でも時々あの人、たまにそんなこと言うんだけど・・・・」
少し顔を赤らめながら語るドジンを、テヒは正視できない。
「兄さんには言えなかった。自分をこの世に送り出してくれた人に似てるって言われることが、こんなに嬉しいとは思わなかったから。大切に育ててくれた父さんや母さんにも、申し訳なくて・・・どうしても言えなかったんだ。デスさんとのことも、妹のことも」
ドジンは俯いて、もう一度煙草を咥えた。紫煙は風のない空港ロビーを真っ直ぐに昇ってゆく。
「事故じゃなくて殺されたってことも、町長から?」
「そうだよ。兄さんとあの映画を観た日さ」
「あっ・・・」
やはりそうだったのか、とテヒは思い至る。それで自分にあんなことを訊いたのかと。
「兄さんは俺なんかと違って、見掛けよりずっと強い人間だから・・・・・復讐なんていう卑怯なこと夢にも考えずに、悲しみとか苦しみとか妬みとかジレンマとか劣等感とか、そういう人間の汚い感情なんか、おくびにも出さないで生きていけるんだよね。っていうか兄さんには元々そういう汚い感情なんかないんだ」
「ドジン・・・・それは、ちが・・」
「違わないさ! 何も違わないよ。兄さんはいつだって穏やかで優しくて真っ直ぐで・・・泣いたり騒いだりもしない。そんな兄さんの横で俺、いつだって我がままで泣き虫で強情で・・・・・今でも・・・・そんな弱っちい人間だから俺はっ・・・だからっ」
だから復讐するんだ、とドジンは吐き出すように低く呟いた。
「ドジン、お前、そんなふうに俺のことを思っていたのか」
「だってその通りじゃない? 父さんも母さんも、最初は兄さんだけを引き取りたかったんだ。だけど俺が泣いて、兄さんと離れたくないって騒いだから、仕方なく俺も一緒に・・」
「それは違う!」
「嘘つくなよ!」
何人かの搭乗客が、ふたりの声に振り返った。
「違わないんだよ、兄さん」
ドジンが声のトーンを落として続ける。
「ここまで育ててくれた父さんにも母さんにも、本当に感謝しているし、ふたりを愛してもいる。勿論兄さんのことも。でも・・・・俺はやっぱり自分の本当の両親をあんな酷いやり方で殺した奴を許すことはできないんだ。デスさんはそんな俺の気持ちを、全部受け止めて愛してくれた」
「・・・・・・」
テヒは喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
「記憶がそれほどたくさんあるわけじゃないから、時々わざと思い出すようにしてるんだ。あの頃、夕方になるとわけもなく悲しくなって、母さんの胸に抱かれてぐずぐずしていると眠くなってきてさ・・・そうすると母さんが『ドジン、今眠っちゃだめよ、もうじき夕飯よ』って言うんだ。だって眠いんだもんってまたメソメソすると、いつもそこで父さんが帰って来て、『ドジン、今日もいい子にしていたか? ほら、おみやげだぞ』って・・・アウラジにひとつしかないおもちゃ屋の常連みたいで、父さんったら・・・・まだ3歳だった俺にプラモデルとかそんなの買ってきちゃって・・・・母さんが笑って『お父さんったら、こんなのあと10年もしないとドジンはひとりで作れないわよ』って・・・・」
ドジンが、喉奥をクウッと鳴らして、拳を握った。
「ドジン・・」
「繰り返してるんだ。心の中で。何度も何度もね。忘れたくないから・・・・・だって俺、すごく幸せだったんだ、あの事故の日まで。だから・・・・だから俺は許さない。俺からあの幸せだった時間を奪った奴らを、絶対に許さない」
ドジンは、そう言って灰皿に煙草を押し付けゆっくりと立ち上がった。
「ふたりの命を奪ったのはね、デスさんが検事時代に担当したある裁判の被告人なんだ。そいつが地裁で有罪を言い渡されたことを逆恨みして、デスさんの恋人だった父さんを殺した」
「何だって?」
「兄さんに止めるつもりがないって分かって、やりやすくなったよ。ありがとう」
「ちょ、ちょっと待て、ドジン。それは事実じゃないぞ。オ町長が自分に都合のいいようにでっち上げた作り話だ」
言わないで済むものなら、黙っていたかった。どんな経緯があれ、ドジンは今あの男を愛している。自分を支え、愛を返してくれている人間が、実は本当に憎むべき相手なのだと知ったらドジンの心の傷は計り知れない。
「どうして? 何で兄さんにそんなこと分かるのさ」
しかしこの期に及んで、真実を告げる以外の道などテヒには何ひとつとして思い当たらない。
(ドジン・・・・どうか傷つかないでくれ・・・お願いだ)
テヒは心の逡巡を断ち切るように告げた。
「お前にはかなり酷な話だろうけど・・・・・ドジン、お前の両親を殺すように指示したのは、他でもないオ町長なんだよ」
「・・・・・・」
「信じたくはないだろうが」
テヒのその言葉に、一瞬口を半分開けて唖然とした様子のドジンだったが、やがてククッと肩を震わせると、声をたてて笑い出した。
「あっはっは、兄さん、それ、誰からの情報なの? あはっ・・・ゴメン、あんまりバカバカしくて笑いが止まんないや」
「・・・・・」
「しっかし、いい加減なこと言うもんだよね。だって考えてもごらんよ、デスさんは死んだ父さんを愛していたんだよ? どうして愛している人を殺さなくちゃいけないのさ?」
あり得ないよくだらない、とドジンはもう一度笑った。
「詳しいことまでは俺も知らない。でもなドジン、俺なりにいろいろ考えたんだが、町長はお前のお父さんを愛していたからこそ殺してしまったんじゃないかな」
「・・・・なん・・だって?」
ドジンの笑いが止まった。
「確かにこれは人から聞いた情報で、俺自身は何も確認しちゃいない。でも・・・・多分、オ町長がお前のお父さんを殺す指示を出したことは、・・・・・事実だと思うよ」
「・・・・・嘘だ」
「嘘じゃないんだよ、ドジン」
「う・・・嘘だね。あり得ない、そんなこと。兄さん、ずるいよ。復讐でも何でも好きにしろって今言ったばっかりなのに、そ、そうやって妙な嘘ついて、結局俺の復讐を邪魔して・・」
「ドジン、頼む。目を覚ましてくれ。お前はオ町長に騙されているんだ」
「ちがっ・・・!」
「ドジン!」
ふたりの声が重なる。
テヒが思わず掴んだ腕を振り払いドジンが歩き出した。その瞬間、背後からの叫び声が広い空港ロビーに響き渡る。
Chanmin5 最初のスペシャルゲストはこの方^^ 辣腕弁護士っぽいですか?
「テヒ、下がれ!! 危ない!」
振り返るテヒの目に、こちらに向かって走ってくる風体の悪い男が映る。そしてその後ろ追うようにしてパクウィと、もうひとり、スーツを着た見慣れない男。先頭の男の手に、光る物を見つけたテヒは、咄嗟にドジンを自分の背後に回す。
「だめだ! テヒ、逃げろ!!」
ドジンがその男の顔を確認するより先に、テヒは男の体当たりを正面からまともに受け、男もろともロビーの床に転がる。
「兄さん!」
素早くドジンが駆け寄る。そして次の瞬間ドジンが目にした光景は・・・・・彼を片手で軽く地獄へと叩き落すのに充分なほど、凄まじいものだった。
「にい・・・・さん? うそ・・・にいさっ・・・・・にいさあああん!!!」
                                     (続く)

| | コメント (7)
|

2006年7月10日 (月)

『キムチ兄弟』 第9部 ~真実②~ (+お知らせ)

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

その1週間は、過去34年間のテヒの人生の中で最も長く苦しい7日間だった。
あの日、真夜中の電話でテホから知らされたことが真実なのかどうかを確かめるため、テヒはありとあらゆる方法でドジンを探した。
(早く探し出さないと手遅れになってしまう・・・・・)
そう焦る気持ちはしかし、募るほどに空回りばかりして当のドジンの消息は影すらも掴めない。こんなことになるのなら新しい携帯の番号を聞き出しておけばよかったと後悔するが、すぐに、そもそも連絡取り合うつもりがないからこそ自分に変更を知らせてこなかったのだと気づく。滅入る気持ちに拍車がかかる。

Basuke_2腐ってもスポーツマン。案外いい人だったテホ^^
『俺の口からあんたに・・・・話すべきことなのかどうか』
携帯の向こうで躊躇いがちにそう言った後、テホは静かに続けた。
『でも俺があんたの立場なら、やっぱりどんなに辛い情報でも、知らせて欲しいと思うだろうから』
あれから1週間たった今も、その話の内容の全てを無条件に信じることは到底出来ない。それでも半信半疑のままで動き出したのは「もしもそれが真実だとすれば、ドジンが危ない」という切羽詰った思いからである。信じたくはないが、耳を塞いで何も聞かなかったことすることも来なかった。知らせてくれたテホへの感謝と、知ってしまったことへの苦い後悔、そして何よりドジンを助けなければならないという強い思いと、連絡の取れない苛立ちと焦り・・・・それが今のテヒの全てだった。
事故で亡くなった両親から広大なじゃがいも畑を引き継いだ少年が、大人になり、1年前ほどからアウラジ町長のオ・デスと深い関係に陥った。その事実をテホは町長の動向を探るうちに知ったという。半年ほど前のことだったそうだ。しかしその、どこか少し陰のある美しい瞳を持つドジンという青年が、昔を知るパク・テヒの弟として育っていたと知ったのは、あの日市場で16年振りに再会した後のことだったという。テホは少年期のドジンには一度も会ったことがなかったのだ。
しかしテホを本当に吃驚させたのは、ドジンがテヒの弟だったことでも、町長の恋人だったことでもなく、ほんの数日前に彼が母親から聞かされた昔話、つまりは、ドジンの両親の事故に関する信じられない証言だった。
その話とは・・・・・・

26年前のとある豪雨の夜、テホの母は玄関のチャイムを鳴らす音に目を覚ます。それほど遅い時間帯ではなかったのだが、こんな激しい雨の夜に一体誰だろうと思い訝しげに問うた。すると玄関の外からは、思いもよらなかった昔の同僚の酷く慌てた声が返ってきた。数百メートル先の土手から車が転落して、中に人が閉じ込められているという。近くの用水路が大雨で氾濫して救急車が近くまで来られないから、自分たち看護婦と医師が何とか現場まで徒歩で駆けつけたのだが人手が足りない。力を貸して欲しい。そう懇願された。
テホの母は若い頃、アウラジの町立病院で看護士をしていた。結婚しないまま、父親のいない子になると分かっていながらテホを産んだが、精神的にも辛かったのだろう、産後の肥立ちがあまり良くなかった。仕事を辞めざるを得ないほどまでに体力を失った彼女は、父親の経営する児童養護施設の手伝いをし、その傍ら一人息子のテホを育てていた。チャイムを鳴らしていたのは町立病院にまだ現役で勤務しているかつての同僚だったのだのだが、そのあまりに必死な様子から事故の深刻さを悟ったテホの母は、すぐに身支度を整えた。
降りしきる雨の中ようやく辿り着いた事故現場は、さながら地獄絵図のようだったという。閉じ込められている後部座席のひとりだけはどうやら意識があるようで、あえかな泣き声のようなものが時折聞こえた。しかし、転落と同時に車外へ放り出されたとおぼしき運転手と助手席のふたりは、目を覆いたくなるような激しい外傷を負っておりほぼ即死だったようだ。ふたりのうちひとりが女性で、しかも妊娠しており、その場で生まれた赤ん坊が奇跡的に一命を取り留めたことを、テホの母が聞かされたのは翌日の午後のことだった。
彼女はその時、割れたリアウィンドウの隙間から後部座席に向かって懸命に声をかけていた。

Otouto4_1どこか儚げな弟ドジン・・・・兄ちゃん泣かすなよ~~
“大丈夫ですか? どこか痛いところはないですか?” 
大声で何度尋ねても、微かに聞こえてくるのは小さく震えるような泣き声だけだった。
“かあさん・・・とうさん・・・ううっ・・・こわいよぉ”
すすり泣く様子から、放り出された夫婦の子どもだと推測されたその男の子は、ようやく助け出された時、顔や手足にたくさんの擦り傷を負っていたものの、命に関わるような怪我はなかった。チャイルドシートにしっかり固定されていたことが幸いしたらしい。小さな命が救われたことは、地獄のような光景の中で唯一、救助にあたった人々に安堵をもたらしたという。泣きじゃくる少年を救急車に乗せ、彼女はようやく一息ついた。
と、その時だ。事故現場から少し離れた場所で、かさかさと闇に蠢くふたつの人影を見つけ、関係者の誰かかと思い何の気なしに近づいた。
“・・・なん・・・・っても・・・万事うまく・・・・ないか・・”
“・・・たら、すぐに高飛び・・・・・足がつく・・”
大分小降りになってきた雨音の隙間から漏れ聞こえる彼らの会話の不穏さに、彼女は物陰から耳をそばだてた。
“誰に雇われたかなんて関係ねえだろ、もう済んじまったことなんだから。俺は今更そんなこと知りたくねえ”
“そうだな・・・まあ、報酬はたっぷり頂いたことだしな。だけどよ・・・”
“何だ”
“後部座席にいた餓鬼、あいつは死んでなかったみたいだぜ。まさか・・・”
“ふんっ、何ビビッてんだよ。見たところ、まだションベンくせぇ餓鬼じゃねえか。第一俺たちゃ顔見られてねえんだぜ?”
“そ、そりゃそうだ。とにかく早えぇとこ、こっからずらかろうぜ”
“ああ”
救助の人間に紛れていたらしいその2人の男は、少し先の空き地に止めてあった乗用車でその場を走り去ったという。

『お袋はその後すぐに警察に行って何度か事情を話したんだが・・・・取り合ってもらえなかったそうだ。ちゃんと調べているのかって聞いても、曖昧な返事しか返ってこない。うやむやにしたいって警察の態度がありありと伝わってきて、随分腹も立てたそうだが・・・』
テホはそこで一旦言葉を切ると、少しだけ沈黙した。
『テホ、言ってくれよ。俺は何を聞かされても大丈夫だから』
『・・・・・』
『なあテホ、頼む。教えてくれ、本当のことを』
『・・・ああ・・・』
大丈夫だからという言葉とは裏腹に少しだけ震えてしまった語尾に、テホは気づかぬ振りをしてくれたようだった。
『お袋が警察に行かなくなったのはな、それから間もなくして、とある噂を耳にしたからだ』
『噂?』
『うん。事故で死んだ夫婦のダンナの方・・・・つまり、あんたの弟の実の父だが・・・・そいつが昔付き合っていたオトコってのが・・・』
『付き合っていた、オトコ?』
それだけでも、テヒは倒れ込みそうになるほどの強い衝撃を感じた。しかしテホは続ける。
『ああ。それが何ていうか・・・・当時のチョンソン郡検察局の若手検事で・・・つまり・・・』
『まさ・・か・・』
悪いがそのまさかなんだ、とテホは深いため息とともに世にも恐ろしい台詞を吐いた。
『オ・デス検事だ』
『そんなっ・・・』
テヒは、嫌な汗でべたつく携帯を、何度も何度も握り直した。

『ほんの数日前、お袋から当時のその話を初めて聞かされて、さすがに俺もショックだった』
何故急にそんな話になったのかと問うテヒに彼は、『じゃがいも村の話からさ』と答えた。根っからの検察畑の人間だったオ・デス検事がアウラジの町長として戻ってきた時、テホの母は嫌な予感を覚えたという。オ・デス検事といえばそちらの畑では“上”を約束されているような人物だった。そんな人間が何故目の前にある地位や名声を捨ててアウラジ町長などという“おいしくない”肩書きを望んだのか・・・・。当時の町の噂では、ドジンの父親とデスはかなり深い仲で、ドジンの父が幼馴染だった女性、つまりドジンの生みの母と結婚することが決まった後も、デスはしつこく彼に付き纏ったらしい。噂の内容が内容だけに、当時はもうそれ以上警察に訴えることをしなかったテホの母だが、あの豪雨の夜に聞いた怪しげな会話だけは、26年間忘れたことはなかったという。
『お袋はそう言うが、所詮は26年も前の記憶だし、あらかた想像の域を出ないと思っていたんだ。だからテヒ、こんな話をあんたの耳に入れるつもりはなかった・・・・・昨日まではな』
『昨日? 昨日、何かあったのか?』
『ああ。実は昨日、俺がじゃがいも村の件で独自に調査を依頼してた探偵事務所から最新の報告書が届いた。町長と、その周辺の人間のありとあらゆる動向なんだが・・・・・テヒ、あんたの弟はな、今、自分の両親を事故死に見せかけて殺した奴らに復讐しようとしている』
『・・・・・』
その瞬間テヒは、全身の毛穴から冷たい汗が噴出すのを感じる。
『既に名前だとか居住地まで突き止めているらしい。感づいた奴らが逃げ回っているらしくて接触こそまだできていないようだが、居場所を突き止め次第、あんたの弟は確実に奴らを殺るぞ。それから・・・・事故死に見せかけて殺されたらしいっていう情報を弟の耳に入れたのは多分、間違いなくオ・デスだろう』
『嘘だ!』
思わずそう叫んだテヒに、テホの無情な声が重なる。
『嘘じゃないんだ、テヒ。真実がどこにあるのかは、俺も知らない。それに信じる信じないはあんたの勝手だ。でもな、俺が散々迷った挙句こうして電話したのは何故だか分かるか?』 
『・・・・・』
『時間がないからだよ。今、弟を止められるのはあんたしかいないだろ。報告書によるとターゲットのふたりってのはどっちも、S市でチンピラの取りまとめみてえなことやってるヤクザ崩れの男だ。奴らのバックについてる組織の下っ端が動き出しているようだから・・・』
急いだ方がいい。そう言ったテホの忠告がまるでドラマか映画の台詞のようで、テヒはこれから自分が足を踏み入れることになるであろう、どこか現実味のない世界を漠然と心に描いた。
あれから1週間・・・・・ドジンの動向は杳として知れなかった。

                            *

Hesuku_2男なんてね、旨いキムチ食わせりゃイチコロよ。
週の明けた月曜、S市役所に1週間の休暇届を提出した。日曜のうちにパクウィにはその旨を電話で話していた。かいつまんだ事情しか話さなかったにも関わらず、彼はいつも通りの豪放さでテヒを安心させてくれる。
『こっちは4人で何とかなるから心配いらねえ。ヘタレガエルの世話をしなくて済む分、手間も省けるってもんさ。しかしまあ何か力になれることがあったら遠慮なく言ってくれ。男はな、突っ走ってナンボだ』
素っ気無い素振りの中に込められたパックウィ独特の気遣に短く感謝の気持ちを伝え、折りたたんだ携帯をズボンのポケットに仕舞った時、後ろから覚えのある声に呼ばれる。
「テヒちゃ~ん! 久しぶりだねえ、どうしたんだい?」
市役所のオンマ、ヘスクだった。
「ヘスクさん、ご無沙汰していました・・・って、この間屋上でデートしてから、まだ2週間も経ってないじゃないですか」
テヒが笑うと、ヘスクも返すように微笑んだ。どうしてなのか理由は分からないが、彼女の微笑には自分の全ての苦しみを癒してしまう効果があるのではないかとテヒは思う。
「テヒちゃんがアウラジに行っちゃってると思うだけで、充分に寂しいんだよぉ、あたしゃ。仕事は上手くいってるかい? え? 体調はどうだい? 相変わらず顔色良くないけど」
「あは・・・心配性だな、ヘスクさんは。大丈夫ですよ、ほら」
テヒは、スーツを着用していないことをいいことに、半袖のポロシャツの袖口から力瘤を作って見せた。自分でも情けなくなるほどのまでに筋肉は落ちていたが、それでも明るさを装うテヒに、ヘスクは少しだけ安心したようだった。
「それならいいんだけどね。ご飯、ちゃんと食べてるかい? 好き嫌いしてないかい?」
「大丈夫ですよ、子どもじゃないんですからね、もう」
そりゃそうだね、と声を立てて笑ったヘスクに、テヒはふと先週から聞きたかったことを思い出す。
「そういえばこの間、ヘスクさんのキムチかと思うほど美味しいキムチを食べたんですよ」
「へえ、どこでだい?」
「それがね、アウラジでなんです」
「アウラジで?」
「ええ。でも作った人はアウラジの人じゃなくて、この市役所に先日までいたイ・シニョンさんって女性なんですけど・・・・」
するとヘスクは事も無げに、ああ~それなら納得だと何度も頷いてみせた。
「シニョンちゃんかい。なるほどなるほど」
「?」
「そういえばシニョンちゃんも、テヒちゃんと一緒にアウラジに行ったんだっけね」
「シニョンさんを、ご存じなんですか?」
「知ってるともさ。あの娘はねえ、本当にいい娘なんだよ。こうして何年も掃除のおばちゃんやってるとね、悲しいくらい人を見る目は確かになってくるんだよ。シニョンちゃんにキムチの漬け方を伝授したのは、このあたしさ」
「ヘスクさんが?」
「ああ。シニョンちゃんと話をするようになったのは3年くらい前のことなんだけどね。あの娘もほら、こう言っちゃなんだけどそんなに若くもなくて、愛想もいい方じゃないから“お局”だの何のっていろいろ陰で言われてさ・・・・辛い思いもしていたと思うんだけど。でもあの娘はね、あたしが掃除に行くと必ず笑顔で『いつもありがとうございます』って。皆のいないところでそっと言ってくれてね」
「・・・そうだったんですか」
Otubone6_1それにしてもヘスクさんとテヒさんて、どことなく雰囲気が・・・気のせいかしら・・・
「給湯室でよく『ちょうどお茶入れたところだから飲んで』なんて言ってくれてさ。どう考えたって“ちょうど”なわけないんだから、あたしが来る頃見計らってお茶入れてくれてたんだろうけど・・・そんなこんなでシニョンちゃんとはこの3年くらい、給湯室で時々デートしてたんだよ。テヒちゃんと屋上デートするみたいにね」
シニョンとヘスクがそんな仲だったなどと、当然テヒは全く知らなかった。
「シニョンちゃんその頃、好きな人が出来たなんて言うから、あたしが『男はキムチで堕とすんだよ』って耳打ちしたんだよ」
「それで、キムチの漬け方を?」
「ああ」
ヘスクは胸を張って答えた。
「最初は下手っぴでねえ。何度も失敗作を食べさせられたんだけど。テヒちゃんがあたしの味だって気づくほどに成長したんだったらもう、シニョンちゃんも一人前さ」
確かにシニョンのキムチは、ヘスクの作ったそれと何ら遜色の無い出来栄えで、テヒの知る中では明らかに“特に美味しいキムチ”に分類された。シニョンがヘスクのレシピを見ながら一生懸命キムチを漬けている姿を想像し、テヒは何故か少しだけ心が騒いだ。先日のキスのことが脳裏を掠めたからだ。
シニョンに思いを寄せる男がいたのだとしたら、自分は彼女に対してとても失礼なことをしてしまったのではないだろうか。テヒの心に、苦い後悔が広がる。あの時の自分は、ドジンのことでショックを受けて、優しい言葉をかけてくれた目の前のシニョンに縋り付きたい衝動を抑えることができなかった。シニョンは笑って許してくれたけれど、内心ではとても迷惑だったのかもしれない。他人から与えられる優しさには、遠慮なく甘えていいものとそうでないものがあることを、テヒはよく知っていた。あの時のシニョンの優しさは、間違いなく後者だ。
(今度ちゃんと謝らなくちゃいけないな・・・・)
またひとつ、気の重い宿題を背負ってしまったと思った。
「じゃ、俺、そろそろ行きます。ヘスクさんもお元気で」
「いやだよテヒちゃん、そんな言い方。何だかずっと会えなくなるみたいじゃないか」
「あはは、そんなつもりじゃ・・・」
その時、ポケットの中で携帯が震えた。テヒは携帯を取り出す。ストラップに絡まって、いつも忍ばせているあの数珠が、じゃらりと床に落ちた。
「もしもし・・・・パクウィ?」
ヘスクの視線が数珠に注がれるが、テヒはまるで気づかない。彼女は静かに腰を屈め、数珠を手にする。
「え? ドジンが!? ・・・・うん・・・・ああ・・・・分かった。今からすぐに行ってみる。ありがとう」
駆け出したテヒを、ヘスクの声が呼び止める。
「テヒちゃん、これって・・・」
「あ、す、すみません、急いでて。大事な数珠なのに」
「そんなに大事な・・・・数珠なのかい?」
「ええ。俺のお守りみたいなもんです。生まれた時からずっと」
「生まれた時から・・・・?」
急用なんです、ごめんなさい。ろくに彼女の顔も見ないまま、ヘスクから数珠を受け取るとテヒは一目散に駆け出した。そこに残された彼女の、戸惑う視線には全く気づくことなく・・・・・

パクウィもまた、テホとは別にこの1週間、町長とその取り巻きの動向を調査していた。勿論その対象には自分の上司であるワールド不動産の上層部の何人かも含まれている。その調査費を全て“その他諸経費(現地視察費用)”としてちゃっかり自社に請求したと聞かされた時は、パクウィの並外れた度胸の良さに小気味よい思いがした。案の定ワールド不動産の上層部及び観光開発の部課長クラスは、アウラジ町長を筆頭とする町の重鎮たちと、およそ1年前から頻繁に接触を持っていた。そしてその流れの中で、少なくない金額の裏金が動いいたこともパクウィは突き止め、更に、テホの寄越した資料がほぼ自分の調査内容と一致していることも確認したという。

Nukesaku_3こんな鮮やかなシャツを着るのか?公務員テヒ、果たして(笑)
テホが1年もかけてようやく集めた資料を、たったの1週間で見事完璧に揃えてしまったパクウィの手腕を、ドジンの元へ向かうタクシーの中でテヒは掛け値なく褒めた。
『なにね、知り合いに、ちょっとした敏腕弁護士がいただけだ。とにかくこっちは今日、電話番だけいれば大丈夫な状況だから、審判かぶれのオッサンだけ残して俺たちも今からそっちに向かう。それまでテヒ、頼むから勝手に動くなよ。いいな?』
分かった大丈夫だ、そう答えはしたが、テヒの心はすでに逸る思いでキリキリ痛んでいた。パクウィがもたらした情報によると、ドジンの両親を事故死に見せかけて殺した犯人の片割れが今日、仁川国際空港から日本に向けて出国するらしいというものだった。ドジンがそこに確実に現れる保証は何ひとつない。ドジンがその情報を知っているかどうかすら定かではない。けれどテヒは、何か予感めいたものを感じていた。他でもないドジンのことだから・・・血は繋がらなくとも、たったひとりの大切な弟のことだから。
仁川空港からの今日出航するアシアナ航空・・・・たったそれだけの情報を握り締め、テヒはタクシーの座席に深く沈んだ。窓の外、見慣れたはずのいつもの渋滞にも苛立ちが募りそうで、静かに目を閉じた。
お兄ちゃん、助けて ―――― そんな声が聞こえた気がした。
幼い頃の、ドジンの声だった。
                                             (続く)

***********************************

■お知らせ
皆様にはいつもHappy Togetherをご訪問いただき、まことにありがとうございます<(_ _)>
さて、明日7月11日から2日間に亘り、ココログさんの方のメンテが入るそうですので、以下、かいつまんでお知らせいたします。

◇メンテナンス日時
2006年7月11日(火)14:00~7月13日(木)14:00の約48時間
◇メンテナンス目的
データベースソフトおよびオペレーティングシステムのバージョンアップを行うことで、ココログデータベースの大幅なレスポンス改善を図り、ご迷惑をおかけしているココログ管理画面の操作が重いなどの状況を解消すること。

・・・・だそうです。画面左側の「ココログからのお知らせ」をクリックして頂けるとより詳しくご覧になることができます。Happy Togetherはココログフリーですので(^^ゞ、コメントの書き込みなどは出来るのではないかと思いますが、なにせ丸2日間という大掛かりなメンテナンスなので、何が起こるか蓋を開けてみないと分からないらしいのです。(詳しい方の情報)
というわけで明日から2日間、記事のアップ、コメントの書き込みに関しては、多分できると思うのですが、ちょっと微妙・・・・みたいです^^;;; はっきりしなくて申し訳ございません。閲覧は可能です。

いろいろと至らない点ばかりではございますが、今後ともHappy Togetherを、どうぞよろしくお願いいたします。<(_ _)>  
                                             管理人

| | コメント (15)
|

2006年7月 9日 (日)

ジョンジェくんの思い出

【Written by miyuki】

私は普段仕事で車を運転して走る事が多い。この間赤信号待ちをしながらふと、歩道に止めた自転車に跨り携帯を見ている、ちょっとダサい男の子に目が行った。
(グォン・サンウ系だねえ、惜しいねえ・・・・)
よく見りゃ世の中に「系列の顔」はたくさん転がっている。けれど、だいたいがほんの数センチ、数ミリのあわいで、「イケテナイ」ほうに分類されて、昼下がりこんなおばちゃんに知らない間に車の中から値踏みされてたりするんだな。(しかしスターが成り立っているのはけして顔カタチだけではないわけで。ジツに微妙で難しい問題よねえ・・・)

サンウといえば、うちの亡き母と、土曜の夕方、「天国の階段」をなんとなく見ていたのを思い出す。あの御曹司より私は「悲しき恋歌」のヘアスタイルのが好きだったが、母にはヒロインが「冬ソナ」と同じジウちゃんだったので、ある意味韓ドラとしての彼女なりの比較考察が出来たらしく、「私はヨン様よりこっちのがいいかな。(サンウ)」と言った。コレにはちょっと驚きだった。もともとヒトと同じ物を持ったり着たりするのが嫌いなB型母娘であったが、母はそのころ異様な盛り上がりを見せていた巷のヨン様熱にはまったく転ばなかった。(一緒に特番なんかも見たのだが。)
車に乗せて「天国の階段」の主題歌「会いたい」をかけて「これ、わかる?」というと、ちゃんと「うん。あのドラマの。」と頷いていた。あれだけTV等でも流れていた「冬ソナ」のちゃららら~~ん♪な曲は記憶にも残らんかったらしいのに。

Jiこのくらいの髪の長さが好きデアル。この写真はスーツ姿だが、ちょっと独特のお洒落感覚がヲタBっぽくてシンパシーなmiyukiであった。向って右、バックで笑っているのがキム・ミニ。「純愛譜」で共演。スレンダーなカラダが素敵。pianonオンニ、ミアネヨ~~
母が亡くなって49日の法要のあとの食事の席で、親戚の女たちでそれぞれ転んでいる俳優の話になった。みんないつの間にか「転んで」いたのである。主にやっぱり、ヨン様。(一人筋金入りヨンハ・ファンがいて、彼女は私と同じB。笑。)やはり世間のスタンダードはヨン様なんだなあ、と改めて。そこで亡き母がグォン・サンウにちょっと転びかけていた話をすると、「へええ~~~っ!!」と驚かれた。うちのは母はちょっとした「男嫌い」で通っていたからである。

その後、韓流オールスターサミットで来日した「生サンウ」をうちのJDGと並べて見る機会があった。彼も母子家庭ということで、母ちゃん孝行の話ばかりされてちと残念だったが、あの遅刻とか、うっかりふにゃふにゃ発言ぶりは興味深い。ほんとうはけっこう面白そうな奴・・・かもなあ。ふふふ。

私がヨン様地獄を抜けてビニとJDGに転んだのはひとえに「俳優としての役へのアプローチ」他モロモロにうっとり来たからである。しかし、ほんとうのところは、一家中二重瞼の南方系の濃ゆい顔をしているため、じつは男子はあっさりした顔をしたのが好みなんである。母の目がサンウに留まったのも頷ける。お肉が薄そうな頬、脂ぎっていなさそうな皮膚・・・。

さてやっとここで、お題の「ジョンジェくん」登場。(爆)
去年の7月、「台風」釜山ロケツアーに参加して、勿体無くも有難くも、初めていきなり生ジョンジェくんを見た。7月のカンカン照りの下、おおむねアジュンマで埋め尽くされたモブシーンは、映画になったらあの暑い空気は失せていて、逃げるJDG(シン)の後ろと同じ位ジョンジェくん(セジョン)の後ろにもアジュンマの海は映っていた。あっという間のシーンだったけれど。(私のそばにいた人もぼんやり映っていたのはジョンジェくんのうしろ。ちなみに、私は今の所画面に確認出来ておりません。へへ。よかったよかった。)<m(__)m>

Tepunpusan釜山での記者会見で、キョンテク監督、JDGとともに。この姿はかなり硬派?
監督の「アクション!」の声でJDGと同じ方向へ向って歩くことを繰り返す。何回目かに、一緒に参加したSちゃんが、私の腕を強く引いた。
「何?」
見ると目の前に地味なスーツの等身大“GIジョー”のようなナムジャ。どっからどう見ても、雑誌で見ていた“イ・ジョンジェ”。私は自分のやる事に必死(笑)だったのと、本人が地味だったもんでうっかり気がつくのが遅れたのだが、Sちゃんは一度は危なく激突するところだったらしい。目の前がねずみ色になって、「誰?こんなとこ横切るのはっ!」と思ったら、はるか上の方に小さな顔があったの、とSちゃん。
近くで関西弁のアジュンマの声が聞こえた。
「うそっ!めっちゃハンサムやん!」

「ハンサム」であった。立体的で端整な横顔、美しい後頭部、長い首。小さくて細い顔、バランスの良い身体。(実は中味があんなにスンバらしい筋肉とは・・・。)
JDGを巡る危うさに目が眩んでさえ居なけりゃ、もしかしてあっさり私はジョンジェくんに転んでいたかもしれない。素直に好みという次元で。
黙々と、銃を構えてシンの姿を追う動作を繰り返し、素人アジュンマの群れを器用に避けながら演技するジョンジェくん。休憩時間には、ロケ現場に待機した白のスタークラフト(スターの証の移動車。シボレーのでっかいワンボックス。JDGのは、黒。)の傍らで地味な衣装の上着を脱いで、付き人に丁寧に渡す姿が見えた。

Lastprsent「ラスト・プレゼント」イ・ヨンエは冴えないコメディアンの旦那が実は子どもの頃の初恋の彼だった、という韓国伝統の(?)設定。この途方に暮れたようなぼんやりくんの表情、好きだなあ。
どっかの雑誌で読んだが、キョンテク監督とJDGと3人で温泉に浸かりに行き、(どこの温泉だか不明。釜山の近郊にあるという温泉だろうか。)ジョンジェくんのカラダの仕上がり具合に二人でびっくりしたらしい。特にJDGのほうは、極限の海賊という役柄、悪戯に鍛えることは禁じられていたらしいし、脱いだら凄かったその努力に惜しみない礼賛の言葉を、ロケのあとのファンイベントにやってきてくれたジョンジェくんに向って吐露していたっけ。
そのころの私はジョンジェくんがいかに素晴らしい役者さんであるかと言う事について、マダマダ勉強不足だった。
「“情事”のえっちシーンが、すごいのよねっ・・・」とロケ現場で待ちながら、Sちゃんが呟いた。そうか、帰ったらまず「情事だ」、と決心する私。(単純。^^;;)「台風」公開までに、共演のイ・ジョンジェというひとを「予習」しよう・・・。

そんなわけで、紐解いたジョンジェくん主演の映画何本か。(まだ制覇しきれていない。出演作が多いし、それによる各賞の受賞歴も華やかである。)ジョンジェくん関係の話題から御付き合いの始まった有難いブログの先輩などもあり・・・(pianonオンニ、いかにも物足りない語りで申し訳ないス。先に謝っちゃうワ。汗。)

「情事」の惜し気も無い若いお尻と短い髪。たしかにむちゃ、切実なる「えっち」であった。(なのに、漂う不思議な清潔感。あんな青年とあんなことになったら、私だって家族捨てます・・・ってか?)この間始まった「結婚できない男」という日本のドラマで、阿部寛(もう42なんですと、阿部チャン・・・へえ・・・)氏がまるっとお尻出していて吃驚、爆笑だったが、考えたら、上半身惜し気無く裸見せてても、JDGお尻出すような映画にはマダ出ていないっけね。「お尻を出す。」これにはヂツわ、役者の演技世界として深~~い意味があるんではないかと、私は思っている。(大袈裟?)頑張れ、JDG!(何を・・・?)

イ・ジョンジェといえば「イルマーレ」。柔くて、小洒落てて、いいひとで、観客の誰もが惹かれる青年ソンヒョン。対する同じ年の出演作品「純愛譜」のヲタク青年ウイン。見かけは髪型といいイルマーレと殆ど変わらないところがミソ。眉毛がちょっときりっとしているのがソンヒョンで、ぼんやり下がっているのがウインか?いやいや、見かけが殆ど同じだから、かえって凄いんでアル。特にあの、ヲタのウイン・・・・

Ohbrothers_1「オー!ブラザーズ」衝撃の弟。(笑)ヒョン!!と抱きつくシーンが世間から見ると、アブナイ・・・のか?
すっぽんぽんで西瓜を股に挟みバスタブで食べるシーン。ちょっと危ないロリを漂わせる姪っ子とのやりとり。好きな彼女(ちなみに、実際に今現在のカノジョ、キム・ミニが演じている。)が出て来たあとのトイレの「個室」にまんまと入るヤバさ。アダルトサイトを覗いては一人世界で完結、脱いだパンツを蹴飛ばしながらチリ紙流しにトイレに向うTシャツ一枚の後ろ姿のリアルさ情けなさ・・・・この映画は、じつは日本と韓国の合作で、製作は韓流の押し寄せるずっと前の2000年のことだ。

「ラスト・プレゼント」の甲斐性無しの旦那が見せる精一杯の愛。「オー!ブラザーズ」では、私的にものすごくウケたのが、早老症で、まだ12歳なのに自分よりずっと老けて見える弟(イ・ボムス)と一緒に居る場面、なんでか「同性愛カップル」と勘違いされてばかりというシチュエーション。監督さんがそのケがあるのかどうかはわからんが、「二十歳の微熱」よろしく取りたてに行った風俗店の社長に後ろから羽交い絞めされて、カラダを弄られた揚句ほっぺにムチュウ~~~っとされちゃうシーンに、「そうよねえ、やっぱりその世界のヒトにはむちゃむちゃソソる素材だろうモン、うんうん・・・」と一人納得。(pianonオンニ、ミアハムニダよ、つい目が歪んでて。それにしても、兄弟二人でバナナ牛乳飲む姿、似合っていましたわ。^^)

どちらかというと、ぼんやりした情けない役のほうが多いようなのだが、先日出会った韓国人青年たちの「砂時計でイ・ジョンジェが演じたことがきっかけで、ボディー・ガードという仕事のイメージが断然良くなったんですよ。」「僕の最高の男の映画は“太陽はない”ですねえ。」と言う声は、当人たちがけっこうイケメンだっただけに妙に真に迫っていた。
JDGも、「こんどのカン・セジョンと言う役では、イ・ジョンジェファンが見たいと望んでいた彼の姿が見られることでしょう。」とコメントしていたが、私はじつは軍服りりしい姿より、ぼんやり眉毛下げて口尖らせている役の、じつに自然な巧みさが好きだ。(なんたって、可愛いし。)ほんとに上手い俳優だと思う。

映画「台風」で大好きなJDGと彼が共演してくれたことから、私の映画鑑賞の世界もすっかり広がった。次の作品を待つ楽しみとともに・・・。

| | コメント (10)
|

2006年7月 6日 (木)

『キムチ兄弟』 第8部 ~真実①~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

少し眠ったのか、それともまどろんだだけなのか・・・・とにかく朝はいつもと何ひとつ変わらぬ顔でやってきた。誰か一人くらい地獄の三丁目を彷徨ってるヤツがいたって、地球はそんなことお構いなしに回り続けるんだよなぁとか納得してみるあたり、まだ自分は全てを失ったわけではないらしい。でも・・・
自分よりオ町長の方がずっとあたたかいと言い切ったドジン。言葉の刃に抉られた胸の痛みはまだ去ってはいない。それどころかその後、ハンカチで涙を拭いてくれたシニョンの優しさに、あろうことかあんな形で答えてしまった自分の脆さが、一層テヒを苦しめた。
ドジンはきっとまだ何かを隠している。自分は一体全体過去に、弟からどんな相談を受けていたのというのだろう。ドジンの話にはいつもきちんと耳を傾けていたはずだったのに、どうしてそんな大切なことが思い出せないのか、テヒには納得がいかなかった。妹の存在を、なぜ自分に隠さなければならなかったのだろう。行方知れずの妹を探していることと、突然携帯の番号を変えたことは、何か関係があるのだろうか? ドジンがまるっきり嘘をついているとは思えないが、もうひとつ、大切なヒントがどこかに隠されているような気がしてならないのだった。

Teho2 じゃがいも畑(?)のテホ。案外出番多かったわ(笑)
全開にした窓から入ってくる涼やかな夏の香りの風とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような表情でハンドルを握っているのは、珍しくテヒではない。
「・・・・って、何であんたらまで付いてくるんだ。俺が付き合えと言ったのはテヒだけだぞ」
「まあそう固いこと言いなさんなって。この傷心ガエルは今日、多分使い物になんねえから。俺らカエルの保護者ってことでヨロシク。ゲロッ」
「・・・・・・」
存在だけでテホの不機嫌を3割増しにした助手席のパクウィの、威圧的とも取れる『ヨロシク』に合わせて、後部座席でテヒに寄り添うように座っているギョンジンもにっこりと笑顔を振りまく。
「保護者その2ですぅ~ ヨロシク~。ゲロゲロ」
「・・・・勝手にしろ」
パッチンとウインクをするギョンジンと、その横でこの世は終わりましたというような顔をしているテヒの姿をルームミラーで確認し、テホは諦念のため息をひとつ零した。
15分も走ると、車は町内を流れるアウラジ川に差し掛かる。渡し舟が主だった時代もそれほど遠い過去のことではないが、さすがに昨今では綱舟の姿さえ見られないのだと、ハンドルを握りながらテホは淡々と語った。
「その辺が元のチョンソン線の鉄橋があったところだ。チュンサン駅とクジョルリ駅の間のチョンソン奥地を、のんびりと往復している小列車の専用鉄路だったんだが、アウラジとクジョルリ間の区間が赤字で廃止されて・・・・今はもうここには列車は来ていない。世の中何でも金次第。金にならないところから、情け容赦なくバサバサと切り捨てられて行くんだ」
そんな鉄道も廃止されたようなクソ田舎に今更何がじゃがいも御殿だ、笑わせるなと、テホは誰にともなく毒づくと、一見小さな保育園か幼稚園のような施設の前で車を止めた。
「着いたぜ」
「ここは・・・・?」
3人は、テホに促されて車から降りた。何の目的で自分たちをこんなところに連れて来たのかを尋ねようとするテヒに、答えは意外なところから返って来る。
「せんせえ~~! おかえりなさ~い!」
「せんせ、あのね、ジュンソクとドンスがまたケンカしたんだよ!」
「あのねあのね、ドンスが悪いんだよ。だってジュンソクはね、サンテクとね、あそんでただけなのにね、ドンスがいきなりジュンソクをたたいたんだよ。チュンホが見てたって言ったもんっ!」
「よしよし、分かった分かった。4人には後で先生がちゃんとお話するからそんなに騒がないで。それより今日は、先生の大事なお客さんを連れてきたんだよ」
みんなご挨拶は?とテホが言うや否や、到着するなり彼に絡み付いていた子どもたちが一斉に「こんにちは~~~!」と合唱した。
「先生って・・・・お前が?」
パクウィが呆気に取られてきょとんと尋ねると、いかにも、とテホは頷く。
「ここはアウラジにただ1箇所の児童養護施設・・・・・つまり俺の仕事場だ」
何らかの理由で家庭での養育が困難な子どもたちを預かる施設、それが児童養護施設である。テホの説明によると両親の行方不明や死亡の他に、離婚や経済的理由から入所してくる子どもも少なくないという。都市部の施設などでは虐待を理由に入所するケースが急増しているらしいが、アウラジではまだそれほど多くはないのだとも語った。絵に描いたような強面のテホと、子どもたちの『せんせ、あのね』がどうにも結びつかないのはテヒだけではないようで、パクウィもギョンジンもどこか毒気を抜かれたように、斜め45度に首を傾けたままポカンと口を開け、テホの話に聞き入っていた。
「この施設は間もなく取り壊しになる。他でもないじゃがいもランドのメイン施設、スキー場のロッジの下敷きになるのさ。計画通りにコトが進めば再来年あたりの冬にゃあ、今この子たちが走り回っている園庭の、同じその場所で、観光客がどんちゃん酒盛りでもすることになるんだろう・・・・・っておい! 聞いてんのか、お前ら!」
3人のまるで呆けた様子に、テホが眉間に激しく縦皺を寄せた。
「え、あ、ああ、聞いてるよ。聞いてるけど・・・・」
「けど何だ、テヒ」
「うん・・・・・ちょっとというか、かなりというか、意外だった。お前がこういう仕事って」
「似合わねえと思ってんだろ、どうせ」
いやそんなことは、と言いかけたテヒの声を、倍の音量のギョンジンの声が消した。
「似合わない似合わない! もおぜんっぜん似合わない! 何、あれなの? もしかしてエプロンとか付けて『は~い、お昼ご飯の時間でちゅよ~、みんなおてて洗ったかなあ~?』とかやってんの? 想像つかないよ~~あははは~~」
「・・・・残念だが、エプロンはつけないし赤ちゃん言葉も喋らない。ここは幼稚園じゃないし俺は保父じゃない。お袋の親父、つまり俺の爺ちゃんから経営を引き継いだ、ここの経営者だ」
「じゃあ、あの時の怪我で・・・」
テヒの脳裏に、コートの中央で蹲り、痛みと悔しさの入り混じった涙を流す18歳のテホの姿が過る。
「こっちに帰ってきて、すぐにこの仕事に?」
「ああ・・・・まあ、足が良くなるまでしばらくは手伝いを兼ねて雑用をしばらくな・・・でも10年前に爺ちゃんがぽっくり逝っちまってからは、俺がひとりでやってる。お袋は身体が弱いから」
園庭で鬼ごっこに興じていた子どもがひとり、躓いて転んだ。2人しかいないという職員たちはどちらも、園舎内で比較的年少の子どもたちを相手にしている。小学校以上の子どもらが帰ってくるまでは、それでもまだ静かなのだと言いながら、テホはゆっくりとべそをかいている子どもに歩み寄り、抱き起こし、服についた砂をパタパタと払ってやる。その仕草も笑顔も、落ち着いていて自然で・・・・テヒは彼がこの仕事を選んだという当時に思いを馳せ、何とも言えない不思議な気持ちになるのだった。
(あのテホがねえ・・・)
静かに感慨に耽るテヒを余所に、現実的な質問をぶつけたのはやはりパクウィだ。
「俺たちの手持ちの資料には、この地域に児童養護施設があるなんてことは書かれていなかったぞ」
「だろうな・・・・ここ、無認可だから」
少し苦そうにテホが答えた。しかしその目はきゃっきゃとはしゃぎ回る子どもたちに注がれたままだ。
「仕方がないんだ。国の基準を満たすまでここを整えることは実際問題無理だ。かといって、この町に家族と暮らせなくなった子どもたちを受け止める施設はここしかないし・・・・理想と現実は、いつも少しずつずれているものさ」
分からなくもないとテヒは思う。パクウィもまた同じ思いなのか、いつものようにテホに噛み付かない。
「だけどテホ、今回の計画で無くなるわけじゃなくて、移転するだけなんだろ? どこか別の場所に」
「・・・・・ああ。今からそこに連れて行くよ」
目で、車に戻れと指示したテホに、テヒもパクウィもいつになく素直に頷いた。

                   *

Otouto8弟・・・今、何思う・・?
渦中の弟ドジンと共に、似たような施設で育ったテヒの心中は複雑だった。夏の日差しの下、無邪気にはしゃいでいた小さな子どもたちに、かつての自分たちの姿を重ねないわけにはいかない。この施設を取り壊すことは、あの子たちの思い出の場所を奪うことに他ならない。
(しかしまあ、奪ってしまうわけじゃないんだ。単に移転するだけなんだから)
自分にそう言い聞かせていたテヒは、ここだと降ろされたその場所に佇み、絶句する。
「まさか、ここ・・・・・なのか? 施設の移転先って」
「ああそうだ」
その短く抑揚の無い返事にこの1年間の彼の怒りが集約されていることを、テヒが瞬間的に感じ取るのは、いとも容易いことだった。施設の移転先とされたその土地とは、辺りを鬱蒼とした雑木林に覆われた、多分、日中殆ど日光の当たらない湿った沼地だったのだ。とてもじゃないが、幼い子どもたちを健康に育むのに適した場所とは言い難い。
あまりのことにテヒら3人は言葉を失い、しばしその場に立ち尽くす。
「施設の建設費用は、全額町が負担するそうだ。しかし、沼地の地盤を固めるための費用だとか、辺りの雑木林の伐採なんかに掛かる費用は、一切合財こっち持ちなんだそうだ。全く・・・・ありがたくて涙も出ねえよ。一日中ジメジメと湿った場所で、あいつらをナメクジみてぇに育てるなんて・・・・・俺にはそんな気サラサラねえよ」
「・・・・・・・」
「じゃがいも村の話がなくならない限り、あの施設は事実上閉鎖せざるを得ない。そうなったら・・・・・そん時は、あいつらの新しい預け先も、ちゃんと考えてやらねえとな。だろ?」
誰も・・・・・何も答えられなかった。

その夜、テヒはパクウィと二人、居酒屋“ヤン・ミミ”のカウンターに居た。
「チャミスルジュセヨ~」
テヒがミミに声をかけるとすぐに、緑の小瓶がふたつと、それから突き出しのキムチの小皿がふたりの前に並べられた。事務所からここへ来る道すがら、昨夜のドジンとのやりとりについてテヒはパクウィにおおよそのところを話していた。無論その後事務所で起きた、シニョンとのハプニングについては一切伏せて、だ。
「それにしても、いくら妹探すのに金がかかるからって、先祖代々の大事な畑をあっさり手放しちまうほどでもないだろうによ」
パクウィは駆けつけ1杯、とばかりに一気に杯を空けたが、テヒは先日の反省からチビチビと舐めるようにチャミスルを味わう。
「実は俺もその辺りが引っ掛かってる。興信所だとか探偵事務所だとかに、どの程度金をつぎ込んでいるのかは聞いていないが、それも今までは町長が全部負担してくれていたようだ。俺はあいつにはまだ何か、俺に隠していることがあるんじゃないかと思うんだ」
「その、『相談したのに』って部分か?」
「ああ。そんな重要な相談をされたなら、覚えていないわけないと思うんだけど・・・・内容は思い出せないわ、いきなり恋人宣言されるわ、正直ホント参ったよ・・・」
「だろうな。弟がゲイじゃな」
「っ! あいつはゲイなんかじゃない。ずっと一緒に暮らしてきた俺が一番良く知ってる。学生の時には付き合っていた女の子もたくさんいたし・・・あいつは俺と違ってモテたんだ」
「ふん、どうだかな。そういう性癖みてえなのは、案外身内が一番知らないもんさ」
それにあんたは、モテててたとしても全く気づかねえだろうしな、というパクウィの呟きは小さすぎてテヒには聞こえない。結局自分はドジンのことなど何も分かっていなかったのではないかと思い始めていたテヒは、パクウィの痛い指摘に即座に反論することができなかった。
「しかしまあ、どっちにしても相当キナ臭せえな、あの町長」
「町長?」
「ああ。さっきのテホの件もそうだ。恐らくは全部金で・・・資料なんかいくらでも捏造できるだろうし、開発計画に邪魔なあれこれは、上がよってたかって握り潰したんだろう。まあ俺らみたいな仕事には、多かれ少なかれそういうことは付き物みてえな所はあるが・・・それにしても町にひとつきりの児童養護施設を容赦なく潰すってのはいただけない。やり方が汚すぎる」
「そうだな」
「それにあんたの弟だって、妹探してくれるってだけで、何を血迷ってあの脂ぎったオヤジに身体まで・・・・・・あ、悪りぃ、言い過ぎた」
頷きながら聞いていた隣の横顔が“身体”の一言で曇ったのを見て、ちょっとばかり言葉が過ぎたとパクウィは謝罪した。テヒは、いいんだ、と静かに首を振る。

Tehi_3翻弄されて、テヒ、涙目。今すぐこの手で抱きしめてあげたい・・・(tartanのひとりごと)
「実際俺もそう思っているんだ。ドジンのことといい、テホの件といい、何か腑に落ちないことが多すぎるよ」
「あんた、それでもやっぱり弟は“巻き込まれた”と思うのか?」
「・・・・・・」
テヒは答えず、黙ってチャミスルを一口喉奥に流しこむ。
「愛してるって、弟はそう言ったんだろ?」
「ああ」
どんなに毒舌なパクウィでも、横に居てくれるお陰で今夜は、苦いだけになるはずの焼酎もどうにか味わって飲むことができている。そのことにテヒは、無条件に感謝の念を抱いた。言い換えればそれほどまでに、気弱になっていたのだが。
「でもな、パクウィ。もしも・・・・・もしも今あいつが、町長を愛しているというのが本当なんだとしても、深い関係に至るまでに何かこう、そういう方向に持っていこうとする力が働いたんじゃないかって・・・・・・・俺は思っている。うまく言えないんだけど」
「例えば、無視できねえエサでもって釣られて、まんまとハメられたとか?」
テヒは黙って頷く。
「ドジンは町長を優しい人だって言った。俺よりも温ったかいって。これは推測でしかないんだけど、多分ドジンは俺から望んだ答えを引き出せなかった、その同じ相談を、町長にもしたんじゃないかと思うんだ。そして結果町長からは、ドジンが望んだ答えが返ってきた。だから・・・・」
「だから町長の方が“温かい”と?」
「うん。少なくとも俺はドジンから、『血の繋がった妹がいるらしい』という相談は受けていない。それは確かだ。ということは、ドジンが町長を慕うきっかけになった相談事っていうのは、妹云々でなく、別にあるはずなんだ。全く思い出せないのが情けないんだけど」
「いずれにしても、キーマンはオ町長ってことか」
「多分な」
ふむ、とパクウィはグラスのチャミスルを飲み干した。
「叩けばまだまだ埃が出そうだな、あのジジイ。少し調べてみねえと・・・・あ、オネエさん、チャミスルジュセヨ!」
パクウィは、3本目の焼酎を注文し、小皿のキムチをパクついた。
「このキムチ、美味いぞ、食ってみろよ。あんたさっきから全然手ぇ付けてねえじゃん」
「パクウィ、俺はキムチにはちょっとうるさいんだ。本当に美味いキムチなんて、そうそうお目にかかれるもんじゃ・・・・」
そう言いながらキムチを一切れ口に運んだテヒは、あ、っと声を上げた。それはとても美味しかった。しかし単に美味しいだけではなく、確かにはっきりと覚えのある味だったのだ。
「これって・・・・この間来た時食べたキムチと、味が違う?」
「ふふふ、気づいたかい?」
テヒの驚いた様子に、満足気な笑みを浮かべたのは、店主のヤン・ミミだった。
「あたしゃね、韓国女のくせにキムチ作りが大嫌いでね。長年そこいらで買った中国産の安いヤツを、適当に出してたんだよ」
げっ、どうりでこの間来た時のキムチが激マズだったはずだ、とテヒは心で呟いた。
「ところがね、この間あんたらが帰った後、ほら、一緒にいた髪をひっつめたお嬢さん、あの娘がこのキムチを持ってきてくれたんだよ。美味しいから食べてみて、気に入ったら店に出して下さいってね」
「シニョンさんが?」
「そうそう、シニョンちゃんって言ったかね。何でもキムチ名人みたいな人に、漬け方を一から習ったんだとさ。美味しいだろ?」
「え、ええ、とっても」
確かにとても美味しいけど、でも・・・・・シニョンさんがどうしてこの味を? 
その瞬間、テヒはまたひとつ悩みを抱え込むことになってしまったのだった。

                   *

Omoni_1こう見えて案外さばさば。少し若い頃のオンマ(笑)
週末も仕事をするという他の4人を申し訳ない気持ち半分でアウラジに残し、テヒがひとりS市に戻ったのは金曜の夕方のことだった。翌日の土曜日は3年前に亡くなった父の月命日で、テヒは一人暮らしを始めてからも毎月その日だけ実家に帰り、この1年ひとりで暮らしている母と食事を共にしていた。
遺影の父に手を合わせて振り返ると、母はテヒの買ってきた花を花瓶に挿しながら、すぐに食事にするからねと微笑んだ。
「ずっと休まず運転してきて、お腹すいたろ?」
「うん」
生活がパターン化している公務員のテヒと違い、ドジンは仕事が不規則な上マンションが実家から少し遠いこともあって、月命日には来られないことも多かった。しかしそんな時でも必ず翌日か翌々日には、テヒと同じように花や菓子を携えてやってくるのだと母は言っていた。
「それなのに先月はドジン、結局来なかったんだよ。忙しいのかねえ。こんなこと、あの子がここを出てってから初めてだよ」
次第にトーンを落とす寂しげな語尾に、何か不安めいたニュアンスを感じ、テヒは努めて明るく応じる。
「だけどその後にあいつ、ちゃんと来たじゃない? ほら、俺がアウラジからジャガイモ買って帰って・・・そうだ、雷が鳴ってた夜だよ」
「ああ・・うん。でもね・・・・」
「ん?」
「いや・・・いいんだよ。なんでもない」
いつも気丈で竹を割ったような性格の母の、珍しく奥歯に物の挟まったような口調をテヒは訝る。
「何かあったの? ドジンと」
「あんた焼酎、飲むかい? ビールも冷えてるけど、どっちにする?」
息子に背を向けて冷蔵庫へ向かった母の背を、立ち上がってテヒは追う。
「ねえ母さん、ドジンに何か変わったことでも? 電話とか、手紙とか、こっちに来なかった?」
「・・・テヒ、あんたも気づいていたのかい? あの子が最近、何かおかしいって」
うんまあ、と曖昧に頷いたテヒに、母は思いがけないことを口にした。
「あの晩だけじゃないんだよ。ここふた月くらいかねえ、実はあの子、時々真夜中に突然帰ってきてね。こっそり自分の部屋に泊まって翌朝静かに出て行くんだけど、あたしに声もかけないんだよ。おかしいだろ? 一度、朝出掛けを問い詰めたことがあったんだけど『夜中に母さん起こしたら悪いだろ?』ってそれだけ言ってまた出て行っちまって・・・・」
「それ以外には、何か変わったことはなかった?」
「うーん・・・」
母はダイニングの椅子に腰をおろすと、考え込んでしまった。ここしばらくの心労からだろうか、その横顔は少しやつれたようにも見える。
子どもひとり育てるのも大変なこのご時勢に、バラバラにしては可哀想だというだけの理由で自分たちをまとめて引き取り、兄弟にしてくれた母。やんちゃだった自分たちを本当の子どものように叱り、抱きしめ、慈しんでくれた母。そんな母にこんな顔をさせるなど、あってはいけないことだ。
Aboji_2アボジ、どうかドジンをお守り下さい・・・(合掌)
テヒはドジンの気持ちを量りかね、背後から母の落ちた肩にそっと手を載せた。
「大丈夫だよ母さん。ドジンは忙しいんだ。この近くで仕事があって、遅くなっちゃって、自分のマンションまで帰る時間も惜しいんだよ、きっと」
「そうだね・・・きっとそうなんだね。あの子はああ見えて結構気を遣うところあるから」
「そうさ。ドジンは優しいからね。それより母さんも夕食までなんだろ? お腹空いたから早く食べよう。 ね?」」
テヒがそう笑いかけると、母は少し安心したように肩に置かれた息子の大きな手のひらをポンポンと軽く叩いた。
「そうだね。今すぐ支度するから着替えておいで」
「はい」
ゆっくりとネクタイを緩めながら、テヒは居間の遺影に心の中で声をかけた。
(父さんお願い・・・・どうかドジンを守って下さい・・・)

夜半に鳴った携帯の液晶画面に表示された名前は、昼間教えてもらったばかりのそれだった。
ごそごそと起き上がって部屋の明かりを点ける。午前3時。よほど急用だろうかと、二つに折られたシルバーを急いで開き、アンテナを引く。
「もしもし・・・テホ? どうした、こんな時間に」
起き掛けの掠れた声で、ようやく話す。
「テヒ・・・悪いな、起こしちまって」
「いいよ。急用なんだろ?」
「・・・・・いや、急用でもないんだが、迷ってたらこんな時間になっちまって・・」
「迷う?」
「俺の口からあんたに・・・・話すべきことなのかどうか」
「・・・・・」
何だろう。自分の耳に入れることが、それほどまでに躊躇われる話とは。いい話でないことだけは、まだ完全には覚醒していない意識でも充分に理解できた。
肌に貼りつくような静けさの中、コクリ、と喉が鳴ったのは、そこが渇いていたからだけではなかった・・・・

                                              (続く)

| | コメント (9) | トラックバック (1)
|

2006年7月 3日 (月)

『キムチ兄弟』 第7部 ~秘密~

※このレビューは、管理人及びここへおいで頂いているお客様の「妄想」によってのみ、成り立っております。登場人物と、実際の俳優さん方とは一切関係ございません。

Tehi_2一応あんにゅいぶってみるカエル^^
気づけば陽はすっかり西に傾き、辺りは町役場の窓から漏れる明かりがなければ互いの顔さえはっきりとしないほどの暗さになっていた。弟の愛車である見慣れたその白いセダンの前に釘で打たれたかのように動けないでいるテヒの脳裏には、さっきから“なぜ”と“どうして”ばかりが何度もリフレインしている。数メートル後ろには、その崩れそうな背中を心配そうに見詰める4つの影があるのだが、誰ひとり声を掛けてこない。それが彼らの優しさからなのか、それとも皆が声すら掛けあぐねるほどの状況に今自分があるのか、もはや判断すること自体を脳が拒否していた。
“何と、町長と愛人の濃厚キスシーン!”
“抱かれてキスされながら・・・何て言うか・・・・恍惚としてた”
(恍惚って・・・・そんな)
あり得ない、とテヒは両の拳を強く握り締めて首を振る。あのドジンがそんなこと・・・ドジンに限ってそんなこと、あり得るはずがない。テヒの目蓋の裏にはいつも、臆病なくせにそれでいて強がりで、素直じゃなくて意地っ張りで、けれど兄である自分にだけは時としてその繊細な心のうちを垣間見せる、そんなガラス細工のような弟の姿があるだけだ。いかなる理由があれ、町長とそんな関係になるドジンなど、テヒの心には存在しないのだ。第一ドジンが自分からそんな関係など、望むはずなどないはずないではないか。ドジンが自ら望むはずなど・・・・・と、そこまで思い至ってテヒは、手のひらに冷たい汗が滲み出したのを感じる。
(強要・・・・されたのか、まさか)
そうだ。そうに違いない。あのじゃがいも畑の土地を巡ってドジン本人の与り知らぬところで何らかの陰謀が錯綜した。あいつはそれに巻き込まれたんだ。絶対にそうに決まっている。ドジンの側に何ひとつ咎などなくとも、町長にその気がありさえすれば・・・・・あり得る状況だ。
胃の奥がカッと熱くなるのとほぼ同時に、テヒは1歩、足を踏み出す。
(ドジン、今助けてやる)
「おい、テヒ、何処行く気だ」
尋常でないテヒの様子に、珍しくずっと黙っていたパクウィが歩み寄る。けれどテヒは、背後から強く肩を掴まれても歩みを緩めることをしなかった。
「離せ」
「っつうか、ちょっと落ち着けって。今のあんた目ぇ据わってるぜ。普通じゃねえよ」
「・・・・・」
パクウィの制止に反応することなく、肩に置かれた手を無造作に振り落とし、テヒは2歩3歩と町役場の玄関に近づく。
「おい、行ってどうする気だ? 町長殴り飛ばしてぎゅうぎゅう首でも絞める気か?」
「・・・・・」
「おい、テヒ! 今はやめとけ!」
再びテヒの肩を掴んだパクウィの手には、さっきとは比較にならないほどの力が込められていた。
「離せ」
「だめだ、行かせない」
「離せって言ってるだろ!」
「嫌なこったね! ヘタレカエルの分際で何イキガッてんだよ。冗談じゃねえ。カエルはカエルらしく道端でゲロゲロ言ってろ! でなけりゃ、とっととケロン星に帰れ」
「っ!」
キッと振り返り、らしくない、まるで海賊のような鋭い視線をパクウィに向けたテヒだったが、言葉と拳で応酬するより一瞬早く、自分の向かっていた正にその玄関から掛かった「兄さん」という突然の呼び声に息をのむ。
「そこにいるの、兄さんでしょ? 何してるの? そこで」
「ドジン、お前・・・・」
ほんの1週間かそこら連絡が取れなかっただけなのに、何年ぶりかで聞いた声のような気がする。急いで駆け寄ろうとしたテヒだったがしかし、ドジンの肩越しに見えた不気味な黒い影の存在に足を止める。
オ町長だった。
このプロジェクトが始動して以来、まだ一度も直接正式に会ったことのない男。集めた資料や新聞記事、気の早いお偉方が作ったPR用パンフレットの片隅でにっこりと微笑んでいる顔だけがテヒの知っている彼の全てだ。
「町長、あれが僕の兄です」
あろうことかドジンはそう言って町長に自分を紹介した。何の衒いも澱みもない声で。抑揚さえもまるで感じられない声色で。
「ああ、チョンソン開発センターの社員に抜擢されたというお兄さんだね」
「はい」
ドジンが頷くのを待って、町長はゆっくりとテヒに近づいてきた。
「初めまして。アウラジ町長のオ・デスです」
よろしく、と差し出されたその赤らんだ厚い手のひらと、目の奥だけを残した顔の全てに張り付いた笑顔に、テヒは答えられないまま黙って俯くしかない。町長は一瞬含んだような苦笑を浮かべたが、やがて手を戻すと淡々と語りだした。
「お会いできて光栄です。お兄さんの話はかねがねドジン君から伺っていますよ。とても優しくてハンサムなんだとか・・・いや、本当に、聞きしに勝る美貌ですねえ。開発センターの仕事はどうです? 慣れましたか?」
初対面の、しかもかなり曰く付きの人間相手にも、表情ひとつ動かすことなく流れるように話しかけるその口調は、この期に及んではいっそ見事な武装だと思ってしまう。唯一笑顔の武装が施されていない瞳の奥から放たれる、獰猛なまでの淫靡さを孕んだ眼光に射竦められ、テヒは背筋がに冷ややかなものを感じた。そして、答えるべき言葉を失う。
「・・・・・・・」
「あなた方の誠実な仕事ぶりについては、折に触れて報告を受けています。このプロジェクトが無事成功した暁には、盛大な慰労会を企画しますからね。いろいろと大変なこともあるでしょうがここはひとつ頑張って・・・」
「ドジン・・・は」
立て板に水といった町長の言葉に文字通り流されそうになりながらもテヒは、肩で息をつきながら、やっとの思いで伝えるべき言葉を紡ぐ。
「ドジンは・・・どうして、ここにいるんです、か? S市で、会社員をしている、ドジンがどうしてこ、こで、今、あなたと、一緒に?」
途中何度か呼吸を整え、テヒはとつとつとそう尋ねた。そのしどろもどろであまりにも必死な様に町長は「ふ・・・」と両肩を竦め、ドジンの腰の辺りに手を宛がうと穏やかに言った。
「ドジン、今から少しお兄さんと話でもしてきたらどうだい?」
その提案に、え、と意外そうな声を出したのは他でもないドジンだった。
「兄弟と言ったって、今は同じ家に住んでいるわけじゃないんだろ。こんな機会でもなければ最近はなかなかゆっくりと話をする時間もないんじゃないかな? 偶然というのはね、いつも神様が用意してくれているものなんだよ。行ってきなさい、ドジン」
「でも、町長」
「お前の大好きなお兄さんなんだろ? ん?」
「町長・・・・・・わかりました」
あやす様な町長の問いかけに、困った様に眉尻を下げるドジン。こんなイノセントな顔を、視線を、自分以外の人間に向ける弟などテヒは初めて見た。その瞬間、自分とドジンとの間に何か目に見えない壁のような物が立ちはだかったような気がして、いたたまれなくなる。
「いつものところで待っていてくれますか?」
媚びるような甘ったるい口元で、ドジンが町長に耳打ちする。
「ああ。待ってるから。心配しないでゆっくりしておいで」
町長がドジンの腰に回した手に少し力を込めたように見えたのは、単なるテヒの思い込みだたのだろうか。絶対零度の冷たさで微笑んだその瞳に見た不合理な色。それは正しくオ町長の、完璧ともいえる自信と冷徹な挑戦の色であった。
(こんな奴に、ドジンは・・・・)
噛み締めた奥歯がギリギリと音を立てて軋んでいることにすら、もはやテヒは気づかない。

                  *

Otouto7_2 こらああああ、弟!そんなに胸見せてはいかんっっ!
本当はもっとじっくりと話すつもりだった。ドジンを救うきっかけのひとつでも摑めるものならば、ひと晩かかってもふた晩かかっても構わないとテヒは真剣に思っていた。いたいけだった弟が一体いつあの町長の魔の手に堕ちたのか、一から十まで聞き出して、連れ戻そうと。
しかしドジンはそれを拒んだ。2人連れ立ってやってきた宿泊先の旅館のテヒの部屋に、入るなりドジンは言った。
「今夜中に町長のところに戻らなくちゃいけないから、話なら手短にね」
にべもなく、というよりもかなり迷惑そうなその口調に、テヒは思わず眉根を顰める。
「何故、そうまでして町長のところに戻る必要があるんだ?」
棘を含んだその質問にも、ドジンは澱みなくと答える。
「大事な約束があるからさ」
「約束ってどんな? これから仕事をするような時間じゃないだろ、もう」
「プライベートな約束さ。兄さんには関係ない」
「関係なくないだろ! お前、あの町長と、い、一体いつから・・・なんで・・・どうしてそんな・・」
「兄さん」
テヒの今にも震え出しそうな声に、落ち着き払ったドジンの声が被る。
「前にも言ったと思うけど、俺はもう子どもじゃないんだ。恋人のひとりくらいいたって、それが何だっていうのさ。お願いだから余計な干渉はしないで欲しい」
「恋人? オ町長がお前の恋人だっていうのか?」
「そうだよ。そりゃ男同士だから世間的にはいろいろマズイこともあるだろうけど・・・本人同士が合意しているんだ。何も問題ない」
「合意って・・・・」
「愛しているんだ、あの人を」
「そん・・・・な・・・」
「・・・・・・・」
目眩がした。ドジンは脅されておもちゃにされているわけではないのだろうか。不可解なパズルのピースを手渡されたように、只まじまじと弟の顔を見詰めるが、そこには正しい答えを導き出すヒントなど何も記されてはいない。いつの間にか自分の知らない世界へ行ってしまった5つ年下の青年の、何ひとつ読み取れない表情があるだけだ。
落ちる沈黙に押し潰されそうになる。絶望感にも似た虚脱に襲われながらも、テヒはそれでも懸命に会話の接ぎ穂を試みた。
「脅されたんじゃ・・・ないのか? じゃがいも畑を売らないで済む方法を教えてやるとか何とか」
「畑は売ったよ、俺の意思でね。そんな脅し、意味がない」
「・・・そうだけど」
「あのねえ兄さん、俺は・・」
「じゃ、じゃあやっぱり金か? 金が必要になってお前、それで無理矢理町長に・・」
「兄さん、俺は自分から・・」
「金なら!」
テヒは大声でそう叫ぶと、ドジンに近づきその両肩に手を掛ける。
「金なら俺が何とかしてやる! だからドジン、目を覚ませ! どうしてお前が町長なんかと・・・あんな・・・お前は本当はそんなじゃないだろ? ん? 何か困ったことがあったら俺に相談しろって、いつも言ってたじゃないか。今からでも遅くない、話してみろよ、ドジン!」
彼の美しい黒髪が乱れるのもかまわず激しく揺すった。何よりも大切にしていた存在を無残に奪い去られることへの恐怖で、テヒの理性はもはや決壊を起こしそうだ。みっともなくても、無様でもいいから、自分がどれほど深い愛情でもってドジンを守りたいと思っているのかを、今ここで伝えたかった。
けれど、はらり顔に落ちた前髪をかき上げたドジンの表情には温度がない。瞳を覗けばその美しい色合いの虹彩の奥には、深い悲しみを湛えているようにも見える。自分に向かって放たれた氷のような視線に、テヒは心の奥まで凍りつくような思いがした。
ドジンにはまだ何か、自分に隠してることがあるのではないか。それが何なのかはさっぱり分からないが、きっとその秘密こそが、彼と町長とを関係させた大きな要因になっている。そんな気がした。
ドジンは、肩に喰い込んでいるテヒの指を「痛いから、離して」と解き、くるりと背を向けると壁に向かって小さく呟いた。
「相談なら・・・・何度もしたさ・・・相談、したのに」
うっかりすると聞き漏らしてしまいそうなほどのどのその呟きに、テヒは何か不可思議な弱さを感じた。ほんの一瞬だけだが、小さい頃、お兄ちゃんお兄ちゃんと自分を頼っていたあのドジンの匂いがした。
「・・・・ドジン?」
「・・・・・・」
「俺に相談したのか? いつ? 何を?」
「・・・・・・」
「ドジン、黙ってたらわからないだろ。ちゃんと言ってくれ」
「・・・相談されたことすら忘れてるような人に、今更何言えばいいのさ。もう一度相談したって、兄さんからはきっと同じ答えしか返ってこない。分かってるんだ。あの時俺は・・・・・ちゃんと相談したんだよ。誰よりも先に、兄さんにね。だけど兄さん『だめだ』『そんなことよくない』しか言わなかった。俺の気持ちなんか全然無視して・・・・俺だって・・・俺だって何もすき好んで孤児になったんじゃない。兄さんなら俺の気持ち、分かってくれると思ったのにっ・・・それなのにっ!」
俯いたままのドジンの足元に、ぽたぽたと滴が落ちた。
「ドジン・・・」
かける言葉すら見つからないテヒの身体を無言で押しのけると、ドジンは拳で乱暴に涙を拭い、「もう行くよ」とだけ言った。
「待て、まだ話が・・」
「兄さん」
留めようとするテヒの手を、ドジンはゆるやかに、しかし確固とした意思を持って振り払う。
「オ町長・・・デスさんは、俺の恩人なんだ。1年前あの人と出会わなければ、俺は一生真実を知らずにいるところだった。どんなに感謝してもしたりないくらいさ。じゃがいも畑を売れとか売るなとか、あの人は一度だってそんなこと俺に言ったことはないよ。信じないかもしれないけど。それから・・・・」
ドジンはそこでひと呼吸すると、赤く腫れぼったい目蓋でテヒを見上げた。
「ひとつだけ教えるよ。実はね、兄さん、俺には血の繋がった妹がいるらしいんだ。俺の本当の父さんと母さんが事故で死んだ時、母さんのお腹には赤ちゃんがいて・・・・酷い事故だったのに奇跡的にその子だけは助かったんだって・・・3つ年下だから今、26歳になっているはずだ」
あまりに突然な弟の告白に、テヒはただただ愕然とする。
(妹? ドジンに?)
「町長が・・・・その情報を?」
まだ半分信じられない思いで尋ねると、ドジンは、そうだと頷く。
「俺はまだ小さくて、母さんが妊娠していたこともよく理解できていなかった。集まった親戚連中が、どうせ2人まとめて引き取ってくれるようなところはないだろうから、いっそ俺には妹の存在は告げずに、バラバラの施設に預けようってことになったらしい。俺はこうして兄さんと出会って、優しい父さんと母さんに巡り合えて幸せに暮らしてきたけれど、妹の方はどうやら違うみたいで、あちこちたらい回しにされた挙句、結局今どこでどんな暮らしをしているのかまるで分からない。デスさんがあちこち手を尽くしてくれているんだけど、あの人にこれ以上迷惑かけるわけにもいかないし・・・・だから売ったんだ。畑を。人ひとり探すのに、ただっていうわけにはいかないからね」
「・・・・・・・」
「あの人は兄さんたちが思っているような人じゃないよ。こんな俺のために、本当に一生懸命になってくれて・・・・優しいし、あったかい」
兄さんよりずっと、と言いかけてさすがにドジンはハッと口を噤んだ。そして、「じゃあ行くね」とだけ言い残して部屋を出て行った。遠ざかって行く渇いた靴音が、テヒにはどこか現実味の無いものに聞こえる。
一体どこからどこまでが本当で、どこからが誰かの企みで、自分は今何処にいて、何をすることが最優先なのか、判断する力はテヒには一切残されていなかった。
たったひとつ理解できたことは、弟のドジンにとって一番大切な存在は兄である自分ではなく、あのオ・デス町長だという事実だけだった。

                   *

こんな時にさえ、どこか奇妙なほど現実に縛られている己がいっそ笑える。思考機能はすでにいっぱいいっぱいで何も手になどつきはしないと分かっていてるのに、それでもテヒは事務所に足を向けた。半端にやり残してきたデータの入力を済ませてしまわなければと思った。数字の羅列をエクセルの画面にただひたすら入力でもしていなければ、この長い夜を過ごす手立てが見つからない。たったひとり、旅館の部屋で一晩中蹲っている自分の姿を想像しただけで身震いがした。
高校生の時、初めて付き合った女の子に振られた時も、確かにしばらくは落ち込んだ。自分のためにヨンマンが怪我をした時も、申し訳なさで何日も苦しんだ。しかし、今となってはこれほどには苦しくなかったような気がする。3年前、強くて優しかった父が病に倒れ帰らぬ人になった時でさえ、それは勿論心が張り裂けそうな思いがしたけれど、悲しみに暮れる母と弟を支えるのは自分しかいないという気持ちから、少なくとも人前で取り乱したりすることはなかった。なのに、今度という今度は・・・・
テヒは生まれて初めて、誰かに抱きしめてもらいたいと思った。いや、抱きしめて貰わなくてもいい。ただそっと側にいて、こんな情けない自分に「きっと大丈夫だよ」と、一晩中囁いて欲しかった。

Otsubone2_1「大丈夫よ、テヒさん。松のジュースは切らさないから・・・」 (笑)お局、やっぱりひっつめが似合う。
鍵を開け、暗く人気の無い事務所に入る。もう7月とはいえ夜はかなり涼しい。これからの季節、ろくな冷房もないこのプレハブで仕事をするには、却って夜のほうが都合がいいとテヒはパソコンの電源を入れた。
喉の渇きを覚えるくらいには冷静さを取り戻したらしいと、パソコンが立ち上がるまでの僅かな時間の自己分析に苦笑しつつ、キッチンへ向かうと。ヤカン代わりの小さなミルクパンに湯を沸かす。戸棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出し、マグカップへひと匙・・・・
(そう言えば昔ドジンと2人して、施設の戸棚にあったインスタントコーヒーを、勝手に飲んで叱られたことがあったっけ)
テヒはその時のことを今でも鮮明に覚えている。オトナたちが飲んでいるあの黒い“こおひい”という飲み物は、一体どんな味がするのだろうと言い出したのはドジンだった。
『あのくろいコナをね、コップにいれてね、それからおゆをいれるんだよ。そおするとぉ、いいにおいがするの』
『うん、知ってる。だけどドジン、コーヒーってとっても苦いんだよ』
『お兄ちゃん、のんだことあるの?』
『え、ないけど・・・・園長先生が言ってたから・・・』
『ぼく、のんでみたい』
『・・・・・』
『こおひい、のみたい! ぜったいおいしいんだもん!』
いい匂いだから美味しいんだと決めて掛かっているドジンを説得する術など、テヒは持ち合わせておらず、仕方なしなし共犯を買って出る。砂糖を入れるという単純なことも思いつかないまま、ドジンの背では踏み台に上っても届かない最上段の扉から、テヒは来客用のインスタントコーヒーの瓶を取り出した。小さじに1杯の粉を入れたカップにポットの湯を注ぎ、『はやくちょうだい』とぴょんぴょん喚くドジンを、まだ熱いからちょっと冷ましてからだよと制し、荒熱が取れたところでカップを手渡した。一口飲んだドジンが苦いと泣き出したため、あえ無く御用となった2人は、こっぴどくお説教されるはめになったのだが、最後まで『おいしかったもん』と言い張ったドジンの意地っ張りさ加減には、テヒは子どもながらも芯の強さを感じたものだった。
(戻れるものなら、あの頃に戻りたい・・・・)
ドジンとの思い出なら、どれもこれもまるで昨日のことのように思い出すことが出来る。そのひとつひとつがかけがえの無い、大切なものなのに・・・・
ふと我に返って手元を見ると、ステンレスのシンクの上に、さっきドジンの足元に落ちたのと同じような小さな水溜りが何個も出来ていて、テヒは自分が泣いていたのだと初めて気づいた。
(何か俺、かっこわる・・)
しっかりしなくちゃ、と涙を拭おうとした瞬間、キッチンコーナーの入り口から「テヒさん、来ていたんですか」と声をかけられ、ギョッとして思わず振り向く。
「シニョン・・さん・・どうしてここへ」
「テヒ・・・・さん?」
涙に濡れた無防備な顔を向けられたシニョンは、戸惑いを隠せない様子だったが、松のジュースを買ったので冷蔵庫に入れに来ただけだと言うと、冷蔵庫の扉を開けた。
「弟さんと久しぶりに会って、2人で飲んだりしたら、テヒさんのことだからまた二日酔いにならないとも限らないでしょ? まだ開いてるスーパーがあったから買ってきたんです」
シニョンはテヒの涙の訳は聞かず、買ってきた半ダースの松のジュースを冷蔵庫に入れると、はいこれ、と白地に上品な花模様が散りばめられたハンカチを差し出した。テヒが受け取る手さえ伸ばせないでいると、シニョンは黙ってテヒの頬に伝う幾筋もの跡にそっとハンカチを押し当てた。ふわっと、どこか懐かしいような優しい香りが鼻の奥をくすぐった。
「何も力になれないけど、私・・・・テヒさんの味方だから」
「・・・・・・」
「・・・なんて、本当はこんなこと言うの、苦手なんだけど」
「・・・・・・」
「ジュース、折角だから今1本飲みません? すっきりして、ちょっとは気分が楽になるかも・・・あっ」
テヒは思わず、彼女の言葉を自分の唇で塞いだ。これ以上、彼女のあたたかな言葉を聞いてしまったら、声を上げて泣いてしまいそうだったから。それなのに、そっと重ねたそこからは思いも寄らないほどの温もりが伝わってきて・・・唇を重ねながらテヒの眦からは、また新たな涙が零れ落ちる。
切なくて、苦しくて、どうしようもなくて、目の前のこの温かみだけでも離すまいと腕に抱こうとした時、テヒはやっと彼女もまた涙していることに気づき、あっと我に返った。
「ご、ごめん。俺・・・」
「・・・・・」
「こ、こんなこと・・・ごめん・・・」
テヒのしどろもどろの謝罪に、謝らないで、と彼女は気丈に笑った。
「テヒさんにそんな気がないことくらい、ちゃんと分かってるから。だから心配しないで」
「・・・・・」
「疲れてるのよ、テヒさん」
「・・・・・」
「だから今のは、事故っていうことで。ね?」
「シニョンさん・・・・俺・・」
「きっといつか分かり合える時が来る・・・・弟さんと。だから自分を信じて。それから私たち、仲間も信じて」
「・・・ありがとう」

最後に、きっと大丈夫、と微笑んだ彼女をテヒは、結局その腕に抱くことなく帰してしまった。
“この、史上最悪のヘタレカエル!”
“レッドカード、退場です”
パクウィの怒鳴り声と、ダメガエル宣告のようなホイッスルが、脳内で同時にこだました。
切った爪が飛んで夜空に張り付いたような、そんな儚げな下弦の月までも、心配そうにテヒを見下ろしていた。

                                            (続く)

| | コメント (6)
|

2006年7月 2日 (日)

台風⑫・・・韓国版DVDがやってきた。他、最近の話題少々。

【Written by miyuki】

Tepun_1台風、原点なポスター。この写真の肩から背中が、DVDの外箱の地模様のデザインになっている。
昨年の今ごろ、発表になった釜山ロケツアーの詳細で、公式は沸き返っていたように思う。映画「台風」は殆どの撮影を終えてクランクアップも間近。サイト上で催されたアンケートで、「参加したい」と答えた会員の数の多さには吃驚したものだ。
もう一年になるのかぁ・・・・思わず遠い目になりながら、発売になった韓国版DVDを紐解く私。

田舎のシネコンが最新設備で、大きなスクリーン、ドルビーサウンドにてゆったり贅沢に堪能していたため、本編のほうはなんだか「物足りないわぁ・・・海賊さんたちのBGMはもっとズンドコ腹に響いてくれなくちゃあ。」などと、家庭のTVモニターの小ささをぶつぶつ嘆くこと数分。
短くなったのではないかと云々されていた箇所も、なんだかイマひとつ確認出来ないのは、私がボケたか、海賊シンさんに化かされたのか。とほほ。大スクリーンでは目が眩むのだろうか・・・。今となっては謎なのだけど。

Ohirune台風号の甲板で。メイキングの最初の方にある美味しいショット。
小さい画面で見る事を考慮してか、最後のクリスマスの姉弟シーンにキャストが被って出てきていた。映画館でもそうすればよかったのに・・・。
(シン・パパが意外と若い事実が判明。チェ・ジウンさん、70年生まれ36歳。JDGと2歳しか違わないのね。いったい幾つの設定だったのやら、脱北時点で。^^;;)

2枚目、メイキングのディスクはマニアなツボが盛りだくさんで、楽しかった。長いなあ・・・と思ったら、2時間40分余だもの・・・。
映画作りの現場、そこにはほんとうにたくさんの人が黙々と働いていて。
あの台風号の揺れ揺れシーンを撮った装置・・・・スタッフやら皆さんでゲロゲロしちゃって大変だったようだが、ガソリンスタンドの自動洗車機に入っている間うっかりすると酔いそうな私、よ~~~くわかるとも!!

Offsin1なんだか嬉しそうな、可愛い笑顔。監督の横で。
いろんな場面で思いのほかCGが使われていたので、妙に感心。大掛かりなシーンだけでなく、なにげに車窓に映る雨の風景などなど。「プロミス」でも思ったことだが、うしろに何も無い青い背景の前で演技する俳優さんも、慣れてはいるんだろうけど大変だすな。

そうそう、雪山で饅頭食べた後、吐き出そうとする子供時代のシン、メイキングで映っておりましたなあ。きっともっともっと皆の見たかったシーンはどこかにあるのに違いないのっす。特に海賊村のシーンが見たかったなあ・・・・

Offsin5_1 「ソムチャイ・・・笑い堪えてるだろ、なあ。」「・・・んにゃボス、めっそうもない・・・」

台風号の甲板でお昼寝している海賊さん。足元にハの字に開いて放置された「ビーサン」はビニとも御揃いのアルマーニか?(爆笑)写真集で見た、指が長くて甲がスジスジしている、薄くて長い足を思いうっとり・・・。こういうパーツにもいたくそそられちゃうのよネ、ファンてやつは。(親馬鹿?)
そして、刺青「殺」バージョン。このヘンは美味しいつうよりやっぱり可笑しい?こっちのほうが毎日のメイクはもしかして楽だったかもしれないけれど、没でよかった。(笑)しかし、毎日毎日あの刺青を描く作業、メイクさんもJDGも、ほんとうにお疲れ様。同じ場所に同じ柄ずっと描いていたら、ほんとうに刺青になりそうで・・・??

Tepun02 tartanさんいちおしのシーンに繋がる、姉さんとの別れのシーン。直前にアンプルやら注射器やら、汚い洗面台の映る没カットも。
海賊シンさんの格好で、時々楽しそうに笑う撮影の合間。しかし、役に入り込んでいる時の姿を見ると、私がこの人に強く惹かれた原点みたいなのを改めて感じられて、胸がウズウズくる。俳優さんの、一番美しい瞬間・・・。

あ、ロシアンタウンで背負ってた荷物はリュックだったのか、とか、パク・ワンシクさん笑顔のインタビューとか、セットが組まれた倉庫みたいな建物のお外で、カチューシャ、ジャージにプロテクターと膝サポーター嵌めて、ジョンジェくんと最後のタイマン勝負の殺陣の練習をしている姿とか・・・・一回見ただけではここに書き切れない位なので、ぜひ、見られるかたはご覧あれ。(リージョン3だけど・・・・)ただしメイキングには英語字幕もついていないので、9月に出る日本版になるべく多く収められていて欲しいと願うのみである。(どうも大幅に短いようで・・・)
(音声解説にJDGが参加していないのはなんとも残念だけれど。)

Offsin4別れのシーンの集中ぶりが伺われたこの姿。メイクが崩れないよう涙をそっと拭っているようなのだが、わざわざこんなふうにタオルに伏せている姿勢が胸に刺さった。
※1日大学路で行なわれたスクリーン・クオーターの集会に出席すると言われていたJDG、どうやらサイン会には姿を見せた模様なれど、詳細は不明。元気ならそれで良し。

※もうすぐ巷に流れるチャミスル新CMの内容が明らかに。ケロケロ野球の前の晩に撮っていたやつである。本人「不思議な感じ」と発言していた、バーで竹の化身のお姉さんと飲むというコンセプト。(かぐや姫ではない。)竹炭になりたいの、かなうといいね・・・ってシュールだ・・・。^^;;(竹が椅子に座ってるしなあ・・・)今年も、「チャミスル、ヂュセヨ・・・」

※スターMジャパンに移行した公式サイトが見られるようになった。まだちょっとアクセスに不具合があるようで。ともあれ、先を楽しみに・・・・

Chamisuruチャミスル、ヂュセヨ。やっぱりオン・ザ・ロックよね。明日は野球だし、ってか。
※あの名作MV「永遠」について、こんなニュース。(以下JOONGANGILBO NEWSより)

《ある制作関係者は29日「チェ・ジウ側とドラマ出演に対して原則的に合意を終えた。出演料の調整を残すのみ」と説明した。また「2人の主演俳優に関しては、イ・ジョンジェとチョ・インソンと接触中だ」と付け加えた。

『ケインとアベル』は歌手兼俳優チェ・ジニョンらで構成されたSKYのミュージックビデオ『永遠』をドラマ化するもの。孤児である兄弟が海外に養子として引き取られ、互いに違う人生を暮らしながら成長し、警察と犯罪者となって劇的に出会うという内容だ。チェ・ジウは劇中2人の兄弟の愛を同時に受ける女性を演じ、ロマンスドラマの主軸となる。
クァク・キョンテク監督がプロデューサーとして企画を担当し、チェ・ホソン監督が演出、映画『大変な結婚』を書いたキム・ヨンチャンが脚本を担当する。》

あのMV初めて見た時は、チャ・インピョさんとJDGどっちが兄で弟なんだかわからなかったっけ。インピョさんのほうがかなり年上なのに、お若く見えるもので。しかし、弟がインソンくんか・・・たしかに「舎弟」その4だけども。笑。弟一号、ビニ。二号、ピくん。三号カン・ドンウォンくん、四号、インソンくん。五号は・・・チョン・ジョンミンくんか?あと、ミヌくんとかももいるしなあ。弟よりどりみどり。ジンモさんもJDGを「ヒョン」と呼んでいたけれど、どうも弟キャラではないような。
ドラマになるのは来年始めの予定だそうで。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »